113 覚悟の時
外が騒がしいと思っていたが、それは爆発の影響ではないようだ。飛空艇の甲板に出ると、そこは戦場へと変わり果てていた。
バランスを崩した黑翼に群がる飛行型モンスター。ハーピィロードにデビルコンドル、それに初めて見る機械型の敵もいる。ギルド【漆黑】のメンバーはそれらと戦い、敵を次々と葬っていた。
この状況を見て、アイが声を張り上げる。
「凄い嵐ですね!」
「いやいや! それよりモンスターだろ!」
瞬時に突っ込むが、確かに雨脚も強まっている。風もかなり強く、このままでは飛空艇が墜落しかねない状況だ。
ギルドマスターのクロカゲさんは、味方をサポートするジョノさんを見つける。そして彼に近づき、現状の報告を求めた。
「ジョノ、いったい何が起きたんダ?」
「俺にもよく分からない。だが、何らかのスキルやアイテムを使ったMPKの可能性が高いと見ている」
ゲームのイベントでモンスターが大量発生することはあるが、こんなに理不尽な襲撃は違和感がある。人為的なものだと疑うのも当然だ。
しかし、一人のプレイヤーの手によって、ここまでのモンスターを操作出来るものなのか。それはそれでかなり無理のある考察だろう。
ディバインさんは剣を構え、戦闘の準備に入っていく。彼はこの襲撃がプレイヤーの手によるものだと確信しているらしい。
「無茶なことをするプレイヤーだ。【漆黑】全員をキル出来ると思っているのか……」
「出来る出来ないにしても、この規模は異常だネ」
クロカゲさんは周囲を見渡し、敵の数を確認していく。
俺の目で捉えられる数だけでも、十や二十ではない。確かに、プレイヤー個人が行える限界を超えていた。
そうなれば大方の予想がつく。おそらく敵は【ダブルブレイン】。本当に奴らは俺たちを休ませてくれないな……
今は爆発音より、このモンスターを倒すことが先決か。俺たちだっていつ戦闘になってもおかしくないし、嵐の影響もある。現状の安定が再優先だ。
しかし、足を止める俺たちに背を向ける者が一人。ギルド【IRIS】の侍、リュイだった。
「おい、リュイ。どこに行くつもりだ」
「決まっています。この船の動力炉ですよ。まだ、爆発の原因は解明されていないんですから」
いつもは冷静な彼が、珍しく勝手な行動を行おうとしている。なるほど、こりゃ嵐にもなるわな。
クロカゲさんは少年を引き止め、爆発原因を考察する。ギルドマスターとして最良の判断だ。
「たぶん、原因はこのモンスターだヨ。プレイヤーの一人が派手にスキルを使ったんダ」
「それは自分の目で確かめてきます」
何を言ってもリュイは聞こうとしない。本当に最近の彼はどうしてしまったのだろうか。先日、突然ルージュに決闘を挑んだ時から、ずっと様子がおかしい。
俺は少年の手を掴み、無理やりその歩みを止めた。そして、叱りつけるように言葉をぶつけていく。
「分からないのかリュイ! 今は危険なんだ! どうしたんだよ。最近のお前はおかしいぞ……」
「そうですね……おかしいのかもしれません。それでも……!」
自分でもその認識があるようだが、いくら指摘されても彼は前に進もうとする。これは並大抵の覚悟ではないな。
俺はリュイの眼を見る。すると、一切の曇の無い真っ直ぐな瞳が、こちらを睨み返してきた。何を言っても聞かないのなら、こちらに止める手段はない。
「スキル【起動】」
スキルを使用し、俺はロボットに乗り込む。力ずくで止めに出ると思ったのだろうか、リュイは刀に手をつけ後ずさりをした。
周りがモンスターだらけのこの状態で仲間割れをする気はない。この根競べは俺の負けだ。
「乗れ。モンスターを突破する。さっさと動力室を確かめに行くぞ」
「は……はい!」
リュイはすぐさま、俺の後ろへと飛び乗る。一人乗りのため非常に狭いが、まあ何とかなるだろう。
