11 根性
うだうだ文句ばかり考えていたが、それももう疲れた。俺は全力で戦いに臨むことを決意する。
だが、正々堂々、力と力の勝負を行うつもりは毛頭ない。たとえ卑怯だろうが、勝つと決意したからには勝つ。なので迷いなく、俺はヴィオラさんから相手のジョブ、格闘家の情報を聞き出す。
「あの子のレベルが7なら、習得しているスキルは【素手適正up】、【正拳突き】、【内丹術】、【渾身】。それに、さっきの身のこなしから推測すると、選択スキルに【軽業】を選んでるわね。間違いないわ」
先ほどのアクロバットは【軽業】の能力か。ちょこまか動き回られるのは厄介だ。攻撃が避けられるという事を常に意識しなければならない。
ならば、自ずと戦法も見えてくる。狙うのは相手に避けられない必中の攻撃。とにかく距離を積めて、避ける余裕を与えないことが大事だろう。
ヴィオラさんはさらに、相手の使用してくる技についての説明を行う。
「その中で技スキルは、三つ。【正拳突き】、ノックバック効果のある高威力技。【内丹術】、自分自身の体力を小回復する。【渾身】、自分自身の防御力を下げ、攻撃力を底上げするの。注意してね」
「意外と自己強化の多いジョブなんですね。分かりました。把握しましたよ」
俺が思うに、どの技も使い所が限られる難しいスキルばかりだ。全て序盤の技だが、ノックバックやステータス操作など、玄人向けの戦法を多く持っている。格闘家、バカみたいに突っ込むイメージがあるが実際はその逆、巧みな戦術によって相手のライフを一気に奪う上級者向けのジョブだろう。
相手はまだ初心者、それらの技を完全に使いこなせるわけではない。ならば、隙は必ずそこに生まれる。
「あの、一つ確認します。アイテムの威力は、レベルやSTR(攻撃力)、INT(魔法攻撃力)によって左右されるんですか?」
「いいえ、アイテムのダメージは基本固定されてるわ。スキルや生産での強化によって、威力を上げることは出来るけど」
「それを聞いて安心しました」
加えて、こちらにはレベルに関係なく大ダメージを与える術があった。
状況は絶望的に見えて、実際は希望などいくらでも見つかる。全ては俺の戦略次第。後は野となれ山となれだ。
俺とハクシャは向かい合い、互いに一礼する。
おどおどとした態度を取り、相手の油断を誘うという小細工を試みるが失敗に終わる。ハクシャは真剣そのもの、絶対に油断をしてくれる雰囲気ではない。弱ったな……
「決闘スタート!」
ヴィオラさんの合図により、決闘が始まる。と言うより、なぜこの人が指揮っているのか……
俺は下手に動こうとはせず、相手の攻撃を待つ戦法に出る。まずは、修行の成果が実ったか否か、それを確かめない事には始まらない。
積極的に行動を起こさない俺とは違い、ハクシャの方はとにかく速攻勝負を狙っている様子。彼は開始早々、いきなりスキルによる大ダメージを狙っていく。
「最初から飛ばしていくぜ! 食らえ! スキル【正拳突き】!」
アイより、速い。だが、厄介なフェイントは何一つない。簡単に読める。
俺はハクシャの鉄拳が炸裂する瞬間、その拳をスパナによって一気に振り払う。瞬間、ガキン! という気持ちの良い音と共に、彼の攻撃を弾き飛ばした。
「なっ……攻撃が弾かれた!」
この手の攻撃はジャストガードのカモだ。対戦相手が格闘家だったのは不幸中の幸い。恐らく、最もジャストガードが狙いやすいのが、素手による攻撃だと思われる。
そして、さらなる幸運は、最初からPPを消費する大技を使ってきた事だ。確かに技スキルは強力だが、連発出来るものではない。使用するには、PPというゲージを一定量消費しなければならないのだ。
序盤でレベルも低いハクシャの最大PPはたかが知れている。このまま適当にあしらって、PPをゼロにしてしまうのも良いかもしれない。
「あれ、ジャストガードよね……」
「おいおい、ヴィオラくん! 彼は初心者じゃなかったのかい?」
「完全初心者よ……って言うか、私教えてないし」
先輩二人がかなり驚いている様子だが、今はどうでも良かった。一つ問題なのは、この会話をハクシャも聞いているという事だ。
敵に情報を提供して、俺の邪魔をしないでくれよヴィオラさん……
「ジャストガードか……お前、凄いな!」
「どういたしまして」
先ほどとは一転、ハクシャは通常の拳や蹴りによって、ダメージを狙いに来る。俺はそれらの攻撃を無理にジャストガードしようとはせず、時に避け、時にいなし、時にガードして、戦いを遅延していった。だが、通常の防御では多少のダメージを受ける。長くは持たないだろう。
それにしても、こいつ意外に頭が良いな。【正拳突き】が簡単に防がれたことで、闇雲に大技を狙わなくなった。恐らく、残ったPPは全て体力回復の【内丹術】に回す気だろう。このまま削り合いになったら、俺の負けだな。軽く煽ってみるか?
