111 さらば王都よ
何が起こったのか分からない。そんな様子で【ゴールドラッシュ】プレイヤーたちは立ち尽くしていた。
一瞬の出来事だ。ディバインの剣とランスの槍が相殺し、互いに次の一手に出ようとした時。そこで、勝敗は決まった。
受けの体制を取ったランスに対し、ディバインは怒涛の猛攻に出る。戦士が行うような戦い方ではない。しかし、力任せだが正確な技術により、一切の抵抗を許さなかった。
その後は一方的な展開。これには誰もが唖然とするばかりだ。
「ら……ランス隊長……」
「ちょ……ちょっと待ってよ! 仮にも総合ランキング10位のランスだよ! 【覚醒】のスキルで超パワーアップしてるし! こんなにあっさり……」
ゲームオーバーとなり、その場から消滅するランス。だが、【覚醒】持ちの彼はすぐに最ログインしてしまうだろう。彼が合流する前に、巨悪を断罪するしかない。
「リルベ、次はお前の番だ」
「ひえ……」
へっぴり腰で後ずさりをし、少年は【ゴールドラッシュ】メンバーを前に出す。この化け物に一対一で戦うつもりなど毛頭ない。だからこそ、彼はこの時を待っていたのだ。
「ご……【ゴールドラッシュ】の奴ら! お遊びはここまでさ! かつてのギルドマスターをぶっ殺せェ!」
「お……おおおォォォ!」
二十は超えるほどのランス前衛部隊。【覚醒】のスキルを使用し、能力も飛躍的にアップしている。彼らは一斉に雄たけびをあげ、かつてのギルドマスターに武器を向けた。
構成する人員の殆どが戦闘職。魔法職や生産職は殆どいない。それが災いし、決闘ランキング一位のディバインに対し、接近戦を挑むこととなる。武器同士の打ち付け合いなら、彼も受けて立つまでだ。
「うおおおおおォォォォォ!」
何十人もいる【ゴールドラッシュ】メンバーの咆哮を掻き消すディバインの咆哮。恐ろしいほどの威圧感がプレイヤーたちを怯ませた。
大剣を振りかぶり、鎧を捨てた戦士が進撃を開始する。当然、敵も彼に対し、一斉に対抗姿勢を見せた。
【ゴールドラッシュ】は戦士が多いギルドだ。真っ先にディバインを襲ったのは数人の戦士プレイヤー。彼らは自らの防御力を高め、攻撃を受けきろうとする。しかし、ここで攻めに出なかったのは悪手。今のディバインは、超攻撃型の手段を取っていたのだから。
「スキル【諸刃の剣】……防御力を攻撃力に変換するステータス反転スキルか! ビューシア兄ちゃんの真似事を!」
リルべは彼の戦略を見破る。戦士の役割を放棄する【諸刃の剣】。ビューシア筆頭に、ソロプレイヤーが積極的に使用するスキルだった。
守りに出た【ゴールドラッシュ】プレイヤーは、技術力の差によって一方的にダメージを受けていく。対抗姿勢を見せようとも、ディバインは武器に剣を打ち付け機動を逸らす。防御やジャストガードを狙わず、相殺によって彼は攻撃を防いでいるのだ。
「ぐっ……どいつもこいつも使えない! スキル【覚醒】!」
見かねたリルベがようやく弓を構える。【覚醒】のスキルも使用し、本気でディバインを射抜くつもりらしい。彼は味方を巻き込むことも厭わず、弓を引いた。
「邪魔なんだよ! スキル【二枚抜き】!」
「仲間ごとか」
放たれた矢は一人のプレイヤーを貫き、ディバインの脳天を狙う。通常のプレイヤーなら、このままクリティカルを受けて大ダメージは免れない。
だが、ディバインは普通ではない。まるで矢じりが狙う場所を知っていたかのように、首を動かすだけで回避してしまう。それも、他のプレイヤーと闘いながらだ。
