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盾の聖女の「退職願」②


謁見の間の扉が開くと、そこには眩いばかりの光景が広がっていた。

魔法石を散りばめた黄金の鎧を誇らしげに鳴らす王太子エドワード。

その隣には、華やかなドレスを纏い、腰に聖剣を佩いた「剣の聖女」カトリーナ。



「遅いぞ、アイリス。貴様を待つ間に、祝宴の酒が一杯余計に空いたではないか」



エドワードが不機嫌そうに鼻を鳴らす。

その足元には、アイリスが数日前に提出した『結界維持・補正予算案』の書類。

踏みつけられたように散らばっていた。



「……申し訳ございません。結界の微調整に時間がかかりました。それで、殿下。先日の予算案の件ですが――」


「ああ、あれか」



エドワードは足元の書類を蹴り飛ばした。



「却下だ。こんなものに金は出せん」



アイリスの思考が一瞬、止まる。



「……却下、ですか? しかし殿下、結界の核となる魔法石が劣化し、すでに限界です。新たな魔法石を購入し、一度大規模な再構築を行わなければ、来月には瘴気の侵入を許すことになります」


「ハッ! 臆病者の言い訳は聞き飽きた!」



エドワードが椅子を蹴って立ち上がった。



「見ろ、カトリーナの勇姿を!」



エドワードが剣の聖女カトリーナへ視線を流す。

その目は、彼女の勇姿を見るというより、色恋を宿しているようだった。



「美しき聖女カトリーナの剣があれば、瘴気など一掃できる。現に、彼女は今回の遠征で一度も結界に頼らず、魔獣を斬り伏せてきた」



当然のことをさも偉業のように宣わるエドワード。

しかしカトリーナは剣の聖女だ。

結界に頼らず魔獣を倒すことは、彼女の務めである。

にもかかわらず、エドワードは言葉をつづける。



「それなのに貴様は……地下室に引きこもって『予防』だの『点検』だのと言っては、湯水のように国庫を浪費する。……アイリス、貴様、本当は着服しているのではないか?」


「殿下、それは心外です。私は……」


「お黙りなさい、アイリス」



カトリーナが、鈴を転がすような声で遮った。

その瞳には、隠しきれない優越感を揺らしている。



「貴女のやり方は、あまりに古臭くて非効率的なのです」


「こ、古典的……ですか?」



アイリスは首を傾げた。

アイリスの守護魔法は、むしろ革新的だった。

絞られた予算内で購入した魔法石を効率的に使い、多重結界を維持している。

華やかにも無遠慮に魔力を浪費するカトリーナのほうが、古典的というものだ。


そんなことも知らず、カトリーナが胸を張る。



「いいですか、アイリス? 城の中に閉じこもっているだけの平和に、民衆は飽きています」


「別に、城の外には出れますよ。瘴気が抑えられた、魔獣のいないところなら――」


「そういうことではありません」


「はい?」


「民衆は、『守るだけの盾の力』に疑念を抱いているのです。だってそうでしょう? 私の『敵を撃ち滅ぼす剣の力』で魔獣と瘴気を撃ち払えば、結界なんて不要になるのですから」



カトリーナが自慢の聖剣を抜き放ち、片眉を上げた。

根拠のない過剰な自信に、アイリスは内心呆れ果てる。

それが出来るなら、自分の手が腫れ上がるまで働きはしない。

剣の聖女と同様に、盾の聖女もまた、この国には必要不可欠な存在なのだ。


そんなことも分からず、カトリーナが再び胸を張る。



「なのに、あなたときたら自分の価値を押し上げるために無駄な維持費を要求してばかり。結界なんて祈るだけで事足りるのに、どうして大金が必要なんですの?」



カトリーナの傲慢な言葉。

周囲の貴族たちが同調し、嘲笑いだした。



「そうだ、地味な聖女はもういらん」


「カトリーナ様こそが王国の光だ」


「アイリスがいなくなれば、最新の軍備が整うぞ」



アイリスは、自分のあかぎれを覆う手袋を強く握りしめた。

この人々は、知らないのだ。

平和が「無料」だと思い込んでいる。


王国の人々が瘴気に怯えず、腐敗した水に苦しまず、夜に安心して眠れるのは、なぜか。

誰かが一日中、血を流しながら大地と壁を修復しつづけているからだ。

彼らは揃いも揃って、そうした想像力が致命的なほど欠如しているらしい。

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