108 忍者は何人じゃ
【ディープガルド】時刻は夕方の5時。俺たちはワープの魔石を使用し、炭鉱の街カーマインに訪れていた。
目的地は【漆黑】のギルド本部。すでにヴィオラさんにはこの事を伝え、許可は貰っている。もう、俺たちも初心者ではないので、彼女が止める意味などなかった。
【漆黑】のギルド本部は飛空艇のため、この街で待つこととなる。状況は落ち着いたが問題は山積み。特に重要なのはルージュの暴走についてだ。
「ごめんなさい……私……私……」
「ルージュさん、元気を出してください! 大丈夫です! 絶対絶対、大丈夫ですから!」
涙目で謝る彼女をアイが宥めている。バーサクの状態異常により、ルージュは本能の赴くままに暴れていた。攻撃を受けたことは全く気にしてないんだが、彼女の身が心配だ。
根暗モードに入っているが、今のところ異常な部分は見当たらない。だが、納得できないのはゲームオーバー時の記憶がないこと。以前戦ったカエンさんの状況とも随分異なっていた。
「本当に何も覚えていないのか?」
「はい……自分がゲームオーバーになったなんて、全然気づきませんでした……」
いくら聞いても、ルージュは覚えていないという。しかし、実際に【覚醒】のスキルを持っているのでゲームオーバーになったのは事実だ。恐らく、何らかの理由があって、その時の記憶だけ消されたのだろう。
バルディさんはエルブの村を襲った記憶を失っている。カエンさんはバルメリオさんの記憶を失っている。そして、【ROCO】のアルゴさんはゲーム上全ての記憶を失っている。
だが、【エンタープライズ】のラプターさんは一切記憶を失っていない。この事から導き出される答えは一つ。敵は奪う記憶を選んでいるのだ。
イデンマさんが喋ってくれたおかげで色々と分かってくる。彼女はアスールさんへの圧力を目的に、カエンさんから彼との記憶だけを消した。アルゴさんは知りすぎたから記憶を奪ったとも言っていた。これは決定的だ。
「ルージュ、もしかしてお前は重要な事に気づいたんじゃないか? だから、敵は気付かれないようにその記憶だけを奪ったんだ」
「そう言われましても……全然覚えてなくて……」
俺が問い詰めると、ルージュは困惑した表情で俯いてしまう。彼女を傷つけたくないし、これ以上の言及はやめておくか。唯でさえ、根暗モードに変わっているからな。
今回の場合、状況としてはラプターさんのパターンに近いかもしれない。敵は積極的な操作をせずに、ルージュを放置している。その状態で【覚醒】のスキルを使用し、あのような事態になったと予測できた。
操作を先送りにしているのなら現状は安心だ。しかし、【漆黑】のゲッカさんは完全にルージュを警戒している。まあ、そうなるわな。
「半信半疑といったところですね。敵のスパイという可能性もあります」
「ゲッカ、余計なことを言うな」
そんな彼女をジョノさんが注意した。本当にこの人は人間が出来ているな。完全完璧で全く隙のない超優秀人間と言える。
ゲッカさんに疑われている事から、ルージュは俺たちにも疑われていないか心配になったようだ。見捨てられることを恐れてか、こちらに向かって声を張り上げる。
「し……信じてください! 私は誰にも操られていません! もう絶対、レンジさんを傷つけようなんてしませんから……だから……」
「分かっています。私はルージュさんを信じています! レンジさんとリュイさんも信じますよね!」
アイは彼女の手を握り、こちらに同意を求めた。流石に捻くれたことを言えるわけがない。俺たちは警戒しつつも、信じることを約束する。
「は……はい……」
「ああ。でも、バーサク対策はしておけよ」
ルージュが装備しているアクセサリーは、月のブローチと力の指輪。ここは攻撃力を上げる力の指輪を外し、バーサク除けのアクセサリーを装備するべきだな。
