122 ご主人様、今の私たちかなり主人公状態ですよ!
私が武器を握ったのと同時に、格闘家のハクシャがその前に立つ。何カッコつけて出しゃばってるのよ。多人数戦は苦手なくせに……
あいつは拳に力を込めると、自己強化スキルを使用する。この戦略が吉と出るか凶と出るか。
「イシュラ、シュトラ、俺の後ろに隠れてろ! スキル【渾身】!」
「スキル【上昇付与魔法】、魔法変換の印!」
スキル【渾身】は自身の攻撃力を上げる代わりに、防御力を下げるスキル。ハクシャは【素早さup】と【軽業】のスキルを鍛えることによって、下がった防御力を回避することで補っている。これがこいつの最も得意とする戦法ね。
格闘家は一人の【覚醒】持ちと向き合い、スキルを発動させる。
「よっしゃ! スキル【正拳突き】!」
「スキル【上昇付与魔法】、追加効果の印!」
強力なノックバック効果。その威力に【覚醒】持ちプレイヤーはぶっ飛んでしまう。
ぶっちゃけ、ハクシャは強い。こいつはバカっぽいキャラを演じてるけど、どっちかと言うと頭脳派なのよね。まるで軽業師のように相手を翻弄し、隙をついて一撃を与えるのがこいつの怖いところ。
だからこそ、一人と向き合わない多人数戦は大の苦手ね。敵も増えたし、私が出るしかないか。
「スキル【武器開放】!」
「スキル【魔攻付与魔法】、地の印!」
ハンマーを巨大化させ、私はハリアーさんと戦うラプターの奴を見る。ハクシャが戦ってくれてるし、これなら乱入できそうね。
将を射らんとすればまず馬を射よって言うけど、知ったこっちゃないわ。将を射れば終わりなんだから簡単よ。
それにしても……
「って、あーもう! シュトラ、さっきからうるさい!」
「そんなあ! 私ちゃんとサポートしてるのに!」
こいつの魔法は何をやっているのかよく分からないのよね。ま、サポートになってるならそれでいっか。
私は巨大化したハンマーを掲げ、ラプターの元へと走った。あいつはこっちの動きに気づいていない。これで大ダメージは確実よ。
「二体一ならどうしようもないでしょ! くらえ!」
「スキル【ジャンプ】」
そんな私の気配を感じたのか、敵は振り落としたハンマーを飛び越えてしまう。不味いわね。相手は上空に飛び上がって、反撃の態勢に入ってる。早くこの場から移動しないと……
って、ハンマーが重くて持ち上がらない! えっと……もしかして、これ本当にヤバイんじゃ……
「スキル【マシンガン】!」
「スキル【武器変更】アイテム、ヴァルキリーの盾!」
上空から降り注ぐ弾丸。私はすぐに武器を変更して、その攻撃をガードしていく。間一髪、あと少し遅れてたら不味かったわ。
盾の適正スキルを持っていないため、ガード上からかなりのダメージを受けてしまう。それでも、まだ反撃のチャンスはあるはずよ。
「いったいわね! でも、次こそは……」
「次はないよ後輩くん。スキル【ボムショット】」
既に船上へと着地していたラプター。彼女のスキルが私の背部へと撃ち込まれた。
は……速すぎるわよ。これが【覚醒】持ちなの? 私じゃ相手にならない……
弾丸はそのスキル効果によって爆発し、私を船の外へと吹き飛ばす。ライフは残ってるけど、このままじゃ……
「イシュラ!」
「お姉ちゃん!」
ハリアーさんとシュトラの声と共に、私は海面へと落下した。水しぶきを上げ、体はゆっくりと沈んでいく。
あーあ、これはダメね。防具の重さとダメージで全然泳げないわ。
このまま、海に沈んでゲームオーバーか……
本当に私、持ってないなあ……
意識が戻ると、私は青い電脳空間に迷い込んでいた。
これがゲームオーバー画面って奴? 初めてこの世界に来たとき、キャラクターメイキングした場所がこんな所だったわね。
周囲を見渡すと、私以外にもう一人女性がいた。この人は、最初に会ったNPCかしら。
「あんた、一番最初の……私、ゲームオーバーになっちゃったの?」
「いえ、貴方はゲームオーバーになっていません。奇跡的な場面で、私がこの場所にお連れしました」
私がピンチになるのを待っていたって事? これが、このゲームの演出? 憎いことしてくれるわね。
「で、要件は何?」
「私が再びプレイヤーの前に現れた時、それは限定スキルの入手条件を満たした時です。この世界に二つと無いスキル。貴方はこのスキルを受け取る資格を手にしました」
どういうこと、全く心当たりがないんだけど……
でも、これは渡りに船ね。ずっと求めていた最強のスキル。誰も持っていない私だけの力。これさえあれば……
「私は強くなれる!」
「なれません。全然なれません」
「えー……」
なれないのかよ! そう言えば、ラプターの奴が言っていたわね。限定スキルは個性、決して特別強くなる力じゃないんだって。
「これは道具との絆を証明するスキル。強大な力も、この世界を変える影響力もありません。ただ、貴方にとって耳障りとなり、混乱を招く結果になるかも知れません」
「そんなスキルに意味なんてないじゃない!」
「それでも私は、このスキルを受け取ってほしいのです。自らが作った武器と共に戦い、ここまで成長をつづけた貴方に……」
もしかして、このスキルの習得条件は自分で作った武器を鍛え続け、なおかつその武器を使って戦い続ける事?
