129 脳内宇宙
ビューシアはようやく剣を構えると、その刃をこちらへと向ける。
相変わらず動作は遅く、レベルは俺やリュイよりもはるかに低い。他の【ダブルブレイン】とは異質な存在だと感じられた。
しかし、奴のプレイヤースキルは上位レベルだ。おまけに、今はルージュも敵にまわっていた。
『さあ、ルージュさん。彼らに分からせてください。現実というものがいかにくだらないものか……』
「うむ……! スキル【覚醒】!」
少女の瞳に三角帽子の紋章が浮かび上がる。バーサクの状態異常を受け、彼女はより一層暴走状態となった。
巨大なメイスを軽々と振り回し、ルージュはこちらへと走り出す。【覚醒】の効果により、そのスピードは遥かに上昇しているようだ。
俺は彼女の通常攻撃をスパナによってジャストガードする。しかし、メイスを弾いたとしても、この少女には得意の追撃魔法があった。
「やめろルージュ!」
「うるさい……! スキル【炎魔法】ファイアリス……!」
読んでいても対処できない攻撃はある。ルージュは弾かれながらも、メイスから燃え盛る炎を放った。
魔法攻撃はジャストガード不能。おまけに、機械技師の動きは他よりも劣っている。彼女の魔法攻撃を回避できるはずがなかった。
炎に身を焼かれ、俺は大ダメージを受ける。ルージュがINT(魔法攻撃力)を鍛えていたら一撃で詰んでいたかもな……
すぐに、侍のリュイがサポートへと走る。しかし、俺の眼は後方に潜む新たな敵を捉えていた。
「レンジさん!」
「スキル【光魔法】シャイン!」
眩い光がリュイの頭上に降り注ぎ、彼を地面に叩きつける。魔導師が習得できない【光魔法】。この魔法を最も得意としているのは僧侶だった。
やがて目隠しをした少女が俺たちの前に現れる。彼女はその目隠しを外し、白い瞳でリュイを睨み付けた。
「リュイ……リルベを殺した!」
「マシロさん……ですか……」
侍は立ち上がり、マシロから目を逸らす。後ろめたい気持ちは分かるが、お前はリルベを救おうとしたんだ。何も気に病む必要なんてない。
しかし、マシロの参入によって状況は最悪となる。相手は三人、こちらは二人。これでは勝負にならないだろう。
やはり、ルージュを正気に戻すしかない。俺はただひたすらに彼女に向かって叫ぶ。
「ルージュ……聞いてくれ! 俺は……」
だが、その瞬間。こちらに向かって黒い刃が振り落された。
とっさにその攻撃をガードし、互いに武器を押し付けあう。戦士ビューシアは容赦なく、俺を打倒しようと力を入れた。
『貴方の相手は私ですよ……レンジさん……』
「くそっ……! 邪魔だ! スキル【覚醒】!」
俺は【覚醒】のスキルを使用し、自らの能力を上昇させる。敵は【ダブルブレイン】かつ、最強のプレイヤーキラー。一切の油断はなかった。
しかし、奴は戦士の割にSTR(攻撃力)が異常に低い。こいつは俺の思った以上に低レベルだな。すぐにスパナを振り払って、敵を後方へと弾き飛ばした。
それでもビューシアはすぐに体勢を立て直す。再び距離を詰め、今度は俺の腹部を狙って下方から斬り上げた。
「何だよこれ……」
奴の動きは完璧だ。並のプレイヤーならば、攻撃を防げず一撃を受けていただろう。
しかし、俺には彼の動きが読めていた。まるで誘われるようにスパナを動かし、ビューシアの攻撃をジャストガードする。そして、再び誘われるようにスパナを動かし、彼の顔面へと武器を振りかざした。
『流石はレンジさん……』
「凄い……」
だが、ビューシアはその攻撃をジャストガードし、瞬時にその場から退避する。リュイは感心しているが、これは俺の実力ではない。この戦いは何かがおかしかった。
敵の動きは読めるが、こちらの動きも読まれている。互いに手の内が分かっているような……互いに心が通じ合っているような……
こいつと戦うと何故か落ち着くような……
「何なんだお前……何なんだよ……!」
『私は貴方の因縁……貴方にとっての全てですよレンジさん……』
背筋が凍りつき、言葉に出来ない恐怖が俺を襲う。
ダメだ。こいつと戦っているとおかしくなる……今はルージュを救う事が最優先。こんな奴の相手なんてしていられない!
