107 暗黒ルートを突き進む
ルージュの使った【覚醒】は、敵がプレイヤーを操るために使うスキル。俺は仲間がこのスキルを所持しないように、今まで体を張ってきたつもりだ。
しかし、彼女はこのスキルを使用した。呆然とする俺とは違い、リュイはすぐさま疑問を放つ。
「る……ルージュさん! これはどういう事か説明してください!」
「ボクも知らんわ……! 全く覚えていないが、今は頗る調子が良いぞ!」
「絶対ヤバいルート進んでるじゃないですか!」
【覚醒】の効果により、今のルージュはバーサクの状態。つまり、気分がハイになっている感じだろう。
本来なら、この状態での戦闘はほぼ無意識。ステータスは上がっているものの、滅茶苦茶に暴れまわるだけだった。
だからこそ、敵はその間に精神を操る。はずなのだが……ルージュは俺と同じように、自分の意志で動いていた。
「安心しろ……! ボクは超新星として生まれ変わった! さしずめ暗黒ルージュ、いや暗黒物質ルージュと名乗った方が良いか……」
「名前からして闇落ちしてますよ! 暗黒ルート突き進んじゃってますよ!」
リュイの突っ込みが冴え渡る。しかし、今はふざけている状態ではない。ルージュの事は不可解だが、それより【漆黑】に追い詰められた状況を打開したいところ。
こちらが【覚醒】を使用したことにより、彼女たちはこちらを警戒する。その目は完全に、弱小プレイヤーに向けられたものではない。
「また複雑怪奇な……やはり彼女たちの世代は危険ですね」
「暗黒物質ルージュ……まさか、敵の伏兵? なら、油断は必要なイ!」
ゲッカさんは様子を見るように、アイの攻撃をかわしている。一方、ルージュと向き合うフウリンさんは完全に本気だ。相手を探るような真似をせず、特別なスキルによって勝負に出る。
これは意外だな。てっきりゲッカさんの方がヤバい人かと思ったが、彼女の方がそれを凌ぐヤバさだった。
「限定スキル【鬼神】!」
「限定スキル……!」
フウリンさんの頭に小さな角のようなものが生える。そして、周囲に赤い炎が燃え上がり、彼女の体へと纏わりついた。
俺の【奇跡】やハリヤーさんの【海鳴】と同じ限定スキル。しかも、これは完全に戦闘特化の限定スキルだ。
どう見ても、絶対に戦っちゃいけないタイプの奴だろうな……彼女の声質は、この世界の精霊に近いものだった。
『今の私は暴走状態に入っタ……さしずめ鬼神フウリン、いや鬼神的フウリンと名乗った方が良いカ……』
「対抗してきましたよこの人! 頭の中が同レベルですよ!」
リュイは悠長に突っ込んでいるが、生憎俺にはそんな余裕はない。たぶん、俺もアイやルージュと同じように、かなり精神がトリップしているな。頭が真っ白で、とても冷静な判断が出来る状態じゃなかった。
しかし、アイは想定外の事態が起きた方が冷静になるようだ。今まで戦いを楽しんでいたようだが、ここに来て普段の彼女に戻る。剣を交えるゲッカさんに、スキルの詳細を求めた。
「スキル【鬼神】とは……」
「バーサクの上位状態異常、鬼神モードになるスキルです。フウリンさんはあのスキルを使いこなせていません。あのルージュというプレイヤー、無事では済まないでしょうね」
「そんな……!」
それを聞いた途端。俺はルージュを取り押さえることを決める。敵ではなく、あえて味方の方を狙うのには理由があった。
暴走状態になっているフウリンさんと違い、彼女の方は本人の意思で戦っている。それに加え、【覚醒】を使用している相手なら、こちらも【覚醒】を使用できるはずだ。俺を取り押さえている忍者を振り払い、この場を収めてやるさ。
「ルージュを止める……! 【影縫いの術】は突破させてもらいます!」
「流石にターゲットをゲームオーバーにするのは不味いですね。仕方ありません」
任務に支障が出るのか、ゲッカさんはアイを振り払ってフウリンさんの元へと走る。おいおい、この場面はルージュを抑えるべきじゃないのか? いや、フウリンさんは暴走状態だったな。恐らく、彼女を止めるには武力で打ち負かすかないという事だろう。また面倒な事態だ……
とにかく、そっちはゲッカさんに任せて俺はルージュを止める。まずはこちらを拘束する邪魔な忍者二人を振り払ってやるさ!
