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バイク小説 短辺集  作者: 霧笛の火魔人


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15/15

【ドラッグレース 予選】

挿絵(By みてみん)


Vmaxは、狂ったように加速した。


アクセルを開けた瞬間、世界が後方へと引きちぎられる。

腕が伸び、腹に風が叩きつけられる。


それは、制御下にある車両というよりも、"加速し続ける鉄の塊に、必死でしがみついている"という感覚に近かった。


――



青年は、ドラッグレースに出場するため、会場の車検ラインに並んでいた。


山中に作られた自動車メーカーのテストコースは、早朝にもかかわらず、すでに独特の緊張感に包まれている。

アスファルトの上には朝露が残り、冷えた空気の中に、ガソリンとオイルの匂いが混じって漂っていた。


青年のバイクは、ヤマハ Vmax1200

黒い車体は年季が入っているが、雑な印象はない。

綺麗にされたフレーム、くすみのないエンジン。

丁寧に使い込まれた機械だけが持つ、独特の落ち着いた輝きがあった。


オフィシャルが三人がかりで、バイクを囲む。


「ストッククラスですね。変更点はありますか?」


「ウインカーが社外品になってるくらいです。駆動系も制動系も、ノーマルのままです」


青年は、少しだけ緊張した声で答えた。


このVmaxは、普段は通勤に使っているバイクだ。

渋滞の中をすり抜けもせず、夏場はエンジンの熱気に蒸し焼きにされながら、地味に走っている。



「はい、問題ありません」


オフィシャルの声に、青年は小さく息を吐いた。


ふと周囲を見渡すと、実に様々なバイクが並んでいる。

スクーター、アドベンチャー、パニアケースを付けたままのツアラー。

さらに奥には、大昔のビンテージバイクまでいる。


一方で、極太のリアタイヤを履き、原型が分からないほど作り込まれた本気のドラッグマシンも混じっていた。


一番多いのは、やはり「隼」だろうか。

ZX-14Rも目につく。


GSX-R1000。

ZZR1400。

直線性能に物を言わせる、強力な市販車ベースの車両たち。


レースはクラス分けされている。


プロオープン。

改造制限なし、300馬力超えの化け物が走る世界。


オープントーナメント。

市販車ベースの幅広い車両が集まる、人気クラス。


H-Dクラス。

ヴィンテージスーパーバイク。

プロスクーター。


そして、青年がエントリーした――「ストッククラス」


アメリカで人気のプロオープン車両は、ほとんど見かけない。

日本のドラッグレースは、プロの見世物ではない。

個人が、自分のバイクで楽しむためのものだ。


青年は、今回が初参加だった。

特別ドラッグレースが好きというわけでもない。


ただ――

自分のバイクで、思いっきりアクセルを開けたかった。


それだけだった。


車検が終わり、パドックに戻ると、ほどなくミーティングが始まった。


「午前中は予選三本。午後から本戦です」


淡々と説明が続く。


ミーティングが終わると、すぐにプロスクータークラスの予選が始まった。

2ストローク特有の、甲高い音が会場に響く。


パンパン、バララララララ。


大きく膨らんだチャンバーを張り出したスクーターが、スタートラインに並ぶ。

レフトコースに白いスクーター、ライトコースに赤いスクーターだ。

ライダーはフルフェイスに革ツナギ。


スターティングツリーの黄色いライトが、順番に灯る。


パァーーーーン。


ライトのグリーンが点灯すると同時に、二台は弾かれたように飛び出した。

スクーターとは思えない初速に、青年は思わず息を呑む。


自分のVmaxの元へ戻り、タイムスケジュールを見ながら、青年は少し悩んだ。


Vmaxのクラッチディスクは消耗品だ。

このバイクに限って言えば、ブレーキパッドより交換頻度が高い。


予選と本戦で、合計四本。

フル加速を繰り返して、持つだろうか。


――新品に替えてくればよかったな。


そんな後悔が、胸をよぎった。


やがて、ストッククラス予選の案内が入る。


革ツナギを着込み、ヘルメットを被る。

ストッククラスは、一番参加人数が多い。


普段使っているバイクで、気軽に遊びたい。

そんな人間が、ここには集まっている。


ドラッグレースは敷居が低い。

だが、「勝ちたい」と思い始めた瞬間から、底なし沼になる。


青年は、まだそこまで踏み込むつもりはなかった。




予選一本目


手順を確認するように、普段と変わらない発進。


400メートル。

タイムは――15.7秒。


まぁ、あれだ・・・・





予選二本目


隣のGSX-R1000が、バーンアウトエリアで白煙を上げる。


青年は少し迷い、そのまま通過した。


スタート。

一気にアクセルを開ける。


タコメーターが一瞬で跳ね上がる。


VmaxにはVブーストと呼ばれる特殊な機構がある。


このVブーストはエンジンの回転数が7000rpm(かいてん)になると、機構的に吸気が変化するもので、一気にパワーが増幅される。


Vmaxという車両の最大の魅力だ。



青年のVmaxはスタート加速はしたが、その有り余るパワーで一瞬で吹け切ってしまった。


間髪入れず、二速へ。


青年はグッと置いて行かれるように引っ張られ、ハンドルにしがみつく。



青年の前方をGSX-R1000が走る。だいぶ離されてしまった。


それでも車速はどんどんあがり、トップギア全開走行でゴールを走り抜けた。


一瞬、スピードメーターに眼をやったが、速度を読んでいる余裕はなかった。

すぐにアクセルを戻し、減速に移る、リッターバイクはアクセルを戻すだけで強いエンジンブレーキがかかる。



青年の目的は勝利ではない。


普段は、車に挟まれて、エンジンから立ち上る強烈な熱気に蒸し焼きになりながら、ゆっくりと走り続けている。


余すところなく全開で走れて、Vmaxも喜んでいるような気がした。





予選三本目


青年は、バーンアウトを試した。


フロントブレーキをしっかりとかけて、体重をフロントフォークの上に乗せる。


本来は、クラッチをスパッと繋げるのだが、少し恐怖心があったのかジワッとつなげてしまった。


それでも、後輪の位置に水が撒いてあるので、意外なほど簡単にリアは空回転を始めた。


トルクの太いエンジンなので、回転数は3000rpmなのにストールする気配すらない。


青年は白煙が無いまま、リアタイヤをホイルスピンさせた後、スタートラインに並んだ。



予選二本目は一瞬で吹け切ってしまった。これなら、最初から2速でよいのではなかろうか?

シフトペダルを上に掻き上げた。



スターティングツリーのライトが順番に灯り、グリーンライトが点灯した。



一気にアクセルを全開にする。


予想通りに、2速発進でもエンジンは苦しがることなくスムーズに加速してゆく。



コース脇に並ぶ仮設テントが後方にぶっ飛んでいく。



視界の中、隣を走るZZR1400が、わずかに後方に見える。


きつめのフィッティングにしてあるフルフェイスなのに、口元のスペースが風圧に押されて無くなってしまっている。



ファオーーーーーン



400mポイントを通過して減速に移る。



     気持ちいい



シールドを上げて、顔面で風を受けた。


予選タイムは12.5秒


午後はいよいよ本戦だ。



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