106 真紅の覚醒
キーパーソンである俺を狙うギルド【漆黑】。俺たちはそのメンバーに取り囲まれていた。
敵は侍のゲッカさん、格闘家のフウリンさん、そして忍者のプレイヤーが4人。全員上位のプレイヤーで間違いないだろう。
しかし、リュイはその中の一人、ランキング8位のゲッカさんと面識がある様子。彼女はリュイと同じ侍のジョブを選んでいる。その関係で知り合う機会があったのかもしれない。
「リュイ……! こいつの事を知っているのか!」
「はい、これでも元【漆黑】のメンバーですから」
ルージュの質問に対し、彼はとんでもない事を暴露する。まったく、気になどしていない様子。明らかに、さらっと言えることじゃないだろ!
「おい、初耳だぞ! 何でそんな大事なことを隠していたんだ!」
「別に隠していたわけではありません。一週間でやめてしまったので、話す必要はないと思いました」
確かに、話したところで別にどうという事はないか。親交を深めていたのならともかく、一週間の付き合いで終わったのなら無関係に等しい。会話に出なかったも仕方なかった。
だが、ここに来てようやく、リュイがどうやって俺たちに遭遇したか読めてきたぞ。あの、オリーブの森での出会いは、ギルド【漆黑】から抜け出した直前だったんだな。
彼はさらなる詳細を俺たちに話していく。
「今だから言えますが。僕、友達がいないんです」
「知ってた」
「他より技術が高いのを鼻にかけて、ギルド【漆黑】では孤立してました。居づらくて堪らず逃げ出しましたね」
「知ってた」
こいつが俺たちの元に転がり込んだ理由は大方予想通り。一カ月近くなって、ようやく本人の口から説明が入ったか。この一カ月で随分と素直になったものだ。
リュイの事が気に入っていたのだろうか、ゲッカさんは上機嫌で刀を構える。こちらに対する殺意は無くなったが、武器を収めるつもりはないらしい。
「リュイさん、貴方なら私との実力差は分かるはず。素直に尋問に下ってください」
「僕は良いんですけどね。女性二人の方が少々肉食系で……」
俺もリュイに同意だ。無駄に足掻いてゲームオーバーになるぐらいなら、こいつらのゲームに付き合ってやるべきだろう。現状の彼女たちは中立という立場。顔色を伺って穏便に解決したいところだ。
しかし、戦闘狂でポンコツなアイが止まるはずがない。彼女は拘束スキルを使用し、この包囲網を突破しようと試みた。
「スキル【まつり縫い】! さあ、今の内に逃げますよ!」
「諦めない気持ちは良いが、今回ばかりは無茶があるぞ!」
見えない糸が、四人いる忍者の一人を拘束する。おいおい、たった一人止めて何になるんだ。この人たちに加え、8位のゲッカさんと9位のフウリンさんもいるんだ。逃げ切れるはずがないだろう!
