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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
二十六日目 天空の街バレンシア
117/208

116 この手の温もり

 飛空艇の船底に開けられた大穴。リルベはリュイに右手を掴まれ、宙吊りの状態で制止していた。

 手を離せば地上へと落下し、再生力が限界の彼は消滅するだろう。だからこそ、少年は必死に彼を引き上げようとする。相手が敵組織だろうと関係なかった。


「絶対に……離さないでください……!」

「リュイ、今行く! スキル【発明クリエイト】アイテムマジックハンド!」


 俺は鉄くずとレザーグローブにスパナを叩きつけ、アイテムを製作する。そしてそれを大穴の向こう側へと伸ばし、動力機器の先端を掴んだ。

 ルージュを抱きかかえ、一気にマジックハンドを収縮させる。このまま飛び越えれば充分に間に合うはずだ。リルベを救うことが出来る。


 そう思った時だった。


「ひゃはは……ひゃあーはっはっはっ!」

「リルベさん……?」


 ゲスな笑い声をあげる少年。俺の背筋に悪寒が走った。

 彼は左手に矢を握り、それを勢いよく振りかざす。そして、自らの右手を掴むリュイの両手にそれを突き立てた。


「みんな! みんな絶望しろォ! 死ね死ね死ね! 死いいいねェェェ!」

「やめてください……そんな事をしたら……!」


 リルベは狂ったように何度も矢を振り落す。手を攻撃したところでかす当たりだ。この攻撃によって、リュイがゲームオーバーになる事はない。

 逆に彼が痛みで手を放せば、リルべは真っ逆さま。絶望するのは自分自身だと本人も分かっているはずだ。

 しかし、それでも少年は攻撃を続ける。まるで、潔く死を選ぶかのように……


「リルベ……! おまえ……」


 俺とルージュはマジックハンドに引き寄せられ、巨大な穴を飛び越える。

 勢い余り、動力機器に突っ込んでしまうが気にしてる場合ではない。すぐに立ち上がり、リュイの元へと走る。


 しかし、それはもう遅かった。彼の両手から、少しずつ力が失われていく。


「あぁ……」

「良いねえその顔……」


 リルベは少年の目を見つめ、複雑な笑みを浮かべた。


「最高だよ……」


 やがて、彼の手は離れ、その体は【オレンジナ大陸】の大地へと吸い込まれていく。これが、俺たちを脅かし続けた宿敵の最後だった。

 先ほどまで繋がっていた両手をリュイは動揺した様子で見つめる。まだ温もりが残っているのか、彼はその手をぐっと握りしめた。

 やがて少年は解毒剤を取り出し、それを一気に飲み干す。そして、苦しそうに咳をし、その場に深くうつむいた。 


「悪を貫くその強い意志……誰かのために役立てることは出来なかったのでしょうか……」


 例え悪人でも、例えゲスな奴でも、例え人間じゃなくても、この手の温もりは本物だった。恐らく、リュイはそう感じているのだろう。

 敵にも敵のプライドがあった。それを脅かすことなど、俺達に出来るはずがない。


「行くぞ、ここは危険だ」

「はい……」


 俺は年上として、冷静な言葉を投げた。本当は全く落ち着いてはいない。だが、リュイよりマシだろう。

 炎は雨によって鎮火に向かっているが、周囲の破損が激しい。一刻も早く安全な場所に移動すべきだ。

 ルージュが彼の手を引く。その手の温もりは、あいつと変わらないものだった。


















 【ディープガルド】時刻の6時。俺たちは甲板へと戻り、薬によってリュイの体力を回復させる。すでにモンスターは撃退されており、戦闘も終わっている様子だ。

 しかし、今だに雨風は強い。何度も雷が鳴っており、落ち着くには時間がかかるだろう。

 俺はクロカゲさんに会うため、船内に戻ろうとする。すると、一人の少女がそんな俺を呼び止める。


