132 掴み取れ魂!
俺とルージュは互いに武器を打ち付け合い、相殺を繰り返す。
スパナを右から叩きつければ、メイスがそれを弾く。メイスが上方から振り落されれば、スパナがそれを防ぐ。互いに一歩も引かない通常攻撃同士のぶつかり合いだ。
ルージュの魂を掴むには、ロボットを使うわけにはいかない。どうやら、サブ装備のバンデッドガンが活躍する時が来たようだ。
魔術師相手に距離を取るのは危険だが、こちらにはペットジョブがある。戦闘が長引くぐらいなら、一発賭けてみるか。
「スキル【衛星】!」
「スキル【雷魔法】サンダリス!」
ルージュから一歩離れ、隙をついて小型ロボット製作する。相手が鈍足であろうと、機械製作の隙を埋めることは出来ない。当然、相手は離れた俺に魔法攻撃を放ってきた。
予測の範囲内だ。ロボット対策に【雷魔法】をチョイスすることも分かっていた。
地面を蹴り、天空から降り注ぐ雷を回避する。そして、サブ装備のバンデッドガンをルージュに向かって放っていった。
「これで前衛後衛が完成! 魔法と物理の使い分けは封じたぞ!」
「うぐぅ……」
【衛星】によって作ったロボットが前衛で戦い、俺自身はバンデッドガンによる後衛サポートに徹する。これが赤魔導師潰しの必勝法だ。
悪いなルージュ。俺は力で攻めるより策を講じる方が得意でな。このまま、お前の機能を潰しつつジワジワ削って……
「スキル【防御魔法】プロテクション!」
「なっ……マシロか……!」
リュイと戦闘を行っていたマシロが、自らのダメージを覚悟でルージュをサポートする。彼女は刀によって切り裂かれているが、全く問題はない。傷は瞬時に再生し、再び戦闘へと戻ってしまった。
何だよこの戦略、反則すぎるだろ……! 【防御魔法】によって出現した壁がルージュを守り、防御力を上昇されてしまった。体力を削りにくくなってしまったな……
だが、こちらもやられてばかりではない。魔術師のギンガさんが、ルージュとマシロの二人を見定めた。
「ふん、面倒だ。纏めて一掃してくれる」
彼の戦法はいたってシンプル。彼は天空から連続でメテオを放っていき、敵に一切の対抗を許さないものだ。
とにかく発動スピードが速く、放たれる数が尋常ではない。詠唱の長いマシロは、降り注ぐ星々を一方的に受けていった。
しかし、ダブルブレインの彼女はすぐに再生してしまう。その間にも詠唱を続け、反撃の機会を狙っているようだ。
「ふん、メテオメテオメテオメテオォォォ! 貴様が魔法を発動するより先に宇宙の塵と消えろ!」
ギンガさんが扱っているのは【スキル宣言免除】。このスキル、響きだけなら微妙そうに思えるが、実際は大概なチートスキルだ。
まず、スキル名を叫ぶという動作が免除となる。つまり、それだけ発動が早くなると言っていい。
さらに、どんなスキルが発動されるのか、宣言から読むことが出来なくなる。相手からしてみれば、いつの間にかスキルが発動されているという状況になるのだ。
もっとも、このチートスキルを正常に動作させるためにはスキルレベルを上げる必要がある。それを含めれば、全くチートじゃないな。
また、発動は速くなるが質そのものが上昇するわけではない。当然、対策を講じられれば戦法は崩壊するだろう。
「スキル【防御魔法】リフレクトオール!」
詠唱を終えたマシロが、自らとルージュに魔法反射障壁を張り付けた。これにより、大量の隕石が弾き返され、ギンガさんの方へと放たれる。
不味いぞ、彼は【HP代価】のスキルによって消耗しているんだ。直撃を受ければ、そのままゲームオーバーになりかねない。この場面、頼れるのはリュイだけだった。
「スキル【惣捲】!」
ギンガさんの前に立った少年は、返された隕石を全てきり落とす。数が無駄に多かったことが幸いし、【惣捲】の性能が上昇したか。いまのはギリギリだったな……
マシロにしてやられたことにより、ギンガさんはキレまくる。
「貴様ァァァ! なぶり殺しにしてくれるわァァァ!」
「ギンガさん落ち着いてください!」
うん、まだまだ元気そうで良かった。しかし、この人は【HP代価】のスキルによってMPの代わりにHP(体力)を削っている。このままじゃ、ライフがゴリゴリ減ってゲームオーバーになりかねない。
ギンガさんには悪いが、俺はこの人を仲間だと思っている。さっさと、ルージュを捕まえないと最悪の事態になるぞ。
そうこうしているうちに、【衛星】の小型ロボットがメイスによって破壊される。
銃撃による時間稼ぎも限界だ。もう形振り構わずルージュに突っ込むしかない!
