10 真剣勝負
【ディープガルド】時刻で8時。俺とアイはヴィオラさんと合流し、エピナールの街を後にする。
門を潜り、セラドン平原に出たヴィオラさんは、遥か彼方を指さした。
「さあ、農村の村エルブに向けて出発よ!」
「テンション高いですね……」
こっちは4時間みっちり戦い続けていたのだ。彼女のテンションについていく気力はない。もっとも、この世界には疲れるという概念も、睡眠不足で眠たくなるという事もないのだが。
俺たちは少しの間、平原をのんびりと歩いていく。しかし、すぐにその足を止めざる負えない状況となった。
平原の真ん中に立ち塞がる男女四人組。彼らは此方を見ると、立ち塞がるようにその前に立った。
「おやー? ヴィオラくんじゃないか、こんな所で合うなんて奇遇だねー」
「げ……Ville」
どうやら、ヴィオラさんの知り合いらしい。彼女はこのゲームを一カ月以上プレイしている。知り合いがいるのも、別に珍しい事ではなかった。
俺たちの前に立つ、長髪で整った顔つきの男。羽の付いた大きなつばの帽子をかぶり、その手にはギターが装備されている。楽器を使うジョブなど一つしかない。間違いなく、彼は吟遊詩人だった。
彼の他にも、後ろには三人の男女が付いている。この四人はパーティを組み、これから何らかのミッションを熟しに行く所だったのだろう。
ヴィルと呼ばれた男は、嫌みったらしくヴィオラさんを挑発する。
「まだ誰も入らないギルドを経営してるのかな? 懲りないねー」
「ふふーん、貴方の目は節穴? ギルドメンバーだったら、ここにいるでしょ」
そう言って彼女は、俺たちを見せびらかした。
だが、ヴィルさんは惚けた表情で、その視線を合わせようとしない。
「えー? どこだい?」
「ここよ! ここ! 二人いるでしょ!」
ヴィオラさんに指摘された彼は、ようやく俺たちと目を合わす。その瞬間、彼は大声で笑いだした。
「あー、すまない。ギルドが小さすぎて見えなかったよ! アーハッハッハッ!」
「な……なんですって!」
この人、典型的な嫌味キャラだな……
こういう人はスルーするのが一番だが、ヴィオラさんは挑発に乗ってしまっている。完全にからかいの対象として認識されているな。これは非常に面倒な状況だ。
彼女はヴィルさんの後ろに立つ三人組を指さす。
「って言うか、後ろの三人は誰なのよ」
「よーくぞ、聞いてくれた! この天才的な吟遊詩人ヴィル。ついに実力が認められて、巨獣討伐ギルド【エンタープライズ】のパーティーリーダーに任命されてね! いやー、自分の才能が怖いよ!」
ギルドランキング三位。巨獣討伐ギルド【エンタープライズ】。
ヴィルさんはそこでパーティーリーダーを受け持ち、新人の教育に励んでいるようだ。
「はーん、第二陣の初心者が沢山入ってきて、教育係に回された口ね。お疲れさーん」
「ふん、そういう君こそ。後ろの二人はどこから連れてきたんだい」
「企業秘密よ」
先輩二人の骨肉の争いは無視して、俺とアイは後ろの三人に自己紹介を行う。いがみ合う時間があるのなら、その時間を使って親睦を深めるべきだ。味方は多い方が良いのだから。
「機械技師のレンジです。宜しくお願いします」
「裁縫師のアイです! よろしくお願いします!」
俺たちの自己紹介を聞くと、三人は快く答えてくれる。リーダーが嫌味な人だからと言って、他のメンバーも同じというわけではない。
男一人に女二人。彼らはそれぞれ全く違うキャラをしており、見ていて非常に面白い。
「格闘家の白沙だ。よろしくな!」
「鍛冶師のイシュラよ。よろしく~」
「イシュラの妹、付術師のシュトラです。よろしくお願いします」
つり上がった太眉毛で、見るからに熱血漢な中華男、ハクシャ。第一印象はジャッ○ーチェン。
獣の耳と尻尾を付けており、大きなハンマーを背中に抱えているイシュラ。第一印象はふくよかな胸。
民族風の衣装を身に纏っており、エルフのような尖った耳をしたシュトラ。第一印象は……特になし、地味。
