12 選んだ答え
俺は一連の騒ぎに蹴りを付けるため、ヴィルさんの元まで歩く。
お茶を濁すようで悪いが、これはパーティーメンバーを賭けた決闘。彼らには、負けた代償を支払って貰わなければならない。それが、この戦いのルールだ。
「約束、覚えていますよね」
「ああ……」
辛辣な表情をするヴィルさんに対し、俺は笑顔で言う。
「じゃあ、忘れてください」
「な……なんだって!」
俺は戦う前から決めていた。くだらない人取りゲームなんて糞食らえ。そんな物、滅茶苦茶にぶっ潰すつもりだった。
俺は弱くて卑怯者だ。だが、そんな俺だからこそ、力に物を言わせて、欲しい物を手に入れるのは気に入らない。戦いのルールも、負けた代償も、巻き込まれた俺からしてみれば知ったことじゃないんだ。
そんな俺の横暴に、ヴィオラさんは口出しする。
「ちょちょ、ちょっとレンジ! せっかくのメンバー会得チャンスを……」
「黙れ! 勝ったのは俺だ! この場のルールは俺が決める! 文句なんて言わせない!」
ギルドマスターなのにアイを止められず、相手の挑発に乗ってしまった貴方に言われたくはない。そんな不満を、俺は隠すことなく態度に現した。
歳上に向かって反抗的な態度を取ることなど、俺のキャラではない。だが、この場面は譲れなかった。
「レンジ……もしかして、怒ってる?」
「そうかもしれませんね」
相当にイラついていたのは確かだ。だがそれ以上に、全てをアイの思い通りにされるのは嫌だった。
彼女の戯言によって、ヴィルさんたちに迷惑がかかるのも気に入らない。俺の中の歯車が全く噛み合わないのだ。
事件を起こした張本人、アイは俺の前に出ると、含みのある笑みをこぼす。
「これが、レンジさんの選んだ答えなんですね」
「ああ、人の身柄を賭けるなんて異常だ。こんなものは無効に決まってる。文句あるか?」
「いえいえ、レンジさんの選んだ答えなら、私も納得です!」
どうやら、彼女はこの決定に文句はないようだ。あとはギルドマスターの意思次第。
「ヴィオラさんは、反対ですか?」
「いえ、メンバーが増えるって舞い上がって、正気を失ってたわ。あんたのおかげで目が覚めた。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」
本人も言うように、ようやくヴィオラさんも正気に戻った様子。これからは、先輩としてしっかりしてください。貴方以外に、このギルドを支える人はいないんですから。
こちらの話しも纏まり、俺はこの決定をヴィルさんに話す。もっとも、彼が何と言おうと、パーティーメンバーを貰い受けるつもりはないのだが。
「そういう事になりました。賭けは全部無しです。貴方も、本気でメンバーを引き抜こうだなんて思っていなかったんでしょう?」
「ああ、思っていなかった。でも、お金の方は本気で貰うつもりでいたよ」
ヴィルさんは懐に手を入れると、そこから皮の袋を取り出す。そして、そこから光り輝く金貨を掴み、俺へと手渡した。
「約束の10000Gだよ。貰ってくれ」
「いえ、お金もいりません。今回の戦いは全て、無かったんですよ」
「いいや、君は間違いなく勝った。頼むから貰ってほしい。これ以上、僕を惨めにさせないでくれ」
このお金を貰わなければ、彼のプライドは一層傷つく。単なる意地や同情で、受け取りを拒否するのは確かに無礼だ。
俺はこのお金をギルド資金として、ありがたく貰い受けようと考えた。しかし、そんな俺の考えを見通したかのように、ヴィオラさんが言う。
「レンジ、それは貴方のお金よ。ギルド資金じゃなく、貴方が大事に使いなさい」
「レンジさんなら、きっと有効に使えるはずですよ!」
賭けによって手に入れた汚いお金ではない。これは、ヴィルさんから譲り受け、ヴィオラさんから託された特別なお金だ。俺は金貨を握りしめ、その有難味を肌に感じる。
「ヴィルさん、ヴィオラさん……ありがとうございます! 大切に使わせていただきます!」
性格は嫌味だが、ヴィルさんも基本良い人のようだ。彼の粋な計らいに、感謝しなくてはならない。
そんなヴィルさんに対し、ヴィオラさんはご満悦の様子。にやにやと笑い、からかうようにその帽子を剣でつつく。
