126 今度は俺が……
運が良かった。ただそうとしか言いようがない。
バレンシアの街へと続く最後のボスモンスター、キラーマシンΩ。攻撃力が高く、守りを固めなければ一撃でやられかねない強敵だろう。
しかし、ボスには大きな弱点が二つあった。一つは魔法防御の低さ、もう一つは雷属性による攻撃だ。この両方を突けば、昨日のボスより遥かに攻略は楽。つまり、ルージュの【雷魔法】を撃ち続ければ、速攻で溶ける事となる。
「スキル【雷魔法】サンダリス……!」
俺とリュイが前線に立って守り続け、アイが後衛からその回復を行う。そして、ルージュはただ【雷魔法】を撃ち続けた。
この行動により、敵モンスターは完全に詰んでしまう。魂の入った高度なモンスターではないため、この布陣を突破しようとしなかったからだ。
やがて、隙を見て放ったリュイのカウンターが、キラーマシンΩのライフを削り切る。汚い手段だが、こっちもギリギリだから仕方がない。
「お……終わった……死ぬかと思った……」
「敵と戦わず、モンスターにやられるなんて笑えませんよ……」
ルージュとリュイは息を荒くし、消滅するモンスターを見る。ここまで来ればもう安心だ。何とか約束の日に間に合ったな。
アイは大針を収め、率先してダンジョンの出口に向かう。戦闘が終わったばかりなのに、元気なものだな……
「これでバレンシアの街に到着ですね。皆さんお疲れ様です!」
アイは今回の戦闘でも全く顔色を変えなかった。本当に底の見えないプレイヤーだ。
もしや、彼女は誰にも知られていないゲーム廃人なのかもしれない。この【ディープガルド】を始める前からVRMMOをプレイしていたようだが、その詳細は不明。考えれば考えるほど謎の存在だろう。
しかし、人の過去を詮索するものじゃないな。彼女も昔に触れられるのを嫌っているようだし……
アイはアイだ。俺はそれだけで充分だった。
ダンジョンの出口を潜り、バレンシアの街外れに出る。
塔の上の街という事もあり、太陽が近い。ずっと薄暗い塔の中にいたため、その光は非常に眩しかった。
太陽を手で遮り、俺たちは街の方へと歩いて行く。すると、見慣れたプレイヤーがこちらに向かって手を振り、すぐに走り寄って来た。
「ブラボーブラボー! いやー、素晴らしい! エクセレント! 約束の日付に間に合いましたね!」
「マーリックさん、こんにちはー」
流石に彼の登場にも慣れているため、アイは普通に挨拶をかわす。
【漆黑】の諜報員マーリックさん。相変わらず、ポーカーフェイスで掴みどころのない人だった。
しかし、彼の情報収集能力はかなりのもの。今回もここ数日で手に入れた情報を教えてくれるようだ。
「貴方がたが塔に籠っている間。この【ディープガルド】は大変なことになっていますよ。その詳細は飛空艇黑翼で話し合いましょう」
「よろしくお願いしまーす」
ダンジョンの攻略を終え、ここからは情報整理の時間か。
今は現実時刻の夜9時、【ディープガルド】時刻では昼の12時。食事をしながらゆっくり話し合う事になりそうだ。
出来れば良い知らせを聞きたい。状況の悪化だけは勘弁だった。
飛空艇黑翼の食堂にて、俺たちは簡単な食事を取る。
同席しているのは【漆黑】のギルドマスタークロカゲさん。彼はマーリックさんからの報告を受け、食事をしながら決定を下す。
「歯車の街テラコッタに残った戦力を終結させル」
忍者は不器用に箸を使って、真っ白い冷奴を口に運んでいく。この人、どう見ても西洋人だが、この世界では日本人気分に浸ってるな。食事も完全に日本食だ。
彼は右手を震わせながら茶碗の中に箸を突っ込む。そして、今後の作戦を俺たちに話していった。
「上位ギルドだけではなく、中堅ギルドまで積極的に声をかけ、対【ダブルブレイン】への参加を求めル。それだけではなく、【交渉】のスキルを持つ者はNPCへ警戒を呼びかけ、【ディープガルド】全体で敵への包囲網を固めていくんダ」
