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今日は雑誌の取材があっていつもより疲れたな。
……というよりあのインタビュアーの阿部美紅って女のせいで疲れたんだろうけど。
あの遠慮なくガツガツくるスタイル。
魔女みたいなバカでかい笑い声。これまでもあれが不快だと思った人はそれなりにいたことだろう。
扉をノックする音。もう多くの職員は帰ったと思うが誰だろう。
「はい。どうぞ」
「どうも失礼します。全ての取材が終わりましたのでお礼のご挨拶にやって参りました」
その阿部だった。礼儀だったとしても来てほしくなかった。
いけない。露骨に出ているげんなりした顔を直さないと。俺は椅子から立ち上がる。
「いえいえ。お疲れ様でした。特集記事が完成するのを楽しみにしています」
おっ、なんだ。このまままた押し入ってきてまた二十分くらい雑談に付き合わされるかと思ったのに入ってこない。
ここが先生のオフィスですかーと大袈裟にリアクションすることもなし。
「……あの煙、もしかして火事ですか?」
「火事? ……そうですね! 火事だと思います」
ここ七階からだとその火事の様子が遮るものもなく特等席のように見られる。
どうやら森みたいに木々が生えている所が燃えているようだ。
一滴の水? と思ったら窓ガラスにはその水滴が次から次へとぶつかってきて卵が割れたみたいな模様をつくる。
「あらいやだ。雨まで降ってきましたね」
瞬く間にその雨は豪雨になり窓ガラス全体を濡らす。
「けっこう激しく燃えているみたいですけど、この雨が恵みの雨になったりするんですかね。個人的にはこんな雨だと止むまで出たくないけど」
確かにこの雨で外へ出るのは躊躇したくなる。火事を消火するにはプラスに働くのだろうが。
俺は車だしお先に失礼したいところだが、それを話してしまうと途中まで車で送っていくことになってしまいかねない。どうしたもんか。
なんだ! 青白い光が森の中で何度もピカピカと光っている。あれは火事とは関係ないような気がする。
「いやーすごい。台風みたいな雨になってますね。わっ雷まで!」
……阿部は雷の光の前にあの謎の光は見えていないのか?
あの異様な光を無視できるはずはないと思うが。
その光が光線のようになって空へ上昇した。俺は引っ張られるようにガラス窓に手を付けてしまい空を見上げる。
怪獣映画でこんなシーンがあったような。
嵐の中、触手のように何十メートルにも及ぶ長い蔓が何本も踊り狂っている。
その光を崇めているように。
そこから、やがて怪獣本体が空からやって来る……その瞬間、嵐はやみ月の光を背にそいつは降臨するんだ。
「荒木先生そんなお子様みたいにベッタリ張り付かなくても」
阿部はやはり見えていない。CGではない、こんな最終決戦目前のようなシーンを前にして落ち着いていられるはずがないだろう。
雨は止む。まるで人の手で止めたような人工的な止み方だな。
上空に雨雲は一切、無くなり澄んだ夜空が。
その後は……何もなかった。おいおい、なんだよ期待させておいて。
いつの間にかあの触手もどこへやら。
あれは幻だったのか? では片付けることはできるわけがない。あんなにはっきりと目視したんだから。
「おぉー。急に雨止みましたね。それでは私、これを好機とみて帰らせていただきます。本日はありがとうございました」
「……」
俺は無言のまま阿部をただ見送る。
サイレンの音が。そうだ。あの一帯が火事であることを忘れていた。
多分、どこかで規制されてあそこへは行けないだろうが近づけるだけ近づいてみるか。
どん! と俺のデスクに得体の知れない物が落ちたような音がした。
俺はしゃがんで頭を両手で覆う。
にゃーと一転、力の抜ける声。
犯人はソラか。院内に住み着いてしまった猫。
棚の上から飛び降りたのか。驚かせやがって。
窓ガラスには反射して写っている俺とソラと、立ちこめる煙。
あれが幻なわけがない。
そうだろう、ソラ。お前は見えていたか?




