123 漆黑に迫る風
塔の攻略を初めて六日目。【ディープガルド】初ログインから一カ月を超えた。
レベルは6上がり、俺は42レベルとなる。一カ月、一日も休まずにゲームプレイしてこれかよ。やっぱり、一カ月で50を超えたクロカゲさんたちは異常だな。
新たに手に入れたスキルは【銃適正up】と【自爆】。最近、全然銃を使ってないから前者は微妙。後者もロボットを損失する捨て身スキルなので使いにくかった。
初めは順調だった塔の攻略も、後半に差し掛かるにつれ厳しくなっていく。
特に大苦戦しているのは巨大なボスモンスター。DEF(防御力)を鍛えた俺と、HPを鍛えたリュイは敵の攻撃を結構耐える。ジャストガード技術が優れているアイもそこそこに堅い。問題はルージュだ。
元々DEF(防御力)の低い魔導師が前衛に出ているため、貰うダメージが半端ない。アイから教わったジャストガード技術で凌いでいるが、実際はやわらかルージュちゃんとなっていた。
「はわわ……」
「おい、ルージュ! 今の滅茶苦茶ヤバかっただろ! 無茶するな!」
敵モンスターは黄金色の鎧機械ビッグガーディアン。そいつの拳がルージュの左足にヒットした。
彼女はすぐに俺の後ろに退避し、魔法での支援に移行する。その間にアイは、減ったライフを【回復魔法】似よって治癒し始めた。
「僕のライフも限界が近いです。このままでは突破されますよ」
「仕方ないか……スキル【起動】!」
ルージュが下がり、アイが回復支援に移行した事によって、前衛の負担が大きくなる。俺はすぐにロボットに乗り込み、リュイを守る障壁となった。
このロボットは一回の戦闘で三分程度しか使えない。それに加え、何回も石炭の交換をしている。もう、次に入れ替える燃料は残っていなかった。
「レンジさん! ここで石炭を使い切れば、次のボスが大変ですよ!」
「攻略中の他パーティーから購入する! なんとかなるさ!」
約束の日まで残り2日。ここまで来て塔を脱出する訳にはいかない。
攻略自体は予定通り進んでいるんだ。あとはそのまま中層まで突き進むのみ。立ち止まってはいられなかった。
俺は鉄くずと炎の魔石、メタルナックルを取り出し、それにスパナを打ち付ける。敵のビッグガーディアンは鈍足のため、【発明】の使用が充分に間に合った。
「スキル【発明】アイテム、ロケットパンチ!」
ロボットの右腕に装着された加速ブースターが火を噴き、そのまま眼の前へと打ち付けられる。敵モンスターもガードによって対抗するが、やはり相手は鈍足だ。それより先に、高威力のアイテム攻撃を撃ちこむことに成功した。
俺の攻撃は完璧なはずだ。しかし、どうにも手ごたえがない。理由は分かっている。それは相手が鈍足な分、今までにないほどに堅かったのだ。
アイテム攻撃はこちらのステータスに関係なくダメージを与えることが出来るが、相手ステータスの影響は受ける。相手のDEF(防御力)が高ければ、当然その威力も落ちるのだ。
「くっそ……地味に削るしかないな。スキル【光子砲】!」
「支援します! スキル【使役人形】」
俺は敵の拳を受け止めつつ、ロボットの機体からスキルを放つ。すると、回復支援を終えたアイがペットジョブによって相手を追撃していった。
少女の形をした二体の人形が、懸命に体当たりを繰り出す。威力は低いし、牽制にしかならない。だが、ルージュの魔法攻撃もそこそこに重なり、敵もそろそろ限界が近いようだ。
「レンジさん、僕も前に出ます。そろそろ三分経ちますよ!」
「でも、お前のPPも限界だ。ロボットに乗っているうちに終わらせないとまずい」
俺とリュイが前衛で耐えている間に、ルージュの魔法とアイの【使役人形】でとにかく削る。だが、どうしても決めの一手が足りない。
そろそろロボットの機能が停止する。ここで敵を仕留めなきゃ、じり貧になってしまうだろう。もう、やるしかない。俺たちは立ち止まっていられないんだ!
