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十六杯目

 気が付いたら抱きしめられていて、自分が女の子女の子していた。なにが言いたいかわからねえと思うが、オレもなにが起きたのかわからねえ。洗脳だとか催眠だとかそんなチャチなもんじゃ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。

 味わっているぜ。

 孝の胸の中なう。完全に落ち着いたら男の心が帰ってきたぜ。ばっと少しでも油断したら女の心に飲み込まれかねない。ってか寸前だぜ。

 

「どうした?」


 ………………はっ! やめろし! オレを見るな、撫でるな、ぎゅっとするなぁ……。くそっ、これが世界の選択だというならオレは!

 あ、ヤバ……気持ちい……いや、むう……名残惜しいが……このままだとガチめに詰む。

 仕方がないね。


「せいやっ」

「うおっ! い、いきなりなにしやがる!」


 孝の胸を思いっきり押して退けた。さすが貧弱ボデイ。本気だったのにたたらを踏む程度で済むとか。


「いつまで抱きしめてるし」

「お前がぎゅっとしてって言ってきたんじゃねえか!」

「話の捏造いくない」

「事実だ!」

「なぜにバレたし」

「隠す気ねえよな!? ああくそ、さっきまでしおらしかったのに、もういつもの調子を取り戻しやがった……」

 

 うむ、そう見えるならオレの演技力も捨てたものではないな。

 やっほい、安西さんに絵里ちゃん。なにその信じられないものを見たって顔は。


「あんた……いやもうなんかいいわ。聞くだけ無粋よね」

「千里ちゃん。私はいつでも相談に乗るからね」


 ……おい、微笑ましいものを見たって顔をすんなし。ってか、今度はなにを勘違いした。それが事実の可能性もあるからオレとしてはなかなかどうして見逃せなかったりするんですが、すが。

 なっ、違う。この視線の量は二人だけじゃない。もっとたくさん、全包囲から……だと……!

 焦ったように教室を見渡した。なま暖かい目で見守られてた。わけわかめ。なにその小学生の恋愛を見ているような目は。やめるんだ。そんな目で見るんじゃない!


「誰だよ信ヶ原さんが高飛車だって言ってた奴」「知るかよ」「なんか見た目と性格が合ってないよねー」「ってか誰もツッコんでないけど一人称オレだし」「ギャップ萌え?」「特有の自尊心があんま感じないよ」「カレーを信じられないほど好きみたいだけど」「それ以外はなんか小さい子みたい」「警戒心が薄いっていうか」「隙だらけというか」「なんでこんな子無視なんてしてたんだろ」「守ってあげたくなる」「そうだね」「じゃ、頑張ってみようか」「おーー!」


 ……け、警戒心が薄いとか。小さい子みたいだとか。隙だらけだとか。これでも最大限に警戒していたつもりだったんだけどね。自分が銀髪美少女だって自尊心もあるぞ! これ以上どうしろって言うんだ。

 概ね好意的に捉えられてるのがせめてもの救い。しかしオレの心がブロークン。ああ、頭が重い。もう髪の毛切ろっかな……どうせガキだしね。ちぇー。

 

 不貞腐れてしまいたいけど、オレだってすべて的を射られているという自覚はある。

 オレの警戒心はあくまでも男性視点の警戒心、自尊心だってゲームのキャラクターを扱っている程度でしかない。女性ホルモンが精神を侵すといったって、行動原理が少し変わる程度で根本的なものは変わっちゃいない。

 それも徐々に変化しているのだが。

 

 キーンコーンカーンコーン……


 チャイムが鳴る。長かった昼休みが終わった。各々自分の席に帰っていき次の授業の準備を始める。喧噪は薄れ、日常は回帰する。


 おかしなことに、千里の学校生活はまだ始まったばかりなのだ。



授業中、千里はノートを取りながら孝に話しかけた。


「孝ひま」 

「黒板を見ていなさい」 

「常識にとらわれてはいけないのです」 

「公式にはとらわれてください」


 孝が構ってくれない件。くそう、なら考えごとをしてやる。今日の放課後はなにをしようかなっと……お金あるかな……あ。


「あ」 

「なんだ」 

「今日はバイトの日」 

「その格好でか」 

「元がオレならきっとだいじょぶ」 

「……あのおっさんなら即刻採用もありえる」

「美少女特権」

「ナルシスト」

「うるさひ」

「俺もついていくからな」

「え」

「……今日のことでわかった。お前は一人にできん」

「大丈夫だ、問題ない」

「お前の意見は聞いていない」

「お巡りさん、こいつです」

「草場の陰から見守ろう」

「死にやがった」

「え」

「え」

「草場の陰からってそういう意味だったのか」

「アホだ。アホがここにいる」

「ネットスラングを乱用するよかマシだと思う」

「それでもちゃんと日本語を知ってるオレのが正しいと思われ」

「……人間誰しも間違える」

「ぷぎゃー」

「指さすな」

「ふへへ。孝の手が止まっている」

「なんだって」

「孝は残念」

「うるせえ」


 ………………。


「孝ひま」

「ループすな」


 がらっ! しゅたっ!