この行動が狼煙となり、ギルド【漆黑】との交戦が始まってしまう。こうなったら成るようになれだな。ゲームオーバーを避けつつ、突破を試みるしかない。
行動可能な三人の忍者が、一斉にアイを取り囲んでいく。これにより、俺とリュイが包囲網から解放された。
流石の彼女も上位プレイヤー三人を相手にすることは出来ないだろう。俺はそう思っていた。
しかし、そんな俺の背筋に恐ろしいほどの悪寒が襲う。一瞬、新たな敵が現れたのかと思ったが何てことはない。悪寒の正体は、アイが放つ尋常ではないほどの殺気だった。
「スキル【仕立直し】、邪魔な補助効果は削除させていただきます……」
大針を一振りし、三人の内の一人から防具の効果を取り除く。だが、たった一人の防具を封じたところで何になるんだ。この状況を打開できるはずなんて……
「忍者でありながら、随分と重い防具を使用していますね。変体構成の盾役でしょうか? ブロッキングの補助効果が付与されていると見ました。申し訳ないですけど、まずは貴方から機能停止させていただきます」
「何だよこいつ……スキル【空蝉の術】!」
可憐な美少女、しかも生産職の仕立屋が大針を片手に迫ってくる。これにはターゲットにされた忍者もたじたじだろう。俺だってこんなの混乱する。
しかし、それでも彼はランキング上位。即座に回避率を上昇させる【空蝉の術】によって、盾役としての機能を果たす。見た目はモブキャラだが、絶対俺より強いな。
この忍者が行った行動は模範解答だ。現状行える最善の手段だろう。相手がアイでなければ……
「【空蝉の術】……死にスキルですね。雑魚にしか効きませんよ……」
「なっ……!」
彼のスキルに対して、アイが行った行動は無視。【空蝉の術】によって重なって見える敵に対し、彼女は正確に攻撃を放っていった。
幻覚など、この少女には全く無意味。勘と経験により、ぼやける標的のクリティカルポイントを正確に貫いていった。もう、お前は滅茶苦茶すぎる。好きにやってくれ……
「嘘だろ……」
「こいつ、バカみたいに強いぞ!」
拘束が解けた一人を含め、見物している忍者三人が慌てている。俺とリュイも空いた口がふさがらなかった。
相手もクナイによって対抗姿勢を見せている。しかし、それらの攻撃は全てジャストガードによって防がれている様子。これは、こいつら助けに入らないだろうな……関わりたくない気持ちで一杯なのが分かった。
「悪戦苦闘ですか……下がってください。彼女は私が仕留めます」
忍者四人が逃げ腰なのを察し、侍のゲッカさんがアイの前に立つ。それと同時に、忍者たちは俺たちの方へと戦闘態勢を取った。
アイの戦闘が気になるが、こっちも何とかしなくちゃならないな。幸い、格闘家のフウリンさんは以前としてやる気なしだった。
「とにかく、もう戦闘は避けられない。スキル【起動】!」
「そうですね……ギリギリまで粘ってみましょう!」
俺はロボットに乗り込み、一人の忍者へと殴りかかる。
アイがあんなに簡単に追い詰めたんだ。もしや、こいつら意外と雑魚なんじゃないか? そんな淡い期待を込めた通常攻撃。当然、簡単に回避される。
「スキル【分身の術】」
拳を避けた忍者が二人に増えた。どう考えても嫌な予感しかしない。
彼と分身は同じ動きをし、両方共が大きく息を吸い込む。とっさに、俺はガードの体制を取った。
「スキル【火遁の術】」
彼らは口から灼熱の炎を吹きかける。これは魔法に近い攻撃なのか、全くガードが出来ていない。VIT(魔法防御力)が低い俺は大ダメージを受けてしまった。
炎にまぎれて、もう一人の忍者が何らかのスキルを発動させる。この時点で、俺は抵抗を諦めた。どう考えてもムリゲーだ。
「スキル【影縫いの術】」
【まつり縫い】と同じ拘束スキルによって、俺はロボットごと動きを封じられた。真っ黒い影に縛り付けられ、振り払える気がしない。
すまん、アイ。やっぱり駄目だった。全然雑魚じゃなかった。
流石に一人一人が強いな。俺たち弱小ギルドで対抗できるはずがない。規格外のぶっ壊れアイちゃんにはついて行けなかった。
【起動】を解除し、ロボットから降りた俺に忍者二人が声をかける。
「大人しくしておいた方が良いぞ。あの女マジでヤバいからな……」
「ゲッカの奴は本気だ。素直に従った方が良いぜ」
「あ、意外と普通なんですね……」