俺は鉄くずと炎の魔石、メタルナックルを取り出し、それにスパナを打ち付ける。そして右腕にナックルを装備し、最後の攻撃へと移った。
「これで終わらせる! スキル【発明】アイテム、ロケットパンチ!」
「スキル【ぶん回し】!」
俺の攻撃に答えるつもりなのか、ルージュは巨大なメイスを振り回す。
ロケットパンチはアイテム攻撃のため、【覚醒】による強化を受けない。一方、武器を振り回して周囲を攻撃する【ぶん回し】は強化を受ける。さて、この差がどう出るか……
互いの攻撃が衝突し、周囲に衝撃波が走る。俺は全力でロケットパンチを打ち付けるが、ルージュの攻撃力の方が上だ。このままじゃ押し負ける……!
だが、退くわけにはいかない。絶対に諦めてたまるか!
さらなる力を加えようとした時、突如予想としていなかった事態が起きる。ルージュの動きが止まったのだ。
「え……」
「ふん、行け超新星」
ギンガさんの【重力魔法】が彼女を地に縛る。どうやら、リュイを囮に使ってこちらの戦闘に参入したらしい。
俺は彼に感謝しつつ、ロケットパンチをルージュの体に打ち付ける。そして、【奇跡】の効果によって彼女の中に存在する魂との対話へと挑んだ。
真っ白い空間の中。一人の少女が佇んでいた。
彼女は体育座りでうずくまり、何も存在しない場所を見つめ続ける。そこに、明るく元気ないつものルージュはいなかった。
少女はこちらに気づくと、曇った瞳を細める。そして、普段あまり口にしない敬語で減らず口をこぼした。
「何をしに来たんですか……」
「お前を連れ戻しに来た」
「迷惑です……出て行ってください……」
「そうはいかない。手ぶらで帰ったらギンガさんに殺される」
そうだ、俺はみんなの思いを背負っている。いくらお前に拒まれようとも、絶対に諦めるわけにはいかない。
この空間は前にステラさんと話した時にも入った。ここなら、ルージュの中に存在する魂と対話できるだろう。彼女の意思より先に、事態の改善を考えなればならない。
「私……このゲームから出たくない……現実に戻りたくない……」
「気持ちは分かるよ。でも、そのために周り全てを巻き込むのはエゴだ。少なくとも、俺はそのためにこのゲームを使ってほしくないな」
俺はリアリストだ。誰が何と言おうと、エルドたちの行いに正当性はないと思っている。
どんな夢でも自由に見ればいいと思うが、他者を巻き込むのは横暴だろう。特にそれで皆を不幸にするというのなら、ルージュ……お前だって許さない。
それでも、彼女は俺に否定的な言葉をぶつけていく。よほど、現実を毛嫌いしているようだな。
「レンジさんには分かりませんよ……この世界のご飯は美味しくないとか、モンスターを倒したくないとか……おかしなことを言って、ゲームに入り込めていませんから」
「はは……そうだな。やっぱり、現実の目的を持ってきたから、いまだに切り離して考えられないところがあるよ」
また「お前には分からない」か……本当に俺は何も分かっていないんだな。
ゲームに入り込めていない俺が、ゲーマーたちに意見するのは間違っているか。いや、そんな俺だからこそ言えることがあるんだ。
ルージュは含みのある笑みをこぼし、俺の目を見る。彼女の瞳は心なしかくすんでいた。
「私と逆ですね……私はこの世界の自分と、現実の自分に差を作りすぎてしまいました。今はもう、星崎林檎に戻るなんて考えられません……」
「名前林檎かよ。凄いな」
俺がそんなことを言うと、ルージュの口が尖る。
「き……貴様……! 今はどうでも良いだろう!」
「キャラ戻ったぞ!」
気にしてたのか。口が滑ったな。
今のルージュは本人が言うに演じられたキャラらしい。まあ、分かっていたけども。
