120 騙し討ちのヴィルリオ
塔の攻略を初めて三日目。俺たちはダンジョンの休息ポイントで、ヴィオラさんと連絡を取っていた。
どうやら、ここ数日であちらに大きな動きがあったらしい。アルゴさんの調査内容を解明するという目的を達成し、【ダブルブレイン】の確信へと近づいたようだ。
『ってわけよ。はっきり言っちゃうと、敵の目的は世界征服ね』
「それはまた大きく出ましたね……」
現実主義のリュイは、ヴィオラさんの言葉が信じられないようだ。まあ、確かに世界征服という目的にはかなり無理がある。どこかで運営や警察に見つかって手を打たれるのが落ちだろう。
しかし、出来る出来ないかの問題ではない。仮に出来なかったとしても、現実世界に何らかの傷跡が残るのは確実。下手をしたら人が死ぬかもな……
「不味いですよレンジさん! このままではVRMMOが悪者になって、規制されてしまうかもしれません!」
「あー、そっちの心配かよ。まあ、ゲーマーにとっては死活問題だな」
アイは完全に別方向で動揺している。こいつ、こういうところでは頭の回転が速いな。
このまま問題が現実世界に及べば及ぶほど、俺たちにとって都合が悪いのは確実。まさか、本当に世界征服が成功するとは思っていないが、気には留めておいた方が良さそうだ。
それより、今は新たな【ダブルブレイン】であるルルノーさんの事が重要だろう。
彼は今まで俺たちの味方として支援をしてきた。サンビーム砂漠で貰った回復薬にはこれまで三回も助けられている。流石にショックだな……
「それにしても、まさかルルノーさんが【ダブルブレイン】だったとは……アイの感は当たっていたか」
「でも……ルルノーは良い奴だ! 助けられたのは変わらない……!」
貰った薬でマシロに善戦したルージュは、必死にルルノーさんをフォローする。
まあ、彼女の言うように、善意で助けられた事実は変わらない。恐らく、あの時点では俺たちが敵だと気付いていなかったのだろう。
リュイは眉をしかめながら、回復薬をどこでどう使ったか振り返っていく。
「僕たちが貰った薬は四つ。レンジさんの薬はエボニーの森でルージュさんに使って、ルージュさんの薬は人魚の街セレスティアルで使いました。僕も先日、飛空艇漆黑での戦闘で使い、残りはアイさんの持つ薬だけですね」
「これ、売った方が良いんでしょうか……【目利き】のスキルで見る限り、すっごく良い素材を使っていますが……」
貰った最高級回復薬を惜しそうに見るアイ。貰い物を捨てるのは失礼だが、それを恵んでくれた人への対抗に使うのもいかがなものか……
結局、敵対者を把握していなかったルルノーさんのボケが原因だが、大変なことになってしまった。だがまあ、薬の効力は保証されている。使わない訳にもいかない。
「ありがたく使わせてもらおう。ルルノーさんはそんな事を気にする人じゃなさそうだし」
「そうですね。あの人なら、『なんという巡り会わせ! なんという輪廻!』とか言ってむしろ喜びそうです!」
おいおい、アイ。勝手にルルノーさんのキャラを決めるなよ。お前はそんなに親しくないだろ……
とにかく、薬は使用するという結論に落ち着く。効力が高いこの薬は、一回使用すればライフが一気に全快する。これなら戦闘中にも使用できるので、使わない理由がなかった。
話しが終わったことにより、俺はヴィオラさんに別件を話す。
【ディープガルド】のNPCに協力を促すため、【交渉】のスキルを鍛えたヒスイさんと話がしたかった。
「ヴィオラさん、ちょっとヒスイさんと話ししたいんですけど」
『ヒスイだったら、今通信中よ。コンタクトの魔石で誰かと話してるみたい』
「そうですか……なら、次の機会で良いです」
いったい誰と通信しているのだろうか。【7net】の生き残りがいて、その人に現状を説明しているのかもしれないな。
