09 ジャストガード
ゲームプレイ二日目。俺は前回よりも1時間早くログインする。
学校から帰ったら速攻で風呂に入り、夕食も早めに作ってもらった。これなら、ゲームを終えてすぐに寝ることが出来る。
気合は充分だが、正直空回りしていると言わざる負えない。俺たちの集合時間は、現実世界の8時、【ディープガルド】世界で8時。今この世界は早朝の4時で、実質4時間早い。誰かが来ているはずがなかった。
「まあ、こんな時間に来ても誰もいないか……」
一人でレべリングをするという手もあるが、この真夜中でそれを行うのは流石に怖い。何より、アイを放置して自分だけレベルを上げるのは気が引けた。
俺は一人、噴水広場で時間を潰す。せめて彼女が来ていれば、一緒にレベルを上げることが出来るのだが、そんな事あるはずが……
「待っていましたよ。レンジさん」
「……!? アイ! 何でこんなに早く」
月と噴水を背にして立つ、アイ。何と、彼女も俺と同じように一時間早くこの世界に来ていたようだ。
しかし、集合時間より1時間早いのに「待っていた」とは、よく分からない。もしや、俺が早く来ることを読んでいたのだろうか。だとしたら、少し怖い。
「レンジさんが来ない間。とっても、とーっても寂しかったんですよ」
「オーバーな奴だな……」
何やら、昨日の彼女とは雰囲気が違う。アイは含みのある笑みをこぼすと、腰に付けた大針に手を伸ばす。いったい何をするつもりなのか。そう思った瞬間だった。
「お……おい!」
突如、彼女は大針を抜き、俺の首元にそれを突き立てる。様子のおかしさを察していた俺は、その攻撃を寸でのところで回避する。あと少し遅れていれば、ぶっすり貫通だった。
「い……いきなり何するんだよ!」
「何って、特訓ですよ」
「……は?」
彼女は首を横に倒しつつ、純粋無垢な笑顔で言う。
「低レベルの私たちが、二人だけで街を出るのは危険です。なので、ここで戦闘技術を磨きましょう」
「俺が……お前と戦うのか!」
「大丈夫ですよー。私、結構強いんですよ!」
瞬間、二度目の攻撃が俺へと迫る。巨大な大針での突き。レベルが低いため、そこまでスピードは速くない様だ。
だが、なぜかその動きを見切ることが出来ない。恐らく、何らかのフェイントを入れ、こちらの動きを牽制しているのだろう。初心者の俺には、全くタネが分からなかった。
「レンジさん、私はヴィオラさんと違って優しくないですよ! スパルタって奴です!」
「ちょ……ま……」
俺は地面を這うように、アイの攻撃を逃げかわす。
何度も何度も突き立てられる針。これは、いよいよ迎え撃たなければ不味い。しかし、女の子をスパナで殴りつけるのは非常に気が引ける。どうすれば……
「あ、レンジさん。相手が女性だからと言って、手は抜かないでくださいね。そんな事をしてみてください。私はレンジさんを一生軽蔑しますから、そのつもりで」
言動が怖い……いつものアイちゃんじゃない!
彼女、相当に興奮している様子だ。もしかして、意外にもバトルマニアだったのか? いや、その前兆は何度も目の当たりにしているが……
アイは容赦なく、混乱する俺に大針を突き立てていく。回避も間に合わず、俺は何度も彼女の攻撃を身に受けてしまう。どんなSMだよ!
「まだまだ、行きますよ!」
「こ……殺される……」
ライフの減りは大したことないが、痛い。とにかく痛すぎる!
恐らく、これはプレイヤー同士の決闘にカウントされている。ライフがゼロになってもゲームオーバーになる事はない。逆に言えば、時間が来るまでこの痛みから逃れられないという事。拷問かよ!
