第7話:魔力保存の法則と、絶望の青空教室
「いいか、二人とも。これから君たちが『魔法』と呼んでいる現象を、文明人の共通言語である『物理学』で再定義する。これが理解できなければ、今後バグ修正の邪魔になるだけだからな」
野営の焚き火を囲み、カズキは地面にノートを広げた。
アリスは目を輝かせ、アイリスはポテトチップスを片手に「ふーん」と他人事のように眺めている。
「まずアリス。君の火球だ。なぜあれは飛ぶと思う?」
「えっ? それは……『燃えろ!』って強く念じて、ドカーンって……気合?」
カズキは深い溜息をつき、ノートに『F=ma』と大きく書いた。
「気合で弾道計算ができたら、工学部はいらん。火球が飛ぶのは、魔力という『エネルギー』を『運動量』に変換し、推進力を得ているからだ。いいか、この数式を見ろ。加速(a)させるには力(F)が必要で、それは質量(m)に反比例する」
「……し、ししょー。知らない呪文が並んでて、もう頭が爆発しそうです……」
「これは呪文じゃない、変数だ! アリス、お前の杖は最高級の触媒だが、お前が『ドカーン』と念じるたびにエネルギーが全方位に分散して、熱損失が80%を超えている。だから無駄に疲れるんだ」
カズキはアリスの杖をひったくると、先端の宝玉に「アルミホイル」を円錐形に巻きつけた。
「これは即席の『ノズル』だ。エネルギーの噴射方向を一方向に絞り、ベルヌーイの定理を応用して流速を高める。……いいか、次は『燃えろ』じゃなく、『噴射しろ』とイメージして撃ってみろ」
「……やってみます! 『噴射しろー!』」
ドシュゥゥゥン!!アリスが杖を振ると、いつもなら周囲を焼き払うだけの火球が、鋭いオレンジ色の光線となって遥か彼方の巨岩を貫通した。
「な、なにこれ!? 軽い……それに、いつもの1割の魔力しか使ってないのに、威力が桁違いだわ!」
「それが『効率』だ。エネルギーのベクトルを揃えただけだよ」
「すごーい! カズキ、私にも教えてよ!」
アイリスが横から口を挟む。
「管理者としての私の権限、もっとこう、かっこよく使えない? 例えば『神の雷』とかさ!」
「アイリス、お前はもっと重症だ。お前が使おうとしているのは、世界の根本コードへの直接アクセスだろ。それを『なんとなく』でやろうとするから、システムエラーで筋肉痛になるんだ。……いいか、お前の権限は『関数の実行』だ。引数を正しく指定しろ。座標、x、y、z。そして持続時間、t。これを意識するだけで、負荷は劇的に減る」
「えー、めんどくさい……。適当に『えいっ』てやれば世界が忖度してくれないかな?」
「工学に忖度はない! 正確な入力だけが、正確な出力を生むんだ。いいか、お前たちのその『魔法脳』を今すぐ叩き直して……」
カズキの熱血講義は深夜まで続いた。アリスは「ベクトル……ベッ……取って……?」とうわ言を言いながら白目を剥き、アイリスは「管理者権限より、ポテチの塩分濃度の方が大事……」と寝言を言っている。
「……ダメだ。この世界の教育水準、低すぎるぞ。月曜の試験に間に合う前に、僕の精神が摩耗しそうだ」
カズキは夜空を見上げ、関数電卓の「AC」ボタンを虚しく連打した。一方、夢の中でアリスは、数式という名の「最強の禁呪」を操る自分を想像し、よだれを垂らしながら微笑んでいた。翌朝、彼女たちが目覚めたとき、アリスの杖にはさらに「ガムテープによるグリップ補強」が施され、アイリスのキーホルダーには「初期パスワードのメモ」が貼られていたという。




