130 やったねビューシアちゃん!
白昼の草原、俺は黒い鎧の戦士と対峙する。
こいつと武器を打ち付け合っていると調子が狂うからな。俺は【起動】のスキルによって、ロボットに乗り込むことを決めた。
しかし、スキルを発動しようとした瞬間。ビューシアは剣を収め、臨戦態勢を解く。こっちは本気で戦うつもりだったんだが………本当に何を考えているか分からない。
『ようやくゆっくり話せますねレンジさん……私はお喋りが大好きなんですよ……』
「どいてくれ、俺はリュイとルージュのところへ行く」
お喋りもここまで来たら病気だな。まあ、自覚があるだけマシな方か。
当然、俺にはのんびり話している時間はない。しかし、ビューシアにはこちらの足を止める餌があった。
『プレイヤー操作の実態。その詳細を知りたくはありませんか……?』
なるほど、こう来るか……確かに、喉から手が出るほど欲しい情報だ。
こいつは今まで嘘を言っていない。セレスティアルでの戦いでも彼の情報に助けられた。ここで嘘を話すことはないだろうな。
さて、みすみす情報を逃して良いものだろうか。ルージュにはリュイとギンガさんがいる。なにも俺が全てを背負う必要はないんだ。
「知りたいよ。俺もお喋りは好きだ」
『良いですね素直で……』
我ながら、俺はなんてちょろいんだろう。だが、後悔するつもりはない。ここで新たな真実が分かるなら後に繋がるはずだ。
ビューシアは鎧の下で笑みを浮かべ、長話を語り始める。
『では、話しましょう……科学者ルルノーさんはこの【ディープガルド】製作に携わった元運営。彼はある存在に導かれて、現実とゲームの逆転計画に着手しました』
「ある存在って……」
『残念、それは大きなネタバレになりますので、自身で突き止めてほしいですね』
やっぱり、話せることは選ぶか。こいつは他のメンバーと違って、エルドの計画に関与していない。だからこそ、俺を釣るために組織の情報を漏洩しているのだろう。
ならなぜ、その『ある存在』について話さない。こいつにはまだ何かがある。そう思えて仕方がなかった。
『ルルノーさんは肉体を捨て、ゲームの住民へと姿を変える。自分自身がデータとなったことにより、その研究は瞬く間に進化を続けました。やがて、彼はゲームプレイヤーのダブルブレインを操作することによって、現実の脳へ影響を与える技術を確立します』
ビューシアの言葉が真実なら、やはり組織の要は錬金術師のルルノーさん。元生産市場ギルド【ROCO】の副ギルドマスターで、俺たちに高性能の回復薬を渡してくれた人だ。
鎧のプレイヤーは後ろで手を組み、人間を操作するシステムを語っていく。
『仕組みは簡単……ダブルブレインを強制的に操作すれば、現実との記憶に矛盾が出ます。現実の脳は賢いので、精神を守るために矛盾の出た記憶を消去してしまうのです』
「イデンマさんは消したい記憶を選んでいた。その仕組みでそう上手く操作できるものなのか?」
『ルルノーさんは凄いですよ。現実の脳がどのように動くのか、手に取るように分かるのです……』
なるほど、現実の脳は操作されたわけではなく、体の防衛処置として記憶が失われたのか。だから、アスールさんは別アカウントにログインすることで以前の記憶を思い出したんだ。
しかし、そんな曖昧なもので人間を操作するなんて……天才ってのはいるものなんだな。その天才のせいでこっちは大迷惑だよ。
『この方法を使えば、やがて現実の全てを操作出来ます。全人類を自滅させ、全てをデータに変える事も……しかし、ダブルブレインを操作するには三つの問題があったのです』
「問題?」
なぜか、こいつとの会話に抵抗はない。自然に疑問の声が出てしまった。
また、ビューシアの方も抵抗なく俺の疑問に答えていく。これじゃ敵同士という事を忘れそうだ。
『一つ目は操作の条件として、対象者の人格を入れ替える必要がある事。ゲーム上に存在するダブルブレインの情報を消去し、新たに作った別の情報を入れる行為です。もう分かっていますよね? 情報の消去は記憶の消去、新たに作った情報はNPCの魂エネルギーです……』
要するにプレイヤーの記憶データを弄って、NPCの記憶データをぶち込む行為だ。既に分かっている情報だが、改めてこの行為を認識した。
『二つ目は人格の消去入れ替えを行う場合、その時のプレイヤーは肉体的にも精神的にも無防備である事。これを満たすのは簡単ですね。ゲーム上の死、ゲームオーバーにするだけですから。ゲームオーバー時に記憶が操作される理由が分かったでしょう?』
要するに、これが奴らの言う『印を刻む』だ。【ゴールドラッシュ】と【7net】を争わせ、沢山のプレイヤーをゲームオーバーにしたのはこの為だった。
『三つ目は対象者が無意識でない場合、操作が安定しない事。これはバーサクの状態異常を与えることで解決しました。いつでも手軽にバーサク状態にすることが出来るよう、元運営のルルノーさんはその時に【覚醒】のスキルを製作。ゲームオーバー時に入手できることを条件としました』
NPCの魂を入れたところで、本人の魂が作動していては操作が安定するはずがない。バーサクの状態異常はプレイヤーの魂を拘束するためというわけだ。
しかし、ここで疑問が浮かぶ。バーサクの状態異常を受けていないにもかかわらず、随時敵の駒として動いているプレイヤーもいる。俺が知っているのは【エンタープライズ】のラプターさん、元【ゴールドラッシュ】のランスさん、そして俺の仲間であるルージュだった。
「でも、それならバーサク状態でない場合の操作は安定しないはずだ。何で【覚醒】を使用していないルージュが操作を受けている」