「レンジさん何を!」
「悪い。強行突破する。スキル【自爆】!」
どうせ石炭は使いきった。ロボットにはしばらく休んでもらう。
俺は敵モンスターに掴みかかり、搭乗しているロボットを爆破させる【自爆】を発動させた。
赤いボタンを押した瞬間、機体に凄まじいエネルギーが溢れる。瞬間、俺の体に大きな衝撃が襲った。そりゃそうだよな。炎を吹き上げて大爆発を起こしているんだから。
「レンジさん! 無茶苦茶です!」
「いてて……アイには言われたくないな」
黄金色のビッグガーディアンはライフがゼロとなり、ダンジョンから消滅する。相手がロボットだと、気分的に随分楽だな。悪いが、無機物に同情はない。
機体が爆発した事により、俺は地面に投げ出される。その目の前にあったのは、次のフロアへと続く階段と半壊したロボット。リュイは半ば呆れた様子でため息をつく。
「他パーティーから石炭を購入するはずでは……」
「そんなに都合よく石炭を持ったパーティーがいるとは限らない。だからこれでいい。これでいいんだ……」
「いえいえ、貴方が言っていたんでしょ!」
ああ、俺が言った。だからどうした! 前言撤回だわ!
こうなったら燃料など問題ではない。次の街に行くまでロボットは使えないだろう。
恐らく、目的地のバレンシアまでは近い。残りのボスモンスターは1体で間違いないはずだ。
もう、そいつは他の皆に頼むしかない。どうか、さっきの奴より弱くあってくれ。俺はそう願うのだった。
天空の街バレンシア、その街外れの広場。ギルド【漆黑】のクロカゲは運営からの情報画面を見ていた。
前回のランキング結果公開から一カ月。昨日、その更新が行われたのだ。
結果に目を通すと、生産以外の四分野でクロカゲは一位を取っている。そこに彼がライバルと認めるエルドの名前もディバインの名前もない。ぶっちぎりの結果だった。
だが、彼の表情は強張っている。この手応えのない結果に、納得がいっていないようだ。
同じギルドのジョノが、拍手をしながらその前に現れる。
「総合、攻略、討伐、決闘、個人ランキング四冠おめでとうクロカゲ」
「ジョノ、それは皮肉かナ」
顔をしかめるクロカゲ。ずっと彼が求めていた総合ランキング一位という結果が、こんなにも簡単に手に入ってしまった。
しかし、それは強敵が撤退したからに過ぎない。エルドに勝利したというわけではなかった。
「エルドもディバインもいないランキングなんて、競う意味ないヨ」
「なんだ、分かってるじゃないか。このままじゃお前は負け犬だな」
ムッとするクロカゲ。不敵に笑うジョノ。二人のプレイヤーは会話を続ける。
「クロカゲ、お前も分かってるだろう。あいつらにはお前が必要だ。たまには善意を見せてもいいんじゃないか?」
「善意ネー……」
忍者は自らの顎に手を当て考える。自分が今一番やりたい事。このゲームでの目的が一体何なのかを……
考えた先にあるのはエルドという名前。やはり、彼を倒さない限り目的は成就されない。ならば、レンジたちに協力し、敵のトップであるエルドを倒すのも一興だ。
「そうだネ。相手がエルドなら協力しても……」
「あー、そりゃ困るな」
突如、広場に響く第三者の声。
クロカゲとジョノはそれぞれ武器を構え、その眼光を鋭く光らせる。そして、声の響いた方に戦闘態勢を取った。
相手に殺気はない。しかし、その恐ろしい強者の貫録で、彼が敵だという事が分かる。こんな威圧感を出せる者など、このゲームには一人しかいない。
「クロカゲ、久しぶりだな」
「エルド……ジャパニーズ流で言う、飛んで火にいる夏の虫かナ」
白を基調とした布装備の剣士。ロングソードを装備し、防具は極限まで身軽にされている。この男は完全なるスピード特化だった。
軽剣士、飛竜狩りのエルド。この【ディープガルド】における最強の存在。そんな彼を見たジョノは、額に冷や汗を流した。
なぜこんな場所にこの男いるのか。それは本人の口から明かされた。
