105 七転八倒
今日は水曜日、小人の村カーディナルに入ってから三日目。ダンジョン探索を終えた俺とアイ、リュイ、ルージュの四人は村のベンチで休んでいた。
月曜日と火曜日の二日間でみっちりレべリングを行い、俺のレベルは36へと上がる。クリムゾン炭鉱のダンジョンもそれなりに階層を進めており、良いアイテムも大量に手に入れた。このあたりで装備を整えた方が良いかもしれない。
「そう言えば、いまだにアクセサリーが炎の護符だったな。いい加減に変えるか……」
「炎の護符はどうにも出来ませんが、猫耳バンドはさらなる改良を加えましたよ!」
そんなことを言っていると、アイが【小物製作】のジョブで作った新しい猫耳バンドを取り出す。当然俺は彼女の誠意を受け、手作りのアクセサリーを受け取った。最初は嫌がっていた猫耳バンドだが、ここまで使い続けていると愛着が湧くな。
「ありがとう、なにか改良を加えているのか?」
「はい、今回は状態異常耐性より能力の上昇に力を入れました。全ての能力が少しづつ上がる附属効果です」
廃人のアイからしてみれば、やはり俺は状態異常耐性を無駄に上げすぎなのだろうか。まあ、そう思われても仕方ないよな。
俺はゲームを進めるより【ダブルブレイン】との衝突に備えている。そのため、何としてでも【覚醒】のスキルを使いこなしたい。とにかく、バーサクの効果を抑えに抑えて、常に正気でいられるようにしなくてはならないのだ。
アイには悪いが、やはり俺は【状態異常耐性up】のスキルを鍛え続ける。スキルレベルの最大値まであと少し、ここまで来たら完全な形にしたかった。
俺は新しい猫耳バンドを装備し、もう一つのアクセサリーを買うために装備屋へと向かう。しかし、そんな俺の視界にプレイヤー同士の決闘風景が映った。
「す……スキル【振り上げ】!」
「スキル【流刀】」
巨大なメイスを振り上げ、リュイを攻撃するルージュ。そんな彼女の攻撃を、リュイは受け流しスキルによって軽く流してしまう。いつ見ても、こいつの戦い方は美しいな。
攻撃を回避しながらも、日本刀はルージュのライフを確実に削る。相手の攻撃をいなしつつ、流れるように切り裂く【流刀】のスキルか。やはり、リュイの方が実力は上のようだ。
「こいつら村の真ん中で何やってるんだよ……また、ルージュのわがままか?」
「いえ、どうやらリュイさんの方が勝負を挑んだみたいですよ」
「……え?」
あのリュイがルージュに決闘を挑んだという事か。普段、そんな意味の分からない事をするような奴じゃないんだがな。これは雨が降るかもしれない。
決闘を踊るように楽しんでいるルージュと違い、リュイの方は真剣その物だ。負ければ死ぬと言わんばかりに、彼は必死に技を繰り出していく。少し、様子がおかしかった。
互いに接近戦となり、徐々に戦いはヒートアップしていく。
ルージュは一切の怯みなく、新たに購入した突きの汎用スキルを繰り出す。当然、この攻撃はノーモーションの魔法へと繋がるだろう。それが、この少女の強みなのだから。
「スキル【真空突き】! スキル【雷魔法】サンダリス!」
リュイはメイスによる突きを受けた後、雷の魔法をその身に受ける。ダメージは以外にも大きい。だが、彼はすぐにカウンタースキル発動へと移った。
「くっ……スキル【抜打】」
リュイの使ったスキル【抜打】は受けた相手のダメージをそのまま返す技だ。物理の場合【虎一足】、魔法の場合は【袖摺返】を使った方がそれぞれ威力が高い。【抜打】は与えるダメージに期待できない代わりに、物理にも魔法にも対応していた。
この場面でこれを使ったという事は、リュイはルージュの行動を読めていないという事だ。物理と魔法のどちらで攻めるか分からず、結果このスキルを選ばざる負えない状況となった。これは、完全に押されているな。
