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祝祭の影と死の荒野①


王都を出てから十数日。

アイリスを乗せた古びた荷馬車が、ゴトンゴトンと絶え間ない律動を刻んでいる。

石造りの壮麗な街並みはとうに地平線の彼方へ消えていた。

視界を占めるのは、赤茶けた土とひび割れた岩が連なる、草木もまばらな荒野だけ。


舗装された道などはない。

車輪が石を跳ねるたび、荷台が大きく跳ねる。

その衝撃が、アイリスの痩せた身体を容赦なく揺さぶった。


荷馬車の御者が、時折不安げに空を見上げる。

そこには、王都では見たこともないような、瘴気を滲ませた薄闇の雲。



「聖女様、本当にここでよろしいんで? この先は『静寂の草原』……。瘴気が濃く、魔物も出没する呪われた土地だ」


「ええ、構いません。……それと、もう私は聖女ではありませんから」



アイリスは、荷台の隅で静かに答えた。

彼女が去った後、王都から追っ手が来る気配はない。

エドワード王太子にとって、アイリスはもはや使い古した道具と同じ。

捨てた道具がどこに転がっていようと、興味さえないのだろう。


アイリスは、手袋を脱いで自分の指先を見た。

赤紫に腫れ上がっていた関節の痛みが、驚くほど引いている。

結界への絶え間ない魔力の供給から解放されたからだ。

代わりに、これまで感じたことのない喪失感が胸をかすめる。



(……静かすぎる)



脳裏に常にひびいていた、結界が軋む不快な音。

何万もの術式を管理するための精神的な重圧。

それが消えた世界は、あまりに広く、そして頼りなかった。


ふと、遠くの空に目を向ける。

王国領には、盾の聖女にだけ見える「守護結界」の光が薄らと見えている。

だが、アイリスの目には、その光がすでに死を待つ者の断末魔のように見えた。

彼女という「核」を失った結界は、貯蔵されていた予備の魔力を食いつぶしながら稼働しているに過ぎない。



(あと、十日。早ければ三日で、穴が開くかな)



それを防げる者は、もうあの国にはいない。


夕暮れ時。

荷馬車が止まったのは、荒野の果てにある、ひび割れた大地に囲まれた小さな村だった。

かつては青々と豊かな土地だった「静寂の草原」。

今や瘴気に蝕まれ、見る影もない。

村人たちの顔には、深い絶望が刻まれていた。



「着きましたよ、聖女……あ、いや、アイリス様。あそこに見えるのが、アイリス様が探してた『遺物』だ」



御者が震える指で差した先。

そこには、山と見紛うばかりの巨大な岩塊が座していた。


古代ゴーレム、ゼノン。

数千年以上前、神話の時代に作られたとされる巨神。

今は、風化し、ただの奇妙な形をした断崖絶壁にしか見えない。


先代の聖女は、死の間際にアイリスにこう告げた。



『アイリス、もしも世界に絶望し、行き場を失ったなら、あの動かぬ巨神の元へ行きなさい。あれは城であり、国であり、盾の聖女たちの最後の家なのです』



その言葉を、巨大な岩塊に重ねる。

本当にあの岩塊が、盾の聖女にとっての最後の家となるのか。

不安が脳裏をよぎる。

しかし今更、行くあてなどない。


アイリスは荷馬車を降り、村の外れへと歩き出した。

村人たちの虚ろな視線が突き刺さる。

彼らは、アイリスが「元聖女」であることなど、知らないのだ。

瘴気が蝕むこの村へやってきた彼女は、村人たちにとって異物に等しかった。

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