三人が自己紹介を終えると、ヴィルさんたち先輩二人が此方の話しに入ってくる。
「丁度いい、親睦の証として一勝負しないかな? 互いの新人くん同士でさ」
「えー、嫌よ。何のメリットもないし」
まーためんどくさい事を言い出したなこの人。どうして、こうも突っかかるのか。
戦いたくないなあ……アイが戦ってくれないかな……俺はそう思いながら、二人の会話に耳を傾け続ける。
「メリットならあるさ、賭けをしようじゃないか。そうだね……10000G賭けでどうかな?」
「はあ! そんなアホみたいな賭け、するわけないでしょ!」
「おや~? 逃げるのかい?」
「う……」
ヴィルさん、上手いな……まさに嫌味の天才という感じだ。
この賭け、互いに得る物、失う物は同じように見えるが実際は全く違う。大きなギルドに入り、金銭面で余裕のあるヴィルさんの10000Gと、弱小ギルドを経営するヴィオラさんの10000Gとでは重みが全く違う。負けて絶望的な状況に立たされるのは、こちら側だけなのだ。
断られたのなら、ヴィルさんにとってそれでも良い。臆病者と散々罵ることが出来るので、むしろ断られる方が彼は喜ぶ。
一番俺たちにとって良い状況は、この勝負に乗った上で勝つこと。しかし、それでもヴィルさんは、「貧乏人の君に恵んであげる余興だったんだよー」とか言ってはぐらかして終わり。お金に余裕があるので全く痛くないのだ。
さて、ヴィオラさんはこれをどう受けるか……
「……そっちのレベルは?」
「7ぐらいかな」
「こっちのレベルは4なのよ! 不公平よ!」
「ちなみに、この三人は昨日ログインしたばかりだよ。いやー、すまない。僕の才能がありすぎて、君の教え子より高レベルになってしまってね」
「ぐぬ……」
嫌味な人だが、確かにヴィオラさんより教育が上手だ。俺たちと同じタイミングでログインしたのだろうが、ここまでレベルの差が付いてしまっている。これはヴィオラさん、挑発に乗るだろうな……
俺がそう確信した時だった。突如、アイが二人の会話に割って入る。
「ちょっと待ってください。そちらだけ賭ける物を提示するのは不公平ですよ。私たちも賭ける物を提示させていただきます!」
「へえ、面白いじゃないか。良いよ」
自らの前髪を払い、ヴィルさんは余裕の表情で彼女の提案を飲む。しかし、そのアイの提案を聞いた瞬間、彼の表情は一瞬にして凍りつく。
「パーティーメンバーを賭けましょう」
「……は?」
「……へ?」
おいおい、何を言い出すんだお前は……確かにそれは、ヴィルさんを懲らしめるには優秀な方法。だけど、負けたらどうするつもりだよおい!
「そ……そんなバカげたこと!」
「おや? 逃げるんですか?」
「く……」
先ほどのヴィルさんの台詞が、見事にブーメランとなる。恐らく、これはアイにとって予想通りの展開なのだろう。
彼女の挑発によって、ヴィルさんはやる気になっている様子だ。いよいよ冗談で済まなくなってきたぞ……ギルドマスターのヴィオラさん、あいつを止めてくれ。
「ちょっと、アイちゃん! 勝手に何を……」
「私たちのギルドは、レンジさんが戦います。そして、負けた場合は私が貴方たちのメンバーに入りますよ」
おいおいおいおい、本気かこいつ! 自分を身売りする気かよ!
しかも、戦うのは俺か! そんな重大な責任、何で俺が背負わなくちゃならないんだ……
「おい、勝手に決めるなよ! それに負けたらお前が……」
「大丈夫です。私はレンジさんを信じていますから!」
「信じて救われたら、世の中楽すぎるわ!」
ダメだ。俺の力ではこいつの暴走を止めることは出来ない。誰かを頼らなくては……
「ヴィオラさんも何か言ってください!」
ここはやはり、ギルドマスターの力を借りるしかない。流石のアイでも、マスターの命令ならば従ってくれるはずだろう。
そう、ヴィオラさんなら……ヴィオラさんなら、きっと何とかしてくれるはずだ!
