【ナイトライダー】
大盛りのナポリタンスパゲティーの上に、大きなソーセージが一本、どんと乗っている。
これが実にうまい。
毎日食べているのに、まったく飽きない。
ときどき混じっている、焦げた部分が絶妙だ。
少し苦くて、少し香ばしくて、歯に当たる感触がいい。
腹が減っているので、どうしても詰め込み気味にガッツいてしまう。
ソーセージをどのタイミングで齧るか。
それが、このメニュー最大のポイントだ。
最初に手を付けるのは野暮だし、最後まで残すのも違う。
フォークで刺すと、
パン
と、小気味よい音がして、わずかに肉汁が飛び散る。
その瞬間がいい。
ソーセージの三分の一ほどを噛み切る。
——うん、やっぱりうまい。
これで350円。
大学の学食は、最高だと思う。
朝から夕方まで、ガソリンスタンドでみっちり働いている。
オイル交換、洗車、タイヤの空気圧チェック。
夏は照り返しがきつく、冬は指先がかじかむ。
夕方からは、そのまま工業大学の二部の講義に向かう。
作業着を脱いで、シャツに着替え、油の匂いを軽く落とす。
それだけで一日が二回始まるような感覚になる。
授業が終わるのは、だいたい午後11時。
だから晩飯は、授業の始まる前に学食で済ませるのが習慣だった。
二部大学は、基本的に社会人学生が多い。
昼間は会社や工場で働き、夜に勉強しに来る連中だ。
教授たちも、それをよく分かっている。
「疲れている奴は、寝ていてもいいぞ。ほかの邪魔にならないようにすれば、飯を食っていてもいい」
そんな言葉を、冗談めかして本気で言う。
二部の勤労学生は、総じて真面目だ。
仕事をしながらでも学びたい、という理由で集まっているのだから当然だろう。
一方で、一部の学生たちはキャンパスライフを謳歌している。
授業が終わればサークルに行き、研究室に残り、仲間とだべる。
同じ大学生でも、まったく違う時間が流れている。
授業は1コマ90分。
一日に2コマか3コマ。
今日の3コマ目は「力学」だった。
黒板にベクトルの式が次々と書き込まれていく。
ノートに写していくが、この3コマ目が一番つらい。
体力も集中力も、ちょうど底をつく時間だ。
斜め後ろの学生の頭が、ふらふら揺れている。
白目をむいて、必死に耐えているのが分かる。
自分が眠いときに、他人が居眠りをこらえている姿を見ると、不思議と目が覚める。
ああ、みんな同じなんだな、と思えるからだ。
講義がすべて終わり、教室がざわつき始める。
ノートを閉じ、ペンをしまい、帰り支度をする。
この工業大学は大阪市内にあり、背後には淀川の河川敷が広がっている。
レンガ造り風の8階建て校舎。
キャンパスは広いが、自動車通学は禁止だ。
駅からは少し距離がある。
だから必然的に、バイク通学の学生が多い。
帰宅しようとする学生たちが、一斉にエンジンをかける。
基本はアイドリングなのに、台数が多いせいで音が大きい。
ズズズズズ……
時間的に気が引けるほどの地響きだ。
わたしは自分のVF750セイバーの前に立つ。
キーを回し、セルを回す。
低く太い音が腹に響く。
皮ジャンのジッパーを首元まで引き上げる。
教科書と作業着を詰め込んだデイパックを背負う。
ショウエイのフルフェイスを被る。
シールドはミラーに換えてある。
だから、まだ開けたままだ。
周囲のバイクに気を配りながら、駐輪場を出る。
チョークレバーを戻し、ゆっくりと走り出す。
駐輪場は阪神高速の高架下にある。
コンクリートに音が反響し、エンジン音が増幅される。
しばらく走ると大通りに出る。
そこを曲がれば、淀川に架かる大橋だ。
夜11時すぎ。
車の数は少ない。
橋の手前の信号で止まると、同じように帰路につく学生たちのバイクが集まってくる。
横一列に並ぶ。
わたしはシールドを下ろした。
横の信号が、青から黄色へ。
ガシャ
一斉にミッションの音が鳴る。
ブォォォォォ……
アイドリングだった音が、低い連続音へ変わる。
信号が青に変わる。
ブァァァァァァァァン!
一斉に加速する。
大橋は、両端の信号まで含めると約一キロ。
オレンジ色の照明が、次々と後方へ吹き飛んでいく。
ほんのわずかな時間。
それだけの、ささやかなストレス発散。
速度を落とし、橋を渡り切る。
国道の両側にはビルが並び、ネオンサインが光っている。
深夜は、なぜこんなにも解放された気分になるのだろう。
月夜に凶暴になる狼男。
深夜に美女を襲うドラキュラ。
夜の空気には、理屈では説明できないワクワクがある。
ミラーシールドの内側に、光が流れる。
幾筋もの光の帯が、後ろから前へと流れていく。
シールド越しに見える世界では、光は前から後ろへ流れる。
現実と反射。
二つの光が逆方向に流れ、視界の中で重なり合う。
それは、ナイトライダーだけが知っている風景だった。
昼と夜の境目を、二つの世界を跨いで走る者だけが見ることのできる、静かな祝福。




