103 セラドン平原の戦い
初ログインから二十二日目。俺とアイ、リュイ、ルージュの四人はクリムゾン炭鉱のダンジョン攻略を進めていた。
指定されたモンスターを探して討ち取る討伐とは違い、攻略はあてもなくダンジョンを突き進むゲーム。階層が下がるごとにモンスターが強くなり、ポイント毎にボスモンスターが現れる。まさに、これこそがRPGという感じだろう。
「そろそろボスですよ。気を引き締めてください」
「不自然に広いから分かるな」
階層を進めていくと、いかにもボスがいそうな広い空間に出る。山積みされた石炭に、何本もはしるトロッコの線路。恐らく、採掘の作業空間だろう。
リュイの警告に従い、俺たちはそれぞれの武器を構えた。前衛の多いパーティーだが、アイは【回復魔法】を習得している。これさえあれば随分と安定するだろう。
やがて、ダンジョンの奥から大型のモンスターが現れた。
『コヴォー!』
「結局コボルトかよ!」
スコップを装備し、黄色いヘルメットをかぶった大きなコボルト。さしづめビッグコボルトと言ったところか。完全にグラフィックは使い回しだ。
俺はすぐにスキルによる自己強化を行った。
「この広さなら使える。スキル【起動】」
「私はサポートしますね。スキル【使役人形】」
俺がロボットに乗るのと同時に、アイは後衛向けのペットジョブ【使役人形】を使用する。これは制作した人形をスキルレベルに応じた数操るジョブだ。
エルブの村で会ったバルディさんは四体使役していた。相当なレベルだったのだろう。あんな事件が起きたのは本当に惜しかった。
「スキル【衛生】。ペットスキルでリンチにしてやる。ルージュとリュイは攻め込んでくれ」
「りょ……了解だ!」
俺は敵のスコップ攻撃をガードしつつ、隙を見て小型ロボットを制作する。アイの人形も合わさり、ペットキャラクターは二体。単純な体当たりしか出来ないが、囮には充分だった。
「スキル【兜割り】……! からのスキル【土魔法】クレイ!」
空を飛ぶ人形に翻弄されるコボルト。そんなモンスターの脳天にルージュのメイスが炸裂し、追い打ちで土が下方から殴りあげる。
これだけでも見事だが、彼女は止まらなかった。まるで踊るように更なる追い打ちを打ち込む。
「スキル【薙ぎ払い】……! からのスキル【風魔法】ウィンディス!」
「す……凄いなルージュ……」
今度は敵を薙ぎ払ってからの風属性中位魔法だ。どうやら、風属性が敵の弱点だったらしく、大きくライフを削る。まさにルージュ無双だ。
リュイはそんな彼女の気合に、振り回されているように見える。しかし、なんとか冷静になり、敵のスコップを刀で受けた。
「スキル【虎一足】」
侍の基本ジョブで、上手くカウンターを決める。この調子なら余裕で突破出来るだろう。それほど、俺たちの勢いは凄まじかった。
アイが【回復魔法】でルージュたちをサポートしている間に、俺はコボルトから距離を取る。そして、持て余したMPをレザーに変えて掃射した。
「スキル【光子砲】!」
光の帯は敵モンスターに命中し、そのライフを全て削り取る。これで勝負は決し、ボス戦は終了となった。
やはり、俺たちは強いぞ。アイやアスールさん、ラプターさんとのトレーニングはしっかり成果が出ていた。
「リュイ……! 楽しかったな!」
「は……はい」
ルージュの異様なテンションに、リュイは完全にたじたじだ。微妙に様子がおかしいように感じるが、元気な方が良いだろう。
それに、彼女の言うようにこのゲームは楽しい。今はこのレベリング作業に幸福を感じるな。ギルドとは本当に良いものだった。
「レンジさん、ずっとこんな日が続くと良いですね」
「嫌なフラグを立てるな!」
アイから出た言葉は、高確率で楽しい日が続かないフラグだ。物凄く恐ろしいので、やめていただきたい。
俺はこういうフラグというものを結構信じていたりする。昔から危険な雰囲気は感覚的に分かるが、これもそういう物なのだろうか。
ボスを倒し、さらにダンジョン攻略を進めていく。モンスターのレベルも上がり、トロッコを使った謎解きも増えてくる。ガンガン突き進むことは出来ないな。
俺たちは低速のトロッコに揺られつつ、次のフロアを目指す。そんな時、ふとディバインさんの事を思い出した。
「そう言えば、ディバインさんは大丈夫かな……」
「本部のステラさんに聞きましたが、王都に無事戻ってきているみたいですよ」
「でかしたリュイ。良かった……」
そう言えば、俺たちのギルド本部も王都ビリジアンだったな。最初からステラさんに調べてもらえば良かった。
どうやら、クロカゲさんとは和解したか、振り切ったらしい。これで一安心かな……
「レンジさん、安心するには早いですよ。そろそろ始まるんですから」
「始まる?」
「まったく、忘れたんですか。【7net】との戦争ですよ」
リュイに言われて思い出す。そう言えば、厄介な事件が控えているんだったな。
ここまで来たら、ディバインさんも引き返せないだろう。どっちが悪いというわけではないが、俺は彼に勝ってほしかった。
ディバインさんは何度も俺を助けてくれた恩人だ。それに、彼が敵に操作されれば勝てる気がしない。ただ、勝利を祈るのみだった。