「どうした? お前の攻撃は全然効いていないぞ?」
「くっそ……守ってばかりかよ!」
よし、この調子でどんどん焦らせればいい。焦れば確実に、あのスキルを使うはず。それが狙い目だ。
覚えたての技は、すぐに実戦で試したくなる。どんな技か試したくて、うずうずしているはずだ。さあ、使ってこい! スキル【渾身】を!
「悪いがレンジ、そろそろ決めさせてもらうぜ! スキル【渾身】!」
「それを待っていた!」
よし、計算通りだ。そのスキルをお前に使いこなすことは出来ない。なぜなら、お前はそのスキルによって敗北するのだから。
俺はアイテムバックから鉄くずと火薬を取り出し、それらに巨大スパナを叩きこむ。これが、人生で初めてのスキル発動だった。
「スキル【発明】! アイテム、グレネード!」
「なっ!」
瞬間、二つのアイテムは握りこぶし大の爆弾となり、俺の手に握られる。これさえ命中すれば、ハクシャのライフは一撃で吹き飛ぶ。それほど、彼の耐久は下がっているのだ。
先輩二人も、俺の策略に気づいた様子。
「まさか!」
「耐久を下げさせてのワンショットキル!」
【渾身】は自らの防御力を下げ、攻撃力を底上げするもろ刃の剣。相手が攻めに出ないからと言って、焦って使用するにはリスクが大きすぎるのだ。
加えて、このグレネードは序盤で使うようなアイテムじゃない。ヴィオラさんから素材を聞き出して、持ち金をその素材につぎ込んだ。言わば、お金の塊。安い序盤の装備で防げる代物ではないのだ。
あとはこいつをハクシャにぶち込むだけ。だが、ここからは策略ではなく、気合でカバーする以外にない。敵は既に回避の体制に入っている。
「そんな攻撃! 【軽業】で避け……」
「いいや、避けさせないな」
俺はハクシャの懐へと走り込み、至近距離からグレネードのピンを抜いた。
この距離なら、どんな攻撃も回避することは不可能。確実に敵を仕留められるポジションだ。
しかし、距離が近ければ近い分、俺自身も爆発に巻き込まれる危険がある。それは事前に組み立てた作戦でカバーする以外にない。
「お前! 自滅する気かっ!」
「いや、俺にはこいつがある!」
グレネードが爆発する瞬間、眩い光を発する。その中で、俺は自らの胸に付けたアクセサリーを指さした。
ハクシャはそのアクセサリーを見た瞬間、驚愕の表情を浮かべる。
「ほ……炎の護符だとォ!」
悪いなハクシャ。俺は戦う前から決めていた。苦戦する相手には、自爆によって対処しようとな。だから、素材を買うとき、すでに炎属性の威力を抑えるアクセサリーを同時に購入していた。装備できるアクセサリーは合計二つまで、猫耳バンドとこの炎の護符がその二つだった。
グレネードの光は、やがて高温の炎となり周囲を巻き込んでいく。巨大な音に、巨大な爆風。まさに大爆発と言っていいだろう。
俺は吹き飛ばされつつ、ライフギリギリの状態を維持する。気絶しそうな痛みをこらえ、満身創痍の状態だ。しかし、決してダウンすることなく、俺はこの場に立ち続けている。
そんな光景を見たヴィオラさんは、勝利を確信し、ガッツポーズを取った。
「やった……勝った!」
「いえ……まだです!」
爆風が消え、煙が渦巻くその場を俺はキッと睨み付ける。
まだ終わっていない。俺の第六感がそう言っている。
さあ、こい! ハクシャ! 決着を付けよう!