リルべは舌打ちをしつつ、二本目の矢を放つ。弓術士は後衛職、距離を維持しつつサポートすれば反撃など怖くはなかった。
「避けるんだったら、スキル【狙い撃ち】!」
「スキル【鉄壁】」
命中精度の高いスキルによって、彼はダメージを狙う。だが、瞬時にディバインは防御力上昇スキルによって守りを固めてしまう。
男の右肩に矢が当たるが致命打ではない。【防御力up】のスキルを鍛えた彼は、装備がなくても規格外の硬さだった。
「鎧を捨てても流石に堅いね……ならスキル【撃ち崩し】! 貫通ダメージを食らえ!」
「横槍が好きなようだな。だが、無駄だ」
放たれる三度目のスキル。今度は防御力無視の貫通効果を持った矢だ。しかし、このスキルすらもディバインには意味をなさない。
彼は他プレイヤーの影へと移動し、矢を防ぐ壁として利用する。このような防御手段を取るなど、まともなプレイヤーでは信じられない事だろう。
ようやく、リルべは目の前の敵を認識する。彼はVRMMOプレイヤーでも五本指に入る男。化物を超えた化物だったのだ。
「そうだ……ディバイン兄ちゃんはエルドに匹敵するほどのプレイヤー……見くびってたよ……」
敵が大人数にも関わらず、ディバインは粘っていた。押し勝つことは不可能だろうが、それでも充分すぎるほど対抗出来ている。しかし、それもここまでだ。
「でも残念だったねえ! おいらたちは対等じゃないんだ! このまま戦力差で圧倒してや……」
リルベがそう言いかけた時だった。ついに、この戦争は大詰めとなり、大きな機転が現れる事となる。
暗雲に紛れつつ、徐々に高度を落としてくる巨大な建造物。草原に吹き荒れる不自然な風が、その存在をプレイヤーたちに知らしめた。
この場にいる全員が空へと視線を向ける。真っ黒い外観に翼のような形をした飛空艇。間違いなく巨大空中要塞ギルド【漆黑】のギルド本部だった。
「【漆黑】の飛空艇……なんで……」
「こっちに降りてくるぞ! 全員退避ー!」
船はプレイヤーがいる事もいとわず、草原へと降りてくる。リルベやディバインを含めたプレイヤーたちは、すぐにその場から走り出した。
やがて、巨大な地響きと共に、飛空艇黑翼は着陸する。誰もが現状を理解してはいない。この非常事態によって、戦いは有耶無耶になってしまった。
だが、これだけでは終わらない。本番はこれからだ。
黑翼の甲板から飛び降りる多数の【漆黑】プレイヤー。数はこの場にいる【ゴールドラッシュ】メンバーに並ぶほど。彼らは一斉に標的である【覚醒】持ちプレイヤーへと攻撃を開始した。
リルベは混乱した様子で口を曲げる。彼らはレンジとギルド【漆黑】の対談を全く知らない。なぜ自分たちが襲われているのか理解出来なかったのだ。
「な……何だよ……何だってんだよー!」
「限定スキル【鬼神】!」
だが、そんな彼に容赦なく一人のプレイヤーが襲い掛かる。【漆黑】幹部のフウリン。彼女は限定スキルによって鬼神モードとなり、逃げ腰の少年に火拳を振りかざした。
「なっ……!」
『スキル【崩拳】』
鬼の一撃がリルベの腹部に打ち付けられる。相当に威力が高いのか、彼の腹部は一部破損してしまう。だが、この程度のダメージならすぐに再生可能だ。
少年はすぐに受け身を取り、矢による反撃に出ようとする。しかし、その時だ。彼の意識が一瞬途絶えてしまう。これは、スキル【崩拳】の追加効果だった。
『スキル【破砕拳】』
「ぐ……スタン効果か!」
意識が戻った時にはもう遅い。命中し辛いが高威力の【破砕拳】がリルベの目の前に迫っていた。
