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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
二十七日目~三十二日目 クレープスの塔
121/208

120 騙し討ちのヴィルリオ

 塔の攻略を初めて三日目。俺たちはダンジョンの休息ポイントで、ヴィオラさんと連絡を取っていた。

 どうやら、ここ数日であちらに大きな動きがあったらしい。アルゴさんの調査内容を解明するという目的を達成し、【ダブルブレイン】の確信へと近づいたようだ。


『ってわけよ。はっきり言っちゃうと、敵の目的は世界征服ね』

「それはまた大きく出ましたね……」


 現実主義のリュイは、ヴィオラさんの言葉が信じられないようだ。まあ、確かに世界征服という目的にはかなり無理がある。どこかで運営や警察に見つかって手を打たれるのが落ちだろう。

 しかし、出来る出来ないかの問題ではない。仮に出来なかったとしても、現実世界に何らかの傷跡が残るのは確実。下手をしたら人が死ぬかもな……


「不味いですよレンジさん! このままではVRMMOが悪者になって、規制されてしまうかもしれません!」

「あー、そっちの心配かよ。まあ、ゲーマーにとっては死活問題だな」


 アイは完全に別方向で動揺している。こいつ、こういうところでは頭の回転が速いな。

 このまま問題が現実世界に及べば及ぶほど、俺たちにとって都合が悪いのは確実。まさか、本当に世界征服が成功するとは思っていないが、気には留めておいた方が良さそうだ。


 それより、今は新たな【ダブルブレイン】であるルルノーさんの事が重要だろう。

 彼は今まで俺たちの味方として支援をしてきた。サンビーム砂漠で貰った回復薬にはこれまで三回も助けられている。流石にショックだな……


「それにしても、まさかルルノーさんが【ダブルブレイン】だったとは……アイの感は当たっていたか」

「でも……ルルノーは良い奴だ! 助けられたのは変わらない……!」


 貰った薬でマシロに善戦したルージュは、必死にルルノーさんをフォローする。

 まあ、彼女の言うように、善意で助けられた事実は変わらない。恐らく、あの時点では俺たちが敵だと気付いていなかったのだろう。

 リュイは眉をしかめながら、回復薬をどこでどう使ったか振り返っていく。


「僕たちが貰った薬は四つ。レンジさんの薬はエボニーの森でルージュさんに使って、ルージュさんの薬は人魚の街セレスティアルで使いました。僕も先日、飛空艇漆黑での戦闘で使い、残りはアイさんの持つ薬だけですね」

「これ、売った方が良いんでしょうか……【目利き】のスキルで見る限り、すっごく良い素材を使っていますが……」


 貰った最高級回復薬を惜しそうに見るアイ。貰い物を捨てるのは失礼だが、それを恵んでくれた人への対抗に使うのもいかがなものか……

 結局、敵対者を把握していなかったルルノーさんのボケが原因だが、大変なことになってしまった。だがまあ、薬の効力は保証されている。使わない訳にもいかない。


「ありがたく使わせてもらおう。ルルノーさんはそんな事を気にする人じゃなさそうだし」

「そうですね。あの人なら、『なんという巡り会わせ! なんという輪廻!』とか言ってむしろ喜びそうです!」


 おいおい、アイ。勝手にルルノーさんのキャラを決めるなよ。お前はそんなに親しくないだろ…… 

 とにかく、薬は使用するという結論に落ち着く。効力が高いこの薬は、一回使用すればライフが一気に全快する。これなら戦闘中にも使用できるので、使わない理由がなかった。


 話しが終わったことにより、俺はヴィオラさんに別件を話す。

 【ディープガルド】のNPCに協力を促すため、【交渉】のスキルを鍛えたヒスイさんと話がしたかった。


「ヴィオラさん、ちょっとヒスイさんと話ししたいんですけど」

『ヒスイだったら、今通信中よ。コンタクトの魔石で誰かと話してるみたい』

「そうですか……なら、次の機会で良いです」


 いったい誰と通信しているのだろうか。【7net(セブンネット)】の生き残りがいて、その人に現状を説明しているのかもしれないな。

 俺は深く考えなかった。ヒスイさんが【覚醒】持ちではない事は把握済み。勿論、ダブルブレインであるはずもない。裏切りなど絶対にありえないからだ。

 俺たちは【ゴールドラッシュ】、【漆黑しっこく】、【エンタープライズ】、【ROCOロコ】、そしてソロプレイヤーのギンガさんと繋がりを持っている。この【ディープガルド】で活動する戦力を掌握したと言っていい。