【漆黑】の飛空艇が来るまでの間。俺たちはルージュのアクセサリーを見て回る。
彼女を守るためにも、信用できる装備を選ばなくてはならない。ケチらず良いものを購入するべきだった。
【漆黑】がギルド本部としている巨大飛空艇『黑翼』。その名前の通り、地上から見上げると黒い翼のように見える。クロカゲさんのワンパターンなネーミングセンスが光っていた。
街から出た俺たちは、アガット荒野で再び飛空艇と対面することとなる。荒野の砂を巻き上げつつ、船は【ドレッド大陸】の大地へ船艇を付けた。近くで見ると一層黒くてでかい。とても街中では着陸できないな。
「ほえー! 見てくださいルージュさん! 凄いですね!」
「うん……凄い……」
ルージュを元気づけるように、アイがテンションを上げていく。まあ、今は観光によって気を落ち着かせた方が良いだろう。幸い、【漆黑】のジョノさんは友好的な人だからな。
彼なら信用できると俺は判断する。なので、気にせず馴れ馴れしく、疑問を投げかけてみた。
「これ程の物、いったいどれだけの時間と人を費やして【機械製作】したんですか?」
「完成までは現実時刻で二週間だ。製作に関わったプレイヤーは三十人を超え、NPCを含めたら数えきれないな」
想像よりも半端ない。まず、発売から数週間で三十人の機械技師を集めたというのが驚きだ。しかも、その三十人全員を纏め上げ、一つの飛空艇を製作させている。いったい、【漆黑】はどれだけ力を持っているんだよ。
ジョノさんはこの事についてさらに詳しく話していく。
「知っていると思うが、俺たち【漆黑】はかなり横暴な手段でゲームプレイをしている。金と圧力で生産市場ギルド【ROCO】から機械技師を雇ったんだよ。その結果、【ROCO】に残った機械技師は裏路地に追い込むことになったがな」
「アルゴさんのお店があんな場所にあったのは、貴方たちから隠れるためですか……」
なんだか、物凄くどす黒い裏事情を聞いてしまった。俺がゲームを始める以前に、色々とごたごたがあったようだ。
しかし、飛空艇という珍しい物を作れることに、機械技師たちも悪い気はしないはずだ。そういうゲーマーとしての興味心を彼らは利用したのかもしれない。
船に乗ると、そこには何人もの【漆黑】メンバーがトレーニングを行っていた。
甲板上で戦う剣士と召喚士のプレイヤー。属性特化の剣士は氷を纏った剣を振り回し、召喚士は額に宝石を付けた獣を操っている。どっちも俺より強いな。恐らく、レベル50は超えているだろう。
彼らだけではない。この船に乗っている全てのプレイヤーが、街で見てきたプレイヤーとは住む世界が違う。クロカゲさんを説得できれば、この人たち全員が味方入りか……これは逃したくないところだ。
「クロカゲは奥の部屋だ。しっかりやれよ」
「色々とありがとうございました」
甲板でジョノさん、ゲッカさん、フウリンさんと別れ、俺たちギルド【IRIS】の四人は飛空艇の奥へと進む。ギルドマスターとの対談に幹部が口をはさむ事はないらしい。ジョノさんがいないのは心細いが、ゲッカさんが居ないのはありがたいな……って、何失礼なこと考えてるんだ。
俺たちは飛空艇の内部へと入り、短い通路を歩いていく。すると、その視界に異様なものが映った。
この【ディープガルド】ではまず見る事のない東洋の物。和風に拘っている【漆黑】らしい物だった。
「襖ですね……」
「いきなり和風かよ……」
ここがクロカゲさんの部屋だろう。和室に入る時の心得など知らないので、軽くノックして返答を待つ。「どうぞー」と声が聞こえたので正解か。まあ、相手は外国人なので絶対怪しいのだが。
