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ようやくこの家が程良い広さになったのに——瀬谷は抜け殻みたいに虚無だった。
それぞれのプライベート空間を確保しつつ、一人が心細くなったら穴を埋めてくれる人がいる。
二階建ての家では二人でも広すぎるだろうと思っていたが、この大いなるゆとりを得られるなら案外、二人がベストなのかもしれないと感じた矢先——
来月で辞める予定のアルバイトであったが、その帰宅途中で岩田は長島に捕えられそうになったと連絡が入った時は血の気がひいた瀬谷。なぜ恐れていることばかりは真っ先に起きるのかと怒りで物を投げたくなる。
だが、なんとか撒くことに成功した岩田は幸運にも車を運転中の友人に気がついてもらい事情を説明して庇ってもらう。なんとか魔の手からは逃れたのであった。
今日は助けてくれた友達の家に泊まります——こうして今夜、瀬谷は岩田不在で一人となる。
一日空けるだけ、明日には帰ってくるのに瀬谷は大袈裟なくらい空っぽであったのだ。
かれこれ一時間は飽きられた玩具のように電気も点けていないリビングでソファにもたれている。
「車の免許、取ろうかな。新車も買わなきゃだね」
床に黒い影が素早く動いた。瀬谷は身構える。
「なに今の」
あれは二足歩行であったはず。なら人間……そう思うと瀬谷は強盗の可能性が頭に浮かぶ。
瀬谷は窓を開けて庭を左右に目を向けて点検するくらいで、そこまで深追いすることはなかった。
雨戸を出して鍵を閉める。これでひっそりと侵入するのは難しくなった。一階の窓には全て鉄格子も付けられているし工具などでガラスを割られても易々と侵入できない。
瀬谷はもうできることはないと就寝することにした。
ベッドの上で布団にうずまる瀬谷。さっきからまたしても庭の方から不安を煽る物音が一定の間隔で鳴っている。
おそらく風がやや強いため雨戸が揺れている音だった。瀬谷は普段は使用していない雨戸を出したことをやや後悔した。
ダン、ダン。あの黒い影がまるで鳴らしているようだと瀬谷は無意識にそう感じてしまう。
こういう時に岩田がそばに居てくれたらどれだけ心強かったか。瀬谷は胸の内で何度も名前を呼んだ。
ガチャガチャ。一階からドアノブが回る音が乱暴に響く。ドンドン。玄関扉まで叩かれた。
「……」
瀬谷は上半身を起こす。
私は強い、私は強いと言い聞かせた。相手が拳銃でも所持していない限り、平凡な男だったら私には勝てないと。
瀬谷は気丈に一階へ降りて戦闘モードに入る。
「誰なの? そんな脅しは効かないよ!」
返事はなかった。
「うそ、どうして」
銀色の鍵穴部分が回ったらしい。慎重にゆっくりと回しているようであった。
ガタン! チェーンがストッパーとなり変わらず中へ侵入されることはなかったが、その隙間からはあの黒い影が立っていた。
いざという時のために瀬谷はスマートフォンを左手に持っていた。
もう警察に通報するしかないと操作をしようとするが、不覚にもそれを落としてしまう。左手が痙攣していた。
大丈夫だ。中には入れない。瀬谷は慎重に階段を降りて落ちたスマートフォンを拾いに行く。
瀬谷は深呼吸する。
「逃げないならそのお顔、写真で撮っちゃうからね」
気持ちを持ち直した瀬谷はスマートフォンのカメラ機能を起動させた。ライトも点ける。
その黒い影が照らし出された——
「きゃあああああぁー!」
超音波のような甲高い悲鳴。
そこには半面、ひどい火傷のような大怪我を負った長島がぎょろりと瀬谷を睨めつけていた。
瀬谷はたまらずドタバタと二階へと避難する。
『今すぐ来て来て来て来て来て来て』
と岩田へメッセージを送ると同時に瀬谷は部屋のドアにおでこをぶつける。
ともかくもうこの状況からは逃げ出したい一心の瀬谷はその痛みをきっかけに失神した。
これは悪い夢でありますようにと祈りながら。




