112 文明の大陸へ
飛空艇黑翼の甲板、曇空の下。俺たちギルド【IRIS】は、救出したディバインさんを囲んでいた。
アイは特に嬉しかったのか、彼の両手を握り、それをぶんぶんと上下させている。腕が痛そうに見えるが、寡黙な戦士は微動だにしない。この人、何だかアイに甘いな……
そして身長差が物凄い。どう見ても父と子にしか見えない構図だ。
「大成功ですよ! 流石は私たち【漆黑】です!」
「僕たちは【IRIS】ですって! ヴィオラさん発狂しますよ!」
少女の発言に対し、すぐにリュイが突っ込む。アイは完全に空賊気分に浸ってるな。まあ、戦闘大好きなこいつには【漆黑】の方が落ち着くのかもしれない。
完全にされるがままのディバインさんに対し、俺は辛辣な表情で問う。今はふざけている場合じゃない。詳細の確認が必要だ。
「ディバインさん。【ゴールドラッシュ】は……」
「何も言うな」
まあ、察しろという事だろう。船の上から見ていたが、だいたい状況は分かっている。知ってて聞いたのは鬼畜だが、本人の口から説明してもらいたかったな。
しんみりとした空気の中、僅かな沈黙が続く。やがて、ディバインさんが何かに気づき、その沈黙を破った。
「……む」
「どうしましたか?」
「通信魔法だ。プレイヤー名は……テイルか!」
彼の目の前に魔法のモニターが表示され、そこに一人の女性が映る。犬耳にクロスボウを装備した弓術士。少し目がつり上がっており、ツンとした印象を受けた。
彼女は目に涙を浮かべて、ディバインさんに向かって叫ぶ。これは相当心配していたんだろうな……
『ディバイン! 無事だったのですね!』
「お前も……よくぞ無事で……」
あのガタブツ戦士がテイルさんと同じように、瞳をうるつかせている。感動的な対面だが、正直まだ信用していない。相手がすでに【覚醒】持ちになっている可能性もあるからだ。
どうやら、ギルド【漆黑】の幹部も疑っている様子。ゲッカさんは目を細め、フウリンさんは俺たちから視線を逸らした。
「疑心暗鬼ですね。まだ無事とは決まっていませんよ」
「既にゲームオーバーになってる可能性もあるネ……」
二人の言葉を受け、ディバインさんも警戒を強める。仲間を疑わなければならないのは心苦しいだろうな……俺もルージュがそんな状態なのでよく分かった。
「テイル、まさかゲームオーバーに……」
『なっていませんわ。他メンバーが暴動を起こしたのと同時に、一部の【ゴールドラッシュ】メンバーはワープの魔石によって街の移動を行いました。本部を守れなかったのは深く謝罪しますが……」
「いや、よくやってくれた。充分だ……」
テイルさんの言っている事は筋が通っている。戦闘に入らなければ、ワープの魔石を使用することによって簡単に逃走できる仕様だ。ギルド本部を捨てさえすれば、無傷で生還することも容易だった。
今回の戦いはランスさんの裏切りによって形勢が逆転している。敗北を悟り、撤退の判断をすればゲームオーバーにならずに済むというわけだ。
通信を遮断し、ディバインさんは胸をなでおろす。【ゴールドラッシュ】は崩壊してしまったが、まだまだやるべき事は残っているようだ。ようやく、彼の表情が和らいだように感じた。
「何か知らないけど感動的だネー。おめでとさーン」
そんなディバインさんに拍手をしながら、一人の忍者が姿を現す。【漆黑】のデルドマスター、クロカゲさんだ。
今回は彼の判断によって、ディバインさんの救出が決まった。どうやら助けられた本人が、それに納得がいかないらしい。
「クロカゲ……なぜ私を助けた」
「その言い方は酷いなア。オレたち友達だロ?」
ディバインさんの言葉に対し、忍者は皮肉っぽくそう返す。そんな彼の態度に戦士の男は口を曲げた。
「確かに、付き合いは長いな」
「ま、他の奴らに倒されるのがムカつくだけなんだけどネ。お礼とかいらないヨ」
「だろうな。初めからそう言え」
この二人、仲が良いのか悪いのか……戦士と忍者の間でよく分からない対立があった。
【ゴールドラッシュ】が壊滅状態のため、今後ディバインさんはクロカゲさんと協力していく形になるだろう。正直、不安しかないな……一癖も二癖もあるランキング上位陣が、はたして協力できるのか。疑問が残るところだった。
甲板からクロカゲさんの和室へと移動し、今後について話すこととなる。この場にいるのはギルド【IRIS】の四人とクロカゲさん、ディバインさん。俺たちはギルドマスターの対談に混ざる形となった。
ディバインさんは最初に【漆黑】の目的を問う。いまだに彼らの行動理念は不明で、この非常事態にどう動いていくのかも分からない。俺としては助けてほしい所だが、彼らは返答を渋っていた。
「クロカゲ、お前はどう動くつもりだ。【ダブルブレイン】らと戦うつもりはあるのか?」
「どうだろネー。ちょっと考え中かナ。【ゴールドラッシュ】がこんな状態で次のランキングは大荒れだろうし、エルドの出方次第と言っておくヨ」
いくら聞いても「考え中」の一点張り。しかし、それより気になるのが、いまだにクロカゲさんがランキング結果に拘っている事だ。生真面目なリュイは批判的な声を上げる。
「こ……こんな時にランキングですか!」
「うん、そうだヨ。そっちの都合でゲームを放棄する筋合いないシ」
確かにその通りだ。この人もぶれないな。
ようするに、ギルド【漆黑】は廃人の集まり。ゲームで優位に立ったり、攻略の足掛かりになるような事ならば、喜んで協力するという事だろう。【ダブルブレイン】との対立はゲームと関係ないので、強力を得るのは厳しい所だ。
しかし、正義感の強いディバインさんは手を貸してくれるらしい。この両方のズレがさらなる対立を生む。
「私は戦うつもりだ。関わる気がないのなら、今すぐ船を下ろせ」
「だから考え中だっテ。今は出方を待つべき時だヨー。既に船は目的地に動いてるから、今さら変更はないネ」
目的地に動いてるって……おい、全く聞いてないぞ!