「それにしてもヴィル~、珍しく優しいじゃな~い?」
「うるさい! 僕だってパーティーリーダーなんだ。締めるところは締めるさ」
まあ、後輩の前ではかっこつけたいのも当然だろう。この対応ならば、リーダーとしてのメンツは保たれる。俺はお金を受け取って良かったんだと、再認識した。
もっとも、ヴィルさんの後輩たちは、先輩を見限るような事をするキャラには思えない。特に熱血バカのハクシャに限って、仁義を忘れることはないだろう。
彼は早くも復活すると、俺に向かって拳を突き付ける。
「レンジ! 次は絶対負けないからな!」
「次が無い事を祈ってるけどな」
俺は皮肉のこもった返しをし、再戦の約束を濁す。悪いなハクシャ、戦うのはやっぱり嫌いだ。
話しも一段落し、ヴィルさんたちは本来の目的に戻るようだ。今回決闘を申し込んだのはあくまでも寄り道。彼らには、元々何らかの依頼があるのだから。
「さて、僕たちはこれで失礼するよ。君たちと違って暇じゃないからね! アーハッハッハッ!」
最初のテンションに戻ったヴィルさんは、前髪を払い俺たちに別れを告げる。
そんな彼の後ろで、一人の少女がシュン……と小さくなっていた。附術士のシュトラだ。彼女の姉、鍛冶師のイシュラは心配して声をかけた。
「どうしたの? シュトラ」
「私……空気そのものだった……」
「次活躍しなさい」
「はい……」
オチも付いたところで、この場はとりあえずお開きだ。ヴィルさんは後輩三人を連れ、俺たちは逆方向へと歩いていく。あの方向には、俺とアイが間違えって入ったエボニーの森がある。ハクシャたちのレベルは俺たちより高いので、充分あのダンジョンも探索できるのだろう。
彼らは俺たちよりも先を行っている。しかし、焦ることも無い。俺たちは俺たちのペースでこのゲームを進めていけばいいのだ。
ヴィルさんたちが立ち去ると、急にアイがしおらしくなる。先ほどまで元気だっただけに、逆に怖い。
彼女は俺の顔色を窺うように、上目遣いで話しかけた。
「あの……レンジさん」
「なんだ?」
俺はそっけない態度をし、自分が怒っている事をアピールする。まだ俺に言いたいことでもあるのだろうか? まさか彼女に限って、今さら謝る訳もないだろう。
「ご……ごめんなさい! 私、皆に迷惑をかけてしまって……」
今さら普通に謝ったか。いや、確かに嬉しいが、本当に予測不能な奴だな……
本人も深く反省している様子だし、あまりしつこく根に持つのも悪い。俺は柄にもなく、説教くさい事を彼女に言い聞かす。
「俺のためを思ってやってくれたんだろ? それはお礼を言うよ。ありがとう。でも、もう皆に迷惑をかけるようなことをするなよ。人を賭けるなんて、やっちゃいけない事なんだ」
「はい! もう、絶対にやりません」
素直な良い子だな。ただ、素直すぎるのは、悪い意味で愚直でもある。今回の場合は、彼女の人を信じる心と、俺に対する期待が悪い方向へと動いてしまったようだ。
良かれと思ってやった行動なので、これ以上怒鳴りつけることも出来ない。俺は不機嫌に、草原を歩み進めた。
「あーくそっ! 俺のキャラがぶれてきたぞ……お前らのせいだ! 俺はもっとこう、クールにゲームを進めたかったんだ!」
「まあまあ」
こっちの世界に来て二人と話しているうちに、自分の中にもう一人の自分が出来ているような感覚だ。俺はあんなに熱血漢ではないし、情に任せて説教する人間でもない。本当に自分の中の歯車が噛み合わなかった。
俺たちはエルブの村を目指すため、再び歩き始める。別に急ぎ旅ではないのだが、あまり無駄なことに時間を使いたくはない。
しかし、物事はそう上手くいくものではない。この場面でまた邪魔が入ってしまう。
「拍手喝采雨あられ~! ブラボー! ブラボー! いや~素晴らしい! 美しい! あなた最高!」
突如、平原に響く第三者の声。
軽い爆発共に、どこからともなく現れるポーカーフェイスな男。二股に分かれた帽子をかぶり、左頬には星、右頬には雫のマークがメイクされている。その派手な服装から察するに、ジョブは道化師だろうか。
その突然の登場に、ヴィオラさんは驚きの声を上げた。
「ちょちょちょ! いったい何なの!」
