100 漆黑の翼
突如、荒野に現れた巨大な飛空艇。そして、そこから降りてきた謎の忍者。
こっちは一戦終えて一息ついた時なのだが、相手は全く容赦してくれない。まあ、それを狙っての行動なのかもしれないが。
金髪に覆面の忍者は俺を指さし、軽いノリで言葉を放つ。忍者なのに全く忍ぶ気がない様子。
「ヘイボーイ! レンジだネ、知ってるヨ。エルドのベストフレンド」
「ど……どうも……」
気さくで良い人のようだが油断は禁物だ。実際、ギルド【漆黑】はあまり良い噂を聞かない。彼らは勝てば何でもいいと言わんばかりに、手荒い手段でライバルをねじ伏せてきた。半端な気持ちでゲームをしているわけではない。生粋の廃人ギルドと言えるだろう。
そんな彼らに対し、当然ディバインさんが臨戦態勢を解くはずがない。むしろ、目の前に立つ忍者に対し、さらに警戒を強めていた。
「クロカゲ……」
「話しは聞いてたヨ。ディバイン、相変わらず頭かったいネー」
やはり、彼はギルドマスターのクロカゲさんだったか。二人は闘技場でも戦っている。顔見知りなのは当然だ。
しかし、互いの仲は悪いように感じる。ライバルギルド同士、ある意味では敵対関係と言っていい二人。この場が穏便に済むはずがなかった。
ディバインさんはいつも以上に威圧的な態度で要件を問う。
「何をしに来た」
「スカウトかナ。今このゲームを動かす話題のプレイヤーに興味があってネ。それに、ディバインと会いたかったシ」
そう言うと、クロカゲさんはこちらに視線を向けた。
「レンジ、キミにはゲームの才能があル。弱小ギルドに収まる器じゃないヨ。最強ギルド【漆黑】に身を投じて、更にプレイヤースキルを身に付けるべきだネ。この【ディープガルド】だけじゃなく、全てのVRMMOで頂点を目指す資格があるんだかラ」
「断ります。アイやヴィオラさんに殺されますからね」
俺は別の目的があってこのゲームをプレイしているんだ。彼らのような廃人に付き合ってはいられない。
そんなことを言えば、またノランに「見下している!」って怒られるだろう。しかし、実際この世界で求めている物にズレがあるのは事実。共に行動できるはずがなかった。
しかし、クロカゲさんは逃がしてくれそうもない。彼は両方の手を合わせ、その人差し指を立てる。忍者がよく行う結印のポーズだった。
「ニンニン、それは困るナ。こっちもキーパーソンは抑えておきたいんだよネ」
彼の手の中にはコンタクトの魔石。これで仲間に連絡したのだろう。すぐにギルド本部からの増援が送り込まれてくる。
巨大飛空艇から飛び降りる新たな人影。彼らは着地と同時にクロカゲさんの周囲を囲んでいく。三人という少数だが、その中に弱者はいないようだ。明らかに全員ヤバい奴だろう。
三味線を装備し、エルフ耳で褐色肌の男。長身で物静かな雰囲気だが、ジョブは吟遊詩人かと思われる。
限定パーツだろうか、瞳の中に桜の花びらが映る女性。日本刀を装備しているので、ジョブは侍で間違いない。
丸い髪飾りを付け、長い獣のような耳の女性。武器がないので恐らく格闘家だろう。
三人とも服装は和風。ギルド【漆黑】に詳しくない俺に、ディバインさんが簡単な説明をしていく。
「総合ランキング7位、吟遊詩人のjono。総合ランキング8位、侍の月華。総合ランキング9位、格闘家のフウリンだ」
「クロカゲさん含めて上位プレイヤーが四人……冗談じゃないですね」
さっきまで不可思議な存在と対峙していたが、一気に現実に戻された気分だ。今目の前にいるのはイデンマさんたちデータとは違う。紛れもなく、人間が操作するプレイヤーだった。
10位以内のプレイヤー四人からの注目を受けるこの状況。【ダブルブレイン】の奴らを相手にする時とはまた違った威圧感を感じる。