うっわ、これは本当に面倒な習得条件ね。私みたいにどちらも中途半端じゃないと無理じゃない。
そっか、これが個性って事なのか。じゃあ、ここでスキル習得のチャンスを手に入れたのも何かの縁ね。
「良いわ、そのスキル貰ってやろうじゃない!」
「では、受け取ってください。限定スキル【万象】を!」
NPCの声と共に、再び私の意識は沈んでいく。
こいつ、結局何者なのかしら。
もしかして……神様……?
冷たい海の中、私の意識は戻る。時間にしたら数十秒の事だったのかも、息苦しいけど心ははっきりとしてるわね。
さあ、早く船の上に戻らないと! 今、自分がどうすれば良いのか、手に取るように分かるわ!
「スキル【武器変更】アイテム、コボルトストライク!」
装備していた盾を愛用のハンマーに変更する。コボルトストライクは私の最高傑作。これさえあれば……って、どうにも出来ないじゃない!
何をとち狂ってるのよ。このままじゃどんどん沈んで……
『グレイトですよご主人様! それが正解です!』
誰かの声が聞こえた。それと同時に、私のハンマーが海上へと引き寄せられていく。
いったい、何が起きてるの。これが限定スキルの効果? 私の体は装備したハンマーに引っ張られ、やがて海面から飛び出した。
「ぷっはー!」
「お姉ちゃん!」
水しぶきを上げ、私の体はエンタープライズの船上に打ち上げられる。シュトラ、心配させたわね。全く状況は分かってないけど、とりあえずお姉ちゃんは復活したわ。
さっきラプターから受けたダメージが残ってるけど、戦わなくちゃ今度こそゲームオーバー。なら、精いっぱい抗うしかないわね。
「よーし、今度こそボコボコにしてやるんだから!」
『その意気ですよご主人様!』
突如、さっき海の中で聞いた誰かの声が響く。
私は眉をしかめ、周囲を見渡した。すると、右手に掴んだハンマーから再び声が響く。
『ご主人様こっちです! いやー、本当にあの状態で奇跡の復活をするなんて、今の私たちはかなり主人公状態ですね! これもそれも、普段からの頑張りが……』
「うっわ! 何これキモッ……!」
滅茶苦茶喋るハンマー。あまりの衝撃に、私はそれを足元に叩きつけた。
『ちょ……ちょっと何をするんですか! 武器はプレイヤーの命、それを捨てるなんてとんでもありません!』
「ご……ごめんなさい」
注意されたので、とりあえず拾い直す。もしかして、これが限定スキル【万象】の効果?
