119 マッドアルケミスト
アルゴの行動が分かり、敵の目的も判明する。彼のゲームオーバーは無駄ではなく、その意思は残ったプレイヤーへと引き継がれるだろう。
しかし、まだアスールは疑問に思うことがあるらしい。それは敵がいかにしてアルゴの動向を突き止めたかだ。
「さて、敵の目的は分かった。だが、奴らはどうやってアルゴの行動を知った。仲間のイリアスやギルドマスターのミミも知らなかったのにだ」
そんな彼の言葉に対し、ヴィオラが適当に答える。
「どこかで聞いていたとか」
「俺はヴォルカン山脈でお前に尾行を気づかれた。敵が会話を聞き取れるほど近づけるわけがないだろ」
アルゴが敵の調査を行っていた事は、レンジだけが知っていた。彼らの動きを把握出来たのも【IRIS】のメンバーか、【ROKO】のメンバーに絞られているだろう。
なぜ、敵はアルゴを危険視したのか。ルルノーは眼鏡のズレを直し、その理由を推察する。
「元々、ギルド【IRIS】の周囲を監視していたのかもしれません。【覚醒】保持者を使えば充分に可能なはずです」
「なるほど、流石は【ROCO】の纏め役。良い読みだ」
ひねくれ者のアスールもこれには納得だ。レンジと接点を持った全てのプレイヤーを警戒すれば、危険分子の対処を行える。完璧な読みだった。
しかし、ルルノーが優秀であればあるほど、以前とのズレが出てくる。ノランは真っ先にその事に気づいた。
「でも、ノランちゃんちょっと残念だよ。ルルノーくんがこんなに凄いなら、ちゃんとイリアスちゃんたちを避難させてほしかったな。王都は今大変な事になってるんだよ!」
「せや! 【7net】はこの【イエロラ大陸】から攻め入ったと聞いてるわ。【ROCO】の情報網で把握できたはずやろ」
商人のヒスイも、戦争時における【ROCO】の動きを批判する。別にルルノーを責めているわけではない。これは彼にとって些細な疑問だった。
しかし、錬金術士は僅かに表情を崩す。再び眼鏡のズレを直し、丁寧に受け答えを行う。
「申し訳ございません。このエンダイブの街とオーピメントの街は把握していましたが、サンビーム砂漠までは目が届きませんでした。我々は生産特化のギルド、フィールドやダンジョンは苦手です」
ルルノーの話しは筋が通っている。この場にいる誰一人として、違和感を持つ者などいなかった。
そう、彼に疑う余地などあるはずがない。この男は何一つとして悪事を行っていないのだから。
しかし、話しが進むにつれ状況が変わってくる。ここでルルノーにとって不測の事態が訪れた。
「じゃあ、話はこれで終わりね。せっかくだから、ここにいるプレイヤーでフレンド登録しましょ。コンタクトの魔石で連絡が取れるわよ」
「良いっすね。レンジくんとアイちゃん以外とも交換したいっす!」
ヴィオラの気まぐれにより、この場にいる全員でフレンド登録を行う流れとなる。ここでフレンド登録をすれば、気軽に連絡が取り合える。断る理由がなかった。
当然、他のプレイヤーも快く応じる。ドライなミミですらメニュー画面を開き、まだ登録していないアスールとノランの名前を入れた。
「これで良いでしょう。生産依頼でも使っていますので、無駄な通信は避けてください」
「分かってるよミミちゃん! ノランは無駄な電話なんてしないよ!」
怪しいノランの言葉をスルーし、アスールはメニュー画面を開く。ミミに続き、ヒスイとイリアスの名前も登録完了。ここまでは何の問題もなかった。
しかし、残り一人の名前が見つからずフレンド登録が行えない。【ROKO】の副ギルドマスター、ルルノーだった。
「ルルノー、フレンド登録画面にお前の名前がないんだが、これはどういう事だ?」
「それですか。私は研究で忙しいのでアイテム生産の依頼を受けていません。なので、フレンド登録拒否設定をしています。これは理念ですので、ご理解ください」
