新月の夜の脆弱な契約③
「ゼノン!」
アイリスは躊躇うことなく、ゼノンの身体を抱きしめた。
「ダ、ダメだ! マスター、離れ――」
「勝手に言っていなさい。私は、せっかく手に入れた私の城を、安々と手放すつもりはないわ」
藻掻くゼノンを抑え込むように、抱きしめる力を強める。
瞬間、血液が沸騰するような衝撃が全身を駆け巡った。
魔力が奔流となって、ゼノンに引き抜かれていく。
視界が真っ白に染まり、意識が搔き乱される。
「ニコ、こちらへ! 私の手を掴んでいて!」
「は、はい!」
狼狽えていたニコが、アイリスの言葉で我に返る。
すぐさまアイリスの手を握り、祈るように膝を突いた。
嵐のように搔き乱される意識の中で、ニコの手の温かさだけが、正気を保たせる。
それを命綱にして、アイリスは魔法の術式を組み立てはじめた。
(まずは、私の魔力から……吸い取られすぎないよう、小さな結界を張るのよ)
魔力を吸い上げようとするゼノンの力は、尋常ではない。
自分の魔力を守るための結界は、何重にも、何種類にも構築する。
同時に、新月の呪いの力も抑え込まなければならない。
呪いそのものは消せなくとも、弱めることはできるはずだ。
「ゼノン! 私の声を聴いて! 私の魔力にだけ集中して!」
「ダ、ダメだ……! マスター、やめろ……!」
「ゼノン、これは慈悲なんかじゃない。契約よ」
「……け、契約?」
「私があなたに魔力をあげる。だからあなたは、私のためにこの城を維持して。……あなたはもう、私のものなんだから」
そう。
これは、聖女としての献身ではない。
所有者としての、傲慢な宣言だ。
その宣言を皮切りにして、アイリスは自らの魔力を最適化させていく。
自分自身と、ゼノンの呪いに結界を張り巡らし、最適化した魔力を効率よく供給する。
その計算され尽くした魔法の術式は、温かさを宿していた。
熱を孕む魔力。
ゼノンは、全身を細かく震わせる。
存在しないはずの魂が、震えているのか。
契約に込められた、人の温もりを受けて。
これは、ただの演算結果ではない。
この世に意識を持って、初めて。ゼノンは静かに、アイリスへ頭を預けるのだった。




