表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

第1話:その一撃は、魔法を超える

 この世界において、魔法は「呼吸」と同じだ。

 火を灯し、水を呼び、風を操る。魔力を持たぬ者は、人間としての価値すら認められない。


「次、カイト・ハザマ! 前へ出ろ!」


 王立騎士団の入団試験会場。重厚な石造りの演習場に、試験官の怒声が響く。

 俺――ハザマ・カイトは、静かに一歩前へ出た。


 周囲からは失笑が漏れる。

 それもそのはずだ。俺はこの世界に転生して以来、一度たりとも魔法を発動させたことがない「欠陥品」として知られていた。


「おい見ろよ、あの腰のナイフ以外、杖すら持ってないぞ」

「魔法適性ゼロの無能が、騎士団の門を叩くとはな。身の程を知れと言いたいぜ」


 嘲笑の渦を無視し、俺は試験官の前に立つ。

 試験官は豪華な装飾が施された杖を構え、傲慢に言い放った。


「貴様の試験内容はこれだ。私が展開する『氷のアイス・シールド』に、何らかの傷を付けてみせろ。魔法でも、その玩具のようなナイフでも構わん。もっとも、傷一つ付かずに終わるのがオチだろうがな」


 試験官が短く詠唱を唱える。

 直後、パキパキと音を立てて大気が凍りつき、俺の目の前に厚さ三十センチはあろうかという、巨大な氷の防壁が出現した。


 ダイヤモンドにも匹敵する硬度。並の魔導師では、傷を付けることすら叶わない高等魔術だ。


「さあ、やってみろ。……む?」


 試験官が眉をひそめた。

 俺が腰のナイフを抜かなかったからだ。


 俺はただ、左足を半歩引き、右拳を腰に引いた。

 前世で人生のすべてを捧げた、空手の構え。

 死の間際、あと一万回突きを繰り出せば届く気がしていた「理」の感覚が、今の俺の指先には宿っている。


「……ふん、狂ったか。素手でこの氷を割るつもりか?」


「割るんじゃない」


 俺は静かに、深く息を吐いた。

 下半身のバネ、腰の回転、背筋のしなり。それらすべてのエネルギーを右拳の一点へ。

「魔力」ではない。身体操作の極致によって生み出される純然たる「物理」の暴力。


「――貫くんだ」


 俺の体が、わずかに沈み込んだ。

 次の瞬間。


「――セイッ!!」


 ドンッ、という重低音が空気を震わせた。

 俺の放った正拳が、氷の盾のド真ん中に吸い込まれる。


 一瞬の静寂。

 直後、パキィィィィィィンッ!!! という鼓膜を裂くような破砕音が轟いた。


 鉄壁を誇った氷の盾が、中心から放射状にひび割れ、一瞬にして数千の破片となって弾け飛んだ。

 衝撃はそれだけに留まらない。


 突きから放たれた目に見えぬ「圧力」が、氷の破片ごと試験官を吹き飛ばし、背後の石壁に巨大な亀裂を刻み込んだ。


「…………え?」


 試験官は尻餅をついたまま、持っていた杖を落とした。

 砕け散った氷の粒が、光を反射して美しく舞い落ちる。


 会場にいた数百人の受験者たちは、誰一人として声を出せなかった。

 彼らが信奉する「魔法」の常識が、たった一つの拳によって粉々に打ち砕かれたのだ。


「……おい、試験官」


 俺はゆっくりと拳を引き、残心をとる。

 そして、呆然とこちらを見上げる男に問いかけた。


「傷を付けるだけでよかったんだよな? 壊しちまったが……不合格か?」


 この日。

 魔法がすべてを支配するこの世界に、一人の「空手家」が産声を上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