「先日、巨獣討伐ギルド【エンタープライズ】を落とした。残りの危険ギルドはお前ら【漆黑】だけ。今日はくぎを刺しに来た」
「へえ、ハリアーの奴負けちゃったんダ。残念だナー」
腕を組むエルドに、茶化すような喋りをするクロカゲ。どちらも自由奔放で他者に縛られないタイプだ。
しかし、両方のゲームプレイ方法は違う。エルドは他にとやかく言われないよう、ソロプレイヤーの道を進んだ。
一方クロカゲは自らがギルドの頂点となり、絶対的なルールを作った。それに納得できない者は、ギルドに必要ない。これが彼のやり方だ。
「オレが邪魔することを警戒してるのかナ? ま、そっちの計画は興味ないんだけど、別に欲しいものがあるんだよネ」
「どうせ俺の首だろ」
「エクセレント、大正解だヨ」
「おいおい、勘弁してくれ。俺はお前を敵にしたくないんだ」
クロカゲは物騒なことを言っているが、エルドの方は一向に武器を構えようとはしない。攻撃を受けてからでも対抗できる。その自信が彼にはあるのだろう。
吟遊詩人のジョノは固唾を飲み、少しずつ有利な戦闘態勢へと動いていく。忍者のクロカゲを前に出し、自らはそのサポート。ここまで徹底的に動いても、彼はこちらの勝利を疑っていた。
エルドは少し考えると、何かをひらめく。そして、寝癖でぼさぼさの頭を深く下げた。
「分かった。態度を改める。頼むから手を引いてくれ」
「真剣だねエルド。だけど、その態度が余計にこっちを警戒させるヨ。そっちの目的がどれだけヤバい事か何となく察しちゃったネ……」
クロカゲは考える。首を突っ込むか、手を引くか。ここで戦うか、後に送るか。無駄に会話を続けることによって、とにかく時間を稼いでいった。
しかし、ここに来て彼の予想としていなかった事態が起きる。ある狂犬に鎖をつけ忘れていたのだ。
エルドはすぐにその存在に気付く。VRMMOをプレイし続けた最強プレイヤーの感だった。
「先手必勝! スキル【初発刀】! 飛龍狩りのエルド覚悟!」
「おい! ゲッカ!」
突如乱入したのは【漆黑】の幹部ゲッカ。彼女は先制スキルによって、エルドへと日本刀をを振りかざした。
クロカゲもジョノも、この攻撃が決まるとは思っていない。なぜなら、エルドは既に彼女の存在を認識していたのだから。
だが、彼は攻撃を避けなかった。あえて受けることによって、相手の敵意を確信する。それがこの男の考えなのだろう。やむおえず、クロカゲは懐に手を入れた。
「ゲッカ! 武器を収めロ!」
「部下の教育が成ってないな。仕方がない」
エルドが剣を抜けば、瞬速の剣技が放たれる。何度も彼と戦い続けたクロカゲには、今後のビジョンが容易く読み取れた。
この男がエルドに匹敵する理由。それは優れた先読み能力と、頭の回転が早い事からだ。まるで将棋のように彼は先の先まで読み、脳内で戦いを展開する。そして、その中から最善の一手を導き出すのだ。
ゲッカが次に使うのは【岩波】。エルドの猛攻を耐えて一気に返す算段。クロカゲはその答えに数秒で辿り着いた。
「武器を収めろ? 五里霧中ですか、私は常に初志貫徹です! スキル【岩波】!」
「これで、一人……」
相手の攻撃を一定時間耐えた後、その合計ダメージを上乗せして返す【岩波】。そのスキルを選んだゲッカに対し、エルドは勝利を確信した様子だ。
さらにクロカゲの頭が回転する。ここからエルドが自慢のスピードで猛攻したとしても、ゲッカを落とすことは出来ない。ならば、エルドが使う手段は【岩波】自体の無効化。カウンター攻撃であろうとジャストガードは可能だ。
クロカゲの中で再び答えが出る。
「【岩波】をジャストガードしてからの【バッシュ】、【キャンセル】、【スタンブロウ】。これは間に合うネ! スキル【風魔手裏剣】!」
ゲッカとエルドを超える速度で、彼は懐から手裏剣を放つ。それはエルドの剣へとヒットし、放たれる剣技を阻害した。
クロカゲは苦笑いをする。今の攻防はギリギリだった。あと少しでゲッカを落とされていただろう。
そんな未来が見えたことにより、彼はこの状況を後悔するのだった。