121 イシュラのスローライフ
私、上杉千夏は、最近あるゲームにはまっていた。
【ディープガルド】というVRMMORPGは、暇を潰すにはちょうど良かったわ。妹の小春も無理やり誘って、気ままにスローライフを楽しむつもりだったの。
でもあいつ、レンジというプレイヤーと出会って、私のスローライフは崩壊した。
あいつは私と同じギルドに所属するハクシャって奴を滅茶苦茶カッコよくぶっ倒したの。先輩のヴィルも感心してたし、すっごく悔しかったわね。
そんな時、レンジと直接決闘する機会が訪れた。しめたわ、これであいつをボコボコにして、私たちの完全勝利!
って、思ってたらボロ負けしたわ。本当に何なのよあいつー!
その後、レンジが普通のプレイヤーじゃない特別な境遇の持ち主って知ったわ。それと同時に、【ディープガルド】で暗躍する秘密組織の存在も知ってしまった。
だけど、このまま逃げる気はないわ。私はあいつらのライバルなのよ。絶対追いついて、この世界のために戦ってやる!
「乗るしかない! このビッグウェーブに!」
「どうしたのお姉ちゃん!?」
私の所属するギルド、【エンタープライズ】の船の上で思わず叫んでしまった。
この【ディープガルド】での私の名前はイシュラ。妹の小春はシュトラね。先日、パーティーリーダーに逃げられて、途方に暮れてる状態よ。
ま、悩んでいても仕方ないし、せっかくだから自由にやらしてもらうわ。
「パーティーリーダーも居なくなったし、もう指示に従う必要はないわね。じゃ、行くわよ」
「行くって、どこに……」
「決まってるじゃない。【オレンジナ大陸】よ。ギルド【IRIS】の奴らもいるらしいし」
【エンタープライズ】メンバーが話してるのを聞いたから間違いないわ。あいつらに追いつくためにも、私たちは新大陸に前進しなくちゃならない。レベルは充分上がってるし、今度こそあいつらをボコボコよ!
でも、妹のイシュラは消極的みたい。物凄く焦った顔で、物凄く拒絶し始めた。
「む……無理だよ! 無理無理無理無理かたつむり! 私たち三人しかいないんだよ! あと少し討伐依頼を熟したら許可書が下りるし、汽車を使って一気に移動した方が……」
「そんなの待っていられないわよ! 今から歩いて行った方が早いじゃない!」
でも、こいつに拒否権はないわ。何が何でも、私たちは新大陸に行くの。
彼女を無理やり連れて行こうとすると、同じパーティメンバーのハクシャがそれを止める。こいつ、バカそうに見えてこういうところでは冷静なのよね。ムカつく。
「俺はシュトラの意見に賛成だな。ヴィル先輩も戻ってくれるかも知れない」
「いつまで夢見てるのよ! あいつはもう逃げちゃったの! 戻らないの! 私たちだけでギルド【IRIS】に追いつかなくてどうするの!」
私が言い返すと、ハクシャは大きくため息をついた。これは付き合ってくれるという雰囲気じゃないわね。
無理やり連れて行っても足手まといだし、一緒に行動するのも限界かしら。別に、こいつらが居なくても私は戦える。たとえ一人だってね。
「もう良いわ、私一人で行く。今までありがとね。さいなら」
「そんな……お姉ちゃん」
二人を振り払い、私は船から降りようと歩き出す。でも、そんな私の前に長身の女性が立ちはだかった。
大きな黒い帽子をかぶり、背中に巨大な碇を背負った海賊。【エンタープライズ】のギルドマスターハリアーか。相変わらず、図体がデカくて邪魔な奴。
「そこ、邪魔なんですけど」
「邪魔をしているからな」
よーするに、こいつもシュトラたちの味方ってわけね。危険だからずっとこの船で腐ってろって?
冗談じゃないわ。私はギルド【IRIS】のライバルなの。立ち止まっていたら、追いつけなくなっちゃうわ!