「これはこれは申し訳ございません。わたくし、道化師のマーリックと申します。以後、お見知りおきを」
男は右手を前にだし、丁寧にお辞儀をする。その口調、性格は正に道化師。彼は完全に役になりきっている様子だ。
俺たちを驚かせたことに、満足げな表情を浮かべるマーリックさん。彼は丁寧口調のまま、俺たちにあるお誘いをする。
「この度、皆様一同に闘技場へのお誘いをしたく参上いたしました」
「闘技場……?」
「はいはい、王都ビリジアンで開催されている催し物で、戦闘によってポイントを競うのです。連戦連勝で高ポイントゲット! 一位に輝いた者は、同時に決闘ランキングでも一位! か・な・り、エキサイティングな施設なんですよ」
要するに単なる営業活動だ。口の上手い彼には向いているのかもしれない。
しかし、一つの疑問が浮かぶ。NPCでもない彼が、なぜ闘技場の営業などをしているのだろうか? 同じ疑問をヴィオラさんも感じたらしい。彼女はマーリックさんにその疑問を放った。
「あんたプレイヤーみたいだけど、闘技場で働いてるの?」
「いえいえ、わたくしは単なるアルバイト。こうやって、お強い方を闘技場に誘い、紹介料を頂いている所存。何せ何せ、ソロプレイは資金が不足しがちですので」
「世知辛いわね」
討伐依頼や制作依頼がある世界なのだ。闘技場のアルバイトという物があっても別に珍しくはない。
しかし、せっかく仕事をするのなら、この世界でしか出来ない事をしたいとは思わないのか? 少なくとも、マーリックさんはそう思わないらしい。彼はこの仕事を生き生きと熟していた。
「こちらが私からの紹介証明。受付の方にお見せすれば、何とアイテムを一つサービス! 興味があれば、是非是非。では、さらばです!」
その言葉と共に、俺たちの前でボン! と軽い爆発が起こる。色取り取りの煙がばら撒かれ、派手に平原から姿を消すマーリックさん。
なんて慌ただしい人なんだ。まあ、明確な理由がある分、変人銀髪男たちより数倍マシなのだが。
気を取り直して、俺たちは旅を続ける。
スライムやゴブリンを蹴散らし、セラドン平原を北の方角へと向けて歩く。エルブの村までは綺麗な小川があるぐらいで、特にダンジョンも、障害もない。本番はエルブの更に北、王都ビリジアンまでの道のりだ。こんな所でもたもたしてはいられない。
平原も中盤に差し掛かり、流石にスライムやゴブリンなどのキングオブ雑魚は退場する。代わりに現れたのは、巨大蜂のモンスターであるキラービー。植物のモンスターであるマンドラゴラ。どちらも状態異常を使う厄介な敵だ。
しかし、俺はそれらを全く恐ろしいとは思わなかった。スキル【状態異常耐性up】に加え、猫耳バンドを装備。100%ではないが、すでにある程度の状態状耐性を手に入れていたのだ。
「毒なんて効くか。眠りも無効だ」
「レンジさん、頼もしいです!」
新しいスキル、【解体】によってダメージソースには困らなくなった。
PPに気を使いつつ、俺はキラービーを力強くぶっ潰す。悪いが、虫に同情はない。虫は嫌いだ。特に巨大な蜂など身の毛もよだつ。
でも、マンドラゴラの方はちょっと可愛そう。大きな根っこに、可愛らしい顔が付いているというデザインは、植物でも叩き潰すのが心苦しい。だが、先に進むためには、殺生も仕方ない。
「私の助力は必要ないみたいね。二人ともガンバー」
俺たちよりも遥かにレベルの高いヴィオラさんは、基本見ているだけだ。彼女がいなくとも、俺たちは充分に戦えている。アイの【まつり縫い】による拘束から、二人揃ってのラッシュは結構強かった。
そして、俺にはこの技術もある。
「ジャストガード、どんどん上手くなりますね!」
「おかげさまでな」
俺はダメージ覚悟で、ジャストガードの練習をする。いつの間にか、ただモンスターを倒すだけでは満足できなくなってしまっている。ジャストガードを……ジャストガードを成功させねば……!
こんな思想になってしまったのは、アイの策略なのだろうか。
俺とアイはそれぞれレベルを5に上げ、かなり好調だ。しかし、何やら胸騒ぎがする。このまま、こんな楽しい旅が続くのだろうか……
なぜか俺の心に一抹の不安が過る。
これが現実とならないことを祈るばかりだった。