「スキル【起動】!」
俺はロボットに乗り込み、ルージュの元へと走らせる。メカの修理は完了しているが、使用できるのは一回の戦闘で三分程度。この三分を無駄には出来ない。
少女は俺を見ると魔法の詠唱を始める。相手が魔法職なのは厄介だ。ジャストガードを得意とする俺に、魔法攻撃は天敵中の天敵だった。
「スキル【氷魔法】アイスリス……!」
「スキル【光子砲】!」
ルージュの放った凍結魔法をロボットが放つレーザーによって相殺する。瞬間、互いの攻撃がぶつかり合い、蒸気を巻き上げ小爆発を起した。
反動でロボットの動きが止まる。それを見計らい、ルージュはメイスによる接近戦へと移っていく。
相手にしてみて初めて気づく。このゲームにおいて、遠距離技と近距離技を使い分けるのがどれほど厄介かという事が……
「スキル【二連撃】……!」
「スキル【解体】!」
一撃目を【解体】で相殺したが、二撃目がロボットのボディへと打ち付けられる。装甲の堅いこいつに生半可な物理は効かない。だが、本命は次に控える連続魔法だった。
ルージュは攻撃を行いながらも、詠唱を行っている。【移動詠唱】のスキルが、彼女の赤魔導師としての動きを可能としていた。
「ルージュ! 正気に戻ってくれ!」
「ボクは正気だ……! スキル【水魔法】アクアリス……!」
魔導師の放つ激流、直撃を受ければ一貫の終わりだろう。
やられる……あのルージュに全てを消される……俺の頭は回転し、この危機を打開する策へと動かしていった。
「解除だ……!」
ロボットをアイテムボックスへと戻し、俺は機体の外へと投げ出される。間一髪、その横を水流が流れ、攻撃の回避に成功した。
悔しそうな顔をするルージュ、この場は何とか切り抜けたな。
しかし、一難去ってまた一難だ。リュイとマシロが戦う方から大きな声が響く。
「レンジさん! 逃げてください!」
「これでお終い! スキル【聖魔法】ホーリィ!」
俺たちの足もとに巨大な魔法陣が浮かび上がる。僧侶マシロが扱う【聖魔法】だった。
ダブルブレインにHPの概念はない。【回復魔法】を扱う必要性はないため、彼女はINT(魔法攻撃力)特化だと予測できる。この魔法が発動した時点でお終いだ。
再び俺の頭は回転する。しかし、今度の今度は策が思い浮かばない。
諦めてたまるか……俺はスパナを握りしめ、マシロを止めようと動き出す。その時だった。
「超波動銀河流星群ォォォ!」
突如【星魔法】の最上位技、メテオストームが降り注ぐ。これはメテオを全範囲に降らせる最強の攻撃魔法。使えるプレイヤーは一人しかいないだろう。
地上に降り注ぐ星々は、周囲を包む白い光と相殺していく。轟音を響かせ、シエナ平原の大地をえぐっていったが、相殺のためこちらへのダメージは防がれた。
ギンガさん、結局助けてくれたじゃないか。ピンチの時を待っていたのは頂けないが、この支援がなければ不味かった。
彼は腕を組みながら、俺たちの前へと姿を現す。
「ふん、また【聖魔法】か。芸のない奴だ」
「お前に言われたくない!」
思考停止【聖魔法】と思考停止【星魔法】。戦略性はないが単純に強い。どちらも消費が大きい代わりに莫大な威力を持つ魔法だった。
すぐにリュイが駆け寄り、彼を盾にするように立つ。
「ギンガさん、どうしてここに!」
「散歩……いや、宇宙遊泳と言ったほうが良いか……」
絶対、俺たちを監視していたな。仲間にしてほしいならそう言えば良いのにな……まあ、この立ち位置の方が彼らしいか。
それに、今回俺たちを助けたのはギンガさんなりの拘りがあったのだろう。ルージュがあのようになったのはギンガさんも面白くないはずだ。
「ルージュ……貴様……」
「し……師匠……」
彼は魔導師の少女を睨む。だが、すぐにその表情は和らぎ、たちまち上機嫌となった。
「ふん、流石だと褒めてやろう。仲間を裏切ってまでも貫きたい意志。中々の強かさだ」
「おいいいィィィ!」
何言ってんだこの人! 頭ん中コスモかよ!