「レンジさんたち、遅いですよ! 何かあったんですか?」

「アイ、ディバインさん、無事だったんですね」


 モンスターをすべて倒し、アイとディバインさんも一段落していた。両方とも当然のように無事だ。

 二人はこちらで起きた事件を知らない。すでに解決しているが、一応すべてを話していく。


「船内にリルべが潜伏していた。動力炉を狙われたが、何とかリュイが倒したよ」

「リュイさんが……凄いです! 流石です!」


 アイは興奮した様子で、リュイにボディタッチを繰り返す。そんな彼女の様子に少年は「やれやれ」といった様子だ。

 ディバインさんは彼と真正面から向き合い、敬意の言葉を贈る。


「見事、大した少年だ」

「これぐらい当然ですよ……と言いたいところですが、運が良かったのもありますね」


 確かに、敵が心を乱したのと土壇場の雷はラッキーだ。特に雷の方は奇跡と言ってもいいだろう。

 まあ、日頃の行いが良かったという事だ。もしや、ゲーム演出の一つかも知れないが、今となっては分かりようがなかった。


 状況も落ち着き、ルージュが戻ったテンションで話を締める。


「とにかく……これで敵は撃破だな……!」

「いえ、敵ならもう一人います」


 突如、どこからともなく一人のサムライが姿を現す。ギルド【漆黑しっこく】の幹部、ゲッカさんだった。

 彼女は一切の油断をしていない様子で、刀を構えている。すぐにでも戦闘を行える状況だった。

 ディバインさんは眉をしかめ、彼女にその言葉の意味を問う。確かに、二人目の敵についての詳細が分からない。


「どういう意味だ。そのもう一人はどこにいる」

「一目瞭然、いるではありませんか今目の前に」


 そう言いかけると、ゲッカさんは突如武器を振りかざす。そして、俺の隣に立っているアイに向かってそれを振り落した。


「わわわっ! な……何をするんですか!」

「私は騙されたりはしません! 悪事千里、貴方が敵のスパイなのは把握済みです!」


 当然、彼女はその攻撃を避ける。全く状況を理解していない様子だ。

 すぐにディバインさんが二人の間に割って入る。鉄壁の鎧と盾が、ゲッカさんの攻撃を一切許さなかった。

 いきなり彼女は何をしているのか。アイが敵のスパイなんて、あまりにも滅茶苦茶な話しだろう。

 しかし、この行動に及んだのには列記とした理由があった。


「ハッキング班が貴方を調査しようとしたところ、何らかのシステムによって阻害されました。それに加え、頂点のプレイヤーにすらも対抗しえるプレイヤースキル……前代未聞ですね」

「わ……私のお父さんがコンピュター関係の仕事をしているんです! だから、セキュリティがすっごく厳しいんですよ!」

「取って付けたような嘘を……そうやって、今までこのギルドを欺き続けていたのでしょう。玉石混交です」


 ディバインさんを板挟みにし、二人の女性プレイヤーが言い争う。確かに、ゲッカさんが怪しむのも分かるが、それによって敵と確定するには無茶があった。

 当然、同じ【漆黑しっこく】のメンバーが黙っているはずがない。幹部のジョノさんがこちらへと走りこみ、ゲッカさんを取り押さえた。


「おいゲッカ! 確証もないのに勝手なことをするな!」

「確証ならあります」

「何だ」

「私の感です」

「ふざけんな!」


 やっぱり無茶苦茶言ってるじゃないか……本当に彼女は狂犬だな。

 俺に怪しまれることに恐怖を感じたのだろうか。アイは涙目になりながら俺に訴えかけた。


「れ……レンジさん! 私を信じてください……」

「分かった分かった。ほら、落ち着け」


 こいつが怪しいのは今に始まったことではない。今更、敵組織の一員だと疑う必要はなかった。

 アイはずっと俺たちと共に【ダブルブレイン】と戦っているんだ。当然、ゲームオーバーの危機にだって何度も陥っている。ヌンデルさんだって、こいつの事を知らない様子だった。