「レンジさん、避けるだけでは攻撃に転じられません。まずは私の攻撃をガードしてみてください。昨日、平原でゴブリンを相手にやったように」
俺が一方的にやられていると、アイからアドバイスが与えられる。俺は藁にも縋る思いで、彼女の大針をスパナによってガードした。
「ぐ……」
「痛いでしょう? 私の攻撃が武器を伝って、レンジさんの体に負荷を与えているのです。そう、ガードでは攻撃を完全に防げません」
防げないのなら意味がない。こんなアドバイスなど、何の役にも立たないだろう。
俺はアイに対して文句を言った。
「結局、避けるしかないじゃないか!」
「避けれないのなら、防ぐしかないんですよ。レンジさん」
「でもこれじゃあ、やられっぱなしだ……」
完全にヘタレ込む俺。妹による暴力のトラウマが蘇り、アイが怖くて仕方ない。我ながら情けない……
彼女はそんな俺に対し、ガッカリするような表情をする。ごめんなアイ、俺はヘタレなダメ人間なんだよ……
しかし、彼女は少し考えると再びその表情を強張らせた。まだ諦めていないのか、さらなるアドバイスを俺に提示する。
「レンジさん、攻撃を受ける直前です。その一瞬の間に、攻撃を振り払うんです。次の攻撃は、遅く放ちます。見切って、直前ですよ」
もう、後はない。このアドバイスで、アイの期待に答えなくては……
俺は何とか、彼女の言うとおりの行動を狙う。だが、直前というタイミングに合わないのか、攻撃をもろに受けてしまう。
「ぐっ……」
「全然ダメです! もう一度!」
お前は監督かよ。今のアイは、いつもとは別の輝きを放っているような気がする。何となく、彼女とは真剣に向き合いたい気分だ。
俺たちはこの行動を何度も何度も繰り返す。やがて、ついにその時が来た。
ガキン! という気持ちの良い音と共に、アイの大針を無傷で弾き飛ばす。今までのガードとは明らかに性能が違った。
「攻撃を……弾いたのか……?」
「やりましたねレンジさん! これが、ジャストガードです!」
ジャストガード……その成功と共に、ようやくアイの顔に笑顔が戻る。お前は今のままのお前でいてほしい。切実に……
彼女は俺に向かって、ジャストガードの概要を説明していく。
「攻撃を受けるコンマ数秒単位の瞬間。そのタイミングで武器を払うと、ジャストガードが発生し、攻撃を無傷で弾きます。弾かれた相手には大きな隙が生まれ、こちらからの攻撃も転じやすくなります」
「はあ? コンマ数秒単位のタイミングで、そう何度も反応出来るはずがないだろ! 無茶言うな!」
「いえいえ、廃人プレイヤーの皆さんは息を吸うようにジャストガードが出来ます。これをマスターしなければ、この世界では生き残れません!」
「何それ怖い……」
いやいや、冗談じゃないぞ。無理だ。不可能だ。俺はノーマルなんだ。そんな超反応で何度も動けるはずがない。これが出来るのは廃人勢だけだろう。
だが、アイは全くそう思っていない様子だ。
「出来ないのなら、出来るまで戦うだけです。さあ、行きますよ」
俺たちはただ戦い続ける。2時間、3時間……時間も忘れて、唯々戦い続けた。
何度も繰り返しているからこそ分かる。アイの教え方は非常に上手い。俺が感覚を掴みやすいように、攻撃方法に若干の落差を付けているのだ。
彼女がただの少女であるはずがない。この手のゲーム詳しい、結構強い、この言葉はハッタリなどではなかった。アイの攻撃には、熟練の技と優れた技術が垣間見られた。
だからこそ、俺の方も早く上達していく。いつの間にか、彼女の攻撃を連続でジャストガード出来るようになっていた。
「何だ結構簡単じゃ……」
そう思った瞬間だった。アイの強烈なミドルキックが、俺の腹部にクリーンヒットする。
ぐふっ……! という声と共に、俺は噴水の縁に叩きつけられた。何が起こったのか全く分からない。
地面に塞込む俺に向けて、アイは容赦ない言葉を放った。
「これはコマンドゲームじゃありません。リアルファイトです。私が武器を装備しているからと言って、それ以外の攻撃を行わないとは限りません」
「い……言えよおい……!」
酷い、酷すぎる! 初見殺しにも程があるだろう。滅茶苦茶やりやがって……
だが、彼女は毅然とした態度で、俺に向かって言葉を連ねていく。
「レンジさん、貴方は大針での攻撃をジャストガードしつつ、蹴りや頭突きなどの不意打ちを警戒し、こちらのジャストガードをフェイントで突破して攻撃を行ってください」
「そんな滅茶苦茶な!」
ジャストガードを行うだけで必死なのに、それ以上を求めるかこいつ。無理だ。不可能だ。俺はノーマルなんだぞ!
