99 以後お見知りおきを!
【ディープガルド】時刻は夕方の4時。長い戦いを終え、とりあえずは一息つく。俺は持っていた回復薬を使い、アスールさんのライフを回復させていった。
途中から決闘ではなくなったので、戦いが終わっても自動で回復することはない。荒野のモンスターを警戒し、応急処置をしたほうが懸命だろう。
アスールさんは薬を飲みつつ、貰ったマグナムを見つめる。どうやら、借りた物だと認識しているようだ。
「この銃……」
「返さなくていいですよ。頼まれてましたし」
彼は「しまった……」という顔で頭をかく。どうやら、バルメリオのダブルブレインを捨て、アスールのダブルブレインに移ったことで不備が生じているらしい。今の彼はログアウトしている時と同じ記憶しか持っていないのだ。
「ありがとな。だが、バルメリオの時のことはあまり覚えていない。お前が同じギルドってのは覚えてるが」
こんなに記憶が曖昧にもかかわらず、アスールさんは俺を信じて銃を受け取ったのか。さっき叫んでいたように、本当に大切なことだけは記憶しているのかもしれないな。
「バルメ……アスールさん。僕が銃を作ると知らなかったのに、何で武器を投げると思ったんですか?」
「たしか、絆は変わらない。一人で背負うなと吠えていたからな。こういう時、行動で示すと思っただけだ」
やっぱり、覚えていなくちゃならない事はちゃんと覚えている。何だかんだで、俺たちの言葉はしっかり気にしていたらしい。
しかし、それにしても曖昧な記憶だろう。こんな不透明なものに全てを託して、あんな無茶が出来るものなのだろうか。俺だったら絶対無理だ。
「僕が気付かなかったら終わってましたよ」
「お前なら気づくと思った。俺の目に焼き付いた男だ」
「ホモっぽい」
「ホモじゃねえよ!」
うん、キャラは変わっていないようで安心した。何だよ。散々減らず口を叩いていたが、何だかんだで俺の事信用しているじゃないか。ツンデレめ。
とりあえず、記憶の消去で今後不備が出ることは無さそうか。むしろ、プレイヤーキラーであった時の不都合な記憶がなくなったことを喜ぶべきだろうか。
アスールさんはPKを行っていない。バルメリオの時の行動は完全に黒歴史と言えるだろう。もっとも、本当の黒歴史は現在進行形で作っているが……
「それにしても、そのかっこ……」
「ち……違う! これはノランの奴が好き勝手やったんだ! 断じて俺の趣味じゃない!」
無駄に似合っている女性用の銃士衣装。可愛らしく整っているが、流石にこれはきっついものがある。このままでは非常に危険だ。
アスールさんはベレー帽の下に被ったかつらを取り外す。そして、【ドレッド大陸】の地面へと叩きつけた。
彼は他の装備もバルメリオさんの時に近い物に着替えていく。だが、帽子だけは青いベレー帽のままだった。恐らく、あのカウボーイハットは購入できなかったのだろう。
「しかし、お前らも酷いな。何で気づかないんだ! 絆は変わらないんじゃなかったのか!」
「す……すいません……でも、完成度が高いから仕方ないですよ」
完全に男に戻ったアスールさんは、俺に対して文句を言いだす。確かに、見抜けなかった俺たちも相当酷い。今として見れば少し恥ずかしかった。
誰か一人にでも相談すれば良かったのに、ずっと黙ったままだったな。敵を欺くにはまず味方からという事だろうか。どうやら違うらしい。
「本当はお前ぐらいに話すつもりだったんだが。どんどん言い出しづらい雰囲気になってな……」
「お気の毒に……」
「こうなったのも、俺とディバインの接触をノランに見られたせいだ。身を隠したいと相談したら暴走しやがって……」
隠れてこんな事をやって、絶対ノランは楽しんでいただろう。まあ、今回はあいつのおかげで敵を欺けたんだ。解せないが認めるしかなかった。
俺たちの会話が止まると、それを見計らったディバインさんが話しに入る。今回の戦いで新たに分かったことがあった。それは、しっかり考えなければならない。
「まあ、何にしても決着は付いた。残念ながら、アルゴという者を死守することは出来なかったが……」
「アルゴさん……」
