109 勝手も承知
木曜日、セラドン平原の戦い開始から四日目。状況は圧倒的に【ゴールドラッシュ】有利だった。
既に勝敗は決まったようなもので、正面から攻め入る【7net】は戦意喪失。また、後方【イエロラ大陸】側から攻め入る部隊もサンビーム砂漠へ大きく後退していた。
それでも、【7net】は【イエロラ大陸】にて燻っている。そのため、【ゴールドラッシュ】は戦力を王都後方へと配置し、サンビーム砂漠へと進軍していった。
「ディバイン、この戦いは決まりましたわね。無理な沙漠からの攻撃が、【7net】の敗因。やはり、ギルドマスター不在が大きかったようですわ」
「思い違いだったのか……いや……」
【グリン大陸】、ビリジアン王宮のギルド本部にて、参謀のテイルとギルドマスターのディバインが話す。勝利が決まったこの状態でも、ディバインは一切油断をしていなかった。
結局、この戦いで【ダブルブレイン】は一切の行動を起こしていない。確認された【覚醒】持ちも、【ダブルブレイン】による操作を受けていなかった。思い違いと判断しても良い状況だ。
「今回の戦いは【7net】が自発的に起こしたのでしょう。そこに第三者が介入する余地なんてありませんわ」
「だが、ギルドの上部をまだ確認していない。【ダブルブレイン】が上部を操り、下部を丸ごと支配下に置いている可能性もある」
頑固なディバインの答えに対し、流石のテイルもうんざりしている。彼女は既に勝利を確信していた。
「ディバイン……前方のランスは既にセラドン平原を制圧し、エルブの村に攻め入っています。当然、【7net】の上部数人も確保していますが、【覚醒】で暴れるプレイヤーなど報告を受けていません。【ダブルブレイン】なんて、全てでたらめですわ」
「むう……」
「残った戦力は王都の後方にまわします。サンビーム沙漠のゲリラ部隊を完全に鎮圧させますわ」
テイルの判断は間違っていない。ディバインが突っぱねる理由は「嫌な予感がする」という曖昧なもので、兵力全てを従わせるには要因が弱すぎる。それに加え、すでに【7net】の大半が戦意を喪失し、戦線から撤退していた。ここからの逆転などまず不可能だろう。
だが、それは敵が【7net】の場合だった。
「ぎ……ギルドマスター、テイルさん! 大変です!」
「どうしましたか?」
突如、部屋の扉を開け、【ゴールドラッシュ】の戦士が現れる。彼は随分と焦っている様子で、息も乱れていた。彼にとって予想としていなかった事態が起きてしまったのだ。
「敵の先方部隊がセラドン平原を突破し、王都近くまで進軍を進めています! 戦力は次第に拡大し、残った兵力ではとても対抗できません!」
「なっ……ありえませんわ! ランスたちは何をやっているのですか!」
そんな彼の報告をテイルは「ありえない」と言う。それもそのはず、【7net】は既に全壊、先方部隊は副ギルドマスターのランスが指揮している。敵が戦線を突破できるなど、まず不可能だ。
しかし、このような事態になったのには理由があった。戦士は汗を流しながら、報告を続ける。
「ち……違うんです……攻め入ったのは【ゴールドラッシュ】の先方部隊。副ギルドマスター、ランスの部隊がギルドマスターに反旗を翻しました……!」
「そうきたか【ダブルブレイン】……!」
ディバインの予感は的中した。今までの戦いがあまりにも呆気なかったのは、全てこれを狙っていたのだ。
現状、【ゴールドラッシュ】の戦力は後方のサンビーム砂漠に集中している。兵力が手薄の前方、エルブの村側はランスの部隊に頼りっぱなしだった。当然、彼らを止める手段など持ってはいない。
「すぐにサンビーム砂漠の部隊を王都に引き戻してください! ランス……なんていう事を!」
「頃合いか……」
冷静さを崩し、指揮が乱れるテイルをディバインは見つめる。今から後方部隊を撤退させても、それまでにかなりの進軍を許す。苦肉の策にしかならなかった。
何かを覚悟したのか、ディバインは部屋にテイルを残し、出口へと向かう。その背中には巨大な盾が装備されていた。
彼の勝手な行動に対し、当然テイルは声を張り上げる。この声には先ほどまでの余裕は全く感じられなかった。
「ディバイン、どこへ行くんですか!」
「私が出ない訳にもいかんだろう。全軍の指揮はお前に任せたぞ」
「貴方はギルドマスターですよ! 勝手な行動は許しませんわ!」
この戦争、ギルドマスターであるディバインを落とすことが敵の勝利条件。最終目的である彼が前線に出て良いはずがなかった。勿論、本人も充分に分かっている事だろう。
しかし、ギルドの危機にふんぞり返り、ましてや逃げる事など絶対にありえない。心に秘めた鋼の意思が、ディバインを戦場へと駆り立てたのだ。
「勝手も承知! 部下の造反は上司が蹴りをつける! これは頂点に立つ者のけじめだ!」
テイルは何も言い返せなかった。彼から放たれる恐ろしいほどの威圧が、一切の口答えを許さなかったのだ。
ディバインは扉を潜り、戦場へと赴いていく。もう、誰も彼を止める事など出来なかった。
セラドン平原の戦いはついに大詰め。決着の時は近い。
勝負が決まるのは明日。そう、ディバインは判断した。
【ディープガルド】時刻は朝の8時。俺たちは再びクロカゲさんの部屋に訪れていた。
彼は諜報員によって手に入れた情報を俺たちに話す。【ゴールドラッシュ】と【7net】の戦いは、副ギルドマスターの裏切りによって形勢逆転。ディバインは九死へと追い込まれることになると……