「スキル【覚醒】!」
「スキル【初発刀】」
俺は上昇した能力をフルに活用し、忍者の【影縛りの術】を引きちぎった。驚く彼らを尻目に、一気にルージュの元へと走る。それと同時に、ゲッカさんの先制スキルがフウリンさんに一撃を与えた。
上司が仲間の制止行動に出たことにより、忍者四人がその支援に出る。こうなれば、もはや対立どころではない。完全に、ギルド【IRIS】、ギルド【漆黑】が仲間同士で戦っていた。
そんな中、俺はルージュと向き合う。場が混乱した状況でも、彼女は武器を収める気はない様子。当然、こちらもスパナを構えざるおえなかった。
「いい加減にしろルージュ! これ以上戦っても、【漆黑】との隔たりが大きくなるだけだ!」
「ふん……! だからどうした! レンジ、ボクたちは特別なんだ! そんな奴らの力なんて必要ないだろ!」
やはり、様子がおかしい。【覚醒】のバーサク状態によって、自分の感情に素直になってるな。
ここは冷静に対処しなくてはならない場面。しかし、俺の頭は既に真っ白になっていた。怒りに身を任せて、幼い彼女を怒鳴りつける。
「ふざけんなガキが! 特別だったらどうした! 絆を断ち切るぐらいなら、最強のスキルなんざドブに捨てちまえ!」
「レンジさん!」
叫ぶ俺の腕を何者かが掴む。侍の少年リュイだった。
忍者たちがフウリンさんを押さえに出たことにより、彼も解放されたらしい。瞳を潤ませながら、必死に俺を宥める。
「貴方まで冷静さを失ったら、誰がこの場を収めるんですか! 僕を不安にさせないでください! 訴えますよ!」
「あ……ああ……悪かったよ」
そうだ……今はヴィオラさんもバルメリオさんもいない。俺がしっかりしなくちゃどうするんだ。自分が思う最善手段でこの場を収める。まずは、冷静にルージュを対処しなくちゃいけない。
今の彼女はバーサク状態。会話で気を逸らしながらゆっくりと近づく。そして、隙を身ながら万能薬をぶっかけるだけだ。何も難しい事ではなかった。
「ルージュ、冷静になってくれ。リュイも心配してる」
「うう……」
俺は懐にアイテムを忍ばせつつ、ルージュに近づいていく。それと同時に、アイとリュイが俺をサポートする態勢に入った。
彼女を警戒しつつも、不意にゲッカさんたちの方を見る。彼女たちは人数に物を言わせ、炎を身に纏うフウリンさんを追いつめていた。これなら安心だろう。あとは、ルージュを止めるだけだ。
俺の説得が通じたのか、少女の動きが止まる。俺は安堵の表情を浮かべ、ほっと胸をなでおろした。
しかし、それは完全な油断だ。突如、ルージュの目の色が変わり、こちらを睨みつける。敵意を感じた時には、すでに詠唱の体制に入っていた。
「ぼ……ボクの邪魔をするな! スキル【雷魔法】サンダリス!」
「やっべ……」
よくよく考えたら、バーサク状態の彼女に会話が成立するかは微妙。そういう状態異常と割り切るべきだった。
ルージュのメイスから放たれる強力な雷。甘んじて受け止めようと覚悟した時だ。
「スキル【小夜曲】魔法攻撃力を低下させる」
俺が雷を受ける瞬間、そのダメージを和らげる曲がカーディナルの村に響く。これは、吟遊詩人の能力低下スキルだった。
攻撃を受けつつも、俺は曲が響いた方を見る。するとそこには、小刀を口にくわえ、三味線を奏でる男が立っていた。
大柄で褐色肌、優雅な吟遊詩人のイメージとかけ離れた風貌。ゲッカさんたちと同じく、服装は和服だ。彼は俺たちに目もくれず、フウリンさんを取り押さえる忍者四人を睨み付ける。
「ゲッカとフウリンを抑えるのがお前たち四人の役目だろう。このざまは何だ」
「すいませんジョノさん……」
