101 知らぬが仏
アイ、ヴィオラ、ルージュ、ノランの四人は、小人の村カーディナルで待機していた。
ここ、カーディナルはドワーフという精霊の住む村で、クリムゾン炭鉱の奥に存在している。当然炭鉱の中なので、空は見えないし太陽の光もない。人間にとって住みづらい環境だが、大地の精霊であるドワーフたちにとっては過ごしやすい空間だ。
ギルドマスターのヴィオラはコンタクトの魔石を使って、アスールと連絡を取り合う。今までずっと通信拒否されていたが、ここでようやく彼の方から連絡があった。
「今、アスールちゃん……もとい、バルメリオと通信が繋がったわ。計画通りイデンマって子を倒して、今こっちに向かってるみたい。全く人騒がせなんだから……」
「だが、これで幹部を一人撃破だ。俺様もサポートした甲斐があったぜ」
薔薇の花をくわえ、男ノランは前髪をかき上げる。彼はアスールたちの計画に参加しており、事の概要を把握していた。ここに来るまでに作戦の全貌を話し、ずっと連絡を待っていたがこれで一安心だろう。
しかし、レンジたちがこちらに向かっている事から、下手に動くことは出来ない。ルージュは今後の計画についてヴィオラに問う。
「こ……これからどうする!」
「この村が敵に襲われたのは事実だし、調査は続けるわ。手ぶらで帰るわけにもいかないし」
カーディナルの村が【ダブルブレイン】によって一度滅ぼされたのは紛れもない事実。本来はその情報をもとに訪れたバルメリオと接触するのが目的だったが、今となっては不必要だ。単純に、【ダブルブレイン】たちの動向を探るための調査を続けるのが得策だろう。
アイは周囲をキョロキョロと見渡し、村人たちの行動を探る。低身長で髭をたずさえた男性のドワーフ。特に不自然な部分はなく、懸命に宝石の目利き作業を行っていた。
「見たところ、今は平和そのものですね。数日前に消失事件があったとは思えません……」
「まあ、全部運営が直したんでしょうね。消えちゃった魂は戻らないでしょうけど」
この村に起きた事件をヴィオラは冷静に考察する。あまり気持ちのいい話ではないが、恐らくこれで間違いないだろう。
場の空気が重くなると、すぐにノランが口を挟む。
「そういう話しはやめにしようぜ。このノラン様、せっかくハーレムを味わって気分が良いんだ」
「せ……性別不明が何を言う!」
ルージュにつっこまれると、彼は【防具変更】のスキルを使用する。アイドル衣装へと変わった彼女は、完全に女の子。これで、このギルドは女性グループへと変わった。
ヴィオラは呆れつつもギルドメンバーに指示を出す。
「じゃあ、二手に分かれて調査……と言っても買い物とか観光とかしましょうか。私はルージュちゃんと行くから、アイちゃんとノランちゃん? の二人で行動して頂戴」
「分かりました!」
アイとノランの二人は仲良く村の商店街へと歩いていく。一人性別不明なところに目をつぶれば、仲の良い友達同士のように見える。どちらも交遊的な性格なので馬が合うのかもしれない。
そんな二人を見送ると、ヴィオラはルージュの手を引いてその場を移動する。取りあえずは、必要なアイテムを買い揃える予定だ。
新しい鎧を購入するため、ヴィオラとルージュの二人は村の防具屋に訪れる。
ここ、カーディナルはドワーフの村。ドワーフという種族は体は小さいが力持ちな種族だ。また、手先も器用で、発掘以外も鍛冶も非常に得意だった。
そのため、カーディナルは中盤に訪れる村だが、高性能な武器や防具が揃っている。上位レベルのヴィオラでも充分に満足できる品揃えだった。
ルージュは棚に並べられている鎧を興味津々に見つめる。どれも重くて頑丈そうな作りだ。
「カッコいい鎧だな! ボクも装備できるかな……?」
「やめときなさい。魔導師は鎧の適性スキルを覚えないから、重くてステータスが下がるだけよ」