「……スキル【根性】オオオオオ!」
「なっ……! 選択スキル!」
渦巻く煙を振り払い、爆発の後からハクシャが姿を現す。残りのライフはたったの1。俺との決着を付けるめ、再び戦いの場に赴いたのだ。
ゲーム開始時、俺は三つのスキルを選択した。ハクシャの場合は、【軽業】とこの【根性】だったのだろう。
正直、【根性】のスキルの仕組みを知っているわけではない。だが、そんなことは関係なかった。
「迎え撃つ! ハクシャ!」
柄にもなく、俺は熱くなっていた。こんなに一つの事に真剣になったのは、本当に久しぶりだ。
ハクシャから放たれる鉄の拳。このままスピード勝負になれば、俺に勝ち目はない。俺のスパナより先に、こいつの拳が炸裂して終わりだ。
だが、俺は確信していた。ハクシャはスピード勝負をしてこない。あいつの攻撃は、俺よりも遅く放たれる。実際にはあり得ない未来が、俺には鮮明に見えていた。
スパナを構え、何も考えず、渾身の力とスピードでハクシャに攻撃を撃ちこむ。瞬間、全く動こうとしないハクシャは、無防備のままその攻撃を受けてしまう。
彼はライフが消える瞬間、俺に一つの問いかけをした。
「何で俺が、【根性】で耐えると分かったんだ……?」
「何となく」
「ははっ、参ったぜ……」
地面に沈むハクシャ。これで、本当に戦いの決着がついたのだ。疲れた……
口をあんぐりとあけて、固まる両方のギルドメンバー。
やがて、ギルドマスターのヴィオラさんが、隣に立つヴィルさんに問う。
「え? これ低レベル対決?」
「そのはず、なんだけどね……」
両方とも大健闘、互いに力の限り戦い。全力を出し合っての決着だ。誰も文句など言えないだろう。
だが、猫耳の鍛冶師、イシュラは納得できない様子だ。
「ちょっとハクシャ、バカなの! 何で攻撃しなかったのよ!」
「バカは君だね。イシュラ」
彼女が言っているのは最後の場面、スピードで勝るハクシャが俺の攻撃を無防備なまま受けたことだろう。だが、ハクシャは決してバカではない。これには列記とした理由があった。
それを先輩のヴィオラさんとヴィルさんが丁寧に解説していく。
「フェイントよ。多分あのハクシャって子、レンジがジャストガードを使うと読んだのよ。でも、あの子はそれを突破する技術がなかった。だから仕方なく、攻撃タイミングを意図的にずらして、待ちに出たのよ。ジャストガードを狙って、攻撃の遅れたレンジを仕留めるって戦法ね」
「だけど、レンジくんはその上を行っていた。彼はハクシャが待ちの戦法に出ることを、さらに先読みしたんだよ。だから、構わず渾身の力とスピードでスパナを叩きつけたのさ。結果、バカみたいに突っ立っているハクシャを一方的に倒す構図になっちゃったわけだね」
先輩二人から放たれていく言葉の数々。イシュラは混乱し、首を何度も傾げている。
そんな彼女に、元も子もない幼稚園児でも分かるような説明をアイが行った。
「ジャンケンですよ、イシュラさん。レンジさんが読み勝ったという事です!」
優れた技術と策略によって優位に出た俺、その策に翻弄されつつも、文字通り根性によって最後まで勇士を見せたハクシャ。
両方とも、今持っているコマンドスキルを全て使用し、尚且つ持ち装備を存分に生かした。技術だけ見れば、上級者にも引けを取らない戦いだろう。
「第一陣のプレイヤーは、発売初日に買う上位プレイヤーの集まり。第二陣のプレイヤーは、話題性だけで買う雑魚集団ってイメージだったんだけどね……」
「これは私たちも、うかうかしてられないわね」
俺たち二人の戦いを見た先輩に、火が付いた様子だ。
例え初心者でも、根性を見せれば周りの着火剤となりえる。熱血は趣味じゃないが、たまにはこういう戦いも良い物だと俺は思った。