生産市場ギルド【ROCO】所属のアルゴさん。俺のために敵の情報を探り、そしてこの世界から追放された。イリアスさんやミミさんに話さなければならない。巻き込んだ責任を果たすべきだった。
だが、結局アルゴさんが見つけた情報とは何だったのか。イデンマさんがすぐに動き出したことから、相当重要なことは確かだ。調べていた資料が残っていれば良いが……
「そうでした。ディバインさん、一つ尋ねたいんですけど……」
アルゴさんのことも重要だが、それは今話すべきことではない。ディバインさんには他に聞かなければならない事があった。
「【7net】と全面対決すると聞きました。本当でしょうか」
「本当だ」
「何でですか! イタズラに【覚醒】持ちを増やすだけと分かっているでしょう!」
「私の判断ではない。察してくれ」
彼の判断ではないのなら、恐らくは他の上位プレイヤー。そして、その人は十中八九【覚醒】持ちだろう。すでに敵の手に堕ちていると考えていい。
だが、その一人だけの意見でここまで動くのだろうか。【ゴールドラッシュ】は、今までに何度も敵からの圧力を受けている。アスールさんはその事に気がついた。
「待てよ。今【ゴールドラッシュ】にはどれだけの【覚醒】持ちがいるんだ」
「……察してくれと言ったはずだが」
彼から目を逸らし、ディバインさんはそう答える。この対応から、すでに最悪の事態になっていると判断できた。恐らく、既にメンバーの大半がゲームオーバーになっているのだろう。
俺は鎧の大男に声を張り上げる。どうしてこんな状態になるまで放っておいたのか理解できない。
「何で話してくれなかったんですか!」
「後輩に頼るわけにもいかないだろう。これは【ゴールドラッシュ】の問題だ」
彼も随分と強情だ。この最悪の事態を【ゴールドラッシュ】の一部だけで何とかできると思ったのだろうか。現状、打開策が進んでいるようにも思えない。まったく解決していないのは確かだった。
しかし、それでもディバインさんは頑なに自分の力で解決しようとしている。懐からワープの魔石を取り出し、それを握りしめた。
「さて、そろそろ【グリン大陸】に戻るとしよう。まだやるべき事が残っているからな」
「待ってください! 今ギルド本部に戻るのは危険です。僕たちと一緒に行動しましょう! もう仕方ないじゃないですか。無事なメンバーだけでも撤退して、新たにギルドを作ればいいんです!」
本部に戻ろうとする彼を引き留める。もう、これぐらいしか俺に出来ることはない。大きな腕をがっしりとつかみ、魔石の使用を妨げた。
【ゴールドラッシュ】が危険ならば、その本部に戻る必要なんてないんだ。このまま雲隠れすれば、【7net】との衝突も避けられるかもしれない。
そうだ、ここは逃げるべきなんだ。既に死滅したギルドに拘る必要なんて……
「【ゴールドラッシュ】は私が名付け、私が育てたギルドだ。あれは捨てんよ」
しかし、そんな俺の提案をディバインさんは真っ向から否定する。どんな状況になろうと、背を向けるつもりはないらしい。こう強く言われてしまったら、俺に引き留めることが出来るはずがなかった。
真面目で優秀だが、頭が固いのだけは考え物だな。現状、そんな騎士道精神で解決できる状況でもない。例え姑息な手段を使ってでも、打開策を導かなければならなかった。
「ディバインさん、気持ちは分かりますが貴方にゲームオーバーになられたら困るんですよ。他に誰がエルドに対抗できるんですか!」
「いますよもう一人。エルド氏に対抗できる人物が」
突如、俺たちの会話に入ってくる第三者の声。毎度おなじみ、神出鬼没の道化師マーリックさんだった。
彼が姿を現した場所は荒野にそびえ立つ岩の上。いつもと同じポーカーフェイスで道化師は俺たちを見下ろす。顔は確かにいつも通りだが、何だか雰囲気が違うように感じるな……この異様な空気は何なんだろうか。
「マーリックさん! ヴィオラさんたちと一緒にカーディナルに向かったんじゃ……」
「途中で抜けましたよ。貴方の監視が出来なくなってしまいますからね」
監視だと? おいおい、何を言っているんだ。まるでスパイのような言い方じゃないか……
俺は思わず後ずさりをし、アスールさんとディバインさんは武器を構える。冗談じゃないぞ。マーリックさんは俺たちの仲間だ。このままじゃ戦闘になるぞ!