しかし、そんな俺たちの後ろにもう一人、誰かが飛び乗った。口を三角に尖らせたルージュだ。
「ぼ……ボクも行く! ボクを信じてくれたリュイを信じたいんだ!」
「あ、オレも行くヨ。ギルドマスターが確かめないとネ」
三人が狭苦しく乗ったロボットを見て、クロカゲさんがニヤニヤと笑っている。この人がいるなら百人力、ひとまず安心と言っていい。
ディバインさんもそう思ったのか、一人モンスターとの戦闘に乗り出す。彼が戦えば敵モンスターもイチコロだろう。
「ならば、私はここに残る。お前たちは動力室に向かえ」
「ディバインさん、私もご一緒します!」
さっきまで白い布一枚だったディバインさんが、いつの間にか軽量の鎧を装備している。そして、そんな彼をサポートする少女アイ。
まあ、ここは絶対に負けないだろう。この二人がやられている姿など想像できなかった。
雨風も強く、早急にことを終わらせた方が良さそうだ。俺はリュイとルージュの二人を乗せて、動力室へと走り出す。
そんな俺たちの後ろに続くクロカゲさん。彼の様子は楽しんでいるようにも感じられた。
ずぶ濡れになりながらも、俺たちは動力室にたどり着く。燃料節約のため、俺はすぐにロボットを解除した。
四人のプレイヤーは奥へと歩いていく。蒸気が吹き上げ、多数の歯車が回るこの空間。既に焦げ臭いにおいが感じられ、何らかの爆発が起きたと判断できた。
「これは……」
「へえ、やっぱり感づいちゃったか。でも、敵が船に乗り込んでいるとは予測出来なかったよね」
事の元凶はすぐに姿を現す。獣の被りものを被った弓術師の少年リルべ。セラドン平原での戦い時に乗り込んでいたのだろう。
彼はゲスな笑みを浮かべながら、服のポケットに手を突っ込んだ。
「軽率だったってわけさ。お前たちはもうお終いだよ!」
「……リルべ! しつこい奴だ」
こいつと対面するのは何度目だろうか。レネットの村を……ステラさんたちを殺した巨悪。あまり会いたくはなかったな。
そんな彼をクロカゲさんはまじまじと監察する。そう言えこの人、【ダブルブレイン】と会うのは初めてだったな。
「へー、こいつが【ダブルブレイン】だネ」
「総合ランキング二位のクロカゲ兄ちゃんか。連続で上位プレイヤーと戦ってるし、もう同じへまは踏まないよ」
リルべはギンガさんとディバインさんに対峙し、ボロボロにされている。流石に自らの力を過信していなかった。
彼は先ほど突っ込んだポケットから、一本の薬品を取り出す。そして、それを俺たちの足元へと投げつけた。
「アイテム爆発薬!」
「まずイ! 三人とも下がっテ!」
クロカゲさんの指示により、俺たちは後方へと下がる。瞬間、薬品は大爆発を起こし、飛空艇の船底をぶち抜いた。
半分NPCであるダブルブレインは、普通のプレイヤーより大規模に物を破壊できる。その気になれば街一つを消すことだって出来るのだ。
飛空艇は船、魔法で動いているが作りは木製。底をぶち抜くぐらい訳はなかった。
「船底を……!」
「どうかな! うちの錬金術師が調合した爆発薬は! これで誰にもおいらを止められないよ!」
水上ではないので浸水はしない。しかし、一本道だった動力室の床が破壊され、リルべを追うことが出来なくなった。
大きく空いた穴からは、地上の景色が見えている。この大きさでは飛び越えることも不可能だろう。なんて威力の爆弾だ。
「さっき一発、動力炉にぶちかましてやったんだ。ちなみに、外のモンスターもこの白い香水で呼ばせてもらったよ。おいら戦闘職だけど、たまにはアイテムも良いねー」
白い薬品をちらつかせながら、リルべはあざ笑う。
爆発はかわせたが、これではあいつを止めることが出来ない。動力炉を破壊されたら船が落下するのは確実。何としてでもここで撃破しなくてはならなかった。