 更なる戦力への情報漏洩など、とても考えられなかった。
















 【ブルーリア大陸】、漁村の村ゼニス。干物の臭いが漂うこの村に一人の男が訪れていた。

 男は他のパーティーメンバーから離れ、一人コンタクトの魔石で通信を行う。その相手は元【7net(セブンネット)】のギルドマスター、ヒスイだ。

 彼は【ROCOロコ】のギルド本部で知った情報を全て漏洩する。今、ヒスイが話している男は、それを伝える価値のあるプレイヤーだった。


『つーわけや。注意しいや』

「大丈夫だよ。僕は厄介事に首を突っ込む気はないから」


 羽の付いた帽子のつばを掴み、男は通信を遮断する。そして、【エンタープライズ】の海賊船が停泊する海岸へと歩いていった。


「いよいよ、雲行きが怪しくなってきたかな……ここらが潮時だね」


 彼の背中には大きなギターが装備されている。その風貌はどこからどう見ても吟遊詩人バードだった。

 男は険しい顔つきをし、今後の【ディープガルド】について考える。大きな混乱が迫るこの世界で自分は何をすべきか。

 否、答えは決まっていた。


















 かつて、エルドを打ち負かした伝説のプレイヤーがいた。


 エルド、クロカゲ、ディバイン、ビューシアと並び、現在のVRMMO内にて最強の一角と言われる男。彼は他の四人とは違い根っからの魔法職で、特に後衛からのサポートが得意だった。

 彼は異質なプレイヤーだ。自らの行動を最小限に抑え、中位プレイヤーとして燻りつづける。そして、何らかの切っ掛けを境に燃え上がり、周囲を混乱へと巻き込んでいく。後期追い上げタイプだった。


 この男が名前を上げたのは二年前。彼はあるSFゲームでクロカゲのチームに組し、その時も中位プレイヤーとして活動していた。

 クロカゲのチームは精鋭の集まり、その目的はソロプレイヤーのエルドを打ち負かす事。戦力が整ったのと同時に、クロカゲたちは一気にエルドへと攻撃を開始した。

 だが、最強のプレイヤーと呼ばれているエルドは、この不利な状況をものともしない。ディバインの協力を受けつつ、数々のプレイヤーを退け、最後にはクロカゲとの一騎打ちに持ち込んだ。

 二人のプレイヤーは死力を尽くして戦い、互いに認め合い賞賛しあう。最終的にはエルドがクロカゲを打ち取り、勝敗は決した。


 しかし、その瞬間。誰もが予想としていなかった事態が起きる。


『僕が読み勝った……! このゲームの勝者は僕なんだ!』


 クロカゲの下に付いていたプレイヤー。彼は安堵の表情を浮かべるエルドを背後から撃ちぬく。

 ノーマークでありながら、高い技術を持ったプレイヤーの不意打ち。これには流石の最強プレイヤーも唖然だった。

 エルドの敗北により、クロカゲチームの勝利が決まる。しかし、エルドを負かしたプレイヤーはリーダーを切り捨て、手柄を自分の物としてしまう。彼は最初からこの瞬間を狙い、全てを騙してきたのだ。

 男は思った。『これで僕は皆から称賛される。有名プレイヤーの仲間入りだ!』と……


 しかし、その男に与えられたのは栄光などではなかった。

 代わりに与えられたのは罵倒と嘲笑、周囲からの猛バッシングだ。


『アーハッハッハッ! これだから凡人は困るね。僕は間違ってない! 僕は確かに勝ったんだ……』


 男は逃げるようにデータを消去し、それ以後も名前を変えて活動し続けた。他のゲームでも自らを偽り、騙し討ち、裏切り、不意打ち。全てがが終わった時、周囲は彼が悪名高いあのプレイヤーだと気付く。