俺は深く考えなかった。ヒスイさんが【覚醒】持ちではない事は把握済み。勿論、ダブルブレインであるはずもない。裏切りなど絶対にありえないからだ。
俺たちは【ゴールドラッシュ】、【漆黑】、【エンタープライズ】、【ROCO】、そしてソロプレイヤーのギンガさんと繋がりを持っている。この【ディープガルド】で活動する戦力を掌握したと言っていい。
更なる戦力への情報漏洩など、とても考えられなかった。
【ブルーリア大陸】、漁村の村ゼニス。干物の臭いが漂うこの村に一人の男が訪れていた。
男は他のパーティーメンバーから離れ、一人コンタクトの魔石で通信を行う。その相手は元【7net】のギルドマスター、ヒスイだ。
彼は【ROCO】のギルド本部で知った情報を全て漏洩する。今、ヒスイが話している男は、それを伝える価値のあるプレイヤーだった。
『つーわけや。注意しいや』
「大丈夫だよ。僕は厄介事に首を突っ込む気はないから」
羽の付いた帽子のつばを掴み、男は通信を遮断する。そして、【エンタープライズ】の海賊船が停泊する海岸へと歩いていった。
「いよいよ、雲行きが怪しくなってきたかな……ここらが潮時だね」
彼の背中には大きなギターが装備されている。その風貌はどこからどう見ても吟遊詩人だった。
男は険しい顔つきをし、今後の【ディープガルド】について考える。大きな混乱が迫るこの世界で自分は何をすべきか。
否、答えは決まっていた。
かつて、エルドを打ち負かした伝説のプレイヤーがいた。
エルド、クロカゲ、ディバイン、ビューシアと並び、現在のVRMMO内にて最強の一角と言われる男。彼は他の四人とは違い根っからの魔法職で、特に後衛からのサポートが得意だった。
彼は異質なプレイヤーだ。自らの行動を最小限に抑え、中位プレイヤーとして燻りつづける。そして、何らかの切っ掛けを境に燃え上がり、周囲を混乱へと巻き込んでいく。後期追い上げタイプだった。
この男が名前を上げたのは二年前。彼はあるSFゲームでクロカゲのチームに組し、その時も中位プレイヤーとして活動していた。
クロカゲのチームは精鋭の集まり、その目的はソロプレイヤーのエルドを打ち負かす事。戦力が整ったのと同時に、クロカゲたちは一気にエルドへと攻撃を開始した。
だが、最強のプレイヤーと呼ばれているエルドは、この不利な状況をものともしない。ディバインの協力を受けつつ、数々のプレイヤーを退け、最後にはクロカゲとの一騎打ちに持ち込んだ。
二人のプレイヤーは死力を尽くして戦い、互いに認め合い賞賛しあう。最終的にはエルドがクロカゲを打ち取り、勝敗は決した。
しかし、その瞬間。誰もが予想としていなかった事態が起きる。
『僕が読み勝った……! このゲームの勝者は僕なんだ!』
クロカゲの下に付いていたプレイヤー。彼は安堵の表情を浮かべるエルドを背後から撃ちぬく。
ノーマークでありながら、高い技術を持ったプレイヤーの不意打ち。これには流石の最強プレイヤーも唖然だった。
エルドの敗北により、クロカゲチームの勝利が決まる。しかし、エルドを負かしたプレイヤーはリーダーを切り捨て、手柄を自分の物としてしまう。彼は最初からこの瞬間を狙い、全てを騙してきたのだ。
男は思った。『これで僕は皆から称賛される。有名プレイヤーの仲間入りだ!』と……
しかし、その男に与えられたのは栄光などではなかった。
代わりに与えられたのは罵倒と嘲笑、周囲からの猛バッシングだ。
『アーハッハッハッ! これだから凡人は困るね。僕は間違ってない! 僕は確かに勝ったんだ……』
男は逃げるようにデータを消去し、それ以後も名前を変えて活動し続けた。他のゲームでも自らを偽り、騙し討ち、裏切り、不意打ち。全てがが終わった時、周囲は彼が悪名高いあのプレイヤーだと気付く。
そんな卑怯者で手段を選ばない。最悪のゲームプレイヤー。彼は軽蔑を込めてこう呼ばれた。
