102 レベル4
俺とアスールさん、リュイの三人は、現実時刻の18時にログアウトし19時に再ログインする。
ここ、クリムゾン炭鉱は採掘作業中のダンジョン。人間やドワーフが野生のモンスターを退けつつ、魔石や石炭を掘っては運んでいる。他で会ったNPCより遥かにパワフルだった。
出てくるモンスターはジャイアントバット、ゴーレム、コボルト、コボルトナイト、コボルトメイジ、コボルトロード。とにかくコボルトだらけだった。
シャベルや剣、杖を持った可愛らしい子犬が何匹も襲い掛かってくる。こいつらを倒すのは心苦しすぎるぞ……ここが本当の地獄だったんだな。
「ワンワンがー! ワンワンがー!」
「レンジさんうるさいです。声が響きますし恥ずかしいですよ」
「すまん……」
リュイに言われ、NPCのドワーフに滅茶苦茶見られている事に気づく。おい、こっち見るな小っさいおっさん。こう、ダンジョンにNPCが歩いていると戦いづらくて仕方がないな。
人数が少ない事もあり、道中はかつてないほどに苦戦する。こんなところでゲームオーバーになるわけにもいかない。アイテムをケチることなく、フルに使って丁度いいぐらいだ。
苦労の甲斐もあり、レベルは一気に二つ上がる。34レベルとなって新しく【整備】のスキルを習得し、戦闘中でのロボット修復が可能になった。要するに回復スキルという事だが、短期決着型の俺のマシンには有用ではなさそうだ。
道中、錆びついたトロッコに乗って絶叫し、何とかカーディナルの村に辿り着く。色取り取りの水晶が映える村で、それらがこの空間を照らしている。レネットやセレスティアルもそうだが、精霊の村は美しい所ばかりだった。
【ディープガルド】時刻は昼の12時。俺たちは村の食堂に向かい、そこでヴィオラさんたちと待ち合わせを行う。少しすると、ギルド【IRIS】の女性チームが現れ、ようやくメンバー全員が揃う。いや、アスールさんは正体を隠してパーティーに入っていたから、全然懐かしくはないか。
アイはギルドを抜けたバルメリオさん……もとい、アスールさんとの再会を喜んだ。
「バルメリオさん! やっぱり帰ってきてくれたんですね!」
「いや、バルメリオは死んだ。俺はアスールだ」
プレイヤーキラーであるバルメリオは死んだため、アスールさんは完全に無罪となる。これでギルド【IRIS】の悩みは一つ解決したかな。一件落着だ。
彼が帰ってくると信じていたルージュも満足げに見える。彼女は腕を組むとドヤ顔で頷いた。
「ぼ……ボクは帰ってくると信じていたぞ!」
「そうか、だがバカ呼ばわりしたのは許さんからな」
「ふぇっ……!?」
そう言えば、本人がいないのを良いことにルージュは滅茶苦茶言ってたな。実際はアスールさんとして侵入していたのでバレバレだが。
アスールさんは珍しく笑顔で、彼女の頭を軽くグリグリする。少女は嫌がりながらも、何だか楽しそうに感じられた。本当に微笑ましい、平和その物と言った感じだ。
しかし、アイはどうにも解せない様子。元気いっぱいなルージュに対し、変なことを聞く。
「ルージュさん、何だかさっき様子がおかしかったようですが……何かあったんですか?」
「まったく何もないぞ……! 大丈夫だ!」
「そう……ですか……なら良いんです!」
彼女は笑顔で返すと、それ以上の詮索は控えた。俺は少し前のルージュを知らないが、本人が大丈夫と言っているなら問題ないだろう。今の彼女は悩みがあるようには見えないしな。
俺たちは昼食を取りつつ、今日一日で起きたことを話していく。イデンマさんを撃破したこと、アルゴさんがこの世界を追放されたこと、ディバインさんが【7net】と戦闘を行うこと、そしてギルド【漆黑】に追われていること……とにかく色々ありすぎて話すのが大変だ。
また、ヴィオラさんの方もビューシアと接触したことを話していく。あちらも色々あったんだな。
「とにかく、あのビューシアって子はヤバいわ。レベルは相当低いみたいだけど、それが逆に怖いわね」
「うー……あんな男の人に、レンジさんもルージュさんも渡しません!」
アイはビューシアという男に敵意を燃やしている。また、彼を尊敬するアスールさんは複雑そうな表情をしていた。最強のプレイヤーキラー、どうしてそんな奴が【ダブルブレイン】に加担しているのか。本当に謎だらけだった。
話しが纏まると、目立ちたがりの女ノランが声を張り上げる。どうやら、会話を自分のペースに持っていきたいようだ。
「はーい! じゃあ、これからどうするの? 戦争止めちゃう? 敵組織をやっつけちゃう?」
「どっちも無理ね。最優先するのは、アルゴって子が知った情報を調べる事でしょうね」
ヴィオラさんは敵の情報を探ることを提案する。俺もそれに同意だ。アルゴさんが調べたことを無駄にしたくないしな。
しかし、リュイは他に優先したいことがあるらしい。彼が気にしていたのはギルド【漆黑】の動向だった。
「ですが、僕たちは今追われている身です。ギルド【漆黑】が諦めたとは思えませんし、下手に動くことは出来ないと思います」
「なら、調査をしつつここでレべリングね。【漆黑】は空中要塞ギルドだし、身を隠すなら地下が良いわ」
この作戦に同意し、当分はここカーディナルでレべリングを行うことになる。俺たちはレベルも足りていないので丁度いいかもしれない。
そろそろ、初ログインから一カ月。流石に今のままのレベルでは力不足だった。
