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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
二十七日目~三十二日目 クレープスの塔
120/208

119 マッドアルケミスト

 アルゴの行動が分かり、敵の目的も判明する。彼のゲームオーバーは無駄ではなく、その意思は残ったプレイヤーへと引き継がれるだろう。

 しかし、まだアスールは疑問に思うことがあるらしい。それは敵がいかにしてアルゴの動向を突き止めたかだ。


「さて、敵の目的は分かった。だが、奴らはどうやってアルゴの行動を知った。仲間のイリアスやギルドマスターのミミも知らなかったのにだ」


 そんな彼の言葉に対し、ヴィオラが適当に答える。


「どこかで聞いていたとか」

「俺はヴォルカン山脈でお前に尾行を気づかれた。敵が会話を聞き取れるほど近づけるわけがないだろ」


 アルゴが敵の調査を行っていた事は、レンジだけが知っていた。彼らの動きを把握出来たのも【IRISイリス】のメンバーか、【ROKOロコ】のメンバーに絞られているだろう。

 なぜ、敵はアルゴを危険視したのか。ルルノーは眼鏡のズレを直し、その理由を推察する。


「元々、ギルド【IRISイリス】の周囲を監視していたのかもしれません。【覚醒】保持者を使えば充分に可能なはずです」

「なるほど、流石は【ROCOロコ】の纏め役。良い読みだ」


 ひねくれ者のアスールもこれには納得だ。レンジと接点を持った全てのプレイヤーを警戒すれば、危険分子の対処を行える。完璧な読みだった。

 しかし、ルルノーが優秀であればあるほど、以前とのズレが出てくる。ノランは真っ先にその事に気づいた。


「でも、ノランちゃんちょっと残念だよ。ルルノーくんがこんなに凄いなら、ちゃんとイリアスちゃんたちを避難させてほしかったな。王都は今大変な事になってるんだよ!」

「せや! 【7net(セブンネット)】はこの【イエロラ大陸】から攻め入ったと聞いてるわ。【ROCOロコ】の情報網で把握できたはずやろ」


 商人マーチャントのヒスイも、戦争時における【ROCOロコ】の動きを批判する。別にルルノーを責めているわけではない。これは彼にとって些細な疑問だった。

 しかし、錬金術士アルケミストは僅かに表情を崩す。再び眼鏡のズレを直し、丁寧に受け答えを行う。


「申し訳ございません。このエンダイブの街とオーピメントの街は把握していましたが、サンビーム砂漠までは目が届きませんでした。我々は生産特化のギルド、フィールドやダンジョンは苦手です」