「イチャイチャイチャイチャ鬱陶しいわ!!」

「安西、廊下に立ってなさい」

「え」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 放課後。結局あの後、一度もいじめっ子は接触してこなかった。目論見通り、オレの行動が連中のネットワークで伝わっているのかも。だとしたらラッキー。このインターバルで次の対策を立てないと。

 なにはともあれ、まずは食い扶持を稼ぐためにバイトに行かなければならない。働かざるもの食うべからず。カレーを食うためにも。

 案の定なんの部活にも入ってないようなので、安西さんと絵里ちゃんにさよならをした。孝とは今から一緒に帰るのだ。何事もなければいいけど、さっさと学校を出たい。

 そう思いながら、気持ち早めにオレたちは歩いていた。


「あなたが信ヶ原さんね、ちょっとよろしいかしら」

「「よろしくありません」」

「よし帰ろう孝」

「ああ帰ろう千里」

「ちょっと!?」


 ふう、校門の前で金髪ドリルに呼び止められた気がするけどきっと気のせい。リムジンを校門前に停めんなよバカ。


「あ、あなた私の言うことが聞けませんの!?」

「そもそも誰かわからぬ」

「高飛車お嬢様?」

「さすが孝、直球」

「そう褒めるなよ」


 お嬢様言葉とか、生で初めて聞いた。

 胃もたれしそう。


「馬鹿にしてますの!?」

「そんなつもりじゃない」

「そう聞こえたなら謝ろう」

「「ごめんなさい高飛車」」


 おお、瞬間湯沸かし器もびっくりな顔の赤さ。

 さて、帰るか。


「「じゃ、そういうことで」」

「ふざけないで下さいまし!」


 帰りたいという思いに、ふざけは存在しない。


「オレに死ねと申すか」

「死ねだなんて、ひどい奴だ」

「あ、あああああなたたち! 絶対に許しませんわ!」

「許さないと言われても」

「許されないといけないことをした覚えがないな」

「どうやら高飛車は情緒不安定らしい」

「可哀想に。まだ若いっていうのに」

「「アディオス、残念な高飛車」」


 オレたちは忙しいんだ。新たなバカの登場に構ってられない。 

 たったかたったか駆け出すと、どこからともなく黒服の老執事が前方に現れた。

 わけがわからないよ。


「セバス、捕まえなさい!」

「かしこまりましたお嬢様」

「会話が長いね」

「セバスチャンとか」


 所詮、老執事。一見すごそうな髭をたくわえていても老がつく限り若者には勝てない。その証拠に、今の会話中に抜き去ったわ。


「なんだただの雑魚か」

「バカ千里! それは死亡フラ……!」

「ふぉっふぉっふぉっ、まだまだ若い者には負けませんよ」

「「帰れ!!」」


 軸、軸がブレてない! 身体の上半身がブレてない! 気持ち悪いは、動きがしゃかしゃかしててゴキブリみたい! でかい! 素早い! セバスと呼ばれた老人が並走してきた。しかも息が全く切れてないというガチキチ仕様。っちょ、手が伸びてきた! 孝ガード! あ、手が引っ込んだ。

 くっそ! スカートとか走りにくくてかなわん! ん? あ、粉末唐辛子がある。

 せいっ! 


「ごほっごほっごほっ!!」


 噎せた。


「孝!」

「ごほっごほっごほっ!!」


 ……仕方がないね!

 敵はすぐに復活してきた。後ろから気持ち悪い動きで追い上げてくる。軽くホラゲ。


「さて、お嬢様のためにも捕まって頂きますよ」

「だが断る!!」

「いえいえ、ご遠慮なさらず。ああ、そちらのご学友は必要ないので帰ってもらって構いませんよ」

「ちっ! 仕方がねえ! 俺を置いて「ああ、任せた孝!」見捨てるの早くねえか!?」

「迷っている時間がもったいない!」

「そうだけどさぁ!」

「ほら見ろ! 変なこと話してるからセバスチャンが!」

「俺のせいか!?」

 

 セバスチャンがもう真後ろと言っていいほど肉薄してきているっ!


「ふぉふぉふぉふぉふぉ。大丈夫ですよ。怖くありませんからこちらにきなさい」


 両手を広げながら凄まじい早さで。


「「無理無理無理無理無理!!」」

「孝、犠牲になって!」

「あれは無理だ!!」

「ふぉふぉふぉふぉふぉ……銀の御髪が大変すばらしい香りでございます」

「いぃやぁあああああああ!!」


 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! 変態執事ぃ!!

 なんですぐに捕まえられるくせに、真後ろを維持するのさぁ!? どう考えてもオレの心を折ることが目的です、本当にありがとうございましたぁ!! 

 涙目で横を走る孝を見ると、孝はぶつぶつとなにか考えごとをしていた。

 ばかぁ! 今は考えごとよりもこっちを優先してよ! 

 ん? でも、なにかを決意したような……え、振り返──


「ふぉふぉふぉふぉふぉぐふぉぉぉぁぁああああああ……!!」


 孝が振り返ると、老執事お腹を抱えて崩れ落ちた。

 なにが起きたし。ってか、なにをやった孝。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……た、かしぃ……なに、した?」


 孝は腰を据えて、踏ん張っているような格好だ。肘を前に突き出して……その、すぐ目の前を老執事が倒れている。

 ……あ、なる。


「っはぁ……! あ、あまりにもこいつは近くに来てただろ? だから、振り返って肘を突き出すだけで、勝手に刺さりやがった……」

「……グッジョブ。泡吐いて痙攣してるけど」

「……ほっとけ」

「おけ」

「「じゃ、そゆことで」」


 遠くでキィーーーーッ覚えてなさいよーーーー!! と聞こえた気がした。気のせいだと信じたい。そして二度とゴキブリ執事に会わないことを切に願う。


じつはテスト期間という罠

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