「どっちが勝っても【ディープガルド】が揺れるな」
「はい……」
アイも不安げな表情をする。こればかりは俺たちにどうにか出来る問題ではない。全ては上位プレイヤーの行動次第だった。
【グリン大陸】王都ビリジアン、【ゴールドラッシュ】ギルド本部。王都の中央にそびえ立つ、ビリジアン王宮の中にそれは組み込まれていた。
王宮を守護する巨大ギルド。これがディバインの作った【ゴールドラッシュ】の設定だ。
全てはNPCとの取引次第。結果さえ出せばこんなギルドを作ることが出来るのだ。
そんなギルド本部で二人の戦士が話す。一人は【ゴールドラッシュ】のギルドマスターディバイン。そして、もう一人は副ギルドマスターのランスという男だった。
彼はディバインの後輩で、槍を武器とした攻撃型の戦士だ。元々は【ゴールドラッシュ】の鉄砲玉と言われた存在で、相当に無茶なプレイングをしていたことで知られている。
しかし、今のランスは落ち着いていた。ギルドのNo2に抜擢されたことにより、責任感というものが生まれたのだろう。彼は誠実な態度でディバインにある会話を投げた。
「先日、【漆黑】のギルドマスタークロカゲと交戦したようですね。無事帰還して何よりです」
「ああ、決着はお預けだ。代わりに油断するなと警告を受けた」
そんなクロカゲの警告に対し、ランスはほくそ笑む。
「油断するな? 冗談でしょう。相手はこちらより少人数、戦闘技術は殆どが素人レベル。何より、ヒスイという優秀な指導者を自ら切り捨てたらしいじゃないですか。勝利は決まっていますよ」
彼の言い分は正しい。【7net】は低級プレイヤーが中心の遊び人ギルド。今まで上位陣に対抗出来ていたのは、ヒスイという優秀な人物がいたからこそだ。
彼はどんなに卑怯で汚い手を使おうとも、自らのギルドを大きくしようと努力してきた。そんな彼が姿を消したことにより、【7net】は完全に烏合の衆となっている。
しかし、それでもディバインは一切の油断をしていない。彼はあることを危惧していた。それは、【ダブルブレイン】たちによる【覚醒】の強制だった。
「だが、お前も知っているだろう。【覚醒】のスキルによるプレイヤーの暴走事件だ。私たち【ゴールドラッシュ】は【7net】のゲリラ攻撃により、多数のプレイヤーが【覚醒】保持者にされている」
「信頼を置けるプレイヤーはバーサク対策を行っていますよ。逆に【覚醒】によるパワーアップは利用できます。まあ、指示に従わない一部のプレイヤーは知りませんがね」
「なら、良いのだが……」
ディバインの指示に従う優秀な上位プレイヤーは、既にバーサク対策を行っている。例え【覚醒】保持者になろうと、効果が発動すればステータスが上昇するだけだった。
万全だ。抜かりは何一つない。この勝負、勝利は決定したようなものだろう。ディバインは安心して、前線の指揮をランスに任せた。
「ランス、お前には世話になっている。最前線を任せられるな?」
「無論です。【7net】など返り討ちですよ」
気を引き締めるディバイン、勝利を確信しているランス。この両方のズレが、この場に不穏な影を落とす。戦いの行方など誰にも分かるはずがなかった。
今、大きな戦争が幕を上げる。
東軍には王都自警ギルド【ゴールドラッシュ】。西軍には情報掲示版ギルド【7net】。【7net】は農村の村エルブより、ビリジアンの王宮へ攻め入る形となる。
迎え撃つは【ゴールドラッシュ】No2であるランスとその騎士団。強靭な戦士を中心とした防衛軍で、その殆どがランキング上位。レベルの方も全員が50を超える猛者ばかりだった。
そして、王宮に控えるのはギルドマスターのディバイン。決闘ランキングで初代一位を取った闘技場の英雄と呼ばれる存在。当然、負けなしだった。
人員、プレイヤースキル共に【ゴールドラッシュ】有利。それに加え【7net】はギルドマスター不在の烏合の衆。勝敗は決まったようなものだった。
それでも【7net】は一切の怯みはない。彼らには強大なバックアップがあったのだから……
「良いねー! オイラたち、全く手を汚さずに進んじゃってるじゃん。この戦い、まさかの結末が待ってるとも知らずにねー」
ビリジアン王宮のバルコニーにて、【ダブルブレイン】のリルベは笑う。地上のプレイヤーたちを見下し、全てを支配する存在。それはあまりにも幼い一人の少年だった。
なぜ、【ゴールドラッシュ】と敵対している彼が、そのギルド本部であるビリジアン王宮にいるのか。それこそが、この戦いの勝敗を決める大きなカギであった。勿論、ディバインはこの事実を知らない……
農村の村エルブより進軍する【7net】を【ゴールドラッシュ】はフィールドであるセラドン平原にて食い止める。この平原こそが戦いの最前線だった。
セラドン平原の戦い。それはVRMMO史上最大の事件となり、後に語り継がれる事となる。プレイヤーだけではなく、この大規模な戦闘はNPCすらも巻き込む形となった。
そして、ついにある存在も動かざる負えなくなる。
【ディープガルド】運営……今まで知らぬふりをしていた巨大な存在が、ついに重い腰を上げる事となった。