118 二人の天才
土曜日の昼過ぎ。リュイとルージュが学校から帰り、四人全員が揃う。
いよいよダンジョン攻略だ。俺たちはバレンシアの街を後にし、魔石の効果で塔から脱出する。そして、先ほどまで登っていた塔を同時に見上げていった。
このクレープスの塔を1階から上り直す。これから行うのは、レベルを上げるための修行と言えるだろう。
クレープスの塔、古代文明の遺産で機械仕掛けの時計台となっている。
最上階は雲を突きぬけており、地上からは時刻を見ることは不可能。誰が何の目的で作ったのか謎に包まれているらしい……
まあ、ゲーム上の設定だ。誰が何の目的で作ったって、開発者がユーザーを飽きさせないために作ったに決まっている。
出てくるモンスターはガーディアン、メタルゴーレム、キラーマシン、オートマタ。ダンジョンの内部は巨大な歯車が回っており、まるで時計の中のような雰囲気だった。
「スキル【解体】!」
俺はスパナを振りかぶり、鎧騎士のようなロボットモンスター、ガーディアンにそれを叩きつける。
機械技師が初期におぼえる【解体】。機械系の敵に大ダメージを与え、鉄くずを搾取するスキルだ。
ここまで来てようやく本来の効果を発動させたな。樹木や機関車の連結部分を破壊するなど、明らかに間違った使い方だろう。
「よし、機械相手ならそこそこダメージを与えられるな」
「レンジさん、あとは僕に任せてください。攻撃するのはアタッカーの役目です」
リュイは俺の後ろから飛び出すと、ロボットモンスターを日本刀によって斬り倒す。やはり、餅は餅屋、戦闘は戦闘職だな。俺が放つ渾身のスキルより、こいつの通常攻撃連打の方が強いのは非常に寂しいところだ。
それにしても、このダンジョンは今までの比にならないほど辛い。機械モンスターは堅いし、攻撃力も高く、油断をすれば一気にライフが削れてしまう。
俺たちはこんな所でゲームオーバーになるわけにはいかない。小まめに回復し、ひたすら慎重にダンジョンを進めて行った。
「なめていたな……【ダブルブレイン】との戦闘ばかり考えて、ゲームその物の難しさを考えていなかったよ」
「今までは充分にレべリングしてから、ダンジョンに臨んでましたからね。ヴィオラさんが過保護だったんですよ」
俺とリュイが会話をしていると、新たにモンスターが現れる。
刃物を全身に装備したキラーマシンに、メイドロボットのオートマタ。前者は前衛のパワータイプで、後者は後衛のサポートタイプだ。どちらもはっきり言って糞強い。
そんな二体のモンスターの前に、アイが舞うように立ち塞がる。相変わらず、こいつの戦闘は可憐なダンスのようだ。
「さあ、ゲームを楽しみましょう! レンジさん!」
彼女は負けられないこの状況を楽しんでいる。だからこそ強い。
この少女のようにはなれないが、俺は俺の出来る事をするまでだ。【起動】のスキルを使用し、ロボットに乗り込む。そして、再び前線に立ち、敵の攻撃を防いでいった。
俺のロボットは堅くて強いが燃料消費が激しい。しかし、積極的に動かさなければ優れた動きを習得できないだろう。
これは修行。ただ、おのれの成長を考えるべきだった。
【イエロラ大陸】、行商の街エンダイブ。ギルド【IRIS】のヴィオラ、アスール、ノランに加え人魚ステラとケットシーはある王宮に訪れていた。
この【ディープガルド】の生産市場を支配する【ROCO】のギルド本部。ヴィオラたちは知人を王都から逃がすため、そしてアルゴが【ダブルブレイン】によって追放されたことを伝えるためにここまで来たのだ。
「昨日は本当に助かったっす。まさか、王都があんな事になるなんて……」
「気にしないで。私たちもアルゴを巻き込んじゃったし」
【ゴールドラッシュ】と【7net】の戦争により、王都ビリジアンは崩壊状態。アルゴの店に勤めていた【ROCO】のメンバーを本部に帰したのは正解だろう。
特にヴィオラと会話するイリアスは、レンジに機械製作を教えた師匠のような存在。ゲームオーバーにするわけにはいかなかった。
王宮の接客部屋。ヴィオラたちはギルドマスターのミミに【ディープガルド】で起こっていることを話す。
しかし、おバカな彼女は何一つ理解していない様子。目を泳がせつつ、誤魔化すように言葉を返した。
「分かりました。つまり大変という事ですね」
「えっと……本当に分かっているのかしら……」
「大丈夫です。大変なんですね。大変です」
明らかに状況を理解していないが、本人が分かっていると言っているなら仕方がない。彼女に代わり、副ギルドマスターのルルノーが受け答えをする。
「大丈夫です。私がしっかり把握していますので」
「私も聞いてるっすよ。アルゴ先輩の思い、無駄にしたくないっすから……」
眼鏡をかけた優秀な錬金術師ルルノー。アルゴの下に付いていた機械技師のイリアス。この二人がいるのなら問題はない。少なくとも、ミミよりもは話しを理解していた。
アスールはアルゴが調べていた情報について彼らに問う。アルゴはこのゲームから追放される直前に、何らかのアクションを起こしている。その内容を聞き出したかったのだろう。
「ルルノー、イリアス。アルゴはレンジからこの世界の危機を知らされ、一人で調査していたらしい。その内容について何か知っているか?」
「いえ、私は何も聞いていません」
「こっちも聞いてないっす。アルゴ先輩は一人で黙々と作業するのが好きっすから……」
二人は何も知らされていない。一応、イリアスはギルドマスターのミミに話しを振る。