『操作は安定していませんよ。そう、安定しない方がむしろ良かったのです。本人の思想がこちら寄りならばですが』
つまり、一部のプレイヤーは操り人形ではなく、ある程度の思考を許している訳か。形としては俺に近い。本人の魂とNPCの魂を強制的に共存させているという事だ。
だが、これが真実なら、ルージュは自分の意思で奴らの仲間になったことになる。正直、あまり信じたくない。ギンガさんは意志を貫いたと言っているが、俺には納得できなかった。
「じゃあ、ルージュもラプターさんも自分の意志でお前らの仲間になったって言いたいのかよ……」
『だから最初からそう言っているじゃありませんか……貴方は裏切られたのです』
以前と同じだ。ビューシアは俺の心を曇らせようとしている。
自分と同じ戦闘狂、自分と同じで真っ黒。そう言って俺たちを翻弄し、心を弄んでいるんだ。
「俺を動揺させて何になる……何で俺に拘る」
『そうですね……初めはエルドさんに対する嫌がらせでした。彼のお気に入りが滅茶苦茶になってしまえば、きっと物凄く悔しがるのではと思ったのです……』
突如、奴は両手を広げ、青い空に視線を向ける。そして、自らの思いを高らかに叫んでいった。
『ですが、レンジさん……私は貴方と交わる事でどんどん夢中になっていった……! ああ……レンジさん……レンジさん……レンジさん……! 貴方の瞳を曇らせたい! 私と同じよう真っ黒に! 仲間が増えるよ……やったねビューシアちゃん! アハハハハ……』
「ビューシア……それがお前の本性か!」
何だよこのサイコパスは……冗談じゃない。
もう確信だ。こいつは確実に女性プレイヤー。鎧の下から漏れる声は完全にそれだった。
ビューシアは視線を俺に戻すと、その場で華麗に一回転する。そして、可愛らしく首を横に倒した。
『私が憎いですかレンジさん……もっと憎んでください……その方が後々……』
例え女だろうが、こいつの好意は本気でお断りしたい。俺を掌握できると思うなよビューシア……
計画通りなのはこっちも同じこと、だからこそ俺は敵に余裕を見せる。笑みを浮かべ、悠々とした態度でこちらの思考を語っていった。
「完全な操作はしていないが意識そのものを惑わす。これが新たなプレイヤー操作という事だな。つまり、ルージュの精神を強く持たせれば、不安定な現状は改善されるというわけだ」
ビューシアは何も言わずに立ち尽くしている。そんな彼女に更なる追い打ちをかけていった。
「なに驚いてるんだよ。お前は三つ勘違いしている。一つ目、俺はルージュがこうなる事は前々から予測していた。二つ目、この状況を改善するための策は用意してある。三つ目、だからこそ俺は意外と冷静だ」
ルージュが【覚醒】による操作を受ける事など、遥か前から分かっている。勿論、アクセサリーによるバーサク対策なんてものも期待していない。
仲間は救う。甘い理想を掲げるなら、それ相応の策を用意するのが当然。俺はここ数日、【状態異常耐性up】でも【防御力up】でもない別のスキルを鍛えていた。
さあ、奇跡を起こす時だ!
「さて、策を実行するためにはルージュに会う必要がある。ビューシア! ここは通してもらうぞ!」
スパナを構え、ビューシアに対し臨戦態勢を取る。敵が動いた瞬間、俺は【起動】のスキルを使用してロボットに乗り込むつもりだ。相手が低レベルでも容赦するつもりはない。
そんな俺の態度を見たビューシアは、僅かに後ずさりをする。どうやら、俺が真っ直ぐ敵を見据えている事に動揺しているようだ。
『なぜですかレンジさん……なぜ貴方の眼は曇らない……』
「ある女にこう言われた。『迷っていい、逃げてもいい、だけど自分の気持ちに嘘を付くな』ってな。俺はただ、自分の信じる道を突き進むだけだ」
俺がそう言葉を返すと、再び彼女は冷静になる。そして上機嫌な様子で、言葉を連ねていった。
『ずっと貴方を支え続けていた少女……たしか、アイという名前でしたか。健気で良い子ですね……それにプレイングスキルも高い……彼女の存在が貴方に技術をもたらし、彼女の存在によって貴方はここまで来れた。そう、彼女はこの世界における貴方の全て……』
「何が言いたい……」
『私は貴方がルージュさんの元に行くことを止めません。勿論、後を追う事もしない……しかし、貴方が姿を消した瞬間。私はアイさんをゲームオーバーにするために動き出します。それでも貴方は、私を無視してルージュさんを救いに行きますか?』
「っ……」
こいつ……ルージュの次はアイを狙うつもりか。まあ、俺の事を気に入ってる奴からしてみれば、アイの存在は邪魔で仕方がないだろうな。
『さあ、貴方が選択するんです……貴方自身で決めなければ意味がない……! 救えるのはどちらか一方なのですから……!』
俺の心の支えを奪い、絶望させるつもりだろうがそうはいかない。アイはこいつよりも遥かにレベルが高く、戦闘技術も俺以上。負ける事など絶対にありえなかった。
俺は彼女を信じている。師匠であり、大切な友人でもあるアイ。あいつはこんな異常者に負けない!
「俺はアイを信じる」
『その選択、後悔しなければいいですね……』
ビューシアに背を向け、俺はシエナ平原を駆けだす。テレポートは同じマップのどこかに移動させる魔法。リュイたちはそう遠くまで移動していないだろう。
視界に見えないという事は、目の前にあるタンジェリン機械遺跡の裏に移動しているという事。なら、その周囲を辿っていけば確実に辿り着くはずだ。
蒸気が舞い、鉄くずが散乱するフィールド。
ただ奇跡をもたらすため、俺は進むのだった。