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ライダー達の短辺小説集  作者: 霧笛の火魔人


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16/18

【ドラッグレース 本戦】

午前の空気が少しずつ温みはじめた頃、場内放送が響いた。


「これより、オープントーナメントクラス予選を開始します」


青年はパドックの片隅で、ヘルメットを脇に置いたまま、その声を聞いていた。

同時に、ストッククラスの予選結果も掲示板に張り出される。


予選トップ――11.5秒


自分の名前の横には、12.5秒 と記されていた。


数字を見た瞬間、青年は無意識に400メートルの直線を思い浮かべる。

ゴール地点の速度は、およそ250km/h。

そこでは、1秒の差が約69メートルにもなる。


「……そんなに違うのか」


改めて距離に換算すると、その差は想像以上だった。

だが、不思議と悔しさは湧いてこない。


――勝つために来たわけじゃない。


そう思うと、その差すらも、どこか他人事のように感じられた。


場内放送は、さらに賑やかさを増していく。

オープントーナメントクラス、優勝候補の予選走行が始まるのだ。


黒い車体。

黒いフルフェイス。

革ツナギは、手足が白く、膝から胸にかけては黒。

そこに、様々なメーカーのロゴが無数にプリントされている。


車両は隼。

スイングアームは延長され、直進安定性を徹底的に追求した仕様だった。


ライダーはバーンアウトエリアに進み出る。

アスファルトの上には、車両の二倍ほどの長さの専用のプレートが敷かれている。

フロントタイヤが乗る位置には、滑り止め加工が施されている。


ライダーは両足を地面につけ、わずかに腰を浮かせた。

フロントブレーキをかけ、軽くエンジンをふかし、クラッチをつなぐ。


――白煙。


ほんの一瞬。

1秒も経たないうちにバーンアウトは終わり、二台のバイクが静かにスタートラインへ着く。


スターティングツリーの最初のランプが灯る。

エンジン回転数が一斉に跳ね上がる。


黄色。

そして、すぐにグリーン。


――爆発。


二台は、強烈な加速で射出された。

両足を地面につけたまま走り、シフトアップの瞬間にステップへ足を乗せる。


「あぁ……」


青年は、思わず声を漏らした。


「両足を下ろしてスタートするのが、正解なのか」


予選二本目。

スタート直後、エンジンが一気に吹け切り、車体がよろけるように蛇行した。

あの違和感の正体が、今になってはっきりと分かる。


片足立ちでは、車体が完全に垂直にならない。

だから、暴れたのだ。


掲示された隼の予選タイムは――9.9秒。


「……すごいな」


素直に、そう思った。


昼休みになると、会場の空気は一気に和らいだ。

キッチンカーのラーメン屋と丼屋に、長い列ができる。


トランポで車両を運んできたライダーたちは、車の周りに机と椅子を並べ、談笑しながら食事をしている。


青年は、自走で来ていた。

一人でコンビニのおにぎりを食べながら、楽しそうな輪を少し羨ましく眺めた。


そして午後。


本戦が始まった。


プロスクータークラスは、距離200メートルでレースが行われている。

場内放送で選手が紹介され、ひときわ大きなエンジン音とともにスタートしていく。


青年は、自分の番が近いことを感じ、準備を始めた。


ストッククラス。

スタート待ちの車列に並ぶ。


全体の、ちょうど真ん中あたり。


――次は、クラッチのことを考えない。


――「全開」で行こう。


そう決めていた。


次々とバイクがスタートし、ついに青年の順番が来る。


「さぁ、いよいよだ」


バーンアウトエリア手前で、スタッフが手振りで問いかける。


――水分、使う?


青年は、首を横に振った。


バーンアウトエリア。

白煙が立ち上る。


タイヤが削れていく感触に、少しだけ胸が痛む。

このバイクは競技専用ではない。

通勤にも、ツーリングにも使う、大切な相棒だ。


スタートラインへ。


隣は、ZX-14R。


ミッションを二速に上げ、両足で車体を垂直に保つ。

深呼吸を一回。


スターティングツリーの最初のランプが灯った。


ブァァァァァァァァ――

5000rpmで、回転数をキープする。


黄色。

そしてグリーン。


バォォォォォォォォォォ――!


回転数を7000rpmへ。

半クラッチで、踏み出す。


グン――。


2速発進のフル加速だ。

強烈な力で、身体が後方へ引きちぎられる。

少し伏せた姿勢でも、振り落とされそうになり、腕に力が入る。


時間が、スローモーションになる。


バウォォォォォ――。


回転数が、わずかに落ちた。

青年は、完全につないでいたクラッチを、指先でほんのわずか引き戻す。


ウォォウォウォォォォォン!


クラッチをシャクリ、パワーバンドをキープしたまま、加速を最大に引き出す。

フロントの接地感が消える。


予選とは、まるで別次元の加速。

これは、制御下にある車両に乗っている感覚ではない。


発射されたミサイルに、必死でしがみついている様な状態だった。


一瞬よぎる不安と、圧倒的なパワーへの高揚感。

それが、胸の奥で交錯する。


世界から色が消えた。

モノクロになる。


メーターは見れない。

頼れるのは、エンジン音だけ。


何キロ出ているのか、もう分からない。

視界が狭まり、トンネルの中を走っているようだ。


もう一速――。


そう思った瞬間、すでにトップギアだと気付く。


フワァオォォォォォォォォォォォォォン


同時に、ゴールを駆け抜けた。


アクセルを戻し、減速。

クールダウン。


首と肩が、ガチガチに固まって痛む。

ヘルメットを脱いでも、頭の中がチリチリと痺れていた。


本戦タイム――10.9秒。


無事に走り終え、ようやく緊張が抜けていく。


その時、青年は奇妙な痛みに気付いた。

頭痛というより、「脳が痛い」。

後頭部の奥が、ズキズキとする。


「……Gの影響、か?」


ストッククラスの優勝者は、10.7秒。


「……けっこう、いい線いけたんだな」


そう思う気持ちと同時に、

――あれより速い人が、いるのか。

という純粋な驚きが湧く。


オープントーナメント優勝は、9.8秒。


その差に、青年はこのスポーツの面白さを感じていた。


「すごいな」

本気で踏み込むほどに、深くなる。


青年は、静かにVmaxのタンクに手を置いた。


――また、全開で走りに来ような ――。


相棒に、そう語りかけた。


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