『みじかい小説』062 / 年明けの居酒屋で
年明け早々、専門学校時代の友人の斎藤が呑みに誘ってくれたので、俺は仕事を早めに切り上げて約束の居酒屋へと向かった。
「おう、元気だった?」
斎藤は学生の頃から変わらぬ恵まれた体格で、居酒屋の長椅子にどかっと座って待っていた。
「すいません、生二つ」
すぐにお通しが運ばれてきて、どちらからともなく箸をつける。
「どう?最近」
もぐもぐしながら、斎藤が尋ねる。
「んー普通。朝起きて飯食って仕事行って仕事して帰って飯食って糞して寝てる」
「なんだよ、それ」
そう言って、泡のヒゲを作りながら、斎藤は軽やかに笑った。
「お母さん、元気?」
斎藤の言う「お母さん」とは、もちろん俺の母親だ。
俺が母子家庭で育ったことは専門学校時代、知らない奴のほうが少なかったろう。
「うん、ピンピンしてる」
「そう言っていられるのも、いまのうちだけだぞ」
そう言って、斎藤はその面からすっと笑顔を消した。
何かを言いかけている気配を察して、俺は斎藤の顔をじっと見つめる。
「親父がな、がんなんだ」
斎藤は短く言った。
「そっか」
俺はこういう時、何と言っていいか分からなかった。
「どこの」
一応、これくらいは尋ねても失礼には当たらないだろう点を攻めてみる。
「胃」
斎藤は短く答えた。
「そっか」
それきり、俺たちはしばらく無言になり、生をちびちび口にして空いた皿を見つめたり、はたまた宙を見つめたりしていた。
やがて斎藤が口を開き、
「ごめんな、重い話して。でも秋山ならこういう話、聞いてくれると思ってよ」
と言った。
うれしいことを言ってくれる。
しかしそれは、俺が母子家庭で育ったからという意味だろうか。
さすがにそれを聞くほど空気の読めない人間ではない。
「いいって。気にすんな。で、どうすんの?これから」
俺はつとめて冷静に、それでいて重すぎない感じで尋ねた。
「治療費やら手術費用やらは親父の貯金でなんとかなるんだが、いかんせん、おふくろがショック受けちゃってて。そっちの方が大変」
「なるほどなぁ。両親が揃ってると、そういう気苦労があるのな」
「あ、ごめん」
「いいって」
結局、この夜は、斎藤の両親のことについてひとしきり話を聞いてお開きとなった。
斎藤は少し気が楽になったと言って、何度も感謝の言葉を口にして帰って行った。
俺はなんとなく、明日から仕事頑張ろうという気になって、雪のちらつくなか、一人家路についたのだった。