武器や一部の防具には適正スキルというものがある。戦士や剣士以外が鎧を装備しても効果は期待できない。このゲームの基本中の基本だった。
結局何も買わず、二人は防具屋を後にする。村を歩きながら周囲を観察するが、やはり平和そのものだ。これでは、まったく調査になっていない。
ヴィオラは両手を頭の後ろに回しつつ、気だるそうに街を歩いていく。
「それにしても、本当に唯の買い物ね」
「平和が一番だ……!」
物足りなさそうな彼女とは違い、ルージュは戦いなど望んでいない。正義感は強いものの、本当は臆病で億劫な性格だった。
ルージュが戦う理由は、師匠であるギンガに認められるため。そして、仲間から見限られることへの恐怖心からだ。自分が弱い事など知っている。彼女は今よりも強くなりたいと心から思っていた。
やがて、そんな彼女の心を見据えているかのように、一人のプレイヤーの声が響く。
『平和が一番……はたして、本当にそうでしょうか……?』
身を潜めることなく、そのプレイヤーは白昼堂々と二人の前に姿を現した。漆黒の鎧で身を包む戦士の男。【ダブルブレイン】メンバー、最強のプレイヤーキラービューシアだ。
彼は人混みなど気にせず、普通のプレイヤーのような態度を取っている。それも当然、彼は他の【ダブルブレイン】とは違い普通の人間なのだから。
「貴方は、ビューシア! 何しに来たの……レンジなら居ないわよ!」
『結構、今日はルージュさんと話しに来たのですから……』
ヴィオラを振り払い、ビューシアはルージュの方を見る。どうやら、彼が狙っているのはレンジだけではないようだ。
『ルージュさん、貴方は自分に自信がないので本来の性格を出せない。力を持たないので、力ある者の真似事をしている。違いますか?』
「……え?」
突如、そんな事を聞かれ混乱するルージュ。質問の意図がよく分かっていないらしい。しかし、焦る彼女を追いつめるかのように、ビューシアの尋問は続く。
『ですが安心してください。貴方には才能があります。私と同じ真っ黒な心を持つ貴方ならば、邪魔者を排除するほどの力を手にすることが出来る……そう、貴方には悪が相応しいのです』
勧誘とも取れる発言。もしくは、小ばかにしているのだろうか。何にしても、ルージュにとってはあまり気持ちの良い話しではない。彼女はすっかり萎縮してしまい、何も言い返すことが出来なくなってしまう。
「うう……」
「ルージュちゃん、聞く耳持っちゃダメよ。あの子、レンジにも似たようなこと言ってたの。こうやってこっちのペースを乱す作戦なんでしょ」
そんな少女の手を握るヴィオラ。年上の彼女がいる事で、萎縮していたルージュも勇気を振り絞る。言い返さなければ、敵は図に乗るだけだった。
「ぼ……ボクは貴様の思い通りにはならない!」
『構いませんよ。思い通りにならない方が面白い……私はそう思いますから』
そう、ビューシアが返した瞬間、ルージュの表情が変わる。どうやら、この言葉に何かが引っかかったようだ。
そんな彼女の変化に気づいたのか、鎧の男はそそくさとこの場を後にする。後を追うことも出来たが、ヴィオラはあえてそれをしなかった。ルージュの身を案じての判断だ。
赤い魔導師は一人で考える。最初にビューシアの言った本当の心ついて。そして、最後に言った何かが引っかかる言葉。頭は良くないがそれでも必死に考える。
「どうしたのルージュちゃん」
「な……何でもないぞ!」
心配するヴィオラに笑顔を返し、ルージュは再び商店街を進む。無理をしているのだろうか、元気が空回りしているようにも感じられた。
ヴィオラと別れ、ルージュは一人宿屋で休息を取る。このゲームに疲れはない。彼女が取っている休息は心の休息だった。
しかし、特別気に病んでいるというわけではない。ただ、ビューシアの言った言葉が引っ掛かる。だからこそ、ルージュはただ真剣に彼女の言葉を振り返っていった。
「うーん……」
「ルージュさん、何か考え事でしょうか?」