「アイちゃん、そんな勝手なことは許さないわ。これはギルドマスターの命令で……」
「では、私はギルドをやめます。そして、レンジさんが勝ったら、新たに入り直しますよ。これでギルドマスターの命令は無効ですね!」
「いやいやいやいや……」
ダメだ! アイの熱意にヴィオラさんもたじたじ状態。これは誰にも止められないぞ……
そもそも、今賭けられているのはアイ自身。本人の意思なので、やりたい放題になるのも当然だ。
もう、誰にもこの状況を止めることは出来ない。俺はただ我武者羅に、自らのキャラを崩して、アイを怒鳴りつけた。
「いい加減にしろ! アイ!」
「いい加減にしてます! 私は真剣ですよ!」
彼女はしゃんと胸を張り、しっかりとした口調で言う。
「レンジさん、手に入れた力を実戦で使うチャンスです。何を迷う必要があるんですか!」
「お……お前は大バカだ……」
俺の力を試すために、こんな茶番を演じたのかよ。何てはた迷惑な奴なんだ……
あの嫌味を軽く受け流せば、あの場は穏便に済んだのだ。このバカが事を無駄に大きくしているに他ならない。
予想通り、ヴィルさんも彼女の提案に乗ってしまう。その眼には、もう先ほどのような余裕は感じられない。
「分かった……その条件を飲むよ」
常に上から目線の彼が、冷や汗を流し、焦りの表情を見せている。このバカのせいで退くに退けない所まで来てしまったのだ。
この状況は両方にとって全く好ましくない状況。誰も得しない最悪の展開だ。
「レンジ、ごめん。止められなかったわ……勝てる?」
「どうでしょう……」
ヴィオラさんにそう聞かれるが、正直聞かれても困る。俺はこの戦いに対し、全くやる気が出ないのだから。
アイを救うために本気を出せるか。
否、出せるはずがなかった。今の俺は、あいつに対して怒りの感情しか湧いていない。救ってやろうとなんてこれっぽっちも思えないだろう。自業自得だバカ。
では、あの嫌味なヴィルさんを懲らしめてやろうと思えるか。
いいや、思えない。あの人は確かに性格は悪いが、何一つ悪いことはしていない。対抗心を燃やすには、あまりにも要因が弱すぎる。
では、ギルドマスターであるヴィオラさんのメンツのために真剣に戦えるか。
論外だ。そんなことをしたら、彼女が天狗になって邪魔くさいだけだろう。
やはり、どうしても真剣になれない。どうせ、ここで負けたところで、「これに懲りたら、もう二度と僕たちに楯突かないことだね。アーハッハッハッ!」とか言って、アイを引き抜く話は無かったことにしてくれるだろう。ここまで事を大きくしたのだ。これ以上、話しをややこしくするはずがない。それを確信してしまっている以上、余計に真剣になれるはずがなかった。
完全にバラバラになってしまった俺たちのギルドとは違い、ヴィルさんの方は統率が取れている。彼の指示によって、中華風の少年が前に出た。
「ハクシャ、何だか大変な事になっちゃったけど。頑張ってくれるかい?」
「うっす! 全力で行きまっす!」
華麗な身の熟しで、見事なアクロバットを披露するハクシャ。バカなのか、早くもスキルの一つを教えてくれたようだ。恐らく、自分の身を軽くし、動きで翻弄するスキルだろう。
彼は俺を見ると、拳を突き出す。そして、その拳を開き、握手を求めた。
「お前、レンジと言ったな!」
「ああ」
「何か、大変なことになっちまったけど、お互い楽しもうな!」
「……は?」
俺は完全に度肝を抜かれた。
このハクシャという奴、現状を分かっているのか? 周りはアイのせいで大混乱、俺たちの戦いに仲間の身柄が懸っている。それなのに、戦いを楽しむなど馬鹿げているとしか言いようがない。
そもそも、この戦いは先輩たちが勝手に決めたことだ。俺たち下っ端には全く関係が無いだろう。
そうだ、お互いに手を抜こう。それで勝負を有耶無耶にしてしまえばいい。何なら、戦いを放棄しても良いんだ。
こんな戦いなんて無意味。なあ、止めよう。手を抜こう。
それが最善手段。模範解答だろう?
「俺の全力、お前に見せてやるぜ! 勝負だレンジ!」
アイと同じだ。こいつは人生損をするタイプだな。
本当に、どいつもこいつもバカばかり。眩しくって直視できないバカだ……
激情に身を任せたって、得なことなど何一つない。だが、うだうだ文句ばかり言って、真剣勝負を汚す俺よりもは、百倍マシかもしれないな……
では、改めて考えてみよう。
真剣に向き合っているハクシャの意思に答えるために、本気を出せるか。
「ああ、これならいける」
答えは出た。この勝負は勝たせてもらう。
俺はハクシャの握手に応じるのだった。




