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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
三十三日目 歯車の街テラコッタ
129/208

128 お喋りな鎧

 現実時刻の深夜2時、【ディープガルド】時刻の朝8時。空は真っ青だが、ログインしているプレイヤーは殆どいない。街を歩いている人はNPCばかりだった。

 俺はリュイと合流し、待ち合わせの借り工房へと歩み進める。まったく、ルージュの我ままには付き合っていられないな。


「リュイ、無理に付き合わなくても良かったんだぞ」

「そういうわけにもいきません。ルージュさんにも何か事情があるのでしょう」


 事情ね……やっぱり、【覚醒】持ちとなってしまった事だろうか。

 バーサク対策をしていたラプターさんだが、彼女はそのアクセサリーを装備していなかったらしい。どうやら、バーサク状態でないときに自ら外したようだ。

 本当に胸騒ぎがして仕方がない。やがて、その胸騒ぎは現実のものとなる。


「レンジさん……! リュイさん……!」

「アイか。どうしたんだ。そんなに慌てて」


 こちらに向かって走ってくる少女。すぐに彼女の異常に気付く。

 戦闘を行ったのか、アイのライフは大きく削れていた。それも、イエローゾーンに入るほど酷くやられている。

 回復もせずに俺たちを探していたことから、事態が深刻なものだと判断できた。息を荒くしながら、彼女は涙目で叫ぶ。


「私……何も出来なくて……! あの人、とっても強くて……! それで……」

「おい、落ちつけ。何があったかゆっくり話してくれ」


 そんな彼女を宥め、状況説明を求めた。何が起こったのか分からなければ、こちらも何をすればいいか分からない。

 やがて、だいぶ落ち着いたのか、アイはしっかりとした口調で簡潔に言う。


「ルージュさんがさらわれました……」

「なっ……」


 リュイは驚き、言葉を失う。それもそのはず、彼女の言っている事はこの世界ではあり得ない事だからだ。


「さらわれた……? ゲームオーバーにされたわけじゃなく、さらわれたのか?」

「はい……! 真っ黒い鎧を着た男の人にです!」


 ビューアか……なんであいつがそんな事を……

 今までにこのゲームで誘拐されたという事例を聞いたことがない。戦闘中にログアウトは出来ないが、ただの拘束状態ならログアウト可能。だからこそ、クロカゲさんは俺たちとの和解を求めたのだ。

 人質として確保されるなどあり得ない。そんな事をすれば、真面にゲームをプレイできなくなり、現実世界にも戻れなくなるだろう。何なんだこの違和感は……

 だが、アイは真剣だった。【回復魔法】を使用し、すぐに戦闘準備を整える。


「私……自分で自分が許せません。レンジさんとリュイさんは二人で捜索をお願いします。私は一人であのビューシアというプレイヤーを倒します!」

「危険ですよ! ここは三人で……」

「ごめんなさい。二人がいると本気出せないから……」


 彼女がそう言った瞬間、俺の背筋がぞっと凍る。これは完全にブチギレてるな……

 アイは生粋のバトルマニアだ。ビューシアの奴にあしらわれたことが気に入らないのだろう。

 こいつは俺じゃ太刀打ちできないほどに強い。俺やリュイ、ルージュの戦闘技術は全て彼女から学んだものだ。

 大丈夫だ。負けるはずがない。こいつは初心者を上級者に押し上げるほどの能力を持っている。レベルだってビューシアの奴より高かった。

 だが、やはり何かが引っ掛かって仕方がない。


「アイ……!」

「なんでしょう?」


 俺は今にも走りだそうとするアイを呼び止める。しかし、彼女の意思を折るほどの覚悟が俺にはなかった。

 すぐに感情を押し殺し、笑顔で見送る。


「いや、気を付けてくれ」


 これで良いんだ。自分より強い奴を呼び止める資格なんてあるはずがない。

 俺はアイを信じている。どんなプレイヤーより強い奴だとも思っていた。

 心当たりもなく、彼女は街の外へと飛び出していく。ルージュを見つけることが出来るとは限らない。それでも、少女は自らを信じて前に突き進んでいった。




 アイと別れた俺たちは、テラコッタの街を捜索する。だが、手がかりとなるものは何もない。アスールさんが居れば【追尾】のスキルを使えるんだが、無い物ねだりをしても仕方がなかった。