 ルルノーの話しは筋が通っている。この場にいる誰一人として、違和感を持つ者などいなかった。

 そう、彼に疑う余地などあるはずがない。この男は何一つとして悪事を行っていないのだから。


 しかし、話しが進むにつれ状況が変わってくる。ここでルルノーにとって不測の事態が訪れた。


「じゃあ、話はこれで終わりね。せっかくだから、ここにいるプレイヤーでフレンド登録しましょ。コンタクトの魔石で連絡が取れるわよ」

「良いっすね。レンジくんとアイちゃん以外とも交換したいっす!」


 ヴィオラの気まぐれにより、この場にいる全員でフレンド登録を行う流れとなる。ここでフレンド登録をすれば、気軽に連絡が取り合える。断る理由がなかった。

 当然、他のプレイヤーも快く応じる。ドライなミミですらメニュー画面を開き、まだ登録していないアスールとノランの名前を入れた。


「これで良いでしょう。生産依頼でも使っていますので、無駄な通信は避けてください」

「分かってるよミミちゃん! ノランは無駄な電話なんてしないよ!」


 怪しいノランの言葉をスルーし、アスールはメニュー画面を開く。ミミに続き、ヒスイとイリアスの名前も登録完了。ここまでは何の問題もなかった。

 しかし、残り一人の名前が見つからずフレンド登録が行えない。【ROKOロコ】の副ギルドマスター、ルルノーだった。


「ルルノー、フレンド登録画面にお前の名前がないんだが、これはどういう事だ?」

「それですか。私は研究で忙しいのでアイテム生産の依頼を受けていません。なので、フレンド登録拒否設定をしています。これは理念ですので、ご理解ください」

「そうか……」


 この時点では疑問に思うことなどない。しかし、ノランとヒスイが食いつくことによって、徐々に状況が変わっていく。


「ぶーぶー! ルルノーくんノリが悪いぞ! 私たちみんな友達だよ!」

「せやせや! ノリが悪いわ! 空気を読まなあかん!」

「いえ……その……」


 ルルノーは何度も眼鏡のズレを直し、少しずつ後ずさりを行う。常に冷静な彼が明らかに動揺を見せていた。

 拒否設定は解除することが可能。ここまでフレンド登録を拒否する理由などあるはずがない。しかし、それでも彼はフレンド登録を行おうとしなかった。

 アスールの眼が、疑いの眼差しへと変わる。彼はフレンド登録を拒否しているのではなく、行うことが出来ないのではないのかと……


「ルルノー。もう一つ質問だ。【追尾】のスキル適応画面にも名前がないが、これは説明できるか?」

「残念、ここまでのようですね」

 

 ルルノーの答えを聞いた瞬間、銃士ガンナーは彼に向かって弾丸を放つ。生産職である錬金術師アルケミストに避けることが出来るはずもなく、眼鏡の男は胸部にその攻撃を受けた。


「ななな……何してるっすか!」

「見ろ、傷口が再生している。こいつはダブルブレインだ……」


 動揺するイリアス、敵に対し銃口を向けるアスール。ヴィオラとノランはすぐに戦闘準備へと入り、彼の隣へと付いた。

 【追尾】は指定したプレイヤーの位置を特定するスキル。人間ではないダブルブレインには対応されない。フレンド登録画面は誤魔化せても、こちらは誤魔化しようがなかった。

 傷の再生を終え、ルルノーは逃走の準備へと入る。ギルドマスターのミミは、そんな彼を無表情で見つめていた。


「ルルノー……」

「ミミさん、申し訳ございません。私は【ダブルブレイン】の研究者ルルノー。生産市場ギルド【ROCOロコ】のNo.2として、情報の収集を行ってきました」


 逃げようとも、アスールが向ける銃口によって身動きが出来ない様子。傷口の再生は可能だが、無理に動けば人数差で圧倒されるのが関の山だ。

 だからこそ、ルルノーは動かない。ニヒルな笑みを零し、いつもと同じように眼鏡のズレを直す。そんな彼にミミは質問を投げた。


「アルゴの動向を伝えたのは貴方ですね」

「ええ、私です」

「しかし、記憶が操作されないよう逃がしたのも貴方」

「逃がした……そうかもしれませんね」


 この場にいる全員が分かっている。ルルノーは悪人ではない。だが、正義でもないというのは事実だった。

 そんな彼に対し、アスールはどうしても二撃目を撃つことが出来ない。レンジたちに高性能の回復薬を与えたのも恐らくは善意。その恩が、この男の判断を鈍らせた。


「ですが、私も【ダブルブレイン】。ここで果てるわけにはいきません! スキル【簡易錬金】アイテム爆発薬!」


 レンジの扱う【発明クリエイト】と同じ、戦闘用のアイテム製作スキル。彼は薬草と火薬から赤い薬を作り、それをアスールに投げた。

 とっさに体が反応し、銃士ガンナーは薬瓶を撃ち抜く。瞬間、空中でそれは爆発を起こし、敵が逃走するための目晦ましとなった。


「くそっ……! 奴が逃げる!」

「任せて、生産職のAGI(素早さ)なんて知れてるわ!」


 スピード特化のヴィオラが前に出る。彼女は速攻勝負で、背を向けるルルノーにスキルを放った。


「スキル【アサルトブロウ】!」

「くっ……スキル【簡易錬金】アイテム痺れ薬……!」


 強襲スキルによって背部を叩き斬られながらも、彼は薬を作ってそれを投げる。後方へと投げられた薬瓶はヴィオラに直撃し、麻痺の状態異常を与えた。

 しかし、ここでの状態異常は無意味だ。彼女は体が痺れて動けなくなるが、すぐにノランのサポートが入る。小細工など通用するはずがなかった。


「スキル【サンバ】! 状態異常の対策はばっちりだぜ?」


 いつの間にか彼女は男になっているが、気にしている余裕はない。

 ドアへとたどり着き、そこから逃走しようとするルルノーに、アスールの連続スキルが放たれていく。この攻撃に対し、錬金術師アルケミストは一切の抵抗を見せていない。いや、今の彼には抵抗する力が残っていなかったのだ。