食事を中断し、クロカゲさんは幹部のゲッカさんに話しを振る。
「ゲッカ、敵の本拠地は突きとめているカ?」
「はい、【インディ大陸】スマルトの街にて【ダブルブレイン】の存在が何度も確認されています。中央のスマルト城はNPCの物かと思われていましたが、どうやら既に敵の支配下にあるようですね」
他のメンバーより早食いなゲッカさんは、いち早く食事を終えて腕を組んでいた。狂犬のような性格だが仕事は有能らしい。きっちりと敵の本拠地を突き止めている。
それにしても【インディ大陸】か……完全に新大陸であまり詳細を知らないな。
ここまで来たら、俺も行かなければならないだろう。今の俺は43レベル。適正レベルまで全然足りないのが気掛かりだった。
クロカゲさんは残ったご飯を全てかきこみ、今度はフウリンさんに指示を出す。俺たちギルド【IRIS】はまだ食事中なのに、本当に行動が早いな……
「フウリン、離陸の準備だ。オレたち【漆黑】がいち早くテラコッタの街に移動し、他のプレイヤーに示しを付けるんダ」
「はいヤ! 了解だヨ」
中華娘は椅子から立ち上がると、すぐに飛空艇の甲板へと走っていく。何だか分からないが、危機感の無かったクロカゲさんがやる気になっているようだ。
ずっと協力を渋っていた彼が、今は完全に正義の味方。嬉しい事だが、嫌な違和感を感じる。
「クロカゲさん……何で急に……」
俺は不意に【漆黑】のメンバーを見渡していく。以前と変わらないようだが、一部のメンバーは辛辣な表情をしている。ゲッカさんもどこか不機嫌に感じた。
やがて、この違和感が決定的だと確信する。俺はある変化に気づいてしまったのだ。
「ジョノさんは……ジョノさんはどこに……!」
「ジョノだったらゲームをやめタ。問題はないヨ」
「やめたって……!」
「やめたんダ」
視線を逸らし、クロカゲさんははぐらかすように言葉を返す。
そんな彼を見ていられなかったのだろうか、別席で食事をしていたディバインさんが席を立った。そして、俺たちギルド【IRIS】に真実を語っていく。
「エルドに襲われ、ジョノはやられた。敵に操作される心配はない。あいつはデータを消去したようだ」
「そんな……! ジョノさんが……」
エルドに襲われただと……アイは口に手を当て、物寂しい表情でうつむく。総合ランキング7位の彼がやられたのはショックだろう。あんなに優しくしてもらったから尚更だ。
しかし、リュイは絶望ではなく、別の感情を抱いたらしい。彼が放った言葉は、俺たちとは着目点が違っていた。
「エルドさんに襲われて犠牲者が一人……凄い……」
そうだ、これは絶望なんかじゃない。ハリアーさんには悪いが、ギルド【エンタープライズ】と比べれば分かるだろう。ここまで被害を抑えたのは、ギルド【漆黑】の実力あってこそだ。
クロカゲは唇を噛み、席を立つ。ギルドマスターの彼にはまだまだやるべき事があった。
「ジョノは立派だっタ。それだけダ。それで良イ」
「クロカゲさん……」
彼が食堂を後にし、俺たちは食事を終える。
そろそろ飛空艇が離陸するだろう。次の街に到着するまでの間、【機械製作】で時間を潰すしかないな。
俺が席を立ち、アイたちと別行動を取ろうとした時だ。突然メニュー画面が開き、チャットモニターが表示される。誰かが俺に【コンタクト】の魔法を使ったようだ。
モニターに表示されたのは【エンタープライズ】のイシュラ。彼女の後ろには大海原が見え、とんでもない場所で通信している事が分かった。
『もっしもーし、レンジ今どこにいるの?』
「えっと、イシュラ? 何だよ急に」
『どこにいるのかって聞いてるのよ。さっさと答えなさい!』
いきなり通信繋げて横暴だなおい! まあ、話したところで問題ないので話すけども……