 しかし、その状況はすぐに変わる事になる。コンタクトの魔石を使用しての通信が、俺のメニュー画面に入ったのだ。

 通信を行っているのは……なんと、さらわれたルージュ本人だ。

 俺はすぐに表示されたアイコンをタッチし、回線を繋げる。すると、目の前のモニターにうずくまるルージュの姿が映った。


『レンジ……』

「ルージュ! 大丈夫か!」


 目に涙を浮かべながらこちらを見る少女。見たところ、痛めつけられた形跡は見当たらない。敵の目的はこちらを傷つける事ではないようだ。

 やがて、ルージュをさらった張本人が、画面の前に現れる。真っ黒い鎧に身を包んだ戦士ナイトのプレイヤー、ビューシアだった。


『残念、彼女は貴方と話したくないとのこと……なので、私が代わって通信しましょう』


 話したくないだと……そんなはずがないだろう。滅茶苦茶言いやがって……

 だが、あちらの挑発に乗ってはいけない。俺は怒りの感情を抑え、冷静に会話を行っていく。


「どこにいる……何の目的でこんな事を……」

『場所はシエナ平原を進んだ先、タンジェリン機械遺跡前です。目的は貴方と話をしたいからですよ……』


 ただ話したいだけなら、こんな回りくどい真似はしない。これは間違いなく敵の罠だった。

 だが、目的は以前として俺なのが救いだろう。こちらの出方次第では、ルージュを傷つけなくて済みそうだ。

 今はあいつの満足いくように動いてやる。あんな奴だが中身は人間。話は通じるはずだ。


「分かった。だけど、そこまで行けるかは分からないぞ」

『大丈夫です……貴方がたの力量があれば、フィールドのモンスターに苦戦することはありません。モンスター避けのアイテムでも購入したらどうですか……? 別に、お金なら後で渡しても構いませんよ?』