俺たちは他のギルドメンバーと別れて行動している。勝手に遠くまで移動されたら堪ったものではない。唯でさえ、今の【ディープガルド】は危険なんだ。
「ちょっと待ってください! 聞いていませんよ!」
「話してないからネ」
「僕たちはヴィオラさんたちと別行動しているんです! 対談が終わったのなら、速く合流したいんですって!」
「考え中だから対談は終わってないネー」
滅茶苦茶だ……ディバインさんを助けてもらっているから文句も言えない。それに、考え中だから対談が終わっていないというのも事実。未だギルド【漆黑】の協力を得るという目的は達成されていないのだ。
しかし、文句を言っていても仕方がない。本当にヴィオラさんたちと合流したいのなら、ワープの魔石を使って移動すればいいのだ。もっとも、空の上である飛空艇黑翼に戻ってくる術はないのだが。
やはり、今はクロカゲさんと共に行動すべきだろう。アイが彼に対し行き先を尋ねる。
「あの、どこに行くんですか?」
「文明の大陸【オレンジナ大陸】、歯車の街テラコッタだヨ」
「新大陸ですか!」
彼女は新大陸に胸を躍らせ、テンションを上げていく。ルージュの肩を掴み、励ますように揺さぶっているが効果は微妙。いまだに魔導師の少女は無言のままだった。
俺はディバインさんに街の詳細を尋ねる。そこそこゲーム内の街を把握しているが、【オレンジナ大陸】は全くの未知だった。
「歯車の街って……」
「機械技師でありながらそんな事も知らんのか。【オレンジナ大陸】は機械の大陸。テラコッタその中心地であり、機械技師の聖地だ」
これは酷い地雷を踏んだな。機械技師でありながら、その聖地を知らないとは……完全にやってしまった。
しかし、なぜテラコッタに向かうのだろうか。ディバインさんも心当たりがないのか、クロカゲさんに疑問を投げる。
「なぜこの街に向かう」
「それ冗談? ディバインのせいで【ダブルブレイン】は、【ゴールドラッシュ】と【7net】を吸収しちゃったんだヨ? 沢山のNPCが虐殺されたみたいだし、こっちも戦力を整えたいんだよネ」
忍者はムッとしながそう返した。確かに、彼の言うことは最もだろう。
今まで【ダブルブレイン】は暗躍組織として陰に潜んできた。しかし、今回の事件で一気に表舞台に出る事となる。ギルド二つを吸収した【ダブルブレイン】は立派な組織だった。
こちらも、兵力を整えなければならない。その為に向かうのが歯車の街テラコッタだ。
「そこに戦力がいるんですか?」
「いると言ってもNPCだけどネ。この飛空艇黑翼の製作には機械技師のプレイヤーだけじゃなく、NPCにも協力してもらったんだヨ。テラコッタの街人はフル出動だったから、凄く親交が深いんダ」
プレイヤーではなくNPCの強力か。【漆黑】はランキング一位だが小規模ギルド。構成するプレイヤーはこの船に乗っているメンバーで全員だった。
【ゴールドラッシュ】は半壊、【エンタープライズ】も相当に被害を受けている。プレイヤーの協力を得るのには限界があるだろう。
しかし、NPCなら無限の可能性がある。もし、この【ディープガルド】に住む全てのNPCに【ダブルブレイン】の脅威を説明できたのなら……何かが変わるかも知れない。
「あの、思ったんですけど……」
俺がクロカゲさんたちに提案しようとした時だった。
突如、巨大な爆発音と共に飛空艇の船体が大きく傾く。俺たちは大きくバランスを崩し、その場に倒れこんでしまった。
船は傾いたまま飛行を続け、何とか機動を持ち直す。軋むような音に、真面に立てないほどの揺れ。これは明らかに異常だった。
「クロカゲさん! これはいったい……」
「天候が崩れてきたけど、それだけじゃないみたいダ。さっきの爆発音はちょっとヤバいかもネ」
部屋の外から雨の音が聞こえる。話している間にどしゃ降りになっていたらしい。
しかし、それだけではないだろう。先ほどの爆発音は雨や風によるものではない。この飛空艇が何らかの攻撃を受けたとしか考えられなかった。
アイとディバインさんは、それぞれ武器を構える。この二人は本当に頼もしいな。
「敵の飛空艇から攻撃を受けましたか。しかし、その気配を感じませんね……」
「長期間暗躍していた【ダブルブレイン】が飛空艇を作れるとは思えない。ただのエンジントラブルか……」
そんな二人の武器を抑えるクロカゲさん。彼は冷静な様子で部屋の襖へと向かう。
「ディバイン、飛空艇にエンジンなんかないヨ。でも、動力炉トラブルってのはあるかもネ」
「確認が必要なようですね」
襖を空け、部屋から出る忍者。そんな彼の後ろに付くのは、ギルド【IRIS】のリュイ。彼は何かを悟ったような表情で、刀の鞘に手を付けた。
少年は真っ直ぐな瞳をし、自らの進むべき道を歩きはじめる。これは、何かが起きるだろう。そう感じずにはいられなかった。