覆面忍者は意外と普通のプレイヤーでした。リュイの方を見ると、彼も別の忍者に捕まっている。これは、このままの方が安全だな。
しかし、アイは全く止まらない。ゲッカさんとガチガチなバトルを繰り広げていた。
「なるほど……貴方がクロカゲさんの言っていた『ジョーカー』ですか」
「じょー? かー?」
「奇奇怪怪、弱小ギルドの弱小プレイヤーが、一ヶ月も満たないうちに上位のプレイヤースキルを身に付けたと聞きます。ギルド【IRIS】に優れた指導者が存在しているのは明白。私はギルドマスターのヴィオラさんだと睨んでいましたが……」
ゲッカさんは大針をガードしつつ、目の前の敵を睨みつける。
「貴方がジョーカーなのは確実。いったい何者……」
「私はアイ、ただのゲーム廃人ですよ!」
そうか……俺たちが異様に強くなったのは、全部こいつのおかげだったのか。
そりゃそうだ。VRMMOを初めて間もない俺が、上位プレイヤーにたどり着けるはずがない。そこに規格外の存在がいるのは明白だったんだ。
そして、その規格外に指導を受けた奴がもう一人。
「貴様……! アイから離れろ! ボクが相手だ!」
「ルージュさん来ちゃダメです……!」
今までずっと様子を見ていたのだろうか、ここに来て魔導師ルージュが参戦する。
しかし、何だか様子がおかしいな。こいつの性格だったら無鉄砲に突っ込むか、怯えて動けないかのどちらかだ。このタイミングで支援に入るのは、どうにも違和感がある。
まるで、俺とリュイが捕まるまで待っていたような。そんなありえない可能性が俺の頭をよぎる……いや、ピンチを救う演出をしたかったのか? それならあり得るか。
「無理無体ですね。フウリンさん、露払いをお願いします」
「アイヤー、弱い者いじめは嫌いなんだけどナ……」
アイにカウンタースキルを放ちつつ、ゲッカさんがフウリンさんに指示する。獣耳の格闘家は頭の後ろに腕を回し、気乗りしない様子で前に出た。
彼女は右手を前に出すと、掌を自分に向けちょいちょいと動かす。これは、カンフー映画でよく見る挑発だな。「かかってこい」という事だろう。
ルージュは口を三角に尖らせ、ジト目でフウリンさんを見つめる。そして、メイスを華麗に振り回し、そのまま一気に殴りかかった。
「スキル【兜割り】……!」
「スキル【発勁】!」
しかし、フウリンさんの対応は早かった。彼女の手から放たれる衝撃波が、ルージュをその場から吹き飛ばす。唯の衝撃波ではない。その攻撃は赤く燃える紅蓮の炎だった。
【炎属性威力up】を鍛えた属性特化か。以前戦ったハクシャとは違い、自分からは積極的に動いてはいない。同じ格闘家でも、全く違う型と見ていいだろう。
この攻撃により、ルージュは大ダメージを受けてしまう。彼女の耐久で一発耐えれれば充分だ。頼むから、これ以上動かないでくれよ。
しかし、その願いは通じなかった。ルージュは興奮した様子で目を輝かせ、すぐに次なる攻撃の態勢に出る。おいおい、一体どうしたんだよ。お前、こんな性格だったか? これじゃあ、まるでギンガさんじゃないか……
「ふん、中々やるではないか……! だが、貴様など宇宙の塵に等しい事を教えてやる!」
「お……おいルージュ……」
やはり、おかしい。最近のルージュは作ったキャラクターが前面に出すぎている。
彼女はずっと恐怖を我慢して戦ってきた。しかし、今のルージュは自信に満ち溢れ、恐怖など断ち切っている様子。まるで、理想の自分を本物にしたかのように、彼女は堂々と戦いの場に立っていた。
やがて、この少女が普通ではない事を確信する決定的な瞬間が訪れる。
「スキル【覚醒】……!」
「なっ……!」
そのスキル名を叫んだ瞬間、ルージュの瞳に三角帽子のシンボルが浮かび上がった。
俺がよく知っている、敵の野望を打ち砕く希望のスキル【覚醒】。ゲームオーバーにならなければ手に入らないそのスキルを彼女は発動した。つまり、そういう事なのか……
アイやリュイ、【漆黑】のメンバーも状況を飲み込んでいなかった。なぜ、どのタイミングでルージュが【覚醒】持ちになったのか理解できない。
それに、彼女は全く操られていない様子。俺と同じように、自身の意思でこのスキルを発動したのだ。
笑うルージュに、冷や汗を流す他のプレイヤー。俺は一体、どうすればいいんだろうか……