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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
三十三日目 歯車の街テラコッタ
134/208

133 究極魔法を薙ぎ払え

 【オレンジナ大陸】、シエナ平原の大地は夕焼け色に染まっていく。錆びついたタンジェリン機械遺跡と調和し、目の前にはアンティークな光景が広がっていた。

 ルージュとマシロの戦い……イデンマさんやリルベとの戦いよりは勝機がある。それほど、【覚醒】のスキルを掌握したのは大きかった。

 ルージュはメイスを振り回し、気合充分だ。いつもと同じテンションで口を三角に尖らせ、先制攻撃を仕掛ける。


「スキル【炎魔法】ファイア……!」

「スキル【防御魔法】リフレクト!」


 しかし、マシロは魔法攻撃を待っていた。事前に詠唱しつつ、攻撃を弾き返すタイミングを見計らっていたのだろう。

 メイスから放たれた業火は彼女を飲み込むが、すぐにリフレクトの効果によって弾き返される。驚いたルージュはとっさに防御の態勢を取った。


「はわわ……」


 二倍の威力で跳ね返された炎は、容赦なくルージュを飲み込む。彼女は必死にガードしているが、続くマシロの追撃に対処手段がない。


「スキル【光魔法】シャインリジョン!」


 シャインリジョンは「リジョン」の名を冠する【光魔法】の最上位。通常のシャイン、その上のシャインリスとは比べ物にならない威力だった。

 しかし、俺は全く心配していない。今のルージュは【覚醒】によって能力が大幅に上昇している。それも、彼女は通常とは異なる魂と対話した【覚醒】持ちだ。この程度の魔法なら充分対処できるだろう。


「す……スキル【ぶん回し】……!」


 メイスを回転するように振り回し、火炎を吹き飛ばす。続く【光魔法】がかす当たりするが、アスールさんから貰った月のブローチによって威力が抑えられた。 

 魔法は上位になればなるほど使い勝手が良くなるわけではない。威力が底上げされる代わりに、詠唱時間が長くなり、MPマジックポイントの消費も大きくなるのだ。

 ルージュは自らの【炎魔法】を防御しつつも、敵の詠唱を警戒していた。発動までの時間が長かったので対処が間に合ったのだ。


「ギーンガァ! スキル【振り上げ】……!」


 敵はリフレクトを張っているので、当然彼女は接近戦を狙う。動きの遅さはトップクラスの僧侶プリースト魔導師ウィザードのルージュでも、簡単に距離を詰めることが可能だ。

 本来、僧侶プリーストは一対一の戦いに向いていない。後衛からの回復支援に徹し、味方のサポートを行うジョブだった。

 それに加え、マシロはINT(魔法攻撃力)特化の砲撃タイプ。例え【覚醒】を使っていようとも、ルージュの猛攻を止める術はない。【振り上げ】によって上空へと叩き上げられ、そのままコンボへと繋がっていく。


「スキル【薙ぎ払い】!」

「また、物理攻撃……【心眼】で見えない……」


 空中のマシロに向かって、ルージュは【薙ぎ払い】を打ち付ける。ここまでの猛攻を受けているのにも拘らず、マシロは【心眼】のスキルによって行動を読もうとしているようだ。

 【心眼】は相手プレイヤーの行う動作をコンピューターが予測するもの。このゲームがここまで高度な技術で作られているので、当然コンピューター知能も高性能だろう。

 しかし、その力を持ったとしてもルージュの予測は不可能。まず、魔導師ウィザードの基本形から外れているので、読めるはずがなかった。


 何度も通常攻撃によって殴りつけられつつマシロ。1と0傷は大きく広がり、徐々に再生力も落ちていく。

 ルージュは【攻撃力up】のスキルを徹底的に鍛えているため、魔導師ウィザードであろうとSTR(攻撃力)が高い。それに加え、敵はギンガさんとの戦闘の時に受けたダメージが残っていた。

 流石にマシロも焦ったのか、ここに来て戦闘方法を変えていく。


「目が覚めた! 攻め方変える! スキル【防御魔法】プロテクション!」


 必死にルージュから距離を取り、最上位の【防御魔法】によって防御力を上昇させていく。これで、メイスによる物理攻撃も通り辛くなったな。

 すでにリフレクトの効果は終了している。張り直されることを警戒しながら、魔法攻撃で攻めるのが上等だろう。

 今はとにかく攻撃の手を緩めるのが危険だ。マシロの詠唱は長いが、発動を許せば広範囲を飲み込むのだから。

 ルージュは【移動詠唱】のスキルによって、距離を詰めながら詠唱を行う。このままのスピードで詠唱を行えば、リフレクトを張り直される心配はない。


「スキル【風魔法】ウィンディス!」

「スキル【防御魔法】シェルリジョン!」


 しかし、マシロが使った魔法は、攻撃を反射するリフレクトではなかった。魔法防御力を上昇させる防御魔法。これにより、ルージュの【風魔法】は大きく威力を落としてしまう。

