巨神の城①
巨大な岩塊が鎮座していたはずの場所まで、あと少し。
アイリスは、ニコの細い手を引いて夜の荒野を急いだ。
月光に照らされた地面は白く、吐き出す息も凍えるように白い。
だが、ある一点を越えた瞬間、彼女はピタリと足を止めた。
「……ない?」
アイリスの考えを代弁するように、ニコが呆然と声を漏らす。
夕暮れ時、確かにそこにあったはずの、天を衝くような巨神の影が消えていた。
そこにあるのは、不自然なほど平らにならされた広大な地面と、夜の静寂だけだ。
「そんなはず……どうして? あんなに大きなものが消えるはずないわ」
夜の闇の中とはいえ、あれほど巨大な岩塊を見逃すはずもない。
肌を刺すような冷気が支配する荒野の中、ふたりは辺りを探しまわった。
道中、ひとつの硬いパンを割り、震えるニコに分け与える。
そして自分の魔力を痩せ衰えているニコの背中に回し、彼の体温を維持した。
「もしかしてボク、寒さと空腹で……頭が変になってるのかな」
「いいえ、そうじゃないわ。ここを触ってみて、ニコ。かすかだけど地面の石が熱を持っているの」
地表に手を触れ、アイリスはそう断じた。
指先のあかぎれが、かすかに残留している魔力を感知する。
このかすかな余韻。
魔法が一時的な待機状態となったときに発する、特有の余韻に似ていた。
「……ここには、ついさっきまで膨大な質量と魔力を持った『何か』が存在していたのよ」
アイリスは視線を上げ、平らな地面の中央へと歩いていく。
「……アイリス様、あそこ!」
ニコが声を上げ、平らな地面の中央を指差した。
そこには、人のような形をした影があった。
近付いてみると、漆黒の外套に身を包み、膝を抱えて座り込んでいる男がいた。
月光に照らされた銀髪は、透き通るように白い。
その肌も、夜の闇に溶けてしまいそうなほどに希薄だった。
「……あなたは、誰? ここで何を……?」
アイリスが問いかけると、男はゆっくりと顔を上げた。
吸い込まれるような碧眼。
だが、その瞳には光がない。
深い疲弊の色を滲ませている。
「……朝を、待っている」
地の底からひびくような、掠れた声。
今にも倒れてしまうのではないか。
アイリスは心配になって、彼の傍へ駆け寄った。
直後。
アイリスは、男の中に異様な魔力が宿っているのを感じた。
かすかだが、間違いない。
人間が持つはずのない、無機質な魔力だ。
「……あなた、もしかして」
アイリスはその場で足を止め、男を見据える。
無機質な魔力を宿す存在。
彼は、ここにあったはずの巨大なゴーレムと関係がある。
アイリスの視線を察した男が、掠れた声で笑った。
「……ずいぶんと研ぎ澄まされた魔力を持った娘だ。私がどのような存在であるか、察したか」
「そうね。とりあえず人間じゃないってことは」
「その通り。隠すつもりもない……私は、おそらく君たちが、先ほどからずっと探していた存在だ」
そう答えた男が、自嘲気味に微笑む。
アイリスは驚き、辺りを見回した。
あの巨大な岩塊と、この男が同じだというのか。
姿形は当然のこと、大きさがまるで違うではないか。
するとアイリスの戸惑いを察してか。
男が自らの身体を指差した。
「光がなければ、私はこの身体を維持できない。……魔力が、底を突いているからだ。千年の間、私を『管理』する者が現れなかったからな」
男が再び、自嘲気味に微笑んだ。
その姿に、アイリスは言いようのない既視感を覚える。
誰にも頼られず、誰にも見向きもされず、ただ「盾」という役割だけを握りしめて擦り切れてしまった存在。
(……私と、同じだ)
アイリスは、ニコの手を引いて男の隣に歩み寄った。
そして、自分もまたその冷たい地面に腰を下ろす。