完全にビビってしまった俺に同情したのか、吟遊詩人のジョノさんがクロカゲさんに悪態をつく。
「廃人勢が一人のプレイヤー追いつめるってのはどうなんだ。少しやりすぎじゃないか?」
「百花繚乱、彼らの世代は危険なプレイヤーが多い。油断禁物でしょう」
そんな彼の意見を侍のゲッカさんが一刀両断した。彼女は瞳の桜吹雪を輝かせ、俺を執拗に観察してくる。
あまり危険なプレイヤーと判断されたくないし、警戒は解いてもらわないと困るな。俺はへりくだった態度で彼女に言葉を投げてみた。
「貴方たち上位のプレイヤーに評価してもらえるなんて、こちらとしても光栄ですよ」
「慇懃無礼、薄っぺらい言葉は必要ありません。どの道、貴方は逃げられませんので」
まあ、誤魔化せないよな。このゲッカという女性、何だか雰囲気がリュイに似ている。やはり、マーリックさんのジョブ占いは当たるのだろうか。本当に侍らしい性格だった。
この増援により、マーリックさんの役目は完全に終わる。彼はクロカゲさんにお辞儀をし、ワープの魔石を取り出した。
「では、わたくしはこれにて失礼いたします。友人同士の争いは好みませんので」
「オッケー、任務ご苦労さン」
彼はこちらにアイコンタクトをする。「メンゴ! あとは頑張ってね!」的なアイコンタクトだろう。ふざけんな!
クロカゲさんと三人の【漆黑】プレイヤーが武器を構える。それと同時に、ディバインさんがスキルを発動させた。
「じゃあ、ディバイン。行くヨ!」
「スキル【守護の盾】」
この瞬間、彼は【漆黑】メンバー全員の注目の的となる。【挑発】など比べ物にならないほど、ヘイトを集めているな。おまけに防御力も上がっている。かなり上位のスキルだと推測できた。
ディバインさんが盾を構えているうちに、俺とアスールさんは走り出す。目指す場所は炭鉱の街カーディナルだ。
「ディバインは置いていく。つべこべ言うなよ」
「分かりました。ディバインさんの強さと、クロカゲさんの良心を信じます」
俺たちは後ろを警戒しつつ、荒野ひたすらに走る。とにかく、ログアウトポイントを目指すだけだった。
クロカゲさん、ゲッカさん、フウリンさんはディバインさんと向き合う。しかし、吟遊詩人のジョノさんだけは戦おうとしていない。
「クロカゲ、やっぱ俺はパスだ。追いかけっこだったらお前ら三人でやってくれ」
「良いヨ。オレはディバインと戦いたいから、ゲッカとフウリンでレンジを追ってネ」
クロカゲさんの言葉と同時に、ゲッカさんとフウリンさんがディバインさんを振り払う。これは非常にまずいぞ。
普通のプレイヤー相手に【覚醒】を使うことは出来ない。最上位二人を振り切る事が出来るだろうか。普通に考えたら無理だな。
幸いゲッカさんは侍、攻めるのは苦手。格闘家のフウリンさんも遠距離スキルが乏しい。
「速戦即決、レンジさんでしたか。この刀の錆と消えてください」
「捕獲捕獲、消しちゃダメだかラ!」
コントをしつつ、8位と9位が追ってくる。俺たちは視線を前だけに集中させた。危険だが、振り返る余裕もなかったのだ。
やがて、ゲッカさんが数少ない遠距離スキルを使用してくる。
「先手必勝、スキル【浮雲】!」
スキル【浮雲】は動く敵に大ダメージを与える衝撃波。技の発動と同時に動きを止めれば充分に対処できる。
すぐにアスールさんも気づき、同時に足を止めた。そして後ろへと振り向き、俺は敵のスキルをガードする。その間、アスールさんは銃撃によって敵を牽制していった。
「侍とは何度もトレーニングしています。受け身のそのジョブでは相手を追いつめるのは苦手ですよね?」
「遺憾千万、ならばレベル差と技術で圧倒するだけです」
