127 因縁
飛空艇は【オレンジナ大陸】を北に移動し、歯車の街テラコッタに到着する。
ここ、テラコッタは機械技師の聖地。街全体が荒廃した機械で構成されており、あたり一面から白い蒸気を吹きだしている。
まさに、イギリスの産業革命時代。設定では古代文明の遺産を利用し、魔法と掛け合わせた魔科学によって発達しているらしい。よく分からんがファンタジーって事だ。
「鉄臭いですね」
「アイ、第一声がそれか……」
男のロマンが分からないアイは、いきなりそんな事を言う。まあ、機械技師にしかこの芸術的な街並みは理解出来ないだろうな。
飛空艇は街外れに駐機させ、俺たちはギルド【漆黑】の後に続く。どうやら、対【ダブルブレイン】メンバーを集めるため、指令本部を借りているようだ。
錆びついた茶色の街並みを進み、街の中心へと入る。すると、俺たちの前に見慣れた人物が立ち塞がった。
銀色の髪に瞳の中に輝く星々。何故ここにいるのかは分からないが、どう見てもギンガさんだ。めんどくさいなー。
「ふん、貴様らよくぞここに辿り着いたな。今までの道のりはまさに百億光年に及ぶ大宇宙の旅。しかし、輝く一つの星に導かれ貴様らは私の前に立っている。そう、これこそが個の進化! 地球という一つの星に生きる一つの存在がその意義を示したのだ! ぎーんが!」
「し……師匠……!」
ヤバいな。何を言っているかさっぱり分からない。これは会話不成立だろう。
ルージュは喜んでいるが、それ以外のプレイヤーは完全に冷めきっている。【漆黑】メンバーは、「うわ……ヤバい奴に会っちまったな……」という顔をしてた。
魔導師の少女は勇気を持って踏み出し、ギンガさんに自分の意を示す。そう言えば、スプラウトの村で怒られたままだったな。
「師匠……ぼ……ボクは強くなった……! もう逃げない……!」
「黙れィ! 私は貴様の師匠ではないと言っているだろうが! だがまあ、少しはましになったか」
デレたな。この手の人にありがちなデレだ。
少女は瞳を輝かせ、ギンガさんに抱き付こうと飛び出した。
「し……師匠がボクを褒めた……ししょーう!」
「師匠ではないと何度も言ってるだろうがァ!」
そんな彼女を軽やかに回避し、魔導師は偉そうに構える。こっちはギルドマスターのディバインさんとクロカゲさんがいるのに、この人は全くぶれないな。まさに怖いもの知らずだろう。
ディバインさんはこの人と知り合いだが、クロカゲさんの方は親しくない様子。どうやら、上位プレイヤー全員の繋がりが深いわけでもないらしい。
「総合ランキング4位のギンガ……ディバインがこの人を呼んだのかイ?」
「いや、知らないな」
ヤバいぞ。まさかの誰も呼んでいない。誕生日パーティーに親しくない子が来ちゃったみたいな凄く気まずい感じになってる……
しかし、ギンガさんの自信は全く揺るがない。ただ、上から目線でものを言いまくる。
「ふん、私は貴様らの計画など知ったことではない。ここに来たのも偶然だ」
「そう、じゃあ相手にする必要もないネ。さようなラ」
「え……いや……」
めんどくせー! ギンガさんめんどくせー! 物凄く構って君じゃないか。
クロカゲさんはスルーしたいみたいだけど、これほどの強者を放置するのもな……
俺と同じことを思ったのか、真面目で誠実なディバインさんが下手に出る。彼ならこの変人を手なずけることが出来るかもしれない。
「ギンガ、私たちに協力してくれるのか?」
「知ったことではないと言っているだろうが! 吐き気がするわ!」
ダメだ。どうすりゃいいんだよ……
もう、本当にほっとくしかないな。他メンバーもどうにも出来ないと判断したのか、今度こそ完全にスルーする。
さようならギンガさん。ボッチのソロプレイヤーはボッチであることに意義がある。だから、問題ない。がんば!
