第2話:「ただの突き」が引き起こす激震
静寂が、演習場を支配していた。
舞い散る氷の欠片が、カラン、カランと石畳に落ちる音だけが異様に大きく響く。
「……は、え……?」
尻餅をついたままの試験官が、間の抜けた声を漏らした。
彼の手元には、へし折れた杖の先端が転がっている。俺の突きが放った衝撃波の余波だけで、魔力増幅用の魔石が砕け散ったのだ。
「おい、不合格か? 返事をしてくれ」
俺がもう一度問いかけると、試験官は弾かれたように立ち上がった。その顔は驚愕を通り越し、もはや恐怖に染まっている。
「な、何の魔法だ……!? 無詠唱……いや、魔力の揺らぎすら感じなかったぞ! 貴様、袖の中にどんな魔道具を隠し持っている!」
「魔道具? そんなものはない」
俺は素手を広げて見せた。
拳には、氷を砕いた際のわずかな赤みが差しているだけだ。
「ただの突きだ。正拳突き。……腰を入れて、真っ直ぐ打つ。それだけだ」
「ふざけるなッ! 生身の人間が、魔導師の展開した『氷の盾』を粉砕するなど……そんな物理法則、あってたまるか!」
試験官の叫びに応じるように、周囲の受験生たちもざわめき出した。
「おい、見たかよ今の……」
「衝撃波が見えたぞ。風魔法の応用か?」
「いや、あいつ『魔法適性ゼロ』のハザマだろ? 鑑定水晶がぶっ壊れるほどの無能だって有名だぜ」
ひそひひそ話が波のように広がっていく。
その中には、ひときわ鋭い視線を向けてくる一団がいた。
豪華な銀の甲冑に身を包んだ、エリート魔導騎士候補生たちだ。その中心に立つ金髪の少年が、不快そうに鼻を鳴らす。
「……チッ、小癪な手品を。あんなもの、筋肉自慢の野蛮人が見せる大道芸に過ぎん」
その声には、自分たちが信奉する魔法の絶対性が揺らいだことへの、必死の拒絶が混じっていた。
俺はため息をついた。
魔法を否定するつもりはない。だが、この世界の連中は「身体」という最強の武器を軽視しすぎている。
前世の俺が求めた「一撃」は、岩を砕き、鋼を断ち、最後には空間そのものを震わせる域に達しようとしていた。
この異世界の、魔力に満ちた肉体なら、それはもはや物理現象の枠すら超える。
「合格でいいんだな?」
俺が詰め寄ると、試験官は震える手で合格証の羊皮紙を差し出した。
奪い取るようにそれを受け取り、俺はさっさと出口へ向かう。
と、その時。
「待ちなさい、カイト・ハザマ!」
高飛車な、聞き覚えのある女の声が響いた。
振り返ると、そこには燃えるような赤髪を揺らした少女――この体の元の主が、かつて婚約を破棄された相手、エレン・フォン・ローゼンバーグが立っていた。
「今の……認めないわ。貴方のような、魔力の一滴も持たない『欠陥品』が、騎士団に入るなんて。何か卑怯な真似をしたのでしょう!?」
彼女の指先が震えている。
俺は足を止め、無造作に答えた。
「卑怯かどうかは、お前の魔法で確かめればいい。……ただし、俺の射程内(間合い)に入ったら、その杖を振る暇はないと思え」
「なっ……!?」
俺は彼女を置き去りにし、歩き出す。
目的地は、騎士団の兵舎。
そこで待っているのは、栄光の「第一部隊」ではない。
厄介者や問題児が集められるという、通称「無印」と呼ばれる最下位クラスだ。
だが、俺にはそれで十分だった。
静かに、誰にも邪魔されずに――俺はまた、拳を振るう時間が欲しかっただけなのだから。