「そうか……」
この時点では疑問に思うことなどない。しかし、ノランとヒスイが食いつくことによって、徐々に状況が変わっていく。
「ぶーぶー! ルルノーくんノリが悪いぞ! 私たちみんな友達だよ!」
「せやせや! ノリが悪いわ! 空気を読まなあかん!」
「いえ……その……」
ルルノーは何度も眼鏡のズレを直し、少しずつ後ずさりを行う。常に冷静な彼が明らかに動揺を見せていた。
拒否設定は解除することが可能。ここまでフレンド登録を拒否する理由などあるはずがない。しかし、それでも彼はフレンド登録を行おうとしなかった。
アスールの眼が、疑いの眼差しへと変わる。彼はフレンド登録を拒否しているのではなく、行うことが出来ないのではないのかと……
「ルルノー。もう一つ質問だ。【追尾】のスキル適応画面にも名前がないが、これは説明できるか?」
「残念、ここまでのようですね」
ルルノーの答えを聞いた瞬間、銃士は彼に向かって弾丸を放つ。生産職である錬金術師に避けることが出来るはずもなく、眼鏡の男は胸部にその攻撃を受けた。
「ななな……何してるっすか!」
「見ろ、傷口が再生している。こいつはダブルブレインだ……」
動揺するイリアス、敵に対し銃口を向けるアスール。ヴィオラとノランはすぐに戦闘準備へと入り、彼の隣へと付いた。
【追尾】は指定したプレイヤーの位置を特定するスキル。人間ではないダブルブレインには対応されない。フレンド登録画面は誤魔化せても、こちらは誤魔化しようがなかった。
傷の再生を終え、ルルノーは逃走の準備へと入る。ギルドマスターのミミは、そんな彼を無表情で見つめていた。
「ルルノー……」
「ミミさん、申し訳ございません。私は【ダブルブレイン】の研究者ルルノー。生産市場ギルド【ROCO】のNo.2として、情報の収集を行ってきました」
逃げようとも、アスールが向ける銃口によって身動きが出来ない様子。傷口の再生は可能だが、無理に動けば人数差で圧倒されるのが関の山だ。
だからこそ、ルルノーは動かない。ニヒルな笑みを零し、いつもと同じように眼鏡のズレを直す。そんな彼にミミは質問を投げた。
「アルゴの動向を伝えたのは貴方ですね」
「ええ、私です」
「しかし、記憶が操作されないよう逃がしたのも貴方」
「逃がした……そうかもしれませんね」
この場にいる全員が分かっている。ルルノーは悪人ではない。だが、正義でもないというのは事実だった。
そんな彼に対し、アスールはどうしても二撃目を撃つことが出来ない。レンジたちに高性能の回復薬を与えたのも恐らくは善意。その恩が、この男の判断を鈍らせた。
「ですが、私も【ダブルブレイン】。ここで果てるわけにはいきません! スキル【簡易錬金】アイテム爆発薬!」
レンジの扱う【発明】と同じ、戦闘用のアイテム製作スキル。彼は薬草と火薬から赤い薬を作り、それをアスールに投げた。
とっさに体が反応し、銃士は薬瓶を撃ち抜く。瞬間、空中でそれは爆発を起こし、敵が逃走するための目晦ましとなった。
「くそっ……! 奴が逃げる!」
「任せて、生産職のAGI(素早さ)なんて知れてるわ!」
スピード特化のヴィオラが前に出る。彼女は速攻勝負で、背を向けるルルノーにスキルを放った。
「スキル【アサルトブロウ】!」
「くっ……スキル【簡易錬金】アイテム痺れ薬……!」
強襲スキルによって背部を叩き斬られながらも、彼は薬を作ってそれを投げる。後方へと投げられた薬瓶はヴィオラに直撃し、麻痺の状態異常を与えた。
しかし、ここでの状態異常は無意味だ。彼女は体が痺れて動けなくなるが、すぐにノランのサポートが入る。小細工など通用するはずがなかった。
「スキル【サンバ】! 状態異常の対策はばっちりだぜ?」
いつの間にか彼女は男になっているが、気にしている余裕はない。
