5.妄想学園読書愛好会
なんでウチの部室こんなに狭いんだろう……。
去年はもう少し広かった気がするんだけどなぁ。
そして、なんでこの壁だけペンキを塗り替えたのかなぁ…この壁だけ色が浮いちゃってみっともない。
誰も居ない部室で一人で首を傾げる少女。
読書部…もとい、読書愛好会の唯一の活動部員である少女は、憂いを帯びたため息を吐いた。
部員は総勢30名以上いるのに、実質活動しているのは少女ひとりである為、部への昇格が認められないという、あってもなくても良いような愛好会である。
なぜ存続しているのかすら不明なこの愛好会だが、なぜか年に何人かはこうして真面目に部室に足を運ぶ生徒がいる。
今年は、この御手洗水和ただ一人だったが。
水和は壁から目を離すと、とても場所を取る…これを置いてあるだけで部室の面積が一気に狭くなると絶不評の作業机に向かい合い、目の前にある真っ白な原稿用紙に向かってため息を吐く。
二学期に入って二桁目の遅刻に対する反省文を書くための原稿用紙だ。
小柄で真面目そうな外見を裏切り、彼女は幼い頃から寝穢い。
朝起きれないだけで、日中の彼女は外見通り真面目なのであるが…如何せん、風紀委員会にはしっかりと目を付けられている。
机に頬をペットリと付けて、パラパラと原稿用紙をめくる。
合計10枚の原稿用紙はいくら風を通しても減ることはない。
水和の口からため息と共に、何か大事なものも若干逃げ出しているようだ。
「あれだよねぇ…これはもう、朝学校にくるのを諦めて、ここに寝泊まりすればいいんじゃないかしら!」
名案! とばかりに、ガバッと体を起こして彼女が叫ぶと同時に、色を塗り替えた方の壁からガタガタガタッと誰かが転んだような音がした。
「?」
隣は保健室だったが先ほど部室に来る際に、養護教諭が保健室に鍵を掛けているのを見た、よって保健室は無人のハズなのだ。
水和は小首を傾げると、確認すべく部室を出てすぐ隣の保健室に向かった。
ドアに手を掛けて開けようと試みたが、やはり鍵がかかっているようで開かない。
「どうした? 怪我でもしたか?」
突然後ろから掛けられた声に、小さく飛び上がる。
「う、有働サン。 い、いえっ! なんでも……」
なんでも無いと言いかけ思い直した水和は、さっき聞こえた音の事を用務員である有働に伝えた。
「この部屋から音がしたのか」
有働はもう一度確認すると、腰に下げた鍵束から、迷うこと無く一本の鍵を出して保健室の鍵穴に差し込んだ。
カチリと小気味良い音がして錠が外れる。
有働はぐるりと中を見回し、首を傾げながらも保健室の中に入って異常が無いか点検してゆく。
水和も有働の背中に隠れるようにして、保健室の中を進む。
「誰も居ないし、特に何もないがなぁ。 おっと、失礼」
ガリガリと短髪の頭を掻き、困ったように小柄な女生徒を見下ろしていた有働は、何かに気づいたようにポケットから小型の携帯のような端末を出し振動を止めると、ニヤリと口元を歪めた。
「すまない。 いま、ちょうど獲物がかかったみたいでな、ちょっと手が離せなくなった」
「いえいえこちらこそすみません、ありがとうございました」
保健室の鍵を閉め真っ直ぐに用務員室に向かった有働を見送り、水和は部室へと戻った。
そして、さっきの音よりも何よりも、目の前にある原稿用紙を片付ける方が急務だと思い出す。
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「なぜ、気づかないんだ……」
少年は呆れたようにつぶやきを漏らす。
土日を掛けて建築科の有志に依頼して、突貫工事でこの壁を創り上げた。
無論この準備室…正しくは英語準備室という名のこの部屋の主には許可を得ている、袖の下として畜産科と土木科のマッチョ共の画像データを24MBのUSBメモリに満タンに入れたものを渡したら快く了承してくれた。(※勿論、無断撮影ではなく、有志を募っての撮影である)
先刻ずっこけてしまった音に慌てて出ていった女生徒とは別の声がして、壁を出ようとした手が止まる。
聞き覚えのある声に、この部屋を改造する際にさせられた約束を思い出す。
「Mr.ウドーにはバレないよにねー、頼むアルヨー。 ワタシ締められちゃうからネー」
どこで覚えたのか怪しい日本語を使う英語教諭の声で再生された注意事項に思わず息を詰める。
響く鼓動を抑えながら成り行きを見守っていると、少女は一人で戻り、そしてまた机の上の原稿用紙とにらめっこを始めた。
日が傾き始めても少女の手が反省文を綴る様子がない事に、少年は落胆する。
そして、これ以上は付き合いきれないと、痺れを切らして秘密のドアを開けて狭い壁の隙間から出て愕然とする。
「寝てやがる……っ」
一体いつからだったのか、考えてる姿勢のまま彼女はすぅすぅと気持ちよさそうな寝息を立てていた。
一瞬湧き上がる何かを抑えこみ、少年は彼女の前の真っ白な原稿用紙を回収して、彼女のカバンに突っ込む。
そして、爆睡している彼女を担ぎ上げると、準備室を出て鍵を掛けそのまま学園の向かいにある住宅を目指す。
幼い頃は毎日のように通っていた家だ、勝手知ったるなんとやら、一応チャイムを鳴らして応答が無いのを確認すると、彼女の両親から預っているスペアキーで鍵を開けてずんずんと中に入り、二階の手前の部屋のドアを開けそこにあるベッドの上掛けを乱暴にめくると少女をベッドに落とし、乱暴に上掛けを掛ける。
「本っ当に手がかかるっ」
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「あっ、私もひとつ不思議体験あるよー」
教室内、ほぼ総ての生徒がワイワイと弁当を食べてる中、校内放送の話題が”学校の7不思議”になったところで、水和は箸を止めて声を上げた。
「最近ねぇ、部室で反省文書いてるとちょくちょく寝落ちしちゃうんだけど。 気がついたら家のベッドで寝てるんだよねぇ。 もしかしたら、親切な小人さんが心配して届けてくれてるのかなぁ? ね? ねっ? 不思議でしょ? 英語準備室の小人さんの怪! 今度放送部に投稿してみようかなぁ」
楽しそうにそう友人と話をしている水和たちの後方に陣取っていた、男子生徒達が不意に黙りこむ。
「「「「………」」」」
「お前らなぜ、俺を見る。 さっさと食って、バスケしにいくぞ!」
友人たちの視線の集中砲火を浴びた風紀委員の男子生徒は残りの弁当を掻っ込み、カラになった弁当箱を乱暴にカバンに突っ込むと、勢いよく席を立つ。
その彼を慌てて追いかける男子生徒達。
「待ってくれよー小人さ―――フゴッ!」
「新聞部の学園7不思議認定に申請してもいいで―――ゴフゥ!」
「小人より壁に気づいて欲し―――ガッ!」
「送りおおか―――ゴツッ!」
「男子って仲が良くていいねぇ」
「あたしゃ、アンタの鈍感っぷりが羨まし……くないわ、やっぱり」
哀れな男子生徒の背中を見送る友人のため息に、首を傾げる水和だった。