要するに彼は根っからの個人主義者。例え周りを巻き込もうが裏切ろうが、自らの芯を通せばそれが正義となる。恐らくそう思っているのだろう。
だからこそ、ギンガさんは自分に絶対的自信を持っている。たとえ自らを尊敬する少女が相手だろうが、容赦するはずがない。
「ルージュ、前にも言っただろう。貴様には貴様の意志があるように、私には私の意志がある。だからこそ! ここでブラックホールの彼方へと消えるがいい!」
「ギンガさん! 次のゲームオーバーでルージュさんの記憶が消えないという保証はないんですよ!」
「黙れィ! 奴はそれを覚悟して裏切ったに決まってるだろうがァ! ならばその礼に答え、徹底的に叩き潰すのが奴のためなのだァァァ!」
止めるリュイを振り払い、彼は杖を掲げる。
聞いた話だが、ギンガさんが強化している自動スキルは【詠唱速度up】と【スキル宣言免除】、【MPup】の三つ。前者二つのスキルによってノーモーションで魔法を連打し、後者のスキルによって消費を抑える戦法だ。
だからこそ、魔法の発動がとにかく速い。何とかして止めないとルージュの記憶が……
「ルージュ、私と対峙したことを後悔するが……」
「スキル【防御魔法】オールリフレクト」
しかし、彼が御託を並べている合間。マシロが魔法を跳ね返すリフレクトをルージュたちに掛けてしまった。
おいおい……これは不味くないか? 魔導師は魔法以外の技スキルを全く持っていない。魔法を弾き返されたら何も出来ないだろう。
ギンガさんは腕を組むと、無言でうなずく。やがて、こちらへと視線を向けた。
「ふん……詰んだわァ!」
「ええー!?」
まさかのギンガさん使えねえ! 当然、リュイが鋭い突っ込みを加える。
「【解除魔法】は習得していないんですか!」
「それを使えば、敵はリフレクトを張り直して面倒だろうがァ! この私にMPの削り合いという地味な戦いをしろと? 貴様なめているのかァ!」
「なめているのは貴方ですよ!」
【解除魔法】を使用すれば、相手の防御効果を除去することが可能だ。しかし、当然敵もリフレクトを張り直し、いたちごっこになるのは確実。あのギンガさんが地味に消耗戦を行うなど、絶対にありえなかった。
要するに、この人は【星魔法】をぶっぱしたいという事。とにかく、何をするにも面倒な人だ。
この一連の漫才により、ルージュの手は止まる。そして、恋しそうにこちらの会話に耳を傾けていた。
なるほど、ギンガさん。これも貴方の策略だったというわけですね。流石は総合ランキング上位だ! 凄い! そういう事にしておこう!
流石のビューシアもこの状況を好ましくないと思ったのか、マシロに新たな指示を出す。
『まったく、うっとうしい……マシロさん……!』
「うん! スキル【移動魔法】オールテレポート!」
僧侶はゆっくりとこちらに近づき、広範囲を転移させる魔法を使用していく。
しかし、その瞬間だった。ビューシアが剣を振りかぶり、俺への攻撃に移る。とっさにスパナによってガードしたが、後方へ押し飛ばされてしまった。
「くそっ……! しまった……」
俺とビューシアを残して、他の四人は【移動魔法】によって転移される。完全に分断されてしまったな……
どうやら、このビューシアという奴は、意地でも俺と戦いたいらしい。なら、こっちも受けて立ってやる。ルージュたちの元へ行くには、こいつを倒さなきゃならないんだ。
俺の因縁……俺の宿敵……
こいつが勝手に言っている事だが、少しずつ意識が向いてくる。
武器を交えた時の不思議な感覚……それが蟠りとなり、心に残っていた。