そんなルージュの元にアイが合流する。どうやら、偶然この場所に訪れたようだ。彼女の顔を見ると、少女は先ほどの一件を素直に打ち明けた。
「ビューシアって奴に会った。ボクが師匠の真似をしてるから、本当は真っ黒なんじゃないかって」
「なっ……そんな人の言葉なんて信じちゃダメです! ルージュさんはルージュさんなんですから、正義も悪もありません!」
悩むルージュの手を握り、アイは親身になって励ます。
「大丈夫です! ルージュさんには私が付いていますから! 絶対にあんな人には渡しません!」
「アイ……」
やはり、彼女は天使のようだ。ルージュにとって、アイは掛け替えのない友人であり頼れる先輩でもあった。少し天然で口が悪い所があるが、包容力があって戦闘も強い。ルージュがこのギルド【IRIS】に入ったのも、アイのおかげと言っても過言ではなかった。
また、彼女にとってもルージュは大切な存在らしい。ビューシアというどこの馬の骨かも分からない者に、思うようにさせるはずがなかった。
「ルージュさんは私の大切な友達です。ギルドに入れたときは、酷い事をしちゃましたけどね」
「ギルドに入った時……ふぇ!?」
アイによって落ち着いたルージュだったが、その言葉を聞くと再び表情が変わる。少女はさらに何かを考えていく。そして、考えれば考えるほどに、その顔は青ざめていった。
彼女はついに気づいてしまったのだ。気づいてはいけないことに……
「どうしましたルージュさん。何だか顔色が悪いみたいですけど……」
「だ……大丈夫だ……」
アイの顔を見たルージュは、ゆっくりと後ろへ下がる。そして突如走りだし、宿の外へと飛び出した。
「ちょ……ちょっと用事が出来た……!」
「え? ルージュさん!」
アイとして見れば全くわけが分からないだろう。彼女が唖然としているうちに、ルージュは風のように商店街の方へと走っていく。
少女が探すのはギルドマスターのヴィオラ。今頼ることが出来るのは彼女だけと言っても過言ではない。それほど、今気づいたことは重要なことだったのだ。
ルージュは油断していた。ここはNPCのドワーフやプレイヤーが混在する商店街。敵に襲われることはまずないと思っていた。今まで【ダブルブレイン】は表に出ないように暗躍していたのだから。
しかし、敵の方も形振り構っていられない。ルージュは絶対に知られてはいけない事を知ってしまった。何としてでも、ここで排除しなければならない。
『気づいてしまいましたか……やれやれです……』
真っ黒い鎧を身に纏った戦士ビューシア。彼はルージュの前に立ち塞がり、鎧の下から鋭い眼光を向ける。どうやら、ヴィオラに会わせてくれる気はないらしい。
商店街を走る少女は、その足を止めざるおえなかった。この村はダンジョンの奥にある精霊の住む村。自警ギルドの手は伸びていないため、大事にならない限り誰も助けてくれない。何より、敵が手を出さない限りは、支援を求めることも出来なかった。
『口は災いの元とはよく言いますね。貴方はレンジさんの次に気に入っていたのですが……こうなってしまったのなら仕方がありません』
剣を構えるビューシア。闇組織の一員である彼が、人前で戦闘を行うことになる。鎧の下からでも、このプレイヤーの焦りが感じられた。
大声で叫べば誰かが助けてくれるかもしれない。しかし、ルージュは頭が真っ白になっているため、それを実行することが出来なかった。上唇を噛みしめ、物寂しい表情でビューシアを睨む。
「ボクは……私は認めない……!」
『貴方が認めずとも、これが現実なんですよルージュさん。所詮、私たちは人なのですから……』
今のルージュにいつもの演技は無かった。巨大なメイスを握りしめ、それを敵へと突きつける。衝突を避ける事など出来ない。もう、戦うしかなかったのだ。
これが、この少女にとって大きな機転となる戦い。赤い魔術師ルージュ、始まりの戦いだった。