怯んだ彼は体勢を立て直すために後ろへと下がる。しかし、おバカなルージュでもこの行動はしっかり読んでいたらしい。
「スキル【氷魔法】アイスリス……! スキル【ぶん回し】!」
「魔法から物理に繋げますか……!」
後退するリュイの足もとに凍結魔法が放たれ、その動きを止める。更にそこから、武器を振り回すスキルによって強力な殴打が繰り出された。攻撃に迷いがないため、実際より随分と速く見えるな。
巨大なメイスが少年の体に叩きつけられ、ライフを大きく削る。想定外の攻撃に焦ったからか、彼は防御に移れず滅多打ちにされてしまった。
こうなってしまえば、勝敗は決したようなものだろう。リュイは降参を選び、決闘は終了となった。
「ま……参りました」
「ルージュさんの勝ちですね」
地面に膝を落とす彼の元に、すぐにルージュが駆け寄る。決闘システムのため、実際にライフは減っていないが心配なのだろう。彼女はリュイに向かって手を差し伸べた。
「大丈夫かリュイ……!」
「大丈夫です。お強いですね。驚きましたよ」
ルージュの手を握り、少年は立ち上がる。体の方は大丈夫だが、結構ショックは受けているみたいだな。まさか、こいつがルージュに抜かされるとは思ってもみなかった。
しかし、結果が出てから納得する。ここ最近、彼女の成長は目まぐるしい。何度かの挫折を味わい、強くなるために工夫を行っているルージュは立派だった。
それに加え、彼女は大切な記憶を賭けた実戦にも参加している。この少女の参入があったからこそ、マシロの魔法を止めることが出来たのだ。本当に師匠に追いつく勢いだな。
「ルージュさん! 凄いです! かっこ良かったですよ!」
「ほ……本当か! よーし、もっと頑張るぞ……!」
アイにおだてられ、てれるルージュ。しかし、決して天狗になってはいないようだ。更なる精進に励むらしい。
精進と言えば、リュイの方も相当頑張っていたな。俺はこいつをずっと天才肌だと思っていたが、最近になって気づく。彼は典型的な秀才。とにかく、鍛錬に勤しむタイプだった。
俺やルージュと違って敵との交戦は少ないが、いまだにレベルは俺たちよりも上。既にノランのレベルに迫っており、パーティーの前衛として機能していた。
リュイには何か言うべきだろう。励ましの言葉は尊厳を傷つけてしまうので、冷静に事実を問えばいい。それが一番、心の整理になるだろう。
「リュイ、焦っているのか?」
「そうですね。多少、焦っています」
以外にも、リュイは冷静だった。ちゃんと自覚があり、それを隠そうとはしていない。少し前の意地っ張りでプライドの高い彼からは想像出来なかっただろう。
少年は嘘偽りなく、自らの心の丈を話していく。俺を信用してくれているのが分かった。
「皆さん、敵と交戦して成果を出しています。ですが、僕は何もしていません。それに、ルージュさんの急成長も相まって、自分が遅れを取っていると感じます」
「スプラウトの村ではお前に助けてもらった。何もしてない何て事はない」
俺は彼から助けてもらっている。勇気もあるし、実力だって充分だろう。何が足りないかと聞かれると普通すぎるところか? 口が裂けてもそんな事は言えないが。
リュイは俺よりも心がしっかりしており、誰かの支えも励ましも必要なかった。自ら立ち上がり、自ら進むべきを示す。本当に真っ直ぐで汚れのない奴だ。
「心配不要です。更なる精進を続けるつもりですから。ライバルが強いほど、僕も燃えますからね」
「お前ってさ……メンタル最強だよな」
「まさか、ただ開き直ってるだけですよ」
美しい日本刀のように、彼は研ぎ澄まされている。単純に強いわけではなく、こういう志がしっかりした奴はギルドに必要だ。俺はこいつの強さに勇気を貰っているのだから。