 シェル系の【防御魔法】はリフレクトの劣化に思える。しかし、詠唱速度が速く、消費MPも少ない。なおかつ持続時間も長いのでまるで別物だった。

 これにはギンガさんも眉をしかめる。物理と魔法、その両方に対してマシロは障壁を張ってしまったのだから。


「奴め、常時障壁を張る戦法に変えてきたか」

「ダブルブレインの再生力に加えてあの障壁ですか……手堅いですね」


 リュイの言うように、ダブルブレインにはチート級の再生能力もある。このまま戦えば、ルージュは消耗する一方だろう。

 既に彼女は中級魔法を何度も放っていた。物理スキルに対応するPPパワーポイントに余裕はあるが、MPの方は既に限界。隙を見て回復薬を飲めばいいが、その間もマシロの詠唱は続く。危険すぎるな……


 しかし、ここに来てまさかの展開が訪れる。先に回復薬を取り出したのはマシロの方だったのだ。彼女はそれをごくごくと飲み干していく。


「ぷはー……MP回復!」

「あ……アイテムを使うとは卑怯だぞ……! ボクも使う!」


 それに合わせてルージュもHPとMP回復薬を飲みだした。何だか早飲み対決みたいになってしまったな……

 ダブルブレインにHPの概念はないが、MPとPPは存在している。大魔法を連発していたマシロの方もMPが限界だったのだ。


 ここで、俺の中で勝利の方程式が完成する。マシロは魔法特化のため、当然MPを使用して相手を攻撃する。しかし、ルージュは魔法と物理を両方使うため、PPとMPの両方をフルで使うことが出来た。

 そう、彼女は他プレイヤーの二倍スキルを使えると言っていい。

 マシロは【防御魔法】を駆使している。自分から消耗戦に動いて行っているわけだ。

 敵のMPが限界になった瞬間。物理と魔法の連続攻撃によって、隙を与えず叩きのめす。薬さえ与えなければルージュの勝ちだ。

 しかし、そうとも知らず魔道士(ウィザード)は、考えなしに攻撃を放ち続ける。このままでは、またMPとPPを消耗するだけだろう。


「スキル【二連撃】……! スキル【氷魔法】アイスリス……!」

「眠い攻撃……スキル【防御魔法】バリアー!」


 メイスを二回叩きつけ、凍結魔法で追い打ちを行うルージュ。だが、マシロは障壁を出現させる【防護魔法】によって攻撃を防いだ。

 プロテクトとシェルで能力を上げ、更にバリアーを盾として使う。それを突破してもダブルブレインの再生能力。

 最悪だ……守りが整えば敵も攻撃に出る。そろそろルージュも反撃を受けるだろう。


「スキル【聖魔法】プチホーリィ!」

「スキル【振り上げ】……!」


 マシロが放った白い球体に、ルージュはメイスを振り上げる。だが、完全には相殺出来ずに吹き飛ばされてしまった。

 ダメージは大きい。加えて隙も生まれてしまう。だが、敵は止まらない。更なる詠唱により、更なる大魔法が放たれる。


「私の究極魔法! 今度こそ決めて見せる!」


 マシロの奴、決めに出たか! 

 彼女の周囲に魔法陣が浮かび上がり、大量の魔力が集まっていく。この魔法は一撃必殺かつ、広範囲を吹き飛ばすホーリィだ。

 不味い。不味すぎる。

 リュイはルージュを無視し、俺をおぶってその場から走り出す。ギンガさんも【移動魔法】によって退避してしまった。


「リュイ……俺はいい……ルージュを……」

「断ります。リルべさんとの戦いで、彼女は僕を信じてくれました。今度は僕の番です」


 リュイは俺の頼みを拒否し、必死に逃げる。彼の肩に掴まりながらも、俺は後方を視線を向けた。

 ルージュが負ける……今度こそ記憶を失う……

 だが、そんな心配は杞憂のようだ。俺の目に映ったのは満面の笑みを浮かべた赤い彗星だった。


「私が読み勝ちました。スキル【闇魔法】ダーク!」

「え……? 【闇魔法】……?」


 ルージュのメイスから放たれた暗黒は、魔法の発動を目前としたマシロを飲み込む。そうか……【氷魔法】が凍結させたり、【風魔法】が敵を吹き飛ばしたりするように、【闇魔法】には視界を隠す効果がある。これさえあればマシロの【聖魔法】が命中し辛く……

 いや、なるわけないだろ! 彼女のホーリィは周囲全てを巻き込む驚異の攻撃範囲を持っている。【魔法陣】によるサポートがないため、レネットを滅ぼした時ほどの力はない。それでも、ルージュの回避を不可能にするほどの範囲はあった。