「そうだ……このキャラクターはボクが作った偽物。師匠の真似事をすれば、不思議と勇気が出てきたんだ。貴様らと知り合えたのも、全部ルージュのおかげでボクの力じゃない!」
ん? それは違うだろ。
何もゲーム上で別の存在に変わったわけじゃないんだ。ルージュがルージュなのは変わらない。
俺は中腰の姿勢を取り、彼女と目線を合わせる。本当に相手の気持ちを理解したいのなら、同じ高さから話した方が良い。今だけは上から目線になりたくなかった。
「お前、何か勘違いしてないか? 例えルージュを演じていようとも、お前が星崎林檎なのは変わらないだろ。俺たちと知り合えたのは自分で行動したからだ」
「ボクの……」
さて、お喋りはここまでだ。目的を果たさないとな。
俺はルージュの手を握り、【奇跡】のスキルを研ぎ澄ます。
彼女が【覚醒】持ちになった時から、俺は警戒してこのスキルを鍛えていた。
これがあったからこそ、中の魂と対話して【覚醒】を使いこなせたんだ。ルージュにも同じことが出来るだろう。
【奇跡】の効果は彼女にも影響を及ぼし、周囲に魂の反応を具現化する。白い空間に浮かぶ色とりどりの光が全て魂だ。
「この人たちはお前の中に入れられたNPCの魂だ。もう、形を取り戻すことはない。このままエネルギーとして消費されて終わる」
「そんな……」
ルージュの頬に雫がつたう。俺と関わったせいで、こいつも散々だな。幼いのによくここまで付き合ってくれたよ。
これからも一緒にいたい。俺たちにはお前が必要なんだ。
「二人でこの人たちと話し合って、これ以上の犠牲者を出さないようにしたい。もう良いだろルージュ。家出はここまでだ」
「……うん」
【ダブルブレイン】の奴らが何をして来たのか思い出したのか、彼女は素直に俺の言葉を受け入れる。
しかし、まだ何かを心配しているようだ。再び口を尖らせて俺の腕を掴む。
「で……でも……! アイやリュイは許してくれるかどうか……」
「あいつらはそんなキャラじゃないだろ」
そうだ、それはお前もよく分かっているはずだろう。あいつらはこの程度でお前を軽蔑したりしない。俺と違って心優しいからな。
さて、そろそろ時間だ。まずはこの魂たちと話し合う必要がある。【ダブルブレイン】の計画を止めるため、【ディープガルド】の平穏のため……彼らの力を貸してもらいたい。
【奇跡】のスキル。ルージュを助けるためにも力を貸してもらうぞ。
現実の世界に戻った途端。俺は地面へと崩れ落ちる。
リュイが何かを叫ぶが聞き取れない。これはちょっと休む必要があるだろう。
【奇跡】のスキル……中途半端な強化もあって、精神を相当にすり減らすな。特に今回は、自分じゃなくて他人の中にある魂と対話したんだ。消耗が大きいのも当然だろう。
「ダメだ……力が入らない……」
「レンジさん、もう大丈夫です。ゆっくり休んでください……」
そんな俺にを守るように立つ一人の少女。星の帽子に赤い服。大きなメイスの魔導師ルージュだった。
彼女は瞳に星を輝かせ、自らが倒すべき宿敵を見定める。今残った敵は一人。僧侶の少女マシロだった。
「ギルド【IRIS】の魔導師ルージュ! 貴方を倒します!」
「ルージュ……戻ってきた……分かった! 決着付ける!」
ジト目の少女と無気力な少女。二人の根暗がお互いに睨み合う。
ギンガさんは役目を終えたことを悟ったのか、回復薬を飲みつつその場に腰掛けた。また、リュイは俺を守るために防御の態勢を取り、敵を警戒する。
みんなルージュに戦わせるつもりなんだ。これが彼女の使命だったんだ。
魔導師と僧侶魔法職同士の戦い……
さあ行けルージュ! vsマシロだ!