悪足掻きだが、問答によって奴の足を止める。
「そのアイテムを作った錬金術師が【ダブルブレイン】最後の一人だろ。元運営のプレイヤーで、人の記憶を操作する黒幕か!」
「答える必要はないね。どうせお兄ちゃんたちはここで全滅しちゃうんだからさあ!」
流石にリルべもバカではない。俺たちに背を向け、動力炉へと歩いていく。
「そこで指をくわえて見ていなよ! 動力炉がぶっ壊されちゃうのをね!」
くそ……戦わずして全滅なんて冗談じゃないぞ。
クロカゲさんはマイペースに策を練っているようだが、とても間に合わない。ここで何としてもあいつを倒さないと全てが終わってしまう。
俺が強行手段を考えていると、リュイが一人足を踏み出す。そして、悪い顔をしながら、離れていくリルべに言い放った。
「そうやって、また正々堂々と戦わずに逃げるんですか? やはり、貴方は卑怯者ですね」
「……はい? よく聞こえなかったけど?」
敵はこの言葉に食いつく。
振り返り、視線をこちらへと向けた弓術師。彼に対し、リュイは更なる挑発を与えていく。
「貴方は卑怯者と言ったんですよ。リルベさん」
「へえ、よく吠えるじゃん。雑魚の癖にムカつくなあ!」
弓を手に握り、矢をセットするリルべ。まさか、攻撃に出る気か!
俺はジャストガードをしようと足を踏み出す。しかし、そんな俺をリュイの右手が遮った。
ここは任せろということか。一体何を考えているんだ……
そうこうしているうちにリルべが弓を弾く。自分が狙われていると分かりながらも、リュイには一寸のブレもなかった。ただ真っ直ぐ、自らが防ぐべき矢を見定める。
「お前だけは直々にぶっ殺してやるよ! スキル【狙い撃ち】!」
「リュイ……!」
攻撃が放たれた瞬間、侍は口元に笑みを浮かべた。
リュイは抜刀し、放たれた矢にその柄を当てる。ジャストガードでも、相殺でもない。これは通常のガード。そうなれば、次に彼がどんな行動に出るのか予測がついた。
「スキル【虎一足】!」
相手の物理攻撃にカウンターを与える【虎一足】。たとえ敵が離れた所にいようとも、このカウンターは絶対に適応される。
リュイはスキルの効果によって一気に走りこみ、船底に空いた巨大な穴を飛び越えてしまう。そして、驚くリルベの脳天に日本刀による一撃を振り落した。
「ちっ……!」
しかし、リルベはその攻撃を弓の柄によってジャストガードしてしまう。リュイは彼から弾かれ、少し離れた場所に着地される。瞬間、この場に静寂が訪れた。
一人、船底に空いた穴を飛び越え、敵の元へと辿り着いてしまった少年。彼以外にこの場を収束できる術を持つ者はいない。これが何を意味しているか、本人もよく分かっているようだ。
「リュイ……お前……」
「何も言わないでください……これが天命という物なんでしょうか。非科学的ですけど、自分がすべきことが分かっていたんです」
ずっと様子がおかしかったのは、この時が近づいていると感じていたのだろう。彼にとっての大きな戦い。彼にとっての覚悟の時が……
まさかの来客に対し、リルベは醜悪な笑みを浮かべる。戦うべき相手が現れたという事に、彼はまんざらでもなさそうだ。
「お前さあ、状況分かってる? 一人でここまで来たって事は、お前の背中にこの船の命運がかかってるって事だよ? 責任重大だねー」
「元より承知! これは証明の戦い……僕がギルド【IRIS】のメンバーたり得るかどうかの……!」
彼は刀を構え、着物を翻す。それはまるで小さな武人のようだった。
「今が覚悟の時! 手出し無用でお願いします!」
この飛空艇に乗った全てのプレイヤーが掛けられた戦い。それをまだ未熟な一人の少年が背負うこととなる。
vsリルベ……まさかこんな形になるとは、まったく予想だにしていない事態だった。