【CLUB】
重低音の曲で、爆音とともに床が上下に動く。
巨大な円盤フロアの上で、勝手に身体が踊る。
曲に合わせて振られているのか、自分で踊っているのかはどうでもいい。
そんな奴が、満員電車のような密度で、お互いの身体が触れ合うのも気にせずに陶酔している。
クラブの天井は低く、音が溜まる。
店内は薄暗く、レーザーフラッシュが飛び交う。
彼女たちは、フロアを取り巻くように設けられている極太のステンレスパイプで作られた柵の所にいた。
肩を寄せて話し、時折フロアを見ては、同時に笑う。
――二人組。距離が近い。
彼はすぐには行かなかった。
一曲、二曲。
フロアに入って踊る、曲の切れるタイミングで再び柵の位置に戻る。
二人そろって行動し、他に連れがいる気配はない。
曲が切り替わる瞬間。
音が一瞬だけ緩む。
「ごめん」
彼は二人の横、進路を塞がない角度から声をかけた。
「二人に聞いていい?」
二人は同時にこちらを見る。
「今の曲、好き派と耐えてる派、どっち?」
視線が行き来する。
「私は好き派」
「私は……まあまあ派」
彼は笑った。
彼に近い側にいた、ロングヘアの女性が自分の隣にスペースを作った。
「割れた。安心した」
「なにそれ」
彼は、空いたスペースに身体を滑り込ませて、三人が横並びになった。
会話は二対一のままだ。
「今日は踊る日?」
「踊る日だね」
「もう少し行くつもり」
彼はすぐにうなずいた。
「じゃあ邪魔しない」
一歩引く。
「もし途中で水欲しくなったら、バーあっち」
指差しだけ残して、下がる。
二人は一瞬きょとんとしたあと、笑った。
「潔い」と、ショートカットの女性
「今は踊りたい気分だからね」と、ロングの女性
「そうね」
彼はフロアから半歩外れた場所に戻った。
消えないが、追わない。
数分後。
曲が激しくなり、二人は全力で踊り始める。
汗。呼吸。
そして、また曲が切れる。
二人は同時にフロアの端へ戻ってきた。
彼は、同じ場所にいた。
「今は?」
短く聞く。
「疲れた」
「見てたい派」
二人とも、そう答えた。
彼は即座にうなずく。
「正解の時間」
「なにそれ二回目」
と、女性たちは明るく笑った。
「踊り疲れた後だから、休憩」
経験談の形で言う。
「水、取ってくるけど」
一拍。
「戻ってきて、いなかったらそれでOK」
逃げ道を先に置く。
「優しいね」
「回復係」
数分後、ホールの奥にあるバーのカウンターにグラスが三つ並ぶ。
カウンターは、フロアが見えるようにホール際に設置されている。
バーは音が少し遠い。
三人は横一列にならず、ゆるい弧を描いて立つ。
彼が端で中央がロングの子、その反対の端がショートの子
「乾杯する?」
「踊らない時間に」
「回復に」
音を立てない乾杯。
「踊らない時間って」
彼はフロアを見ながら言う。
「人のクセ、よく見える」
「わかる」
「あの人、毎回同じ動き」
笑いが生まれる。
彼は話題を独占しない。
「二人で来るとさ」
片方が言う。
「どっちか疲れると、止まりどころ探すよね」
「今日はここ」
彼は軽くうなずく。
「正解の場所」
人じゃなく、選択を肯定する。
少し間。
「ねえ」
ロングの子が言う。
「クラブにはよく来るの?」
彼は少し考える。
「クラブには初めて来た」
「うっそだぁ~」
ロングの子が笑う。
「ほんとほんと、床が動いててびっくりした」
「あ~ それ、初めてだとびっくりするよね」
「踊り方なんて分からないって思ってたのに、あそこに混じると、勝手に身体が動くんだね」
ショートの子も会話に入る
「フライパンの上で跳ねるお豆さんみたい」
「お、料理をしている人の意見ですね」
「この子、独り暮らしだから、調理も得意よ」
なぜかロングの子が得意げにショートの子の自慢をする。
「なんで、私たちに声をかけてくれたの?」
彼は少し考える。
「楽しんでる側の顔してたから」
個人を褒めるような会話はしなかった。
三人にとって共通となる、いまここで感じる空気を褒めたり、
感じた事を話題にして笑いあった。
曲調が変わる。
テンポが上がる。
「戻る?」
彼が聞く。
「今は見てたい」
「もう少し休む」
彼はうなずく。
「じゃあ、ここ続行」
数分、三人でフロアを眺める。
沈黙が苦しくない。
「お付き合いしている彼女さんはいないのですか?」
「おぉ、いきなり突っ込むねー」
「ごめんなさい」とロングの子
「工業大に通っているんだけど、あそこって女の子がほとんどいないんだ」
「ほとんど?」
「1学年に2~3人、たまにキャンパスで見かけるけど、必ず男子の取り巻きに囲まれてるよ」
「うわー うらやましぃなぁ」とショートの子
「私たちも似たような環境だわ」
「私たち介護士学校の2年なの、あそこって男子がいないから、実質 女子校なのよ」
楽しい会話が続くなかで、ロングの子のスマホから音が鳴った。
「でんわ?」
「ちがう、アラームなの。 終電に送れないようにセットしてあったのよ。」
終電にはまだ余裕がある時間だったが、彼はまとめに入る。
「今日さ、会話出来て楽しかったよ。ありがとう」
「うん」
「たのしかったね」
彼は一拍置く。
二人がこちらを見る。
お酒も入っている、会話も楽しかった、雰囲気は出来上がっている
が、アドレスを聞く一言が出ない。
察したようにロングの子が
「明日の日曜日は何する人なの?」と、助け船を出した。
彼は、なにも考えず予定していた事を口に出した。
「明日は、バイクでツーリングしようと思っている」
ロングの子の表情がパッと明るくなり
「この子もバイクにのっているのよ」とショートの子を指す
驚いたような表情で、ショートの子が固まる
「何に乗っているの?」
「私は250のレブル」
「俺はCL250」
彼は一拍おいて
「予定が空いているなら、一緒にツーリングしない?」
ショートの子も一拍おいて
「タンデムをお願いしてもいい?」
ロングの子が小さくガッツポーズした。