「止めないでよ。私は逃げるのも隠れるのもまっぴら御免。【ダブルブレイン】だって【覚醒】持ちだって、ボコボコにしてやるんだから!」
「止めやしない。だが、仲間の説得に失敗し腹を立て、怒りのままに船を下りるのは頂けんな。その前にやるべき事ならいくらでもあるはずだが?」
「ぐぬ……」
ぐうも出ないほど正論……むっかつくわね。
私だって自分が焦ってるのは分かってるわよ。でも、どうしようもないじゃない。頼れるパーティーリーダーは逃げちゃったし、こっちの事情も知らずにレンジたちは進み続けるし。もう後がないのよ!
自分自身にイラつくわ。何で私は特別な境遇とか、特別なスキルとか持ってないのよ。このまま、レンジにとってただのプレイヤーAで終わるぐらいなら、最後に一花散らして……
「【ダブルブレイン】に襲われたとき、レンジたちと共に敵船に乗り込めなかったことを後悔してるな? もう少し早く手を伸ばしていれば、お前の未来は変わったかもしれん」
「お……大きなお世話よ!」
ハリアーは私の心を見透かしたように圧力を加えてくる。本当に何なのよこいつ、人が気にしてる事をペラペラと……
威圧的な態度のまま、彼女は鋭い眼光を向ける。
「【ゴールドラッシュ】はスキル【覚醒】を持ったプレイヤーの裏切りによって崩壊した。これで、奴らの狙いは完了したというわけだ」
「何なのよ急に……」
「では、奴らの次の狙いは何なのか。同じ形で攻めいる事が可能なギルドはどこか……」
シュトラは真剣に話を聞き、言葉の意味を考えてるみたい。ほんと、この子はいつも真面目ね。
やがて、その答えを見つけたのか、動揺した様子で彼女は話す。
「【エンタープライズ】は先の戦いで、本部メンバーの半数がゲームオーバーになってます。これは、【ゴールドラッシュ】の時と同じでは……」
「そうだ、奴らがゲームオーバーしたプレイヤーの記憶を操作しなかったのは、攻め入る隙をうかがっていたからで間違いない」
つまり、【エンタープライズ】は崩壊までリーチが掛かってるってわけね。尚更、こんな船に居てなんていられないわ。
たぶん、ヴィルもその事を察して逃げたんでしょうね。私は逃げるつもりなんてないけど、だからと言って危険な場所に居座るつもりもない。なら、やっぱり新大陸に進むのが正解よ。
「分かってるなら止めないでよ!」
「言っただろう、止める気はないと。あのまま放っておいたら二人の説得に失敗して、お前一人で新大陸に進むことになっていたわけだが。今はどうだ?」
ハリアーの言葉により、この場の状況が大きく変わる。
「お姉ちゃん、やっぱり私も行くよ。ここにいてもダメみたいだし……」
「ハリアーさんが言うなら、俺も納得だぜ! さっきは悪かったな!」
さっきまで突っぱねていたシュトラとハクシャが、考えを改めていた。
ちゃんと理由を説明して、具体的な話しをすれば二人は付いてきてくれたのね。ぐう、私は何を焦っているのかしら……
「お前はヴィオラにそっくりだ。思い立ったら周囲を無視して突っ走る。それに加えて皮肉屋で無愛想だから世話がないな」
「分かってるわよ……でも、仕方ないじゃない! 私だって特別になりたいの! あいつらと一緒に華麗に敵をやっつけたいの! 脇役なんかで満足できないわよ!」
そう、私には力が足りない。もっと特別な力が必要なの。あいつらに付いて行けるほどの力が……
「やっはー! みんな何やってるの?」
私たちが船上でもめていると、カウボーイハットの銃士、ラプターが現れる。彼女が現れたのと同時に、ハリアーは背中に装備した巨大碇に手を付けた。
猛獣のような眼光は、ギルドのNo.2であるラプターを凝視する。とても、仲間に向けるような態度じゃないわね……