 そんな卑怯者で手段を選ばない。最悪のゲームプレイヤー。彼は軽蔑を込めてこう呼ばれた。


 騙し討ちのヴィルリオと……



「今日を持って、巨獣討伐ギルド【エンタープライズ】を止めさせてもらいます。今までありがとうございました」

「そうか。お前は厄介事を嫌っていたからな」


 海賊船の甲板にて、【エンタープライズ】のヴィルはギルドマスターのハリアーに別れを告げる。

 ここ数日、【ゴールドラッシュ】の崩壊によって、【ディープガルド】は混乱に向かっていた。その空気に合わせるように、【エンタープライズ】も対【ダブルブレイン】に力を注ぐ。

 厄介事を嫌うヴィルにとって、この空気は居心地が悪かった。三人の教え子が気がかりだが、タイミングとしては今が潮時だったのだ。


「これからどうするつもりだ。ヴィオラと同じように新たなギルドでも作るつもりか?」

「まさか、とりあえずは雲隠れするつもりですよ。ハリアーさんたちがこの世界を救ってくれること、期待してますから」


 若干、皮肉がこもったような口ぶりをし、彼は前髪を払う。元々、この男は【エンタープライズ】に心を売る気などない。あくまでもギルドは隠れ蓑にすぎなかった。


 【エンタープライズ】のヴィル、その正体は悪名高い騙し討ちのヴィルリオ。

 彼は【エンタープライズ】を出汁に使うことによって上位陣に食い込み、そこから大逆転をする。はずだった……

 【ダブルブレイン】の活動によって【ディープガルド】は混乱し、ヴィルは完全にタイミングを逃す。今になって裏切りを工作するなど、出来るはずがなかった。


「ヴィル先輩! ギルドをやめるって本当すっか!」

「やっぱり逃げちゃうのね。さいってい」


 船から降りようとする彼を同じパーティーメンバーが呼び止める。格闘家モンクのハクシャと鍛冶師ブラックスミスのイシュラだった。

 ヴィルはハクシャを無視し、暴言を吐くイシュラをジト目で睨む。だが、彼がいくら怒ろうとも、この少女が怯むはずがない。睨まれたら睨み返すのが彼女だった。


「なによ……」

「イシュラ、君は結局何がしたいんだい?」


 ヴィルは怒ってなどいない。ただ、迷いなく敵と戦う覚悟をしているイシュラに、疑問を持っているだけだった。


「君は生産職で、武器を作るためにゲームをプレイしているんじゃなかったのかな? それがどうだい。ギルド【IRISイリス】の奴らに感化されて、戦闘スキルを鍛えだす始末。このままじゃどちらも中途半端だよ」

「レンジもアイも両立できてるわ。私だって出来る……出来るに決まってるじゃない!」


 猫耳と尻尾をピンと立て、彼女は言い返す。説得不可能と判断したのか、ヴィルはハクシャの方に話を振った。


「あんな特異な奴らと一緒だと思わない事だね。ハクシャ、君もそうだ。ただのゲームプレイヤーが化物の戦いに首を突っ込む意味はないよ。君はただ突っ走ってるだけだ」

「意味ならありまっす! レンジたちは俺の仲間だ! 理由はそれで充分っす!」


 少年は太眉毛をぴくぴくと動かし、その眼に炎を宿す。

 どちらも引かないなら仕方がない。ヴィルは二人に背を向けて、船と港を繋ぐ桟橋を歩いていく。


「とにかく、僕が言えるのはここまでで……」

「ちょちょちょ……! 何で私だけスルーするんですか!」


 そのまま去ろうとする彼に、突如シュトラが声を張り上げた。完全に背景と同化していたため、今までずっと気づかなかったようだ。

 ヴィルは後ろへと振り返り、冷や汗を流しながら誤魔化そうとする。


「……あれ、シュトラ。いつから居たんだい?」

「ずーっと居たんですけどォ!」


 オチも付いたことにより、ここでヴィルパーティは解散となった。

 五人の最強プレイヤーに含まれるヴィル。彼は世界の激動から目を逸らし、一人孤独の道を選ぶ事となる。

 エルド、クロカゲ、ディバイン、ビューシア、四人がそれぞれこのゲームを動かす中、彼だけは完全にノーマーク。これがどれほど重要なことか、この男は理解していなかった。


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