「見えない……けど大丈夫! スキル【聖魔法】ホーリィライト!」


 ホーリィよりさらに上位の【聖魔法】。こんな隠し玉まであったのかよ……

 聖なる光はマシロの周囲全てを飲み込み、シエナ平原を見る見る浄化していく。リュイは魔法から逃れようとただ必死に走り続けた。

 光の柱は平原に叩きつけられていき、やがてその威力も衰えていく。詠唱開始時からずっと走り続けてギリギリの回避だ。俺とリュイはその場に倒れこみ、地面に伏せた。

 振り返ると、そこには荒野が広がっている。どうやら、マシロの魔法が周囲を滅ぼしたらしい。ふざけるなよ……ルージュは跡形もなく浄化されてしまったっていうのか……

 夕日を背後に立つマシロは安堵の表情で笑う。やはり、彼女の魔法は決まってしまったのか……


「やった……これで眠れ……」

「スキル【兜割り】」


 だが、そんな少女の頭部に巨大なメイスが叩きつけられる。彼女はその場で転倒し、その顔面を地面に打ち付けた。

 すでにプロテクションの効果は切れており、なおかつクリティカル攻撃により一気に削られる。殴られた頭部は再生を開始しているが、既にそれも限界のようだった。

 地面に手をつきながらマシロは視線を上へ向ける。そこにいたのは赤い彗星こと魔導師ウィザードルージュ。俺も何が起こったか分からない。


「そんな……また小細工……」

「小細工は使ってない……自力で耐えた……!」


 耐えただと……? あの威力の攻撃を耐える事なんて……いや、出来る。ギリギリ出来る。

 敵の詠唱は長かったため、事前にHPを満タンにすることは可能。相殺と防御を駆使し、なおかつ最も威力の低い場所に移動すれば生存確率も上がる。

 また、月のブローチによって強化された【闇魔法】の効果により、魔法の軌道が若干逸れた事もあるだろう。

 魔導師ウィザードは決してVIT(魔法防御)が低いわけではない。【覚醒】による能力上昇を加えれば、本当にギリギリで耐える事が出来たのだ。

 実際、ルージュはボロボロ。皮一枚で繋がっている状況で、一撃でも攻撃を受ければ終わる。

 だが、もう彼女は一撃も攻撃を受けることはない。マシロの方も既に限界だったからだ。


「MP使いきった……回復しないと……」

「薬は飲ません! ギーンガァ!」


 メイスを掲げルージュは一気に敵を殴打していく。あれだけ強力な魔法をまさかの気合いによる突破。ははっ……全くクールじゃない奴だ。

 マシロは何も出来なかった。最強の【聖魔法】によりMPを枯渇させ、なおかつ自らを守る【防御魔法】の効果もとっくに切れている。ただ一方的に通常攻撃を受けていく。


「重なったんだ……MPが限界になる時と【防御魔法】の効果が消滅する時が……」

「ふん、正確には重ねたのだろう。ルージュめ、バカだが感は冴えている」


 【移動魔法】で逃げたギンガさんもいつの間にか合流し、リュイと話す。彼が言うには、ルージュはこの展開を予測していたようだが、実際はどうなのか怪しいところだ。


 物理特化の魔導師ウィザードは踊るようにメイスを動かし、マシロの再生力を見る見るうちに削る。当然、僧侶プリーストの方も対抗姿勢を見せた。

 あと一撃でルージュはゲームオーバー。魔法を使う必要もないので、マシロは杖によって殴打しようとそれを振り回す。しかし、彼女の攻撃は軽々とジャストガードされ、逆に起点とされてしまう。

 接近戦なめるなよ魔法職。お前がいくら杖を振り回そうと、ルージュに傷一つ付けることは出来ない。アイ仕込みの戦闘技術を突破できるはずがないだろう。


 そう、既にお前は詰んでいるんだ!


「リルベ……エルド……ごめんなさい……」

「スキル【薙ぎ払い】!」


 得意の薙ぎ払いによって、文字通りマシロは薙ぎ払われる。これも完全なクリティカルヒット。彼女はそのまま地面に倒れこみ、立ち上がろうとしなかった。

 体の再生力は限界となり、殴打された部分全てに1と0の傷口が広がる。ようやく止まったか……これで勝負あり、ルージュの完全勝利だろう。


「お……大人しくしろ……! 命はとらない!」

「眠いこと言う……」


 マシロは解せない顔をしているが、動くことが出来ない。さて、こいつをどうしようか。処分は後で考えよう。

 俺は必死で立ち上がり、テラコッタの街の方を見る。まだやるべき事が残っているんだ。一人倒したとしても、休んではいられない。

 絶対にビューシアの思い通りにはさせない。コンディションは最悪だがまだ戦えるさ。

 アイ……無事でいてくれ。ただそう願うばかりだった。


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