六杯目
さて、エスプレッソを手にオレと孝が机を挟んで、向かい合うように座る。座椅子じゃないからちょっとお尻が落ち着かない。それ以上に足が見えすぎていて視線が。視線がぁ!
「で、なにがあったんだ?」
「お店でたくさんの店員に捕まって、着せかえ人形にされた挙げ句、化粧されて、言葉遣いを洗脳のレベルで調教された」
「本当になにがあったんだよ……」
「オレが一番聞きたい」
「いまのお前、尋常じゃないほど可愛いぞ」
「知ってる。視線の粘つきがさっきの比じゃない」
「パーカーは?」
「着ていたもの履いていたもの、全部没シュートされますた」
「……スニーカーまでデザインが変わってる」
うん、ちらちらと相変わらず孝が見てくる。今度は足ですか、そーですか。
「足を見るなし」
「そんなものが目の前にぶら下がっていて、見なかったら男が廃る」
「そんな男は廃らせとけばいいと思う」
「俺、足フェチなんだ」
「知りたくなかった」
……? またなんかおかしいような。
あ、キュッと。
すると孝の顔が好色のものから、だんだんと青くなっていく。少しおもしろいかも。
「……ホント、すまん」
「忘れていたオレも悪い。ってか、早く店を出よう。視線の量がヤバす」
「ああ」
店員までもが足を止めて千里を見ている。不穏な空気が漂い始めた。
千里たちは、残った飲み物を胃に流し込むと、そそくさと店から出た。
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「視線を集める量がヤバす」
「そりゃあ、そんな格好をしてるからな」
さて、と外に出てみたはいいけど容姿が目立つので、注目のされ方は最初よりもひどかった。案の定ね。
刺されるような視線がびしびし玉のお肌にキモチワルイ。
「パーカーを返してもらいたい。が、二度とあのフロアに行きたくないほどトラウマ」
「……遠くでナンパ野郎たちがお前行けよ、いやお前こそ、そういうお前が、を繰り広げていて面白いぜ」
「おそらく渦中はオレなんだ」
「ま、滅茶苦茶目立ってはいるけど、辛うじて常識の範囲内だから問題ないんじゃないか」
「これだから孝は。オレを一人にするなよ。バットエンドまっしぐら」
「一人でスタバまで来たが」
「わけわからん洗脳されてたからノーカンでおけ」
「洗脳て」
喫茶店やちょっとした小物売場などが建ち並ぶフロアの視線を独占しながらも、千里たちは徐々にエスカレーターへと歩を進めていた。道中、千里はふと横を見ると安い男物のツバ付き帽子が売られていた。
思わず、千里は立ち止まった。
「どうした?」
「いや、帽子がちょっと」
それを見て孝も足を止めた。
「……ほしいのか?」
「顔隠せるんじゃねって思った」
言っている最中、千里の視線は帽子に釘付けだった。心なし目が輝いているようにすら感じる。
孝は無理だろ、とは言わない。口をむずむずとさせているのは孝も見たいからだ。言おうか迷っている。
「千五百円か……いけるかな」
値段のタグを見ながら一回り小さくなった、物理的にも比喩的にもな財布を手に取ると中身の確認。結論。あいつらしっかり服代靴代の金を取っていきやがった。
なるほど、やけにシンプルな服装なのはオレの金がたりなかったからか。……訴えれば勝てる気がす。
「……千里?」
「金が足りぬ。帰ろう」
ちぇー、と千里は再び歩き始めた。買えなかったのはちょっとだけ不満だけど、それこそまたこればいいやと思ったのだ。
今はとりあえず帰りたい。こうも視線を浴び続けていると、変な病気にでもかかりそうだった。いやさ、この姿がある意味病気に近かったりするのだけどね。疫病神もいいとこ。
ん? そういえば昨日から祠に行っていない。普通こういうのって最初に原因となった場所に行くのが筋なんじゃないのか。そう思って、孝に話しかけようと後ろを振り向いた。
「……孝?」
なぜにいないし。振り返っても雑貨店とぼけーとこっちを見ている男性客しかいない。孝はどこにいった?
ちょっと待て。こんな場所でオレを一人にしたのか。なんだかんだ言いつつ視線は怖いんだぞ。孝がいるから安心して文句を言い続けられたって言うのに……落ち着けオレ。なぜハグレたか状況確認だ。
帽子を見ていた。お金が足りなかった。帰ろう。孝を見ずに歩きだした。うん、ついてきてくれるって思うよね。オレは悪くない。たぶんね。
冗談じゃない。どうする。立ち止まっておくか。それとも先に帰るか。そうだ、ケータイ……ポケットを探れど、それらしいものは見つからず。
ヤバい。だんだん焦燥感に似た何かがオレを。顔をあげられない。ダメだ。立ち止まってしまった。動けない。ああもう。ちょ、孝のバカ野郎。どうして側にいないんだ。どうして──
「……死にそうな顔してなにしてんだ?」
ばっ、と顔を上げると呆れ顔の孝が立っていた。手にはビニール袋持っている。ああ、それを買っていたのか。なにを買ったのか知らないけど、オレに一言言ってほしかった。柄にもなくセンチ入ってしまったじゃないか。
「原因が自分とも知らずにいい気なもんだな、ちくしょーが。どーして側にいなかったのかってこれは語弊を招く言い方だなじゃなくて、なにしてたんだ?」
「う、っく……ああ、ちょっとな」
目頭が熱いのはきっと気のせい。どや、ダメージはでかいだろ。
「ちょっとじゃわからん」
「あ~~……ほれ」
「おぅふ」
孝はビニール袋をがさがさすると、何かをオレの頭に乗っけた。もとい、かぶせた。視界の上に見えるツバから推察するにこれはさっきオレがじっと見ていた帽子に違いな
い。
どうして? っと言葉じゃなく見上げると、孝が恥ずかしそうに頭を掻いた。
「ああ、あれだプレゼント。たまにはいいかなと思ってな」
「……ほほう、普段からオレのお世話になっているもんな」
「いや逆──」
孝は千里のあんまりな物言いに反論しようとして、言葉を止めた。いやさ、言葉を失った。
嬉しそうに頬を染めて、帽子の頭に手を乗せて笑う姿が余りにも可憐で、元男だとか親友だとか、吹き飛ばしそうなほど純粋に可愛かった。
照れたように「ふへへ」とおどける声すらも、ひどく愛嬌がある。
そしてそれを、同じフロアの連中も見ている。顔を赤くして、可愛い可愛いと隣の知り合いともて囃している。孝の腹の内に黒いものが渦巻いた。
「千里、帰るか」
「りょーかい」
千里の心は今日一番ウカレていた。カレーを食べているときよりも、孝のプレゼントは本気で嬉しかったのだ。それこそ、自分でもびっくりするほどに。
孝の心は反対に沈んでいた。自分の感情を自覚しかけて、最低だ、と自嘲した。そして早く千里を戻さなければ、と覚悟を新たにした。
そしてショッピングは終わりを迎える。時間は進んでいく。二人の思惑を無視して。無情に。淡々と。
「電車に乗りたくないでござる」
「歩いて帰るのはそれこそ無謀だぞ」
「ばっと、電車に乗りたくないでござる」
「はいはい、さっさと行くぞ」
「乗りたくないでござるぅーーーー!!」
千里を電車に乗せるために繋がった手には色気のかけらもなかった。
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