うっわ微妙……作った武器と会話するスキル。確かに、これは耳障り以外の何物でもないわね。まあ、助けてもらったから文句も言えないけど……
私が一人考えていると、ハリアーさんが声を荒げる。彼女はラプターの奴と交戦中みたい。
「イシュラ! 一人で何を騒いでいる! ここは戦場だぞ!」
「一人じゃないわよ! ほら、武器が喋って……」
そう言いかけた時だった。突然ハンマーが大声を上げる。
『ご主人様、後ろです!』
彼の声を聞き、反射的に後方へと武器を振り抜く。すると、【覚醒】持ちと思われる海賊のプレイヤーをそのまま殴り飛ばした。
わお、やるじゃんお喋りハンマー。レンジの限定スキルと違って、全く役立たずってわけじゃなさそうね。よーし、このまま一気に……
「スキル【コール】! 現れろゲソノウミィ!」
今度は何よ! 突然、船の周りに巨大なゲソ足が姿を現し、船上のプレイヤーを蹴散らしていく。そっか、アパッチの奴が合流したみたいね。
クラーケンの戦闘を見ていて気づく。周りは既に敵ばかり、味方のプレイヤーの大半がゲームオーバーになっていた。まさか……シュトラとハクシャも……
「お゛ね゛いち゛ゃーん……!」
「イシュラ! 無事で良かったぜ!」
私が最悪の事態を考えていると、涙でぐしゃぐしゃになったシュトラが抱きつく。汚い汚い……
ハクシャの方も無事か。まああいつは強いし、ハリアーさんも居たから当然ね。
でも、そのハリアーさんも限界みたい。敵プレイヤーが多すぎて、手が付けられなくなっていた。
彼女の側近であるアパッチが、守るように私たちの前に立つ。彼はハリアーさんに言葉をぶつけた。
「ハリアーさん不味いっすよ! ここは退きましょう!」
「退くだと……バカを言うな! 奴らは私を裏切った【エンタープライズ】のメンバーだ! ここで、私の力を見せつけなくてどうする!」
あちゃー……うちのギルドマスター、相当頭にきてるわね。散々私に考えるように言ったのに、自分が暴走してどうするのよ。
結局、私とハリアーさんは似た者同士か。走り出したら止まらない直情型。他人事だけど、同じパーティーメンバーは大変でしょうね。
このギルドはならず者の集まり【エンタープライズ】。直情には直情で対抗するのがこのギルドのスタイルだった。
「勝てない勝負に固執してんじゃねえよ糞アマがァ! 御頭が後輩の前で駄々捏ねてどうすんだゴルァ!」
「よく吠えるじゃないかアパッチ! 私に口答えをして、どうなるか分かっているだろうな!」
「先輩! 今は喧嘩してる場合じゃないっすよ!」
突如始まるハリアーさんとアパッチの喧嘩をハクシャが宥めた。絶体絶命のピンチに何をやってるのよ……非常事態の時こそ先輩としての威厳を見せるものでしょ……
でも、流石にアパッチは考えがあって行動しているみたい。彼は覚悟を決めた表情で、右手を上に上げる。そして、船を背負うほど巨大なクラーケンに指示を送った。
「ゲソノウミィ! エンタープライズの海賊船をぶっ潰せやァ!」
「ええー!」
驚く私たちなど気にも留めず、巨大クラーケンは十本足を船に絡める。みしみしと音を立て、船は徐々に崩壊していった。
船を沈めれば、この場にいる【覚醒】持ちを退けるかもしれない。でも、私たちはどうするのよ! 陸へと繋がる桟橋には敵がうじゃうじゃいるってのに!
「こんな事をしたら、私たち逃げ場がないじゃない!」
「敵はゲソノウミに任せ、俺たちは小型のゲソスケに乗って退避する。とにかく、今はハリアーさんを押さえつけてくれ!」
私たち三人はアパッチの指示に従って、ハリアーさんを押さえつける。それと同時に、もう一匹のクラーケン、ゲソスケが海面から飛び出し、船上へと足を付けた。
このなまめかしいゲテモノに乗るのね……でも、文句を言っていられないか。四人がかりでハリアーさんを押さえつつ、私たちはクラーケンに飛び乗る。その時だった。
「アパッチくん、逃がさないよ! スキル……」
「ゲソノウミィ! 【煙幕】だ!」
こちらに銃口を向けるラプターさん。しかし、彼女がスキルを放つより先に、巨大クラーケンが口から真っ黒い煙を吐く。
周囲を包み込む真っ黒な霧。それに乗じて、私たちを乗せたゲソスケは海へと飛び込んだ。
使役士の指示に従い、クラーケンはただひたすらに大海原を進み続ける。私たちも、決して振り返ろうとはしなかった。
たぶん、【エンタープライズ】のギルド本部も、残したゲソノウミも無事じゃないでしょう。それでも、私たちは進むしかなかった。
『ご主人様。ここからが勝負所ですよ』
「うるさい」
海面を進むゲソの上で、私はハンマーと会話する。自分で言ってて、どういう状況か分からないわね……
でも、勝負所なのは確かみたい。ここからが私たちの本当戦いだった。