弓術士はそこそこ素早いジョブだが、スタン状態ではどうすることも出来ない。無防備の状態で、彼は渾身の一撃を受けてしまう。
「があああァァァ……」
少年は頬で拳を受け止め、クリティカルポイントを逸らす。あまり見せ場はないが、これでも彼は優れた技術を持ったプレイヤー。場と相手が悪かっただけで、実力は上位プレイヤーにも引けを取らなかった。
頬の傷から見える1と0の数列。この痛みがリルベを冷静にさせ、正確な判断へと動かしていく。導かれた答えは撤退。彼は戦闘を放棄し、【ゴールドラッシュ】プレイヤーの影へと紛れていった。
中心人物が姿を消しても、戦いが止まることはない。【漆黑】の幹部ゲッカは数人のプレイヤーと対峙する。相手が一人でも、敵が手を抜くことは無さそうだ。
「ギルド【漆黑】のクズどもめ! 手柄を奪いに来たか!」
「酷い言いようですね。スキル【惣捲】」
ゲッカは刀を華麗に動かし、周囲のプレイヤー全てを切り裂く。敵が多いほど威力の上がる全体攻撃スキル【惣捲】。高レベルのゲッカは、既にこの上位スキルを使いこなしていた。
戦力は互角、しかし相手は【覚醒】のスキルによって能力を強化している。最強ギルドである【漆黑】ですら、これには手を焼いていた。
さらに、ここで【ゴールドラッシュ】の増援部隊が合流する。当然、既に彼らは【ダブルブレイン】の手に落ちているだろう。ディバインは肩で息をしつつ、ゲッカに背中を預けた。
「どうやら増援が来たようだな」
「四面楚歌ですか。ディバインさん、私たちの船に乗ってください」
「ああ」
彼は素直にこの指示を受け入れる。頑固者のディバインらしからぬ対応だった。
「以外と素直ですね」
「しらばっくれるな。私が守るべきもの、すべて消えるこの時を待っていたのだろう。もう、重荷を背負う必要もあるまい……」
彼が頑固なのは守るべきものがあったからこそ。クロカゲはその全てが失われる時を待っていたのだ。
全てはディバインを奪還するための計画。当然、このまま戦争を続ける予定もない。ゲッカは退路を確認しつつ、撤退の準備へと入った。
彼女はコンタクトの魔石を使用し、船上のプレイヤーと連絡を取る。全て予定通りだ。
「ジョノさん、ディバインさんの確保に成功しました」
『了解だ。忍者プレイヤーは【影縫い】準備。スキル【子守唄】!』
黑翼の上から周囲のプレイヤーを睡眠状態にするスキルが放たれる。ジョノをはじめとした吟遊詩人、そしてそれをサポートする踊子や僧侶のプレイヤーだった。
能力が底上げされたことにより、下界の【ゴールドラッシュ】メンバーを睡眠状態にしていく。さらに、戦場に出た忍者のプレイヤーが【影縫い】によって敵を拘束していった。
ここまでやれば撤退可能だ。ゲッカは黑翼の方へと歩み進める。
「さあ、行きましょう」
「さらば王都よ……」
物悲しい表情をしつつ、ディバインはギルド本部のあるビリジアンに背を向けた。もう、振り返ることは決してない。ここに戻る時は全てが終わった時だ。
二人以外の【漆黑】メンバーも、次々と船に戻っていく。そんな中、フウリンは鋭い眼光で周囲を見渡す。
『あの少年……どこに消えタ……』
彼女は消えたリルべが気がかりらしい。あの少年を放置するのは危険と判断したのだろう。
しかし、今はこの場から退避することが先決。フウリンは暴走状態であるものの、何とか正気を保っていた。そのため、この場は計画の実行を最優先する。
全ての【漆黑】メンバーを乗せ、飛空艇は再び空へと浮上していく。まさに、クロカゲの指示通り、神風疾風の出来事だった。