「天空の街バレンシアだよ。丁度今から歯車の街テラコッタに向かうところだ」
『テラコッタに行くのね。分かったわ。じゃ、さよなら』
「お……おい!」
切りやがった。何なんだよ……
久しぶりに会話したかと思ったらこれか。まさか、ゲームオーバーして【覚醒】持ちになっていたりしないよな? 居場所を伝えたのは不味かったか。
そう考えていると、同席していたマーリックさんが新たの情報を明かす。
「言い忘れましたが、【エンタープライズ】は半壊してしまったようですよ。ギルドマスターのハリアーさんも生死不明です」
「なっ……大事なことは先に話してくださいよ!」
「クロカゲさんが知らない情報を優先してしまったので」
おいおい、まさかイシュラたちも敵サイドに……
いや、余計な事を考えるのはやめよう。あいつは俺の事を覚えていた。ルージュのように【覚醒】持ちだが操作を受けていないという可能性もある。
そう言えば、ルージュの事もよく分かっていないんだったな。【覚醒】持ちのままここまで来ているが、大丈夫なわけがないだろう。
いつか、最悪な事態になるのは分かっている。だが、どうすることも出来ない。問題が山積みで頭がパンクしそうだった。
離陸し、空を走る飛空艇の甲板で、俺はコンタクトの魔石を使用する。
会話モニターに表示されたのは、ギルドマスターのヴィオラさん。彼女にマーリックさんから聞いた情報全てを話していった。
『というわけです。【エンタープライズ】は半壊。操作を受けたプレイヤーはエルドを支持しています』
『そっちも大変みたいね。私たちもテラコッタの街まで移動するわ。ミミちゃんとヒスイっていうお荷物も連れていくから、時間が掛かるかも』
これでようやく、ヴィオラさんたちと再会できる。結構長い別行動だったな。
俺の知り合ったプレイヤーたちが歯車の街に集結する。当然、【ダブルブレイン】たちもこの動きを把握し、対抗姿勢を見せてくるだろう。何としてでも、テラコッタを死守しなければならない。
俺はヴィオラさんとの通信を切り、視線を飛空艇の外に向ける。青い空と白い雲が延々と続き、遠くの方に大海原が広がっていた。
この【ディープガルド】が激動しようとしている。そう感じずにはいられない。
ただ思いつめ、一人考え続ける。すると、そんな俺の手を青いリボンの少女が握った。
「いよいよですねレンジさん」
「アイか……」
こいつは本当に世話好きな奴だな。どうやら、不安に震える事すら許してくれないらしい。
アイは握った俺の手を引き寄せ、それに左手を添える。彼女の優しさが伝わるが、ここで自信を取り戻せばいつもと同じだろう。
だから少し、抗ってみたいと思った。
「大丈夫です。レンジさんならきっと大丈夫です。自信を持ってください……」
「見くびるなよアイ。俺だってずっとおんぶ抱っこじゃない。今度は俺がお前を守ってやるさ」
彼女の手を振り払い、それをこちらから握り返す。もう、こいつに支えられっぱなしは御免だ。今度は俺がこいつを支えなくてどうするんだ。
俺を見つめるアイを一切逸らさずに見つめ返す。今までお前は俺の眼をはっきりと見てきた。だから今度は俺が見る番だ。
そんな時間が数秒続く。すると、突然彼女は頬を赤らめ、俺の手を振り払う。そして、視線を遠くへと逸らし、ふくれっ面で騒ぎ出した。
「なっ……違いますよ! そんな事ありえません……! 屈辱です!」
「何だよ急に……」
おいおい、何なんだこの理不尽は……
今まで俺に好意があるようなことを言ってきて、ここに来て照れ隠しか? 口調も少し違うし、こいつは本当に訳分からんな……
俺がやり返したことが気に入らなかったのだろうか。でもまあ、やられっぱなしは嫌だからな。無敵のアイにこんな仕草をさせたのは、俺の心が強くなったからだろうか……