「大したことではない。こいつらが新大陸に行くと言うから、手ほどきをしていただけだ」
「ハリアーちゃんは世話焼きだね! 真面目でよろしい」
普段と変わらず、能天気で元気百倍なラプター。普段と違うのはハリアーの方かしら。
さっきの話し、【エンタープライズ】の半数が【覚醒】持ちにされているという事実。そして、その中で一番ランキング順位が高いのが二兆拳銃のラプター。ま、警戒するのも無理ないか。
「なんだか最近、ハリアーちゃんムッスリしてるね。やっぱり、【ディープガルド】が混乱して大変なのかな?」
「そうだな……こっちもてんやわんやだ」
二人は共に動こうとはしない。やっぱり、【覚醒】持ちが操作されるなんて思い違いなのかも。全然、ラプターも操られてる感じがしないし、どうにも実感が湧かないわね。
そうだ、試しに鎌でもかけてみようかしら。
「ラプターさん知ってる? 【ゴールドラッシュ】は【覚醒】持ちのランスって人が裏切って崩壊しちゃったんですって。ハリアーさんは同じように【覚醒】を持ってるあんたを警戒してるのよ」
「なーんだ、そうだったんだ。私は大丈夫だよ。操られてるプレイヤーって、暴れてるか人形みたいかだし」
そうね、確かにいつも通り。なら、次の言葉もいつも通り流すでしょ。
「やっぱり、リーダーのエルドが操ってるのかしら。沢山いるプレイヤー全員を操るなんて大変ね」
「エルドくんはそんな面倒なことしないよ。今はランスくんが中心に動いていて、ダブルブレインの人たちは直接指揮してないんだって」
え? そんな話初めて聞いたんだけど……他の皆は知ってるの?
そう思って、私はハリアーの顔を覗きこむ。彼女は「信じられない」といった表情で、ラプターを見つめていた。これは、この人も知らなかったみたいね。
何だか私、余計な事をしちゃったかも。苦笑いをしながら、ラプターに疑問を投げる。
「えっと……その情報って、まだ出回ってないと思うけど……何で知ってるの?」
「あ……」
ここまで簡単にボロが出てしまうあたり、彼女も相当のバカね。
まあ、私も人のこと言えないか。ハリアーは巨大碇を振り上げ、こっちに向かって罵声を放った。
「バカ者が! なぜ余計な事をした!」
それと同時にラプターが小悪魔的な笑みを浮かべる。やっぱりあいつ、真っ黒じゃない! ハリアーの予想は当たっていたわけね。
私が余計な事しちゃったばかりに、予期しない状態で開戦となってしまった。ラプターは瞬時に私たちから距離を取り、二丁の拳銃を構える。向こうも本気ね。
「やっはー! 開戦だよ! スキル【覚醒】!」
彼女の瞳に拳銃のマークが浮かび上がる。それと同時に、【覚醒】持ちと思われるプレイヤーたちが一斉に攻撃を開始した。
【エンタープライズ】同士が戦う内戦。当然、【覚醒】を所持していないハリアー側のプレイヤーは、混乱するばかりだった。このままじゃこっちが不利ね……
ラプターは二丁の銃から雷弾を放ち、ハリアーを攻撃していく。それを彼女は巨大碇によるガードで防いでいった。
「ごめんね、ハリアーちゃん。私、エルドくんの力を目のあたりにして思ったんだ。エルドくんの下に付いて、エルドくんのように強くなりたいってね!」
「正気のようだな……! たわけが!」
ラプターは全く操られているという感じじゃない。それが逆に怖かった。
彼女以外のプレイヤーはただの操り人形という様子。意思はないかもしれないけど、私たちの実力じゃ勝てない。
ハリアーはラプターの相手をしつつも、私たち三人を守っていた。戦いの原因は私のせいなのに、足まで引っ張って……
このままじゃ絶対終わらせない。私は巨大なハンマーを握りしめた。