「スキル【ダブルショット】! 【覚醒】のスキルはどうした?」

錬金術師アルケミストの戦闘ジョブはアイテムジョブが殆ど……【覚醒】の効果は適応されません……」


 ルルノーは弱くない。最低限の戦闘技術はもっており、レベルも相当に高かった。

 しかし、それを上回るほどギルド【IRISイリス】は強くなっている。これではまるで一方的な虐めだ。人数に物を言わせ、組織のために命をかける生産職をひたすらに撃ちぬく行為。

 自尊心が傷つくのも無理はない。非道になれないアスールは、どうしても攻めきれなかった。


「違う……こいつは俺のキャラじゃない」

「あんたがやらないなら私がやるわ。悪いけど、私は敵に同情なんてしないし」


 早くも再生力に限界が見えたルルノーに、ヴィオラは容赦なく斬りかかる。何度も、何度も、悪を断罪しようと刃は斬りつけられていく。このゲームに血の表現はないが、それでも猟奇的な状況だ。

 生産職のイリアスとヒスイは戦闘から目を逸らす。知人が痛めつけられるのを見るのは、気持ちの良い事ではないだろう。


「ルルノー先輩……」

「あかん……わい、もう見てられんわ……」


 死の直前まで斬りつけられたルルノー。彼に向かって、ヴィオラは問う。


「さーて、貴方たちのアジトはどこ? 残りのメンバーもいるんでしょう?」

「言いませんよ……絶対に……」

「どうせ、すぐに場所なんて見つかるわ。粘ったって意味ないわよ」

「言わない事に意味があります……」


 苦しそうに息をしつつも、彼は仲間の場所を吐かない。ヌンデルも、イデンマも、リルベも、自分がダブルブレインという事を誇りに思って消えた。そんな彼らの顔に泥を塗るような真似をするはずがない。

 ルルノーは組織の要だ。彼から情報を抜き出せば、【ダブルブレイン】の全てが分かる。アスールはその事を知っていた。


「お前が元運営のプレイヤーで、プレイヤー操作の要なのは知っている。だからこそ、お前には捕虜になってもらう」

「情報は与えません……この命ここで……」


 ルルノーが何らかのスキルを発動しようとした瞬間だ。突如、彼の後ろのドアが開けられ、そこから免れざる客人が訪れる。

 鎧を身を纏った戦士ナイトのプレイヤー。彼の瞳には盾のマークが浮かび上がっている。


「貴方は……!」

「貫け……! グングニル!」


 大槍を装備した元【ゴールドラッシュ】のNo2。ディバインの右腕だった男、ランスだ。

 彼は自慢の装備グングニルを振り回し、ヴィオラの右足を一突きする。しかし、彼女は瞬時に対抗姿勢を見せ、男の槍に自らの剣を打ち付けた。

 互いに攻撃が相殺する。だが、攻撃の威力はランスが上回っていた。


「ひゅー、やるな」

「総合ランキング10位のランスね……!」

「美人さんに名前を憶えられて光栄だなァ!」


 すぐにアスールの銃撃がヴィオラを支援する。しかし、ランスは戦闘を放棄し、倒れるルルノーを抱きかかえた。恐らく彼の目的はこの男の奪還。これ以上、戦闘を続ける意味などない。


「ルルノーさん、逃げますよ。英雄様が待っています」

「ありがとうございます。戦闘は苦手ですよ……」


 槍持ちの戦士ナイトは一目散に逃げ出す。それと同時に、新たな【覚醒】持ちプレイヤーが接客部屋へと足を踏み入れた。

 無名の雑魚プレイヤーだが、ランスが逃げる隙を作るには充分。ヴィオラはため息をつきつつ、この敵の相手をするしかなかった。




 結局、ルルノーには逃げられてしまう。しかし、被害を最小限に抑えただけでも良しとするしかない。この場にいる全員、無事で何よりだ。

 【ROCOロコ】のギルドマスターは一人何かを考える。No.2を失った彼女は、これからどう動くのだろうか……

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