 結構喋るなこいつ。前会った時も情報を漏えいしまくってたし、お喋りなのが難点なのだろうか。

 ビューシアは鎧の下で笑みを零すと、俺たちから背を向ける。そして、そのままルージュの元へと歩いて行った。


『では、待っています……』


 『待っている』か……完全にこちらがどう動くか確信しているな。

 通信は遮断され、モニター画面は閉じる。リュイはこちらに振り向き、刀の鞘に手を当てた。


「レンジさん」

「分かってる。もう引き返せないな……」


 あいつの機嫌を損ねないためにも、他プレイヤーを頼るわけにはいかないか。

 ルージュは既に【覚醒】持ちになっているが、二度目のゲームオーバーで記憶を失わないとは限らない。状況は俺と同じだった。

 現状は完全に敵の思う壺だ。しかし、今の俺たちに出来る事は一つだった。















 【オレンジナ大陸】のフィールド、シエナ平原。機械モンスターが現れる広大な草原だ。

 ビューシアの言ったことは正しかった。既に俺たちはクレープスの塔を中間ポイントまで攻略している。人数は少ないものの、フィールドのモンスターに苦戦する事はなかった。




 やがて、視界に真っ白い蒸気が見えてくる。錆びついた煙突に溢れるばかりの鉄くず。巨大な要塞のようなこの場所がタンジェリン機械遺跡だ。

 その入り口前、鉄くずが転がるその場所に一人のプレイヤーが立っている。俺たちをここに呼び出した張本人。最強のプレイヤーキラーと呼ばれる戦士ナイトビューシアだった。


『これはこれはレンジさん……随分と怖い顔をしています。何かあったのでしょうか……?』

「ふざけろ……」


 鎧のプレイヤーは武器を構えることなく、悠々とした態度を取る。顔が見えない事もあるが、相変わらず考えの分からない奴だ。

 こいつの御託は必要ない。俺の目的はルージュを救う。それだけだ。


「ルージュをどこへやった」

『安心してください……ルージュさんは元気ですよ。もっとも、本人は戻りたくないと言っていますが……』


 そう言うと、ビューシアは右手を振り上げ合図を行う。すると、機械遺跡の入り口から魔導師ウィザード少女が現れた。

 星の模様が入った帽子に、月の形のブローチ。赤いローブに巨大なメイス。いつもと変わらない。いつも俺が見ているルージュだ。

 しかし、なぜか彼女の様子がおかしい。少女は普段しないような鋭い眼光を俺に向け、メイスを構えた。


「ルージュ……?」

「違う……ボクは暗黒物質ダークマタールージュだ……」


 こいつ、またふざけているのか……?

 いや、どうやらそんな空気じゃないな。これはカーディナルの街で【漆黑しっこく】に襲われたときと同じ状況だった。

 嫌な予感感が的中してしまったか……いつかこうなる事は分かっていたが、事前に手を打つなど出来るはずがない。ただ、この時が来るのを待つしかなかったのだ。

 リュイは焦った様子で声を上げる。俺たちは彼女を助けるためにここに来た。それがこの仕打ちなら、当然そうなるだろう。


「ルージュさん! 今はふざけている場合ではありません!」

「ボクはふざけてなんかいない……! ビューシアから聞いたぞ……! 【ダブルブレイン】は面白くない現実を無くして、全部をゲームの世界にする正義の組織なんだって……!」


 自我はあるが正気ではない。しかし、【覚醒】のスキルを使っていないのが気になる。

 もしや、操作が安定していないのか? 人形のように操られるわけではなく、無意識に暴走しているわけでもない。ルージュには【ダブルブレイン】たちと同じ、眼前とした目的があった。


「現実をゲームに変える……それがお前たちの目的なのか……」

『そうです……人間を操り命を捨てさせ、全てをダブルブレインに変える。やがて、現実とゲームの世界は反転するのです……もっとも、私は興味などありませんが……』


 ビューシアは興味が無さそうにそう答える。どうやら、奴らも一枚岩ではなさそうだな。

 このトチ狂った理想を掲げているのは、間違いなくエルドだろう。ルージュはあいつに付いていく気なのか……?


「一人ぼっちの現実なんていらない……暗くて勇気のない現実のボクなんて……」


 こいつがキャラを作っていることは知っている。だからと言って、現実を捨てて良いわけがない。

 敵に操られているんだ。そうに決まっている。そう思いたかった。


「ボクはダブルブレインになってゲームの世界で生きる……! レンジ、リュイ……! 貴様らも来るんだ……!」

「何を言っているんですかルージュさん! 頭おかしいですよ!」


 ドサクサに紛れて暴言を吐くリュイ。シリアスな場面だが、天然が入ってるので仕方がない。

 俺が思うに、ルージュはビューシアによって操作を受けている。まず、その詳細を突き止めることが重要だ。

 俺は怒りで我を失っている演技をし、敵から情報を探り出す。


「ビューシア……ルージュに何をした……!」

『別に何も……これが本当の彼女なんです。本来、他のプレイヤーのように操作されるところを私が確保しました。むしろ感謝してほしいものですね……』


 つまり、こいつがルージュを確保して、他と違う操作を施したわけだ。おしゃべりで助かったよ。

 更に、ビューシアは聞いてもいないのにペラペラと喋りだす。


『わざわざ記憶を消去せずに泳がせた価値はありました。レンジさんがびっくりする顔が見れて、私はとってもとーっても幸せです……』


 彼は両手を後ろで組むと、可愛らしく首を横に倒した。

 こいつ……本当に男なのか? 仕草、口調、まるで女のそれじゃないか。

 いや、今は敵の性別なんてどうでもいい。俺の目的はルージュを救うことなんだ。

 敵は二人、こっちも二人。ルージュが本気というのなら、こちらもやるしかないようだ

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