騙し討ちのヴィルリオと……
「今日を持って、巨獣討伐ギルド【エンタープライズ】を止めさせてもらいます。今までありがとうございました」
「そうか。お前は厄介事を嫌っていたからな」
海賊船の甲板にて、【エンタープライズ】のヴィルはギルドマスターのハリアーに別れを告げる。
ここ数日、【ゴールドラッシュ】の崩壊によって、【ディープガルド】は混乱に向かっていた。その空気に合わせるように、【エンタープライズ】も対【ダブルブレイン】に力を注ぐ。
厄介事を嫌うヴィルにとって、この空気は居心地が悪かった。三人の教え子が気がかりだが、タイミングとしては今が潮時だったのだ。
「これからどうするつもりだ。ヴィオラと同じように新たなギルドでも作るつもりか?」
「まさか、とりあえずは雲隠れするつもりですよ。ハリアーさんたちがこの世界を救ってくれること、期待してますから」
若干、皮肉がこもったような口ぶりをし、彼は前髪を払う。元々、この男は【エンタープライズ】に心を売る気などない。あくまでもギルドは隠れ蓑にすぎなかった。
【エンタープライズ】のヴィル、その正体は悪名高い騙し討ちのヴィルリオ。
彼は【エンタープライズ】を出汁に使うことによって上位陣に食い込み、そこから大逆転をする。はずだった……
【ダブルブレイン】の活動によって【ディープガルド】は混乱し、ヴィルは完全にタイミングを逃す。今になって裏切りを工作するなど、出来るはずがなかった。
「ヴィル先輩! ギルドをやめるって本当すっか!」
「やっぱり逃げちゃうのね。さいってい」
船から降りようとする彼を同じパーティーメンバーが呼び止める。格闘家のハクシャと鍛冶師のイシュラだった。
ヴィルはハクシャを無視し、暴言を吐くイシュラをジト目で睨む。だが、彼がいくら怒ろうとも、この少女が怯むはずがない。睨まれたら睨み返すのが彼女だった。
「なによ……」
「イシュラ、君は結局何がしたいんだい?」
ヴィルは怒ってなどいない。ただ、迷いなく敵と戦う覚悟をしているイシュラに、疑問を持っているだけだった。
「君は生産職で、武器を作るためにゲームをプレイしているんじゃなかったのかな? それがどうだい。ギルド【IRIS】の奴らに感化されて、戦闘スキルを鍛えだす始末。このままじゃどちらも中途半端だよ」
「レンジもアイも両立できてるわ。私だって出来る……出来るに決まってるじゃない!」
猫耳と尻尾をピンと立て、彼女は言い返す。説得不可能と判断したのか、ヴィルはハクシャの方に話を振った。
「あんな特異な奴らと一緒だと思わない事だね。ハクシャ、君もそうだ。ただのゲームプレイヤーが化物の戦いに首を突っ込む意味はないよ。君はただ突っ走ってるだけだ」
「意味ならありまっす! レンジたちは俺の仲間だ! 理由はそれで充分っす!」
少年は太眉毛をぴくぴくと動かし、その眼に炎を宿す。
どちらも引かないなら仕方がない。ヴィルは二人に背を向けて、船と港を繋ぐ桟橋を歩いていく。
「とにかく、僕が言えるのはここまでで……」
「ちょちょちょ……! 何で私だけスルーするんですか!」
そのまま去ろうとする彼に、突如シュトラが声を張り上げた。完全に背景と同化していたため、今までずっと気づかなかったようだ。
ヴィルは後ろへと振り返り、冷や汗を流しながら誤魔化そうとする。
「……あれ、シュトラ。いつから居たんだい?」
「ずーっと居たんですけどォ!」
オチも付いたことにより、ここでヴィルパーティは解散となった。
五人の最強プレイヤーに含まれるヴィル。彼は世界の激動から目を逸らし、一人孤独の道を選ぶ事となる。
エルド、クロカゲ、ディバイン、ビューシア、四人がそれぞれこのゲームを動かす中、彼だけは完全にノーマーク。これがどれほど重要なことか、この男は理解していなかった。