「ちょっと、冗談はやめてくださいよマーリックさん。急に何を言っているんですか……」
「エルド氏と同じアカウントを持つプレイヤー。ハッキング班がその存在を認識したと同時に、私はターゲットに送り込まれました。気まぐれな道化師を演じ、時にはこちらの情報も与えましたよ」
まったく何を言っているのか分からない。なぜ、このタイミングでこんな事を言いだすんだ。
「意味が分かりませんよ! 何で急にそんなことを言いだすんですか!」
「他のギルドメンバーと分かれ、貴方が孤立した時を狙うのはイデンマ氏と同じ。丁度、ディバイン氏にも要件があるので、このタイミングしかなかったのです」
道化師の二股帽子が風に揺れ、この場の空気を一層緊迫化させる。既にディバインさんは俺たちの前に出て、迎え撃つ体制を取っていた。
こんな事態になっても、マーリックさんのお喋りは止まらない。彼はただ、今まで行ってきた自らの行動を話していく。
「表向きの立場や目的は全て偽り。唯一、言い訳をさせていただくなら、あなた方に対して行ったサポートは全てわたくしの独断ということ。こんな形になり、非常に残念に思います」
「マーリックさんは、敵なんですか……?」
「どうなるかは今後の貴方がた次第。常にわたくしを楽しませてきた貴方がたならば、この事態を改善できると信じております」
敵でも味方でもない第三勢力。今まで全く認識していなかった存在が初めて表舞台に出る。荒野に吹く風は徐々に強風へと変わり、それが自然の物ではないと確信させた。また、何か厄介事の始まりか……
マーリックさんは初めて会った時と同じように、右手を前に出して丁寧にお辞儀をする。そして、今度こそ嘘偽りなく自らの正体を明かしていった。
「改めて自己紹介いたします。巨大空中要塞ギルド【漆黑】、諜報員のマーリック! 以後お見知りおきを!」
強風と共に俺たちの頭上に現れたのは、今まで何度か見ていた巨大な飛空艇。ずっと、天高くに存在していると思っていたものが、こうして目の前に存在していた。
真っ黒い外観をした猛々しい帆船。それは低空で制止し、完全に俺たちの姿を捉えていた。
巨大空中要塞ギルド【漆黑】、ギルドランキング一位のこの世界における最強ギルド。そんな奴らに、俺は今完全に捕捉されていた。
やがて、飛空艇の上から人影が降下してくる。ただ一人、真っ黒い衣装に身を包んだ彼は、荒野の上に見事な着地を行った。あの高さから、飛び降りれるものなんだな……
覆面で口元を隠し、身軽な鎧を身に纏ったプレイヤー。こうやってはっきり見るのは初めてだが、これが忍者のジョブなのだろう。男から放たれるピリピリとした空気が、その強さを証明していた。
「総合ランキング二位……クロカゲさん……?」
俺がそうこぼした瞬間、男はフィールドに響くほどの大声で叫ぶ。
「ニンジャー!」
掛け声……なのか? なまった言葉を放った謎の忍者。すぐに、彼が変な人だと判断する。明らかに、日本人とは思えない発音。この人、別国のプレイヤーだったのか。
クロカゲさんと思われるプレイヤーは俺をマジマジと観察する。一難去ってまた一難。新たな厄介事の始まりだった。