襖を開け、畳の上へと上がる。クロカゲさんは座布団に座って待っており、完全に日本の古き文化を満喫していた。
「ニンジャー! いやー、よく来たネ。さあさあ、座って! オレはいつでもウェルカムだヨー」
俺たちはお言葉に甘えて、座布団の上に腰を下ろす。クロカゲさんは覆面を外し、こちらに心を許している様子。腹を割って話し合おうという事なのだろうか、リラックスしろという事なのか。この人の考えている事はいまいち分からない。
まず、誤解されると困るので、俺は自分がここに何をしに来たのかを伝える。決して、ギルド【漆黑】の圧力に屈したわけではない。
「失礼します。いきなりで悪いのですが、まず話しておく事があります。僕たちは決してギルド【漆黑】に入るわけでは……」
「うん、知ってるヨ。残念だナー。ま、仕方ないネ」
すでにクロカゲさんは、コンタクトの魔石で報告を受けているようだ。俺たちを勧誘したいのは本心だが、強要するつもりはないらしい。これは一先ず安心かな。
そうなれば、彼の目的は他にあるのだろう。まあ、だいたい想像がつく。欲しいのは俺たちの持っている情報だ。
「レンジはオレに協力してほしいんだよネ? じゃあ、この世界で起きている事を話してもらわないといけないナ。話しはそれからだヨ」
「分かりました。物凄く長くて頭がおかしくなりそうな話だと思いますが、ちゃんと聞いてくださいね」
俺は自分の知っている情報を全て話す。死者のデータが【ダブルブレイン】という組織を作っている事。彼らが【覚醒】のスキルを使ってプレイヤーを操っている事。幹部を二人撃破したという事。エルドが敵の中心人物という事。とにかく知っている事を話していった。
そんな中、クロカゲさんはエルドについての話しで食いついてくる。どうやら、彼はエルドに対してライバル意識を持っているらしい。
「エルドが敵なのは厄介だネ。ま、あいつを倒すのなら協力したいかナ。総合ランキングで負けてるのは気に食わないし、オレ以外にあいつを倒せる奴なんて殆どいないしネ」
「一度、あいつの戦いを見ました。はっきり言ってぶっ壊れてます。勝てる気がしませんでしたね」
そう言うと、クロカゲさんは自分以外の強者を挙げていく。
「エルドに対抗出来そうなプレイヤーなら、他に三人心当たりがあるヨ。一人目はディバイン。このゲームでは鋼鉄のディバインって呼ばれてるネ。人海戦術と守りが得意なプレイヤーで、他のゲームでもオレのライバルだヨ」
俺もこの人はよく知っている。彼はギルド【ゴールドラッシュ】を束ねる最重要人物。今は【7net】と戦闘中なのが気がかりだった。
「二人目はビューシア。あらゆるゲームでPK行為に及んでいる覆面プレイヤーだネ。目的が虐殺って言うほど、PKに拘りを持ってるみたいだヨ」
「残念ですが、彼は敵組織の一員です。レベルは物凄く下がってるみたいですけどね」
ビューシアは敵だ。協力をしてもらえるはずがない。期待できるのは三人目だな。
「そして、三人目はヴィルリオ。このネームはオレたちがそう呼んでるだけで、実際はゲームごとに名前を変えてプレイしているみたいだネ。ゲーム内の組織に組して、隙を見てその組織を乗っ取るんダ。そこから一気に追い上げるプレイスタイルみたいだヨ」
ここに来て、初めて聞く名前が出たな。話しを聞く限り、現状は表舞台に一切出ていないプレイヤーみたいだ。このゲームをプレイしているかどうかも怪しい。
だが、一応記憶には止めておく。どこかで会えるかもしれないからな。
話も一段落がつき、俺たちはこの船でログアウトする。クロカゲさんはまだ考え中で、協力するかどうかは未定だ。
明日、再びクロカゲさんと対談する事となる。どうやら、【ゴールドラッシュ】と【7net】の戦闘について気になる事があるらしい。何だか嫌な予感がして仕方がなかった。