「良いんですか? そちらから攻撃しなければ、一方的にやられっぱなしですよ? 痛い思いをするのはレンジさん、あなた自身なんですよ?」
「う……」
唇に人差し指を付け、可愛らしく彼女はそう言う。こいつ、どSかよ。冗談じゃない。
アイには悪いが俺はどMの趣味はない。そろそろ、怒りも限界になってきたところだ。
「いいさ、そっちがその気なら、こっちにも考えがある……」
自分の身を守るためだ。どんな汚い手でも使ってやる。
そもそも、俺の専売特許は小細工。ど真面目に剣や魔法でドンパチやるのは趣味じゃない。生かすべきは自らの技ではなく、この地形だった。
俺は逃げかわす振りをして、噴水の前へと移動する。そして、彼女が攻撃を行う瞬間、噴水の水をすくい取り、その顔面へとぶっかけた。
「うわっぷ……!」
「これはリアルファイトなんだ! 水で目晦まししないとは限らないだろ!」
散々やられてきたのだ。もう油断も、同情もない。
俺はスパナを振り上げ、それを容赦なくアイの腹部に叩きつけた。女性に暴力を振るうのは気分が悪いが、これはゲーム。傷も残らないし、女性が男性より肉体能力で劣るわけでもない。理屈的に、両方は平等なのだ。
攻撃を受けたアイはすぐに受け身を取り、後方へと退く。そしてしばらく放心し、その場で呆然と立ち尽くした。その顔は「信じられない」という表情だ。
やばい、流石に怒ったか。自分でもドン引きするぐらい卑怯な方法だ。無理もないだろう。
だが、次のアイの一言に、俺は度肝を抜かす。
「そ……その調子ですレンジさん! そうやって、私のガードを突破して、どんどん攻撃を打ち込んでください!」
怒るどころか、彼女の瞳はキラキラと輝く。水を掛けられて、スパナで殴られたのに滅茶苦茶嬉しそうだ。どういう事だよ……
こいつ、どSかと思ったらまさかの両刀か。だめだ、レベルが高すぎて俺には付いていけない。更に元気になったアイは、戦いを再開する。
「では、どんどん続けますよ! もっと、もっと強くなるために!」
「ま、待て! まだ心の準備が……」
「何の準備が必要なんですか!」
俺は彼女と違って、間髪入れずに連戦できるほど優れていない。
何か、インターバルを挟む何かが必要だ。俺の心を落ち着かせる何かが……
「そ……そうだ! 一戦する前に、こうやって一礼しよう。それが戦いの礼儀って物だろ!」
俺は必死に一礼をし、アイにそう呼びかけた。
彼女は再び唇に人差し指を当て、しばらく考える。やがて、この提案を飲むと決めたようだ。
「確かにそうですね……礼儀は大切です! 分かりました。これからそうしましょう!」
俺とアイは互いに向き合い、頭を下げる。そして、スパナと大針を打ち付け合い、再びチャンバラのように練習を始めた。
二人っきりで良い雰囲気……? いや、違うだろ。明らかにこれは別の何かだろう!
結局、約束までの時間全てを、俺たちはこの練習のために使う。手応えはあった。自分が強くなったという実感もある。しかし、急にこんな行動を取るアイの考えが分からない。
「なあ、アイ。何で急にこんな事を……」
「エルドさんに会うんでしょう? 今からレベルを上げても、上位プレイヤーには一生追いつけませんよ。高校生活もありますしね」
痛いところを付いてくる。確かにその通りだ。地味なレべリングで、エルドの元にたどり着けるかは微妙。他に何か、絶対的な何かが必要だと思っていた。
「さっき、上位は息を吸うようにジャストガードが出来ると言いましたが、あれは嘘です。実戦で狙って行うのは、とってもとっても難しいんですよ?」
「ああ、何となく察しはついていたよ……」
「だから、これから毎日。戦闘の練習を行いましょう! 大丈夫ですレンジさん、私が付いていますから!」
要するに、足りないレベルは技術で補えと言いたいのだろう。それにしても相当無茶があると思うが……
そして、毎日このような練習をみっちり行うのか。確かに、これは強くなれそうだ。嬉しいな! 強くなれて嬉しいな畜生!
俺は涙目で、そう自分自身に言い聞かすしかなかった。