ギンガさんを本当に放置し、俺たちはテラコッタの貸し物件に集まる。どうやら、クロカゲさんとディバインさんが中心となって作戦会議を開くらしい。
ここ、テラコッタにはこれから沢山のプレイヤーが集まる予定だ。その指揮をどう取るか、計画しなければいけないという事だろう。
だが、それはギルドマスターたちの問題であって、俺たちには直接関係はない。特にポンコツなアイとルージュの二人は、話し合うより動いた方が良いようだ。
「私とルージュさんはここで別行動を取りますね。レンジさんのために新しい服を作りますから、待っていてください!」
「ありがとう。今度何かをお返ししないとな」
「いえいえ、良いんです。私たちは同じギルドのメンバーなんですから」
うん、ポンコツだけど天使だ。ポンコツ天使だ。
俺のためと言われると勝手な行動も全然許せるな。いや、断じて俺がチョロイ訳ではないぞ……
どの道、この場所に【IRIS】がいたところで、話しが進むわけではない。アイもそれを理解してか、ルージュの手を引いて繁華街へと走っていった。
【漆黑】メンバーたちは今後の計画について話し合う。しかし、会話の内容を要約すると、『沢山のプレイヤーで敵陣に攻め込む』という小学生並の発想だった。
これは会議を開く意味なんて皆無だな。俺とリュイはジト目をしながら、脳筋たちの会話に耳を傾ける。
「困ったネ……このメンバー、司令官がいないんだよなア……」
「クロカゲが指揮するんじゃないノ?」
「オレはエルドと戦うので手一杯だから、他のメンバーに構っていられないヨ」
そんな会話をクロカゲさんとフウリンさんが行う。どうやら、【漆黑】のギルドマスターがそのまま指揮官になるわけでないようだ。恐らく、元々はジョノさんに任せる予定だったのだろう。
しかし、誰かがリーダーとなって指示を出さなくてはならないのは事実。話しを聞いていた元ギルドマスターのディバインさんが名乗り上げる。
「分かった。ならば、私が指揮を行おう」
「絶対ダメだネ。ディバインは熱くなると自分で前線に出て、グチャグチャになるのがお決まりだロ? セラドン平原の時みたいな暴走を許すわけにはいかないんだよネ」
「ぬ……」
おいおい、司令官が前線に出ちゃダメだろ……まともな人かと思ったが、ディバインさんも大概だな。
それに加え、クロカゲさんが彼に指揮を任せたくない理由は他にもあった。
「あと、エルドを倒すには飛車と角の両方が必要なんだよネ。ディバインはオレと一緒に戦ってもらうヨ」
「私が……エルドとか……ぬう……」
クロカゲさんとディバインさんがエルドと戦うのか。あいつは俺の因縁かと思っていたが、話しの流れはそのように傾いてくれないようだ。
なら、俺はいったい誰と戦うべきなんだ? 俺の因縁……
『レンジさん、貴方を倒すのは私ですから……』
ふと脳裏にビューシアの顔が浮かぶ。
いや、あり得ないだろ。俺はあいつのことなんて知らない。因縁なんて存在するはずがなかった。
俺が別の事を考えている中、フウリンさんとゲッカさんは司令官について話す。どうやら、彼女たちはその能力を持つ者に心当たりがあるらしい。
「司令官ネ……ヴィルリオがいれば心強いんだけド……」
「ディバインさんが飛車、クロカゲさんが角ならヴィルリオさんは王ですか。確かに、彼の指揮能力は非常に高いですね」
またこの名前が出たか。いったい、ヴィルリオって人は何者なんだよ。
ランキング上位の二人がここまで評価するという事は、大概なチート能力を持っているんだろうな。俺はクロカゲさんに彼の詳細を聞いてみる。
「ヴィルリオって人はそんなに強いんですか?」
「強いヨ。滅茶苦茶強イ。卑怯な手を使っていたけど、直接対決でエルドを倒したのはヴィルリオだけじゃないかナ? オレもエルドには引き分けたことしかないシ」
つまり、無敗のエルドに黒星をつけたという事か。まあ、絶対ヤバい人だろうな。
確かにこの人の力を借りれば百人力だろう。しかし、ゲッカさんは協力を得られるとは思っていないらしい。
「ですがあの性格です。彼が私たちに協力してくれるとは思いません」
「ヴィルリオというかたはどんな人なんでしょう?」
リュイもヴィルリオというプレイヤーが気になったのか、ゲッカさんたちに更なる詳細を求める。
すると、フウリンさんが突然前髪をかきあげ、嫌味な性格を演じはじめた。
「君たちが何をしようと僕の知ったことじゃないネ。精々、世界の平和でも守ってくれたまえ勇者くんたチ。アーハッハッハッ! 髪の毛ファッサー」
「ハハッ、いいねフウリン! そっくりだヨ!」
爆笑するクロカゲさん。あれ? どこかで会ったことがあるような……
うーむ、思い出せない。まあ、似ている人など沢山いるだろう。世界は広いのだから。
結局、あの場にいても何も出来ないため、俺とリュイ女子二人に合流する。
アイは工房を借りて【裁縫】活動をしており、ルージュはその手伝いをしていた。魔導師なのに、いつの間にか生産スキルを購入していたんだな。やっぱり、女子は女子同士仲がいいか。
「レンジさん、もう少し待っていてください。レシピは既に手に入ってますから」
「レンジ……! 感謝しろ……!」
女の子からの手作りプレゼントだ。わあい。
工房では機織り機が大きな音を立てており、その作りが本格的だと分かる。もっとも、ここはゲーム世界なのだが。
俺も【機械製作】をしなくちゃならないな。ここは機械技師の聖地、学ぶ技術もあるだろう。それに、クレープスの塔で壊したロボットを修理しなくてはならない。
「二人ともありがとう。俺も負けないように生産技術を磨くよ」
「ちょ……ちょっと待て……!」
俺が三人に別れを告げ、工房を出ようとした時だ。突然ルージュが声を張り上げ、口を三角に尖らせる。
彼女はいつもと同じジト目で、俺とリュイに真剣な眼差しを向けた。
「こ……今日の夜2時……貴様らに話したいことがあるんだ。少しだけ付き合ってくれ」
「何でそんな深夜に……」
「他の人に聞かれたくないんだ……!」
近頃の小学生は夜型だな。今日は金曜日で明日は第二土曜日。学校が休みだから、多少の夜更かしは大丈夫という事なのだろうか。
それでも、こんな事を言い出したのは不自然で仕方ない。他のギルドに聞かれたくないというのも意味が分からなかった。
俺がルージュの言葉を不審に思っていると、アイがムッと口を曲げて言い放つ。
「レンジさん! ルージュさんが真剣に頼んでいるんです。付き合いましょう!」
「あ……ああ……リュイは大丈夫か?」
「大丈夫です。皆さん今から生産を行うのなら、今日はログアウトして早めに睡眠を取りますよ」
そう言うと、リュイはメニュー画面を開いてログアウトを行う。まあ、リュイらしい利口な判断だな。
いったいルージュは何を考えているのか。どうにも嫌な予感がして仕方ない。
混乱事を避ける俺は、危機回避能力が高いと言われている。だからこそ、この蟠りが心配でならなかった。