深夜、【グリン大陸】の王都ビリジアン。人気のない自然公園で僧侶の少女が泣きじゃくる。目隠しをした【ダブルブレイン】、マシロだった。
そんな彼女を宥めるのは、獣の被り物をした少年リルベ。彼らはイデンマの消滅を知り、こうして作戦会議をしている所だった。
「イデンマァ……イデンマァ……」
「まったく、マシロ姉ちゃん元気出してよ。こうなるのは覚悟してたでしょ」
マシロはイデンマに可愛がられていたため、そのショックも大きい。しかし、リルベの言うように、こうなる事は覚悟の上での計画だ。今更、後戻りなど出来るはずがない。
二人が話す中、眼鏡をかけた科学者ルルノーは考える。イデンマが一人で英雄様のお気に入りを処分すると言った時、止めるべきだったのではないのかと……
「やはり、止めるべきでしたか。嫌な予感はしていたんですが……」
「ま、仕方ないねー。イデンマ姉ちゃんも強情なところあるし」
止めたところで、イデンマが従うとは思えない。リルベが言うように、これは回避できない事だった。
しんみりとした空気が漂う中、この場に新たなメンバーが現れる。黒い鎧に身を包んだ戦士、ビューシアだった。
『強者が残り、弱者が消えるだけです。何を悲しむ必要がありますか……』
「うっわ、ビューシア兄ちゃん空気読めてないねー。オイラも人のこと言えないけど」
彼はレベルが低いため、あまり後半の大陸には移動できない。会議の場所を【グリン大陸】に移したのも合流のためだろう。人数が少なくなったので、無理にでも参加者を増やさなければならないのだ。
ビューシアはからかうリルベを無視し、ルルノーに話しを持ち出す。それは、彼が楽しむための余興の一つだった。
『そんなどうでも良い事より、面白い話を持ってきましたよ』
「面白い話しとは」
ゲスなビューシアの言葉を聞き流し、ルルノーは疑問を返す。大人の対応だ。
話しに食いついたことを察したのか、戦士の男は鎧の下で醜悪な笑みを浮かべた。
『たしか、レベル4の実験材料に素体が欲しいと仰っていましたね。丁度いい素体を手に入れました……』
レベル4、【覚醒】を使用したプレイヤー操作における最終段階だ。
レベル1、ゲームオーバー時にNPCデータを送り込み記憶を抹消する。レベル2、バルディやカエンのように【覚醒】保持者にし、バーサクを使用させることで記憶を操作する。ただし、レベル2はただの暴走。革命のためと歌い暴れる事しか出来なかった。
レベル3、セレスティアルの街に投入した操り人形。操作は完璧だが、能力はレベル2より下がっているように感じられる。ゾンビのように意思を持たない人間が、強い能力を発揮できるはずがなかった。
レベル4は特別だ。厳選したプレイヤーにのみ、その使用が許される。
「今の候補は影響力を考え、【ゴールドラッシュ】のNo2である戦士ランスさん。戦闘力を考え、【エンタープライズ】の銃士ラプターさんを選んでいますが……それらに並ぶ逸材がいるのでしょうか?」
『そんな雑魚より、よっぽど面白いプレイヤーです』
上位プレイヤーをも凌ぐ逸材、ビューシアはその存在をゲームオーバーにしていた。全ては英雄様のお気に入りと遊ぶために……
『ギルド【IRIS】の魔導師ルージュ』
「ええー!?」
彼の発言に対し、当然リルベが驚きの声を上げる。この少年はギルド【IRIS】を落とそうと計画していたが、何度も失敗していた。こうも簡単に達成されるのはどうにも納得できない。
「なんで! どうやってゲームオーバーにしたの! 英雄様のお気に入りやヴィオラって奴もいるのに!」
『私の力があれば、それらを退けるのも容易い……』
全く質問への答えになっていないが、リルベは納得するしかなかった。この男は最強のプレイヤーキラー、ビューシアなのだから。
彼は嬉々と自らの思想を語っていく。人間の意思こそが、彼にとって最も評価すべきものだった。
『他の操作に興味はありません。私が求めるのはレベル4ただ一つ。プレイヤーの意思を捻じ曲げ、悪その物へと変貌させる……』
「それだけではありません。貴方から頂いたレンジさんの情報、それを元にNPCエネルギーを強化に使いました」
ルルノーが付け加えると、再びリルベは驚きの声を上げる。ずっと納得できていなかったレンジの超強化。その謎がついに解明されたのだ。
「ええ!? 英雄様のお気に入りが超パワーアップしたの、解明できたんだ!」
『はい、NPCの記憶エネルギーが、意思を持って彼を支援したのが原因です。同じことは出来ませんが、真似事なら出来ます。勿論、難しいので厳選したレベル4にしか使用できませんが』
眼鏡のずれを直し、ルルノーは自慢げに語る。【ダブルブレイン】もやられっぱなしではない。反撃の手段はいくらでも揃っていた。
これからこの【ディープガルド】は大きな戦場となる。その先駆けとなるのが王都自警ギルド【ゴールドラッシュ】と情報掲示板ギルド【7net】の衝突だ。
リルベは一人、ビリジアン王宮へと歩いていく。【ゴールドラッシュ】のギルド本部に向かうためだ。
「みんな頑張ってるし、そろそろ本気出さないとね。この戦争を支配するのはこのオイラさ!」
イデンマという指揮官を失ったため、代わりに彼が動くことになる。次の一週間で、この【ディープガルド】は大きく変わるだろう。No2ギルド【ゴールドラッシュ】、いよいよ地に落ちる時が来たのだ。
リルベは内側からの操作を狙う。全ては大いなる計画のためだった。