「ミミっちは何か知ってるっすか?」
「むぐ……何の話ですか?」
「あ、もう良いっす。ミミっちは伸び伸びやってれば良いっすよ」
こちらの事情など気にも留めず、ヴィオラの手土産をもさもさ食べる彼女。アルゴのゲームオーバーについてもドライな対応でやりたい放題だ。
ミミは典型的な天才肌で、自分の好きなことをやった結果が今の地位。そんな彼女が周囲の空気に振り回されるはずがない。今お腹がすいているならお菓子を食べる。それだけだ。
【ROCO】のメンバーが何の情報も知らないため振り出しに戻る。女状態のノランは、この何とも言えない空気を一人晴らそうとしていた。
「ノランちゃん暗いのは苦手だよ! みんな明るくいこ! アルゴくんもそれを望んでるよ!」
「せやな。少なくとも、あいつはしまいまで頑張っとったぞ」
そんな彼女の言葉に答える第三者。接客部屋の扉を開け、アラビア風の衣装を身に纏った胡散臭い男が現れる。元【7net】のギルドマスター、ヒスイだった。
彼は図々しく接客用のソファーに座り、笑顔で腕を組む。どうやら、この会話に参加するつもりらしい。
【ROCO】の副ギルドマスターであるルルノーは、そんなヒスイに疑問を投げる。ダンジョンに隠れていたこの男がなぜここにいるのか。
「ヒスイさん、ヴォルカン山脈に隠れていたのでは?」
「そんな場合とちゃうわ。アルゴはゲームオーバーになる直前、わいにコンタクトの魔石で連絡を取っとったからな。ミミやんと相談するために、一人でここまで来たっちゅうわけや」
ヒスイはアルゴの最後を知っている。だからこそ行動理由を調べ、わざわざこの場所まで訪れたのだろう。恐れをなして隠れている場合ではなかった。
彼は情に厚い性格だ。必死に敵を調べたアルゴに対し、何らかの敬意を見せたいのかもしれない。男は自らが調査した結果を語っていく。
「アルゴはわいにこう言った。『現実世界のバルディと連絡を取りたい』ってな。でな、わいがあいつの意思を次いで、バルディと連絡を取ったん」
「ど……どうなったの!」
固唾を飲むノラン。しかし、ヒスイの調査結果は彼女が期待していたものと違っていた。
「それが、どうもなっていないんやわ。あいつ結構元気でな。【ディープガルド】で起こした事件についても何にも覚えてなかったわ」
「ちっ……また振り出しかよ……」
アスールは舌打ちをし、頭にかぶったベレー帽に手を当てる。
なぜアルゴが、現実世界のバルディとの会話を望んだのかは分からない。しかし、【ディープガルド】の彼と同じように記憶を失っていては意味がなかった。情報は期待できないだろう。
そんなヒスイの言葉に対し、ヴィオラは一人口を曲げる。どうやら、何か引っかかるらしい。
「えっと、待って待って……何で大事なこと全部忘れてるの? 流石に覚えているでしょ」
「バカかお前は……ゲームオーバーによって記憶を消されたに決まってるだろ。情報を覚えているはずがない」
アスールはバカを見るような目で彼女を見下す。今さらこんな疑問を浮かべるのは完全に遅れていると言っていい。
しかし、それでもヴィオラは食い下がらなかった。
「でも、現実世界で覚えている事は、本物の脳に記憶されてるのよね。ダブルブレインを操作するあいつらの技術は無効じゃないの?」
「あのな……実際俺はバルメリオの時覚えていた記憶を忘れたんだ。アスールの方がバルメリオを覚えていたからこそ、記憶が繋がってお前たちを思い出しただけでな……」
実際に記憶を奪われたアスールは分かっているだろう。敵の記憶操作技術が本物だという事を……
だが、ここでヒスイが何かに気づいたようだ。いや、気づいたというより、再認識したと言った方が良いかもしれない。
「ちょっと待ちいや……つまり整理すると、現実の記憶も同時に操作されてるっちゅうわけやな……」
「まあ、そうなるな」
アスールの返答を聞くと、彼は頭を抱えて苦笑いを浮かべる。
「これ……かなりよからぬ事が出来へんか……?」
ゲーム上の操作ならお遊びで済むだろう。しかし、現実世界の記憶まで操作可能となるとどうだろうか……
この場にいる全員の顔色が変わる。今まで自然に受け入れていたことだが、改めて考え直すと状況は極めて深刻……
これはお遊びではない。【ダブルブレイン】は本気だ。
「アルゴが気付いたことってこれ……? じゃあ、あいつらの目的って……」
「コンピューターを介した人間の操作……現実世界のな」
イデンマはこう言っていた。『私たちには大いなる計画がある。お前たちなら近いうちに辿り着く』。確かに、これは大いなる計画と言っていい。
肉体を失った情報だけの存在が、なぜプレイヤーの操作を狙っているのか。答えは決まっている。
彼らは現実世界すらも操作しようとしていたのだ。
「世界征服っすか……」
「なんや、えらい話しになっとるやんけ……」
イリアスとヒスイは話しに付いて行けず、混乱するばかりだった。これが普通の人間の反応だろう。
しかし、ヴィオラ、アスール、ノランの三人は覚悟している表情だ。ギルド【IRIS】のメンバーは薄々感ずいていたのかもしれない。レンジという異端児の仲間になった時点で彼らの運命は決定した。
そんな中、鋭い目つきで一人考えるルルノー。周囲の空気など気にせず、優雅に紅茶を飲むミミ。
【ROCO】の副ギルドマスターとギルドマスター。知る者と知らざる者。
二人の天才はそれぞれの思考を巡らせるのだった。