俺たちは再び走り出すが、こうやって何度も足を止めればすぐに追いつかれる。どうやら、格闘家のフウリンさんは気乗りしない様子で、今はそれに助けられているようだ。ずっとこの状況なのは危険極まりない。
対処を考えていると、アスールさんが目晦ましのスキルを後方に撃つ。
「スキル【フラッシュショット】」
「なるほど、アイテムグレネード!」
周囲を包み込む強力な照明弾。それに便乗して、俺も爆弾を放り投げた。【発明】で作っている暇はないため直接使用だ。
なにも、俺たちは対等じゃない。敵は遠距離戦が苦手なジョブなので、こうやって牽制すればいい。この調子なら何とか逃げれるだろう。あと少しの辛抱だった。
カーマインの街に入り、赤い夕暮れの街並みを走っていく。人混みに紛れて敵を撒くことに成功したが、油断は禁物だ。最強ギルドである【漆黑】は、まさにやりたい放題。街中だろうと平気で暴力行為に及ぶらしい。
アスールさんとの相談で、クリムゾン炭鉱のダンジョンに逃げ込むことに決める。街中でログアウトすれば、宿屋の前で待ち伏せを食らうだけだ。彼らは自警ギルドの前であろうと容赦なく追いつめるだろう。
街外れにある炭鉱の入り口を目指し、俺たちはただ走った。すると俺たちの前に見覚えのある人影が映る。同じギルドメンバーである侍のリュイだった。
「あ、レンジさん! 何とか合流できて……」
だが、彼に挨拶をしている暇はない。俺は少年の小さな手を握り、一緒に走ることを強要する。当然彼は混乱しているが、もたもたしている暇は無かった。
「なっ……! 何ですか!」
「追われている! 話すと長くなるから、今は一緒に走ってくれ!」
「え……ええー!」
前回の二日連続お留守番に続き、今回も意味不明なまま走らされるリュイ。あまりにも不幸だが、こっちも一杯一杯なので仕方ない。とにかく走ってもらうしかないな。
走りながらも、俺は今の状況を説明していく。最初は混乱していたリュイだが、ダンジョンに近づくにつれて落ち着いていく。本当に彼が冷静で助かった。
NPCの男たちが出入りする賑やかなダンジョンの入り口。とりあえず、中に入ってログアウトポイントを目指すしかない。俺たちは構わずクリムゾン炭鉱の中へと足を踏み入れた。
入り口を進んでいくと、何本もの線路が通っている広い空間へと出る。奥に進めば進むほどNPCが少なくなり、モンスターともエンカウントするようになるだろう。今の内に聞きたい事を聞いておく。
「それでリュイ。そっちは何でお前一人でいるんだ」
「日曜日は習い事があるので、途中でマーリックさんと抜けたんですよ。まさかこんな事になっているとは……」
薄暗い炭鉱のダンジョンには、お馴染みのジャイアントバットが何匹も飛んでいる。それらに警戒しつつ、俺たちは奥を目指していった。
流石にもう走ってはいない。あまり派手に動けばモンスターを刺激してしまうからな。
何匹かコボルトとの戦闘を繰り返し、順調にダンジョンを進める。幸い、ヴォルカン山脈の洞窟とモンスターはあまり変わらない。恐らく、進めばそれらの上位種が出てくるのだろう。
正直、三人のダンジョン攻略は相当にキツイ。早急にログアウトポイントに入るのが得策だ。
「コンタクトの魔石でヴィオラに連絡する。今はここのセーブポイントでログアウトし、次のログインでドワーフの村を目指す。そこでギルドメンバーと合流だな」
「分かりました」
アスールさんの提案を飲み、その作戦に決める。流石に【漆黑】メンバーもここまでは追ってこないはず。そろそろ夕飯の時間なので、ログアウトはしたかった。
今日は本当に色々あったな。巻き込まれたリュイも、何だか疲れているように感じられる。
このゲーム疲れというものはない。気疲れのようなものなのだろうか……