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ライダー達の短辺小説集  作者: 霧笛の火魔人


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18/18

【ツーリングの朝】

あさ六時。

目覚ましが鳴るより少し早く、わたしは目を覚ました。


今日は舞鶴だ。

かき小屋で、殻ごと、湯気を上げる牡蠣を豪快に食す――そのためだけに、この寒い朝に起きる価値がある。

布団の中でそう思うだけで、胸の奥がじわっと温かくなる。

外はきっと冷えている。

でも天気はいいはずだ。

昨日の夜、天気予報はそう言っていた。


家族はまだ寝ている。父と母、妹。四人暮らしのこの家で、こんな時間に動き出すのはわたしだけだ。

階段を軋ませないように、忍び足で自室を出る。


洗面所で顔を洗い、気合を入れるように軽く頬を叩く。

「よし」


ツーリングの準備は戦いだ。特に冬は。


まずは吸湿発熱機能のある防寒アンダーシャツ。

薄いのに、これがあるかないかで天国と地獄が分かれる。

次に防寒タイツ。

これも吸湿発熱タイプだ。

生地を引き上げながら、太ももを守ることの重要性を改めて噛みしめる。


その上から、ブーツソックス。太ももまである長いやつだ。

冬のツーリングは、とにかく太ももが冷える。

なぜ、太ももが最も冷えるのかよくわからないが、風を受け続けると、感覚がなくなっていく。


さらにその上から、バイク用の「暖パン」。

裏地は風を通さない加工がされている逸品だ。


上はフリース。もこもこして動きづらいが、我慢だ。

その上に、バイク用の防寒ジャケット。

前のジッパーが二重構造で、最後はマジックテープでぴっちり閉じる完全防風仕様。


装着していくうちに、だんだん身体が重くなってくる。


首元が冷えるのでネックウォーマーを被り、ジャケットの下で整える。


グローブは手首まである電熱タイプ。昨晩のうちに充電しておいた専用バッテリーを繋ぎ、手首のポケットに仕込む。

このひと手間を惜しむと、後で後悔する。


ヘルメットはノーズカバーを仕込んだもの。

寒風が上がってこないようにするためだ。

シールドは結露防止の二重タイプ。


冬装備、抜かりなし。


最後に玄関で、足首まであるトレッキングシューズを履く。

ここまでで、もう汗ばんでいる。


玄関を出ると、冷たい空気が一気に流れ込んできた。

「さむ……」


駐車場へ向かう。

普段、通勤に使っているKSR110の横を通り過ぎ、車庫へ。

今日はきみじゃない。


まずはホンダ・フィットの運転席に乗り、ヘルメットを助手席に置く。

エンジンをかけ、家の前に横付けして降りる。


CB400SF(NC42)は、普段は盗難防止の意味で、車の後ろに置いてある。

・・・いや、本当は車を出しやすくするためで、そこしか置き場所がなかっただけだ。


CBのカバーを外し、盗難防止のロックを外す。金属が触れ合う音が、やけに大きく感じる。

早朝の住宅街だ。気を遣う。


CBを押して、フィットの車庫入れの邪魔にならない位置まで移動させる。

重い。とにかく重い。


いったんCBを置いて、再びフィットに乗り、車庫入れをする。エンジンを切り、降りる。

ヘルメットはCBのミラーに被せた。


家の鍵を締める。

まだ六時台。土曜とはいえ、寝ている人も多いだろう。

エンジンは掛けずに、静かにCBを押して歩き始める。


目標は百メートル先の橋だ。

そこを渡れば、少し大きな道路に出る。


ザリザリ……シャラシャラシャラ。

チェーンの音が、静かな朝にやけに響く。


五十メートルほど進んで、いったん止まる。

ジャケットの前を開けると、白い湯気が立ち上がった。


「あっちぃ~」


完全にオーバーヒートだ。

バイクに乗るまでの準備で、体力ゲージが空になっている。


通勤用の小さいバイクなら、家を出てすぐ発進できるのに。

CBは、なんでこんなに大変なんだろう。


再びバイクを押し始める。

ふと、ゴルゴダの丘に向かうキリストの姿を思い出した。十字架を背負って歩く、あの絵。

あれ、映画だっただろうか。そんな画像を見たことがある気がする。

今のわたしには、CBが十字架に見える。


ようやく橋を渡り切った。

太い道の脇にCBを置き、ジャケットの前を閉じる。


ヘルメットを被り、グローブを嵌める。

深呼吸。


バイクに跨る。

「さぁ、行くぞ」


キュルキュル。

ブァン!


暖気もせず、そのまますぐにスタートする。

次の交差点で赤信号に捕まり、停止。


エンジンの鼓動が、太もも越しに伝わってくる。

ここで、しばらく暖気だ。


信号が青に変わる。

暖気を終了して、発進。


交差点を右折すると、車は一台もいなかった。

一気にワクワクが増してくる。


アクセルを開ける。

力強い加速。背中を押される感覚。


「これこれこれ!」


さっきまでゼロだった体力ゲージが、一瞬で満タンになる。

寒さも、重さも、疲れも、全部吹き飛ぶ。


やっぱり――

バイク最高だ。


舞鶴はまだ先。

かき小屋も、その向こう。


でも、もう勝った気がしていた。


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