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バイク小説 短辺集  作者: 霧笛の火魔人


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14/15

【ナイトライダー】

挿絵(By みてみん)


大盛りのナポリタンスパゲティーの上に、大きなソーセージが一本、どんと乗っている。


これが実にうまい。

毎日食べているのに、まったく飽きない。


ときどき混じっている、焦げた部分が絶妙だ。

少し苦くて、少し香ばしくて、歯に当たる感触がいい。

腹が減っているので、どうしても詰め込み気味にガッツいてしまう。


ソーセージをどのタイミングで齧るか。

それが、このメニュー最大のポイントだ。


最初に手を付けるのは野暮だし、最後まで残すのも違う。

フォークで刺すと、


パン


と、小気味よい音がして、わずかに肉汁が飛び散る。

その瞬間がいい。


ソーセージの三分の一ほどを噛み切る。


——うん、やっぱりうまい。


これで350円。

大学の学食は、最高だと思う。


朝から夕方まで、ガソリンスタンドでみっちり働いている。

オイル交換、洗車、タイヤの空気圧チェック。

夏は照り返しがきつく、冬は指先がかじかむ。


夕方からは、そのまま工業大学の二部の講義に向かう。

作業着を脱いで、シャツに着替え、油の匂いを軽く落とす。

それだけで一日が二回始まるような感覚になる。


授業が終わるのは、だいたい午後11時。

だから晩飯は、授業の始まる前に学食で済ませるのが習慣だった。


二部大学は、基本的に社会人学生が多い。

昼間は会社や工場で働き、夜に勉強しに来る連中だ。


教授たちも、それをよく分かっている。

「疲れている奴は、寝ていてもいいぞ。ほかの邪魔にならないようにすれば、飯を食っていてもいい」


そんな言葉を、冗談めかして本気で言う。


二部の勤労学生は、総じて真面目だ。

仕事をしながらでも学びたい、という理由で集まっているのだから当然だろう。


一方で、一部の学生たちはキャンパスライフを謳歌している。

授業が終わればサークルに行き、研究室に残り、仲間とだべる。

同じ大学生でも、まったく違う時間が流れている。


授業は1コマ90分。

一日に2コマか3コマ。


今日の3コマ目は「力学」だった。

黒板にベクトルの式が次々と書き込まれていく。


ノートに写していくが、この3コマ目が一番つらい。

体力も集中力も、ちょうど底をつく時間だ。


斜め後ろの学生の頭が、ふらふら揺れている。

白目をむいて、必死に耐えているのが分かる。


自分が眠いときに、他人が居眠りをこらえている姿を見ると、不思議と目が覚める。

ああ、みんな同じなんだな、と思えるからだ。


講義がすべて終わり、教室がざわつき始める。

ノートを閉じ、ペンをしまい、帰り支度をする。


この工業大学は大阪市内にあり、背後には淀川の河川敷が広がっている。

レンガ造り風の8階建て校舎。

キャンパスは広いが、自動車通学は禁止だ。


駅からは少し距離がある。

だから必然的に、バイク通学の学生が多い。


帰宅しようとする学生たちが、一斉にエンジンをかける。

基本はアイドリングなのに、台数が多いせいで音が大きい。


ズズズズズ……


時間的に気が引けるほどの地響きだ。


わたしは自分のVF750セイバーの前に立つ。

キーを回し、セルを回す。

低く太い音が腹に響く。


皮ジャンのジッパーを首元まで引き上げる。

教科書と作業着を詰め込んだデイパックを背負う。

ショウエイのフルフェイスを被る。


シールドはミラーに換えてある。

だから、まだ開けたままだ。


周囲のバイクに気を配りながら、駐輪場を出る。

チョークレバーを戻し、ゆっくりと走り出す。


駐輪場は阪神高速の高架下にある。

コンクリートに音が反響し、エンジン音が増幅される。


しばらく走ると大通りに出る。

そこを曲がれば、淀川に架かる大橋だ。


夜11時すぎ。

車の数は少ない。


橋の手前の信号で止まると、同じように帰路につく学生たちのバイクが集まってくる。

横一列に並ぶ。


わたしはシールドを下ろした。


横の信号が、青から黄色へ。


ガシャ


一斉にミッションの音が鳴る。


ブォォォォォ……


アイドリングだった音が、低い連続音へ変わる。


信号が青に変わる。


ブァァァァァァァァン!


一斉に加速する。


大橋は、両端の信号まで含めると約一キロ。

オレンジ色の照明が、次々と後方へ吹き飛んでいく。


ほんのわずかな時間。

それだけの、ささやかなストレス発散。


速度を落とし、橋を渡り切る。

国道の両側にはビルが並び、ネオンサインが光っている。


深夜は、なぜこんなにも解放された気分になるのだろう。


月夜に凶暴になる狼男。

深夜に美女を襲うドラキュラ。


夜の空気には、理屈では説明できないワクワクがある。


ミラーシールドの内側に、光が流れる。

幾筋もの光の帯が、後ろから前へと流れていく。


シールド越しに見える世界では、光は前から後ろへ流れる。

現実と反射。

二つの光が逆方向に流れ、視界の中で重なり合う。


それは、ナイトライダーだけが知っている風景だった。


昼と夜の境目を、二つの世界を跨いで走る者だけが見ることのできる、静かな祝福。


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