総合ランキング7位のジョノさん。ようするに【漆黑】最高幹部のご登場というわけだ。
彼は以前、俺たちの捕獲を拒否している。ギルドマスターのクロカゲさんに意見でき、なおかつ人に同情するほど血が通っていた。他の幹部より安心感があるな。
新たな敵を視認し、バーサク状態のルージュが攻撃に出る。中途半端に正気なのか、【小夜曲】の影響を受けない物理攻撃を仕掛けた。
「スキル【振り上げ】……!」
「スキル【交響曲】攻撃力を低下させる。スキル【協奏曲】防御力を低下させる」
【交響曲】によって威力の下がったメイスを彼は右手の小刀によって受ける。そして、左手の三味線によって更なる音楽を奏でた。
相当にスキルの使用速度が早い。これは【素早さup】のスキルを鍛えてるな。
「物理特化の魔法職がお前だけだと思うなよ。スキル【二連撃】」
「ふぇぇ……」
動きの鈍い魔道士に対し、小刀による攻撃に出る。【二連撃】、その名前の通り二回連続で攻撃するスキルだ。当然、吟遊詩人がデフォルトで覚えるスキルではない。お店で買うスキルだった。
ルージュのメイスを防ぎつつ、ジョノさんは斬撃でダメージを与えていく。彼の左手には三味線、右手には小刀が握られている。恐らく、ラプターさんと同じ【両手持ち】のスキルを鍛えているのだろう。
「そうだ……ジョノさんは決闘ランキング3位。闘技場での成績はギンガさんを上回っているんだ……」
三味線によって能力低下スキルを奏でつつ、小刀による斬撃でライフを削る。同じ吟遊詩人でも、ヴィルさんの戦い方とはまるで違っていた。
彼は決闘ランキングの上位プレイヤー。対人戦に特化された根っからの戦闘狂だ。
小刀によって切り捨てられ、ライフギリギリで取り押さえられるルージュ。そんな二人の戦闘をアイはぞくぞくとした表情で見つめていた。まさか、ジョノさんと戦いたいとか言い出さないよな。それは流石に止めさせてもらうぞ……
しかし、予想した展開になる事はなく、この場は一先ずの収束が付く。ジョノさんはルージュの身柄を忍者の一人に任せ、俺の方へと歩いてきた。
流石に戦う気はないがルージュは解放してほしい。そう話を付けようとした時、彼の口から意外な言葉が出る。
「レンジだったな。マーリックから伝言を預かっている。『幸運あれ』とな」
一瞬、言葉の意味が分からなかった。しかし、すぐにこれが道化師マーリックさんの計らいだと気付く。
彼はギルド【漆黑】の諜報員として、ずっと俺たちを監視していた。しかし、行ってきたサポートは全て独断。助けられてきたという事実は変わらない。
今回だってそうだ。これはマーリックさんが恵んでくれたチャンス。ギルド【漆黑】と友好関係を築く機会は今しかない。ここで踏み込まなくてどうするんだ!
「分かりました。ジョノさん、ギルド本部まで同行します。手厚く迎えられるんですよね?」
「当然だ。客人には誠意で答える」
俺の答えに対し、ジョノさんは不敵な笑みを返す。初めから彼が来ていれば、余計な戦闘にならずに済んだのにな。
この判断に対し、アイは驚きの声を上げる。確かに、普通なら横暴なギルド【漆黑】など信用できないだろう。俺だって完全には信じていない。
しかし、ここで繋がりを断ち切れば前進できないのも事実。皆には納得してもらうしかないな。
「れ……レンジさん! 良いんですか!?」
「ああ、これが最善だ」
「ですが、敵に屈するわけには……」
「敵じゃない。俺が味方に変える」
俺は少しイラついていた。勝手なことをするアイやルージュに対して、この状況に何も出来ない自分自身に対して……
まずはヴィオラさんに連絡して、落ち着いてからルージュと話し合う。更にその後、ギルド【漆黑】との対談。これは忙しくなりそうだ。