 疑うなら第三勢力だが、それが敵とは限らない。


「ゲッカさん、アイはずっと俺たちと行動してきたんです。こいつが敵のスパイだったら、とっくにギルド【IRISイリス】は全滅していますよ」

「そうです! 全滅しています!」


 アイが敵なら、俺たちを全滅させるチャンスは何度もあった。普通に考えても、敵であるという考えには無茶があるだろう。

 リュイも俺と共にゲッカさんを説得する。真面目なこいつが言うと理屈に説得力があった。


「敵はダブルブレインなんですよ。普通にダメージを受ける人間のアイさんが、敵組織に加わるはずがありません」

「りゅ……リュイさんが言うのなら……」


 彼女は少年から目を逸らすと、意外にも素直に従う。

 少し頬を染めているように見えるが違うよな? もし恋心なら、年齢差から見て犯罪くさいぞ……まあ、ゲッカさんがショタコンであろうと、どうでもいい事だが。


「お取込み中の所悪いんだけどさ。そろそろ着陸態勢に入るんだけド」

「クロカゲさん……! いつの間に……」


 俺たちが話していると、突然ギルドマスターのクロカゲさんが現れる。いきなり着陸態勢とは……この人も滅茶苦茶言ってるな。

 彼は飄々とした態度で、そこに至る経緯を説明していく。やはり、リルベとの戦闘が響いているようだ。


「動力室に炎が広がっちゃって、結構損傷が大きいんだよネ。やっぱり、いったん不時着しないト」

「そうなれば、向かう先は天空の街バレンシアか」


 ジョノさんはそう言って視線を飛空艇の進路へと向ける。雨によって見づらいが、その先にあったのは巨大な塔だった。


「あれが、クレープスの塔か……」

「お……大きい……」


 俺とルージュは、雨雲を貫く巨大な塔を見つめる。【オレンジナ大陸】のダンジョン、クレープスの塔。雷の光に照らされ、重々しい雰囲気を漂わせていた。

 あんなところに街があるのか。どう見ても後半のダンジョンと言った感じで、入る余地などないように感じる。

 何より、塔の内部に街があっても飛空艇で入れるはずがない。着陸するのは不可能だろう。


「どうやってバレンシアに入るんですか?」

「どうやってとは……もしかして、中に街があると思っているのか? 街があるのは外部だ」


 ジョノさんに聞くとそう答えてくれた。飛空艇は速度を落とし、徐々に塔へと近づいていく。そこに来てようやく俺は街の存在を視認した。

 塔の中層、バルコニーのようになっている場所にその街はあった。まるでギリシャの神殿のような街並みだが、どこか近代的にも感じる。まあ、雨と夕暮れではっきりとは見えないが。


「バレンシアは有翼種の住む街だ。奴らはエルフ以上に気難しい。穏便にな」

「ゆーよくしゅ?」

「翼の生えた人間でな。天使のような種族だ」

「天使! 天使に会えるんですか!」

「ああ……本当に頼むから穏便にな……」


 苦労人のジョノさんは、完全にアイのペースに飲まれている。こいつと対等に話せるのは、俺とディバインさん以外にいるか怪しい所だ。

 しかし、翼の生えた種族とは……妖精、エルフ、人魚、ドワーフ、そして有翼種。この世界には沢山の種族が存在しているが、彼らは他の種族と孤立して生きている。

 もし、彼らNPCを繋げることが出来るなら。【ダブルブレイン】から身を守る術になるかも知れない。これ以上、命が失われる事を防げるはずだ。


「みんな聞いてください。さっきは爆発のせいで話せませんでしたが、一つ考えがあるんですよ」

「どうしたレンジ」


 ディバインさんには絶対に話したい。クロカゲさんの耳にも入れておきたい。俺のくだらない理想論を……


「NPCにこの世界を脅かす存在について話せないでしょうか。この【ディープガルド】を一つにするんです」

「なんだと……」


 珍しく驚くディバインさんに、面白いものを見るような顔をするクロカゲさん。ジョノさんやゲッカさんも俺の発言は予想外だったという様子だ。


 これは本当にきれいごとだろう。実現することは限りなく不可能に近いかもしれない。

 しかし、俺はNPCを人間だと思いたかった。だからこそ、話し合って協力し合うことが出来ると信じたい。

 初めはエルドやその母親の意思を継ぐため、敵の謎を解明していた。しかし、今はそれだけではない。


 この世界を……【ディープガルド】を守りたくなったんだ。

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