俺たちはアクセサリーの店に入り、各自必要な物を購入する。
俺は防御力をそれなりに上げるドワーフの腕輪を選び、タンクとしての役割を重視する。今まで何度も助けられてきた炎の護符はここでお別れだ。何だか物寂しいが……
「レンジさん、せっかくですからドワーフの腕輪に炎の護符を合成しましょうか。そんなに効力はありませんが、気分的にその方が良いですよね?」
「凄いなアイ。俺の事はお見通しか」
「はい! 私はレンジさんの事なら何でも知ってますよ!」
若干怖いことを言っているが、スルーしておこう。炎の護符を合成すれば、ドワーフの腕輪に炎耐性微弱強化が付く。効力は相当に低いが、無いよりはマシなのでお願いする方向となった。
そう言えば、俺も【小物製作】のジョブを持っていたな。これを強化する暇があるなら【機械製作】に力を入れたい。お前は死にスキルだ成仏してくれ。
本日二度目のダンジョン攻略を始めるため、俺たちはカーディナルの村から出ようとする。しかし、何やら村の様子がおかしい。見たこともないプレイヤーの団体が押しかけているのだ。
村の出口付近に集まる多数の忍者。誰を見てもそこらのプレイヤーと違うのが分かる。間違いなく、100位以内の上位プレイヤーだった。
「不味いぞ……あいつらは……」
「いたぞ! ギルド【IRIS】だ!」
忍者の一人と目が合った瞬間。あっという間に数人のプレイヤーに取り囲まれる。間違いない。こいつらはギルド【漆黑】のメンバーだ。
今はヴィオラさんやアスールさんと別行動をしている。まったく、最悪のタイミングで最悪の奴らが現れたものだ。アイとルージュは動揺しつつ、それぞれ武器を構えた。
「レ、レ、レ、レンジさん! これは一体どういう事でしょう!」
「こ……こんな奴らボクが返り討ちにしてやる!」
「やめておけって、この人たちは普通のプレイヤーだ。大人しくしておけばゲームオーバーにされない……たぶん」
俺はここ二日間で【漆黑】対策を考えていた。戦いにならない限り、ワープの魔石によって街の移動が出来る。この人たちに戦う気がなくなれば、すぐにアイテムを使用して逃走できるのだ。
普通のプレイヤーが、他のプレイヤーを好き勝手に束縛できるはずがない。出来るのは精々脅し程度だろう。今、この人たちが行っているのは単なる脅しだ。
やがて、多数の忍者を掻き分け、二人の女性が姿を現す。一人は片言を話す獣耳の格闘家。もう一人は瞳に桜の花びらが映る侍だった。
「ニイハオ、私はフウリン。ギルド【IRIS】の皆さんこんにちハ!」
「問答無用、彼らに挨拶など必要ありません」
両手を合わせ、フウリンと名乗る女性が挨拶を行う。そんな彼女とは違い、もう一人の女性はいきなり戦う気満々の様子だ。これは、随分とおっかない人だな……フウリンさんには彼女を抑えてもらいたかった。
アイとルージュには武器を収めてもらいたい。この二人は総合ランキング8位と9位の猛者。それ以前に、100以内のプレイヤーに囲まれている状況だ。俺としては、話し合いで解決したいところだった。
さて、どう動くのがベストだろうか……俺はあらゆる策を練っていく。しかし、この場はまさかの方向へと傾いていった。
「一期一会……というわけでもなかったですね。リュイさん」
「出来れば会いたくなかったですよ。ゲッカさん……」
なんと、あのおっかない侍とリュイが知り合いだったのだ。ゲッカという女性に対して、彼は露骨に嫌な顔をする。これはまあ、相当嫌われているかな。
だが、ゲッカさんの方はリュイに敵意を抱いていない様子。むしろ、彼を認識してから少し朗らかになっているようにも感じる。
これは何とかなる……のか?