第9話:断熱材の聖域と、熱効率の革命
「……いいか、僕は試験があるんだ。睡眠不足は脳の演算速度を著しく低下させる。だから、この『野宿』という非効率な状況を、工学的に改善する」
クレアの提案から聖都への帰路、深い森の中で夜を迎えた一行。カズキは不機嫌そうに、カバンから『アルミ蒸着レスキューシート』と『折りたたみ式の携帯コンロ(エスビット風)』、そして『パラコード』を取り出した。
「カズキ殿、何を……? 聖騎士たるもの、冷たい地面の上で精神を研ぎ澄ますのも修行のうち。このような薄い銀色の布など……」
クレアが困惑した表情で銀色のシートを指差す。
「修行で単位が取れるなら苦労しない。いいかクレア、地面は巨大な『ヒートシンク(放熱板)』だ。体温を伝導で奪われれば、免疫力が下がり、判断力が鈍る。……アリス、お前のその無駄に高い熱量の魔法、少しは役に立てろ」
「はい、師匠! 『火炎放射(火遊びレベル)』ですね!」
「違う! お前はそこにある石を、赤外線放射が安定するまで一定温度で加熱し続けろ。僕がこれから『蓄熱式床暖房』を作る」
カズキは手際よく地面を少し掘り、そこにアリスが加熱した石を並べ、その上を乾いた土で覆った。さらにその上にアルミシートを敷き、パラコードで木々の間にタープ(屋根)を張る。
「……できた。アイリス、お前は管理者権限で、この空間の『換気効率』だけ固定しておけ。一酸化炭素中毒は御免だ」
「えー、寝てる間ずっと? 報酬はポテチ大袋ね」
いまさらながら、こいつのポテチはどこから取り寄せているのだろうか…
数十分後。
「な、なんですかこれ……! 暖かい……! まるで、春の陽だまりの中にいるようです!」
アルミシートの上に座ったクレアが、驚愕に震えていた。
「地面からの熱伝導をアルミの反射層で遮断し、さらに下の蓄熱石から放射熱を循環させている。タープの角度は煙の排気と保温のバランスを計算して最適化した。……これが『居住性』という名の工学だ」
カズキはさらに、固形燃料とアルミ製のクッカー(コッヘル)を取り出し、アリスが持っていた「干し肉」と「謎の野草」を放り込んだ。
「アリス、火力の調整は僕がやる。お前はただ、この鍋の底に一定の『熱流束』を維持するイメージを持て」
「は、はい! 『対流しろ、対流しろ……!』」 アリスが必死に数値を意識しながら魔力を注ぐ。やがて、アルミクッカーの中で具材が踊り、ただの干し肉が信じられないほど柔らかいスープへと変わっていった。
「……う、うますぎる。私たちが今まで食べていた、焦げた肉や冷たいパンは一体……」
クレアは涙を流しながらスープを啜り、アリスは「師匠の計算通りに熱を入れるだけで、魔法が美味しくなるなんて……!」と感銘を受けている。
アイリスだけは、暖かいシートの上でポテチを食べながら不敵に笑った。
「ねえ、カズキ。これ、聖都で『賢者の移動神殿』として売り出したら、帰還資金どころか国一つ買えるわよ?」
「断る。量産化設計にはまだ課題が多いし、何より僕はエンジニアであって商売人じゃない。……さあ、食ったら寝るぞ。明日は朝から『加速度試験(強行軍)』だ」
「カズキ殿……あなたの工学は、戦いだけでなく、人の営みすら救うのですね……。私は、一生このアルミシート……いえ、あなたに付いていきます!」
カズキの快適すぎる野営地は、翌朝、通りがかった冒険者たちに「聖域の跡」として発見され、後にその場所には「カズキ式床暖房の祠」が建てられることになるのだが、本人はやはり知る由もなかった。
そしてクレアは思った「これ、私、もう聖都の聖騎士の団長に連絡とかしなくて良いか」と…