「というわけなんだヨ。【ゴールドラッシュ】はお終いだネ」
「そんな……」
軽い言葉使いで、クロカゲさんは言う。ライバルギルドがどうなろうと、彼には全く関係がない。同情を寄せるはずがなかった。
しかし、なぜ俺たちにこの事を話したのだろうか。そんな事をすれば、ディバインさんに世話になっているギルド【IRIS】は勝手な行動を取るに決まっている。
特にアイは誰かを助けるためなら、かなりの無茶をする奴だ。実際、そのせいで何度も混乱ごとに巻き込まれているからな。
「ディバインさんを助けましょう! 私たちで何とかするんです!」
「無理だヨー。造反を企てた【ゴールドラッシュ】メンバーは多数、【7net】メンバーを吸収して凄い戦力になっているんダ。オレたちでもちょっと敵わないかナ」
裏切った【ゴールドラッシュ】メンバーに【7net】が加担しているのか。もしや、最初からこの両方はグルだったのか? 【ダブルブレイン】によって操作され、綿密な計算によってこの事態が想定されていたのなら……
「初めから、【7net】は捨て駒だったんですね……」
「だろうネ。裏切りからの動きがあまりにもスムーズだし、計算通りやられちゃったみたいだヨ。敵に総合ランキング10位のランスを取られちゃったのは痛いナー。彼、結構強いんだよネ」
敵の【覚醒】持ち代表はランスというプレイヤーで間違いない。総合ランキング10位、中心人物にするには申し分がない戦力。まだ会ったことはないが、これで総合ランキング1位から10位を認識することとなる。ちなみに、11位は元【7net】のギルドマスター、ヒスイさんだ。
上位プレイヤーが敵の操作に置かれ、リュイは少し動揺した様子。彼は何よりも、ディバインさんの死守を求めた。
「これ以上、上位プレイヤーを敵に回すのは不味いですよ。何とかディバインさんだけでも助けられないのですか?」
「出来るヨー。でも、あいつ頑固で強情なんだよナ。絶対駄々こねるに決まってるネ」
「それはまた面倒な……」
彼は優秀なんだけど本当にめんどくさい。まるで頑固おやじのようで、俺たちの力では止めることが出来ないな。さて、どうするか……
俺が策を練っていると、アイがとんでもない事を言い出す。
「ぶっ倒してでも、掻っ攫います! 敵に追い詰められたところを狙ってボコボコにしましょう!」
「あ、良いねそレ!」
「いやいやいやいや……」
こいつ、何て恐ろし事を言い出すんだ。しかも、クロカゲさんはそれに同意かよ。絶対にこの人、面白半分でやってるな……
と思ったが、彼は本気のつもりらしい。
「オレ、結構真剣だヨ? ディバインには闘技場で負けてるんだよネ。そのせいで決闘ランキング1位を逃しちゃうし、他の奴にやられるのは気分が悪いかナ」
「じゃあ、協力してくれるんですね!」
「助けるのはディバインだけだヨ。【ゴールドラッシュ】はもうギルドランキングで勝ってるし、興味ないんだよネ」
畳の上に寝転がり、彼は軽いノリでそんなことを言う。しかし、そんなに簡単にいくものなのか? ディバインさんは恐らくビリジアン王宮内のギルド本部にいる。そこから彼を奪還するなんて不可能だ。敵陣を突っ切らなければならない。
ワープの魔石を使って直接王都に入るにしても、王宮までは完全に徒歩。それまでに敵プレイヤーに見つかってフルボッコだろう。
しかし、クロカゲさんには策があった。
「ディバインは強いけど単純なんだよネ。追いつめられたら『けじめをつける』とか言って絶対戦陣に出るヨ。そうだネ……狙い所は明日のこの時間かナ。セラドン平原にこの飛空艇黑翼を着けてカミカゼシップウ! で、掻っ攫おうカ」
「そんなに計算通りいきますか……?」
「ディバインは結構粘るヨ。計算に間違いはないかナ」
リュイの疑問に対し、彼は自信満々にそう答える。ギルド【IRIS】の力ではどうにも出来ないし、今は信用するしかなかった。全ては明日決まる事だ。
「それまで皆はここでくつろいでいなヨ。ギルドメンバーがお店を開いたり、トレーニングルームとか作ってるし、機械技師なら飛空艇の動力に興味あるんじゃないかナ?」
「レンジさん! 生産能力を磨くチャンスですよ!」
状況は最悪だが焦っても仕方がない。クロカゲさんやアイの言うように、能力を磨きつつ明日に備えた方が良い。もっとも、実際にディバインさんを確保するのは、【漆黑】メンバー何だろうが。
実際、俺はこの飛空艇に興味があった。現実では何年もの年数と、何千人もの人員で作る巨大建造物。それをこのゲームでは数週間と数十人で製作している。驚くべき事だが、それで作れなければゲームにならない。唯でさえ、機械技師を集めるだけで大変なんだ。
考えていたら【機械製作】をしたくなる。せっかくの機会なので、俺は生産活動に取り組むこととなった。
「じゃあ、俺は探索しつつ機械製作に手を付けます、工房を借りていいですよね?」
「いいヨー。生産とかオレあんま知らないけド」
許可を貰ったのでお言葉に甘える。今日一日はずっとこんな感じで、のんびり過ごすしかない。
ルージュがずっと元気がないが、それはアイに任せることにする。女同士の方が多分過ごしやすいだろうからな。
明日、また何か大きな事件が起きるだろう。全てはディバインさんとクロカゲさんに掛かっていた。