ドアへとたどり着き、そこから逃走しようとするルルノーに、アスールの連続スキルが放たれていく。この攻撃に対し、錬金術師は一切の抵抗を見せていない。いや、今の彼には抵抗する力が残っていなかったのだ。
「スキル【ダブルショット】! 【覚醒】のスキルはどうした?」
「錬金術師の戦闘ジョブはアイテムジョブが殆ど……【覚醒】の効果は適応されません……」
ルルノーは弱くない。最低限の戦闘技術はもっており、レベルも相当に高かった。
しかし、それを上回るほどギルド【IRIS】は強くなっている。これではまるで一方的な虐めだ。人数に物を言わせ、組織のために命をかける生産職をひたすらに撃ちぬく行為。
自尊心が傷つくのも無理はない。非道になれないアスールは、どうしても攻めきれなかった。
「違う……こいつは俺のキャラじゃない」
「あんたがやらないなら私がやるわ。悪いけど、私は敵に同情なんてしないし」
早くも再生力に限界が見えたルルノーに、ヴィオラは容赦なく斬りかかる。何度も、何度も、悪を断罪しようと刃は斬りつけられていく。このゲームに血の表現はないが、それでも猟奇的な状況だ。
生産職のイリアスとヒスイは戦闘から目を逸らす。知人が痛めつけられるのを見るのは、気持ちの良い事ではないだろう。
「ルルノー先輩……」
「あかん……わい、もう見てられんわ……」
死の直前まで斬りつけられたルルノー。彼に向かって、ヴィオラは問う。
「さーて、貴方たちのアジトはどこ? 残りのメンバーもいるんでしょう?」
「言いませんよ……絶対に……」
「どうせ、すぐに場所なんて見つかるわ。粘ったって意味ないわよ」
「言わない事に意味があります……」
苦しそうに息をしつつも、彼は仲間の場所を吐かない。ヌンデルも、イデンマも、リルベも、自分がダブルブレインという事を誇りに思って消えた。そんな彼らの顔に泥を塗るような真似をするはずがない。
ルルノーは組織の要だ。彼から情報を抜き出せば、【ダブルブレイン】の全てが分かる。アスールはその事を知っていた。
「お前が元運営のプレイヤーで、プレイヤー操作の要なのは知っている。だからこそ、お前には捕虜になってもらう」
「情報は与えません……この命ここで……」
ルルノーが何らかのスキルを発動しようとした瞬間だ。突如、彼の後ろのドアが開けられ、そこから免れざる客人が訪れる。
鎧を身を纏った戦士のプレイヤー。彼の瞳には盾のマークが浮かび上がっている。
「貴方は……!」
「貫け……! グングニル!」
大槍を装備した元【ゴールドラッシュ】のNo2。ディバインの右腕だった男、ランスだ。
彼は自慢の装備グングニルを振り回し、ヴィオラの右足を一突きする。しかし、彼女は瞬時に対抗姿勢を見せ、男の槍に自らの剣を打ち付けた。
互いに攻撃が相殺する。だが、攻撃の威力はランスが上回っていた。
「ひゅー、やるな」
「総合ランキング10位のランスね……!」
「美人さんに名前を憶えられて光栄だなァ!」
すぐにアスールの銃撃がヴィオラを支援する。しかし、ランスは戦闘を放棄し、倒れるルルノーを抱きかかえた。恐らく彼の目的はこの男の奪還。これ以上、戦闘を続ける意味などない。
「ルルノーさん、逃げますよ。英雄様が待っています」
「ありがとうございます。戦闘は苦手ですよ……」
槍持ちの戦士は一目散に逃げ出す。それと同時に、新たな【覚醒】持ちプレイヤーが接客部屋へと足を踏み入れた。
無名の雑魚プレイヤーだが、ランスが逃げる隙を作るには充分。ヴィオラはため息をつきつつ、この敵の相手をするしかなかった。
結局、ルルノーには逃げられてしまう。しかし、被害を最小限に抑えただけでも良しとするしかない。この場にいる全員、無事で何よりだ。
【ROCO】のギルドマスターは一人何かを考える。No.2を失った彼女は、これからどう動くのだろうか……